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転送少女とケモミミ少年 -Zerofantasia Gaiden-  作者: zakoyarou100
第一章 無もなき集落
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マナンと、悪夢

――どこだろう、ここは。

懐かしい匂いがする。胸の奥が、痛むほどに。

――わかった。これは“夢”だ。

だけどこれは、思い出したくない、“悪夢”。


─────


「ミチルちゃん……どうして、裏切ったの……?」


血の匂いがする。

濡れた石畳の冷たさが、背中越しにまとわりつく。

喉の奥がひりひりして、声がうまく出ない。


「ごめんね、“お姉ちゃん”……」


その声は、泣いているみたいに優しい。

なのに、刃物みたいに胸を裂く。


(……ごめん、って)

(ごめんで、済むわけないのに)


世界がぐらり、と揺れた。


─────


揺れが収まる前に、景色が塗り替わる。

血の匂いは消え、代わりに香の煙と、人の気配が押し寄せた。


「――カリオス魔法学院の校則により、“元”巫女、マナンを当学院より『追放』する」


言葉は冷たい。

氷の板を床に落としたみたいな冷たい音が、大講堂に響いた。


カリオス魔法学院――大講堂。

高い天井、整然と並ぶ椅子、祭壇みたいな壇上。


そこに立つ教師の表情は、最初から最後まで“規則”の顔をしている。

元同級生たちの顔が、一斉に凍りついた。


「……」


誰も動けない。

誰も声が出ない。


それでも、小さな震えが集まって、波になって広がっていく。


(なんで)

(なんで、なんで、なんで)

(間違ってないのに)


最初は、か細い震えだった。

誰かが息を吸い込む音、堪えきれずに漏れる嗚咽。


それがやがて大きくなり、誰のものかわからない声になって大講堂に響いた。


「そんな……彼女は間違ってないのに……!」

「どうして、マナンさんだけ……!?」

「校則だからって……こんなの、おかしいよ……!」


一人の女学生が泣き声を上げた。

それを合図みたいに、涙が溢れ始める。


「……校則は、学院と、この街を守るためにある」


教師の言葉が、涙を拭う音をかき消す。


「彼女は、その校則を破った」

「先生! でも、それは……!」


ある生徒が立ち上がろうとする。


「静粛に」


教師の目が、その生徒を射止める。

立ち上がろうとした足が、震えながら元の場所へ戻った。


「……」


沈黙が、また大講堂を支配する。

けれど、この沈黙はさっきとは違う。


涙を堪える呼吸。

歯を食いしばる音。

悔しさを飲み込む、喉の鳴り。

それらが見えない壁となって、教師と生徒たちの間に立ちはだかっていた。


「退場させろ」


教師の短い命令。


「――は、はい」


生徒会役員が数人、私の両腕を掴む。


(皆、この前まで私の仲間だったのに)


腕を掴むその手は、冷たく、そして固かった。


怖いのは、手の冷たさじゃない。

“掟”のほうだ。


みんなが、掟に従って私を遠ざけていく――その現実。


「……」


私は何も言えなかった。

ただ、涙が止まらない。


(間違ってないのに)

(私は、ただ……)


(……ただ“助けたかった”だけなのに)


─────


あの日は、雨だった。


雨の中、私は一人、泣いていた。

私の居場所は奪われてしまった。


――それも、一番大切に思っていた“家族”によって。


雨に打たれる冷たさと、心の中の冷たさ。

どちらが辛いのか、もうわからなかった。


見上げた先には“光の世界樹”。

光を失いつつあるその輝きは、私の涙を照らすことなどなく、ただ、孤独に立っていた。


(……もう、どこにも……)

(私の、帰る場所は……ない……)


冷たい雨が肌を打つ感覚。

孤立する絶望。

それが、身体の奥から私を締め付けて――


(沈む)


悪夢の底に、沈んでいく。


─────


「――あれ……?」


意識が、ゆっくりと浮上する。

まず目に映ったのは、木の天井だった。

年輪の筋が妙にくっきり見えて、時間そのものが刻まれているみたいに不気味だ。


次に匂ったのは、乾いた草と土の匂い。

それに、ほのかに薬草の甘苦さ。


(……ここ……)


頭ががんがんと痛む。

身体は重く、夢の続きみたいに現実感が薄い。


「……ここ……どこっすか……」


自分の声が、遠くで響くみたいに聞こえた。


(……そうだ……ペンダント……)


