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転送少女とケモミミ少年 -Zerofantasia Gaiden-  作者: zakoyarou100
第二章 魔界樹と”瘴気”
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遠のく、日常

森は、朝の匂いがした。

湿った土、若い葉、どこか甘い樹液。

そして――隣で、犬耳の少年が落ち着きなく鼻を動かしている。


「えっと……こっちです! たぶん、こっちが近いです!」


アレルは明るく言いながらも、足取りが少し速い。

焦っているのが分かる。


「アレルくん……なんか焦ってないっすか?」

「えっ!? い、いえ! 焦ってないです!

ただ……えっと……試験の練習って聞いたので、僕、ちゃんと役に立ちたいなって……!」

「……いい子っすね」

「い、いい子!? えへへ……ありがとうございます!

……いや、ありがとうございますって変ですね!? 僕、今変なこと言いました!?」

「大丈夫っす。可愛いっす」

「か、可愛い!? 僕、男ですけど!?」


慌てるたび犬耳がぴくぴく動く。

分かりやすくて、ちょっと面白い。


(カオルくんが“おしとやかな可愛さ”なら、

アレルくんには“わんぱくな可愛さ”があるっすね……)


アレルは咳払いしてから、真面目な顔に戻った。


「えっと……ここです。これはキイロギノミの木。

殻は固いですけど、中は甘いです。乾かすと保存もできます!」

「へぇ……殻固いのに中甘い、最高っすね」

「ほ、褒め方が大胆ですね……!」

「大胆っすか?」

「はい! えっと……でも、嬉しいです!」


アレルはまた照れて、犬耳を伏せる。

その仕草が、なんだか子犬っぽい。


マナンは頭の中で地図を描く。

“この木はここ”“この実はこの季節”“ここは危険”。


「次は……えっと、こっちです!

秋になったら甘くなる実がある場所です!」

「今は?」

「今は酸っぱいです! でも、酸っぱいのが好きな人もいます!

……あっ、マナンさん、酸っぱいの好きですか!?」

「好きっす。元気出るっす」

「ですよね! 分かります!

僕も……あ、でも僕、酸っぱいの食べると顔がすごく変になるらしくて……母さんに笑われます……」

「フウカさんに?」

「はい……! あ、でも母さん、悪い意味じゃなくて……えっと……笑うと安心するっていうか……」


アレルは言いながら、口角が少し上がる。

母親が好きなのが伝わる。


「フウカさん、優しいっすもんね」

「はい! すごく優しいです!

……でも、怒ると怖いです!」

「どんな感じっすか?」

「えっと……目が笑ってなくて……声が丁寧で……余計に怖いです……!」

「それ、めっちゃ怖いやつっす」

「はい……!」


二人で小さく笑う。

森の空気が少しだけ軽くなった気がした。


その時、アレルは急に思い出したようにマナンに質問する。


「あの……マナンさん、カオルと……仲、良いですよね?」

「ええ、仲いいっすよ」

「えっと……よかったです!

……あ、いや! 変な意味じゃなくて! その……カオル、真面目すぎて、たまに心配なので……」

「心配?」

「はい。なんでも一人で背負っちゃうので……

……僕、カオルのこと、好きです。尊敬してます」


言ってから、アレルは慌てて手を振った。


「あっ! す、好きって言い方! 誤解しないでください!

えっと……自警団の先輩としてって意味で……僕、そういう意味じゃ……!」

「分かってるっすよ! 友達的なやつっすね!!」

「はい! そうです! よかった……!」


ほっとした顔が、あまりに分かりやすくて、マナンは微笑む。


「でも、カオルくん優しいっすよ。

優しいけど……確かに危ういっす」

「ですよね……!

優しい人って、危ない時に自分を後回しにしちゃうんです……」


アレルは犬耳を伏せた。

言葉が軽いのに、経験の匂いがする。


そのまま歩き続け、アレルは真面目に解説を続けた。


「この辺、毒キノコ多いです!

白いのは基本ダメです!

でも裏が少し青いのは食べられます!」

「了解っす。裏、青……」

「ただし、青すぎるのはダメです! 微妙です!

……あっ、えっと、微妙って言うと困りますよね!

