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転送少女とケモミミ少年 -Zerofantasia Gaiden-  作者: zakoyarou100
第一章 無もなき集落
41/43

マナンの、ペンダント

夕闇が、窓の隙間から静かに忍び込んでくる。

日の光はもう色を失い、部屋の隅が穏やかな影へと沈んでいった。


「じゃあ、俺は帰るぜ」


食後の片付けを終えると、ウォルが腰を上げた。

そのまま歩き出しかけて――ふと足を止める。

マナンとカオルを見比べ、笑みの端だけを残して表情を引き締めた。


「今日は、いい経験になったんじゃねぇか?」


マナンは小さく頷く。

カオルは視線を落としたまま、黙っている。


「自分が見つけた『生き方』を、大切にしろよ」

「ウォルくん、助かったっすよ!!」

「……」


沈黙のあと、カオルがようやく口を開いた。


「ウォル、今日は付き合ってくれてありがとう」

「ああ」


それだけ言うと、ウォルは扉を開け、夜気の中へ消えた。

戸の閉まる音が静かな部屋に響き、風が一瞬だけ流れ込む。

湿った土の匂いが、かすかに鼻をくすぐった。


─────


扉が閉まり、部屋はまた元の静けさに戻る。


「……」


ランプの明かりが二人の影を床に揺らす。

さっきまでの食事の温もりが、まだ空気の底に沈んでいるようだった。


「カオルくん」


マナンが、小さな声で切り出した。


「はい」

「明日……出来るなら、集落の人たちと、交流してみたいっす」


カオルは、少し驚いたように目を見開く。


「集落の……人たち、ですか?」

「はいっす」


膝の上で指を絡め、ほどいて、また絡めた。

言葉を探す癖みたいに。


「今日、森で、料理で……たくさん考えたんっすけど」

「……」

「私、この世界のこと……何も知らないっすよね」


それは誰かに言うというより、自分の胸の中に落とす声だった。


「でも、知りたいっす。もっと、知りたい」


ランプの光を受けた瞳が、きらりと揺れる。


「カオルくん以外の人とも、もっと話してみたいっす。

みんながどんな暮らしをしてて、何を考えてるのか……もっともっと知りたいっす」

「……」

「無理……っすか?」


(もし不用意なことを言ったり、カチューシャのことがバレれは……)


不安が滲む。けれど、その目は現実から逃げない。

カオルは、ゆっくり首を横に振った。


「いえ……そんなことは」


マナンの肩が、ほんの少しほどける。


「そうですね……明日は、あの……」


カオルは言葉を選ぶように一瞬ためらって、それから静かに言った。


「交易所に行ってみましょうか」

「交易所っすか?」

「はい。集落で取れたものや作られた物を、物同士で交換する場所です。

きっと、いろいろな人に会えますよ」


マナンの顔が、思った以上に明るくなる。


「やったっす! 明日、楽しみっすね!」


その笑顔に、カオルは小さく息を吐いた。


(――ああ、そうか)

(マナンさんは自分が"短い命"と分かってても、この世界と向き合うんだ)

(壁を作るんじゃなくて、越えていく、そして、超えた先に何かを見つける)

(きっと、最期の時まで、それは変わらないんだろうな……)