先程までの出来事が、脳裏に一気に蘇る。


交易所。

焦る手。

胸元の“空”。


そして――見つからない、という言葉。


(私の“命”……無くしたら……)


胸が、きゅっと縮む。


(カオルくんと……過ごせなくなる……)

(大切な……)


反射みたいに、胸に手をやった。

そこには、何もないはずだった。

けれど――


「……えっ?」


指先に、冷たくて硬い感触が触れた。

そこには確かにペンダントがある。

“アストラ・ヴィータ”が、淡い青白い光を、かすかに呼吸するみたいに放っていた。


「……!? なんで……」


(……ここに……?)


混乱で、言葉が出ない。


「あっ、マナンちゃん。目を覚ましたんだね」


奥から、フウカの声がした。


─────


ここは交易所の奥――物置兼休憩室らしい。

干した薬草が束になって吊られ、毛布が一枚、雑に畳まれている。


「どうだい? 具合は」


マナンが顔を向けると、木箱の陰からフウカが現れた。


「……まだちょっと、頭が痛いっす……けど……大丈夫っす」


“平気”という言葉は、喉に引っかかって掠れた。

本当は、平気じゃない。

胸の奥にまだ、あの“空っぽ”の冷えが残っている。


フウカはマナンの横に座り、優しく微笑んだ。


「そのペンダント、カオルが一生懸命探して見つけたんだよ」

「……!」


心臓が跳ねた。


「アキネがね、悪気なく持って行っちゃったみたいでさ。

あの子、マナンちゃんのこと大好きだろ? 真似したかったんだろうね」


フウカは、少しだけ呆れたように笑った。


「でもカオルはそれを知らずに、まるで森で獲物を探すみたいに、

交易所を隅から隅まで探し回ったんだよ」


「……」


目の奥が熱くなって、瞬きが追いつかない。


「カオル、泣きながら探してたよ。『無くしたらマナンさんが死んでしまう』って」

「……え……?」


声が、震えた。


「最初は大袈裟かと思ったさ。

でもね……あの必死さを見てたら、これは本当に、あなたにとって“世界が終わる”くらい

大事なものなんだなって、私でも分かったよ」


フウカの言葉が、胸の奥にじんわり染みていく。


(カオルくんが……必死に探してくれた……)

(私のために……)


悪夢の中の冷たい記憶が、少し遠のいた。

かわりに、温かい誰かの手が、こちらに伸びてくる。


「……すみませんでした」


マナンは俯き、小さな声で謝った。


「私……心配かけちゃって……」


どんな気持ちで探してくれたのか。

想像するだけで胸が苦しくなる。

――苦しいのに、嬉しい。


「謝るなら、カオルに謝ってあげな」


フウカは少しだけ真面目な顔になった。


「それに大丈夫さ。この集落は、何かあったらみんなが心配する。嫌でも噂が回るくらいにね」

「……」

「マナンちゃんも、心配してくれる“彼”のこと、大事にしないとね」


その言葉が、胸に小さな棘みたいに刺さった。

でも、その棘は痛いだけじゃない。

“本当に大事なもの”を教えてくる痛みだ。


マナンは、黙ってペンダントを握った。


─────


「マナンさん!!」


交易所の扉が勢いよく開くと、息を切らしてカオルが中に飛び込んできた。

目元が赤い。頬には涙の跡が残っている。


「――起きたんですね!?」


駆け寄ってきたカオルは、マナンの顔を確かめるように覗き込む。

その目が揺れていて、今にも崩れそうだ。

言葉を探すより先に、彼の肩が震えた。


「カオルくん……その、心配を――」


マナンが言いかけた瞬間、カオルは躊躇なくマナンに抱きついた。


「……っ」


胸に、体温がぶつかる。

びっくりするほど真っ直ぐな抱擁だった。


「……目を覚さないんじゃないかと……本当に……心配、しました……」


声が震えていた。

言葉の合間に、鼻をすする音が混じる。


(ああ……)

(心の底から、心配してくれたんだ……)


