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転送少女とケモミミ少年 -Zerofantasia Gaiden-  作者: zakoyarou100
第二章 魔界樹と”瘴気”
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動き始める、”不穏”

「――フウカさん、色々とありがとうございました」

「ほんと助かったっす!!」


がらり、と鳴った扉が、やけに大きく響いた。

扉の向こうへ消えていった足音と笑い声が、薄い板一枚を隔てて遠のいていく。


残ったのは、棚に吊るした薬草の乾いた匂いと、床板に染みた土の匂いだけだった。


「……はぁ」


フウカは長く息を吐いた。

忙しさが引いたあとにだけ来る、静けさの重さ。


――さっきまで、確かにここに“光”があった。

青白い、ほんの短い揺らめき。

目を凝らさなければ見逃す程度の、けれど見逃してはいけない種類の光。


(……遺物、ね)


フウカは口の中でその言葉を転がした。

“昔の遺物”。そう呼べば、村の誰もが勝手に納得する。

知らないふりは、ここでは身を守る術だった。


触れてはいけないものに、触れないための言葉。

けれど――


「……あの輝きは、ただの飾りじゃない」


ぽつり、と独り言が漏れた。

声に出した瞬間、交易所の空気が一段冷えた気がした。


棚の奥で干した草束が、かさりと揺れる。

風か。

それとも――自分の心が動いたせいか。

フウカは、唇を引き結んだ。


(あれは……)

(……あれは、“じぃさん”の話に出てきた……)