ごめんなさい、僕、説明下手で……!」

「大丈夫っす。アレルくんは鼻で分かるっすもんね」

「えへへ……はい! 匂いで分かります!

僕の鼻、こういう時だけ役に立ちます!」

「こういう時だけ?」

「はい……普段は、母さんの煮込みの匂いでお腹がすいちゃって……我慢できなくて……怒られます……」

「……可愛いっすねぇ」

「ま、また可愛いって言いました!?」

「言ったっす!!」

「うぅ……!」


アレルがうろたえる。

明るくて、あわて者で、敬語で、素直。


この子は、きっと信頼できる。

――マナンは何となくそう思った。


─────


だが、森は急に空気を変えた。


アレルが立ち止まる。

犬耳が、ぴんと立つ。


「……あれれ?」

「どうしたっすか?」

「匂いが……変です。

……鉄っぽいような…… なんか、”血”みたいな匂いがします」


背筋が冷える。


「戻るっすか?」

「えっと……はい、戻った方が……あ、でも……

魔物とかだったりしても、小さいやつかもしれません。

ただ、弱いほど厄介な時もあるので……」

「弱いほど厄介?」

「追い詰められてるやつは、無茶するんです!

……今日みたいに……」


今日。

集落の騒がしさが、森の中まで伸びてきているみたいだった。


二人が少し進んだところで、地面がざわりと動く。


「……来ました!」


落ち葉が持ち上がり。土が、もこっと膨れる。

そこから現れたのは、小型の魔物だった。


「あれは…… パープルエイブです!!」


――【パープルエイブ】。

体は小さいのに、目が異様に赤い。

口の端から泡のような唾液が垂れ、動きが落ち着かない。


「普段ならスライムみたいに、おとなしい筈ですけど……

な、なんか、今日は、雰囲気と”匂い”が違います!!」


アレルがナイフを抜く。

刃は短い。だが、手慣れている。

それでも声が少し上ずっている。


「マナンさん! 下がってください!

……あっ、すみません! 言い方きつかったですか!? でも危ないので!」

「大丈夫っす。アレルくん、頼りにしてるっす」

「は、はいっ! 頑張ります!」


パープルエイブが跳ねた。


速い。

小さい体で一気に距離を詰め、アレルの足元へ噛みつこうとする。


アレルがナイフで払う。

だが魔物はひるまない。


「うわっ……! しつこいです!!」


(……普通の、動きじゃない!!)


次の瞬間、魔物が地面を蹴って横へ――そして死角から跳ね上がった。

アレルの腕へ牙が食い込む。


「――痛ぁっっっ!!」


血が飛ぶ。

アレルが歯を食いしばり、ナイフを振るう。

だが魔物は噛みついたまま離れない。


「うぅ……! 離れてください……! このっ……!」


アレルが必死に腕を振って引き剥がす。

しかしその瞬間、草むらが揺れた。


別の影。

――敵は、一匹じゃない。


「えっ……!? も、もう一匹……!?

マナンさん、後ろ!!」

「――っ!」


別の魔物がマナンへ跳びかかる。

反射的に腕を上げて庇う。


”ガンッ”。


体当りされ、衝撃が伝わる。

――頭が軽くなる。


猫耳カチューシャが外れた。

落ちる。

草の上へ。


マナンの――“獣耳の無い頭”が、むき出しになる。

――この集落で、一番目立つ異物。


(……あ)


マナンの思考が止まる。

だが、魔物が目の前まで迫っていた。


アレルが叫ぶ。


「マナンさん!! ……うわぁ!!」


魔物が牙をむき出しにして、アレルに飛びかかる。

アレルは急いでナイフを構える。


「……いっ!!」


腕の傷が深い。

血が滴り、動きが鈍る。

――このままじゃ、間に合わない。

その光景が、マナンの目にスローモーションになって映った。


(魔法は……だめ)

(使ったら……命が削られる)

(でも――)