その温もりは、さっきまでの冷たい悪夢を溶かすくらい強かった。


「……良かった、です……」


カオルの息が、まだ乱れている。

抱きしめる腕の力が、少しだけ強くなる。


「心配、かけちゃったっすね……」


マナンは、そっとカオルの背中に手を回した。

怖がらないように。

大丈夫だって、伝えるために。


「……ありがとう、カオルくん」


短い言葉しか出なかった。

それでも、カオルの肩が少しだけ揺れた。


─────


フウカはそんな二人の姿を少し離れた場所で見守っていた。


「――ああ、そうだ」


フウカが軽く咳払いをして、空気を柔らかく切り替える。


「お詫びと言っちゃ何だけど、マナンちゃんに渡したいものがあるんだ」


奥の部屋へ消え、まもなく戻ってきたフウカの手には、

少し古びた――けれど丁寧に畳まれた服があった。


淡い水色の麻布。

飾りは少ないのに、縫い目がしっかりしていて、使い込まれた優しさがある。


「これは、私の若い頃のものだよ。すっかり着なくなったけど、あなたに似合うと思うのさ」

「――えっ、私に……?」

「ああ。遠慮はなしだよ。今の服は……この暮らしには少し華奢すぎるだろ?」


マナンの今の服は、元の世界で着ていた“学生服”だ。

鮮やかな紫、ふわりとしたシルク、精緻な刺繍。


綺麗だけど――この集落の土や風の中では、どこか“浮いて”しまう。


「……でも、この服は……」

「綺麗なのもいい。でもね、時には動きやすい服が、心を助けることもある」


フウカは服をそっと差し出した。


「着てみてくれるかい?」

「……はいっす」


受け取った布は、思ったより温かかった。

布の温度というより――“誰かの好意”の温度だ。


「――カオル、外で待っててくれるかい?」

「……はい」


カオルは一拍ためらってから、素直に頷き、交易所の外へ出ていった。


─────


着替えは少しだけぎこちなかった。

フウカの前で服を脱ぐのは恥ずかしい。


でもフウカは、そんな空気をさらりと流すのが上手い。


「マナンちゃん、着やせするタイプかい?」

「えっ」


思わず声が裏返った。


─────


新しい服は、肌にまとわりつくシルクと違って、さらりとしていた。

動かすたびに風が抜けていく。

その感覚が不思議と心地よくて、胸の冷えまで少しずつ薄まっていく。


「どうっすか?」


フウカが満足そうに頷く。


「とても、似合ってるよ」

「……本当っすか?」

「本当だよ」


部屋の隅に置かれた鏡を見る。

そこには、いつものマナン――だけど少し違うマナンが映っていた。


猫耳カチューシャは健在。

星空みたいな瞳も変わらない。

でも、その姿は今までよりほんの少し、この世界の空気に馴染んでいる。


「……」

「――どうしたの?」

「いえ……なんだか……」


言葉が詰まる。


「なんだか……この集落に、馴染んだなぁ……って感じがするっす」


フウカがふっと笑う。

「それは、いいことだよ」


――その時。


交易所の扉が、そっと開いた。


「――マナンさん、着替え……」


カオルが部屋に入ってきて――言葉が途切れた。


カオルの視線が、まっすぐマナンに刺さる。

見つめるというより、確かめるみたいに見ていた。


そして次の瞬間、カオルは慌てて視線を逸らした。


「……何っすか?」

「……綺麗、です」


ぽつり。

落としたみたいな声。


「……え?」

「その服、とても……」

「……」

「――似合っています」


頬が、ほんの少し赤い。

それに気づいた瞬間、マナンの口元が勝手に緩んだ。


「……ははーん。見惚れたっすね? カオルくん」

「ち、違います! ……い、いや、違わなくはないですけど! その、ただ、服が……!」

「うんうん。わかってるっす。でも、喜んでくれて嬉しいっすよ」


マナンはくるりと一回りした。

水色の麻布が、風に舞う花びらみたいにふわりと広がる。


そのとき。


交易所の隅に、小さな影が揺れているのが見えた。


「……ややっ?」


そこにいたのは、ミハルと――アキネだった。

アキネはマナンから目を逸らし、指先をじっと見ている。

手の中に、何かを握りしめたまま。


「……アキネちゃん?」


マナンが近づくと、アキネは俯いたまま、小さな声で言った。


「……ごめん、なさい……」

「どうして謝ってるの、アキネちゃん?」

「ペンダント……わたしが、隠しちゃった……から」


肩が小さく震えている。

その震えが、さっきの夢の“大講堂”の冷たさを一瞬だけ思い出させた。