思い出したくないはずの記憶が、ほどけていく。

古びた交易所の温もりが、次第に冷えていく。


─────


焚き火が、ぱちり、と音を立てる。

跳ねた火花が、闇の中へ消えていく。


集落の隅で、静かに暮らしていた老人がいた。


あの夜――皆が“賢老”と呼んで距離を置いていた、あの人が。

誰に話すともなく、火を見つめながら語った。


フウカはまだ若く、夜更かしの子どもの一人みたいに、その話に耳を傾けていた。

怖いのに、目が離せない。

禁じられている昔話ほど、甘い。


『――はるか昔から、世界には、巨大な木が聳え立っていた』

『それは、ただ立っているだけじゃない。息をしていた』


賢老の声は、火のはぜる音に混ざって、低く落ちてくる。


『根は大地の奥へ。枝は空の果てへ。

 その木がいることで、この世界は“形”を保っていた』


フウカは、焚き火の向こうの闇を見つめた。

闇の奥に、南の丘の方角がある。

夜明け前になると、遠くに巨木の輪郭が浮かぶ場所だ。


『木は、生命を育む“不思議な力”を生み出している――そう信じられていた』


『木が生み出す“力”が、土を肥やし、風を運び、水を巡らせる。

 皆はそれを、恵みとして受け取って暮らしていた』


それは、おとぎ話みたいに美しかった。

でも、賢老の目は笑っていなかった。


『――ある時、一部の者が気づいた』

『その力は、ただ受け取るものじゃない。

 “操れる”ものだってな』

『操る……?』


フウカが思わず問い返すと、賢老は頷いた。


『そうだ。己の意識で、風を呼び、火を灯し、傷を塞ぐ。

 雨を避け、道を照らす。

 それを――いつしか“魔法”と呼ぶようになった』


焚き火が、ぱちり。

音がした瞬間、フウカはなぜか背筋が寒くなった。


『最初は、暮らしを助ける技だった』

『だがな、人の心は便利に慣れる。慣れると、足りなくなる』


賢老は火を見つめたまま、続けた。


『もっと欲しい。もっと強く。もっと永く。

 不思議な力は、恵みから――“道具”に変わった』


『ある時、争いが起きた』

『欲にまみれた人々が木の力を奪い合うようになった』

『力は奪われれば弱り、弱れば恐れが生まれる。恐れはさらに奪う』


――世界は、壊れ始めた。


『そして……木は、眠った』


賢老はそこで一度、言葉を切った。

焚き火の火花が静かに沈む。

暗闇の向こうで、犬の遠吠えが一つだけ響いた。


『木は死んだわけじゃない。だが、以前のようには息をしなくなった』

『だから今、南の丘に見える巨木は――“世界を支えた木の名残”だと、人は言う』


フウカは、その言葉を飲み込んだ。

あの巨木を見上げるたび、胸の奥がざわつく理由を、初めて知った気がした。


『魔法は、戻ればまた争いを呼ぶ』

『だから、祖先は“忘れる”ことを選んだ』

『禁忌にした。語るな、触れるな、思い出すな、とな』


賢老の声が、火に照らされた皺の奥から滲んでくる。


そして最後に、ぽつりと言った。


『……ただな』

『木が眠ったあとも、光が消えたわけじゃない』

『光は、形を変えて存在している』

『時には小さな器に宿ることがある』

『胸に下げる“石”だ。縁に模様がある。冷たい光をする』


フウカは息を呑んだ。


『その石は――持ち主の命と繋がる、と言われている』

『……命?』


賢老は、静かに頷いた。


『石が欠ければ、人も欠ける。

 石が奪われれば、命がほどける』


その夜の焚き火の前で、フウカは怖くなって笑った。

「またまた、そんな物騒な話を」と。

信じきれないおとぎ話だと思いたかった。


けれど賢老は、笑わなかった。


『見てはならん。触れてはならん。語ってはならん』

『――“掟”が動くからだ』


─────


(……まさかねぇ)


フウカは回想から引き戻され、息を止めていたことに気づく。

乾いた薬草の匂いが、現実を押し戻してくる。


(でも……)


“胸に下げる石”

“縁に模様”

“命と繋がる”

一致が多すぎる。


フウカは、目を閉じる。

目を閉じても、青白い揺れが瞼の裏に残っている。


あの子――マナンは、明るい。

明るすぎる。

まるで、自分の中の怖さを隠すために笑っているみたいに。


そしてカオルは、純粋で真っ直ぐだ。

真っ直ぐすぎて、危うい。


(……言うべきかい)


団長に、か。

だが――団長は掟に忠実だ。

もし“彼女”の存在が“掟の外”だと判断されたら――


(……カオルが巻き込まれる)


フウカはカウンターの下、隠すように作られた引き出しに手を伸ばした。

古い帳面。

表紙に文字はない。文字がないのが、正しい。


ぱらり、とめくる。

そこには賢老が残した走り書きのような図と、誰かが拾ってきた“欠片”の写しがあった。

どれも、価値があるのか無いのかも分からない。

ただ――似た模様が、いくつもある。


(……本当に、似てる)


フウカは帳面を閉じ、鍵をかける。

鍵の音が、やけに大きく響いた。


――そのとき。


外で、子どもの笑い声が遠ざかっていくのが聞こえた。

そして、その笑い声の隙間に――何か、低い音が混じった気がした。


(……今のは)


唸り声、みたいな。

フウカは顔を上げ、軒先の薬草の揺れを見る。


風が強いだけだ。

そう思おうとして、思えない。


最近、この集落は“気のせい”が多すぎる。

フウカはエプロンを外し、肩に引っ掛けた。


(……賢老のところへ行くかい)


あの老人なら、何か知っている。

知っているからこそ、誰も近づかない。

でも――今夜は、近づかないといけない気がする。


フウカは、戸口に手をかけた。


――がらり


夜気が肌を撫で、店の匂いをさらっていく。

集会所のほうを見ると、灯りがまだ落ちていない。

団長も起きている。眠れていない。

フウカは一歩外に出て、扉をそっと閉めた。


音を立てないように。

誰にも気づかれないように。

胸の奥に、青白い光の残像を抱いたまま。

そして、南の丘の方角をほんの一瞬だけ見た。

夜の闇に沈むはずの巨木が――気のせいか、輪郭だけわずかに浮いて見えた。


(……気のせいじゃ、ないのかねぇ)


フウカは唇を引き結び、足を速めた。

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