次の瞬間、マナンは迷いを捨てた。

アレルを守るため。

今はそれだけが、世界の中心になる。


「……ごめん、カオルくんっ!!」


唇が勝手に動く。

無意識に杖を手に持ち、魔物に向けて突き出す。


「――“ソニック・レイ”!!」


杖の先から、光が弾ける。

青白い閃光が矢となり、森の影を裂く。

空気が震え、草木が一斉に揺れる。

木の葉が舞い、光の粒が散る。


光の矢に貫かれ、パープルエイブの体が光に焼かれるように崩れた。

小さな悲鳴。

そして粉のように散って消える。


「……アレルくん! 今っす!!」

「は、はい!!」


残りの魔物が一瞬ひるみ――その隙に、アレルがナイフを投げた。

刃が魔物の目に刺さり、魔物は地面に転がって動かなくなる。


訪れる静けさ。


マナンの肩が、遅れて震えた。

魔法の反動じゃない。

“掟を越えた”震え。


アレルが息を荒くしながら、マナンを見た。


その視線が、落ちた猫耳カチューシャへ。

そして――マナンの頭へ。


「……マ、マナンさん」


声が震えている。

怒りじゃない。恐怖だ。


「えと……今の……今のって……」


マナンは言葉を探す。

いつもの「はいっす」で誤魔化せない。


カチューシャを拾って戻そうとするが、手が滑る。

焦りで指が震える。


アレルは一歩近づき、慌てて手を振った。


「あっ! 近づいたらダメですよね!? えっと……違います!

僕、疑ってるとかじゃなくて!

……でも……その……」


「アレルくん」

「は、はいぃ!!」


「……さっき使ったのは、かつて“魔法”って呼ばれた力っす」


アレルは顔を真っ青にして、犬耳を伏せた。


「……魔法……」

「……ごめんっす」

「い、いえ! 謝らないでください!

……いや、謝るのは大事なんですけど……僕、どう言えば……!」


あわて者の敬語が乱れる。

アレルは必死に言葉を整え直した。


「僕……見なかったことにしたいです。

本当にです。

――でも……それは、無理です」

「……」

「この集落には、“掟”が……あるからです。

魔法は禁忌で……それを使っていたことがバレたら……」


マナンはカチューシャをつけ直した。

隠す。隠しても遅いのに、反射で隠してしまう。


アレルはその動きを見て、さらに顔を曇らせた。


「……その耳も……」

「……見ちゃったっすよね」

「はい……」


アレルは唇を噛む。


「僕、告げ口したいわけじゃないんです。

……本当に。

ただ……もし“誰かが”見てたら……」

「……見張りがいるってことっすか……?」

「はい……います。

表に出さないだけで……最近、見回りが増えたって。母さんが……」


フウカが。

その名前が出た瞬間、マナンの胸が締めつけられる。


アレルはマナンの胸元の光――アストラ・ヴィータへ視線を落とし、目を細めた。


「……それも、ただのペンダントじゃないですよね」

「……」


マナンは答えられない。

答えたら全部崩れる。


アレルは一度目を閉じ、吐くように言った。


「……もしかしたら、マナンさんが追放されるかもしれないです」


森の空気より冷たい言葉。


――追放。

雨の匂い。

悪夢の記憶が現実へ押し寄せる。


「……なんで、っすか……」


声がかすれる。


アレルは腕の傷を押さえ、必死に続けた。


「この集落は、掟で守られてます。

魔法は禁忌です。

……もし“禁忌を持ち込む者”って判断されたら……」


最後まで言わなかった。

言わなくても分かってしまう。


“外のもの”。

その言葉が喉に引っかかる。


(……カオルくんとの、日常を)

(私が、壊しちゃう?)


森の奥で、風が鳴った。

どこかで低い唸り声のような音がした気がした。


アレルが慌てて言う。


「と、とにかく戻りましょう!

……あっ、マナンさん、ここからは絶対に僕の後ろを歩いてください!

僕、匂いで危ないの、先に分かりますから!」

「……うん。ありがとうっす」


─────


森の出口が見えた、その時。

遠くから、駆ける足音が聞こえた。

複数。急いでいる。


マナンの喉が鳴る。


(……何か、来る)


何が来るのかは分からない。

でも今日の騒ぎは、まだ終わっていない。


足音が近づく。

森と集落の境目で、二つの世界がぶつかり合うように空気がざわつく。


マナンはカチューシャの耳を押さえた。

外れないように。

――外れてしまったら、今度こそ戻れない気がした。

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