――けれど、ここは違う。


「……マナンさん、アキネちゃんを責めないであげてください」


カオルが一歩前に出る。

優しく、でも庇うように。


「悪気はなかったみたいで……ペンダントが置きっぱなしになってるのに気づいて、僕の家に届けようとしたらしくて。


でも途中で怖くなって、隠してしまったみたいです」

アキネは唇を噛んで、必死に涙を堪えている。


マナンはしゃがみ込んで、アキネと同じ目線になった。


「……うん。分かってるっすよ」


それから、そっとアキネの頭を撫でた。


「アキネちゃんが悪いんじゃないっす。

それに、私は怒ってないっすから……心配しなくていいっすよ」

「……ほんと、に?」

「うん。本当っす」


アキネの肩から、少しだけ力が抜ける。

そして、アキネは握りしめていたものを差し出した。


「……その、おねーちゃん……わたしの、これ……」

「……これ?」


きれいな桃色のリボンだった。

少し毛羽立っていて、何度も結び直した跡がある。

“お気に入り”なのが、見ただけで分かる。


「これ、おねーちゃんに、あげる……」

「えっ、私に……?」

「わたしの、おきにいり……おねーちゃん、似合う、と思う……」


期待と不安で、アキネの頬が赤い。

マナンは、胸の奥が温かくなるのを感じた。


(……私のいた場所では、こんなふうに“赦す”余裕、なかった)

(……でも、今は)


「……ありがとう、アキネちゃん」


リボンをそっと受け取る。

小さな布なのに、手のひらが熱くなる。


「……結んでみていいっすか?」

「うん!」


マナンは髪をまとめ、リボンをきゅっと結った。


「……どうっすか?」

「きれい……!」


アキネの瞳がきらりと輝いた。


「すごく、似合ってる……おねーちゃん、お姫様みたい」

「お姫様っすか?」


照れくさくて、笑って誤魔化しそうになった。

でも――不思議と、嬉しかった。


(お姫様みたいって言われて、初めて嬉しいって思えたっす……)


鏡に映った自分は、もう少し前までの自分と違う。

今までの自分は、この世界の住人じゃないみたいに浮いていた。

けれど今の自分は、この世界の空気を吸っている。

ちゃんと、地に足がついている。


「……ねえ、カオルくん」


マナンが振り向いた。


「……この服、どうっすか?」

「――とても、似合っています」


カオルの瞳に、今のマナンが映り込んでいた。


「カオルくんの言うことだから、嘘じゃないって分かってるっすけど」


マナンはにやりと笑う。


「――でも、もっと正直に聞きたいっす」

「……正直、に?」

「はいっす。カオルくんの本心で、この服はどうっすか?」


カオルはしばらく言葉を探すように口を開けて、閉じた。

それから、まっすぐマナンを見つめて、ゆっくり言った。


「――その服は、マナンさんらしい、です」

「……? 私らしいっすか?」

「はいマナンさんは、明るくて、元気で……周りを明るくする光みたいな人だと思うので……

だから、その服みたいに、きれいで、優しい色が似合うと思います」

「……」


胸が、ひょいと跳ね上がる。


「……それに」


カオルは一瞬詰まって、耳まで赤くなる。


「――なんて言うか……」

「なんて言うか、なんですか?」

「……なんて言うか……ずっと、見ていられる服です」

「……!」


マナンの顔が熱くなるより早く、カオルの方が慌て始めた。


「――ちちち、違います!! 服の話です!!」

「ややっ!? 今のは言い訳っすか!?」

「言い訳じゃなくて……! その……!」


マナンはカオルの狼狽する様子を目で追って――


「――あははっ」


つい、笑ってしまった。


「……な、なんで笑うんですか!?」

「だって、カオルくんの顔がおもしろいっすから」

「お、おもしろい……!?」

「……でも、嬉しいっす」


小さく呟く。


「――ありがとう、カオルくん」

「……」


カオルは何も言わず、ただ俯いた。

その仕草が、逆にマナンの胸を高鳴らせた。


胸元で、“アストラ・ヴィータ”が淡く光る。

さっきまでの悪夢の冷たさを、少しずつ遠ざけるみたいに。


(……帰る場所は、ないって思ってた)

(でも――)


今は、ここに手を伸ばしてくれる人がいる。


マナンは、そっとリボンの結び目を指で確かめた。

ほどけないように。

この温かさが、消えないように。

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