その覚悟の前で、カオルの胸の奥に確かな温かさが灯った。


「なら、明日は早起きしなくちゃですね」

「早起きっすか? 任せて欲しいっす!」


二人の間に沈黙ではなく、明日への小さな期待が静かに満ちていった。

窓の外では夜の虫が鳴き始めている。夜が満ちていくみたいに、細い音が闇へ溶けていった。


─────


次の日。

ーー早朝


カオルとマナンは、集落で唯一の交易所へ向かっていた。

交易所は集落の中心――自警団の集会所の向かいにある。

少し高台に建つ、ほかの家より一回り大きい木造の建物だった。


軒先には、乾燥させた薬草や奇妙な形の石、小さな動物の毛皮など、

さまざまな品が吊るされ、飾られている。


「わぁ……」


マナンは品々を見上げ、目を丸くする。


「ここが、交易所っすか?」

「はい。ここで、みんなが持ってきたものを他のものと交換します」


カオルは背中に、大小さまざまな毛皮の入った籠を背負っていた。

その中には、昨日仕留めたダスクリットの毛皮も混じっている。


「たとえば僕が狩った獣の皮を渡すと、塩や野菜と釣り合う分だけ貰える。そんな仕組みです」

「ふぅん……お金、っていうのはないんっすか?」

「えっと……この集落にはお金はありません。必要なものは貰うか、物々交換で手に入れます」

「なるほど、シンプルっすね!!」


カオルが扉を開ける。

がらり、と重い音が鳴り、店内の空気が外へ押し出されてきた。


中は外から見るよりずっと広い。

そして、人でごった返していた。


「お、カオルじゃないか!」

「久しぶりだな、カオル!」

「今日はいい毛皮を持ってきたな!」


足を踏み入れた途端、次々に声が飛ぶ。

その声は温かく、どこか懐かしげで、

カオルにここでの「役割」がある事を、嫌でも知らせてくる。


「おい、見てみろよ! 今日のカオルの獲物だ!」


男が籠の中の毛皮を手に取り、満面の笑みで掲げた。

銀色の毛並みが、店の明かりを受けてきらりと光る。


「おぉ! そいつはいい! 俺が欲しい!」

「いやいや、それは俺に譲れ!」


人々が毛皮を巡って言い合い始める。

笑い声と値踏みの視線が、あちこちで弾けた。


「……すごいっすね」


マナンは驚いたようにその光景を見ていた。


「カオルくんって、もしかして人気者なんっすか?」

「いえ……僕は、自警団として……みんなの役に立っているだけです」


そこに、奥から張りのある声が飛んだ。


「――あんたら、その辺でおよし!」


空気がぴしりと締まる。

人々が一斉に振り返った。


立っていたのは、貫禄のある女性だった。

深緑の髪を後ろで束ね、顔には経験を刻んだ皺がある。

けれど目元の笑みは穏やかで、場をまとめる"重さ"が滲んでいた。


「フウカさん、おはようございます」


カオルが呼びかける。


「あら、カオル。こんな時間に交易所に来るなんて珍しいじゃないかい。

――それに」


フウカの視線が、カオルの隣のマナンへ移る。


「あなた、マナンちゃんじゃないか。カオルとは上手くやってるかい?」

「はいっす! おかげさまで、今日も元気っす!」


マナンは猫耳カチューシャの耳をぴこぴこと動かし、元気に返事をした。


「そうかい。それは安心したよ。で、今日は何か用かい?」


フウカの問いに、カオルは籠を少し前へ出しながら答える。


「毛皮の交換をお願いしたいのと、あと――」

「あと?」

「マナンさんに、もっと集落の暮らしや物々交換のことを詳しく教えてあげたいんです。

もしよろしければ、フウカさんから教えていただけないかと思いまして」


「なるほどねぇ……」


フウカはマナンをじっと見た。

温かいのに、見抜くような鋭さを含んだ眼差し。


「わかった、私が教えてあげてもいいよ。

ただ、今は忙しい。悪いんだけど落ち着くまで端っこで待っててくれるかい?」

「わかりましたっす!!」


マナンは言われるがまま、交易所の隅に積まれた木箱へ腰を下ろした。


─────


「マナンさん。僕は他の所に毛皮の交換に行ってきます。

……少し時間がかかるかもしれませんが、ここで待っていてください」

「了解っす! 気をつけて!!」


カオルが出ていくと、店内の喧噪が一段と近くなる。

知らない声、知らない匂い、知らない視線――それでも怯まず、むしろ目を輝かせていた。


「あっ! この前のおねーちゃん!!」

「なにしてるの? 交易所にご用事?」


子どもが二人、マナンに駆け寄ってきた。

男の子は明るい緑の短髪で活発そうな顔つきを、

女の子は深い黄緑の髪を二つに結び、おとなしそうな顔つきをしている。


「あっ、こらお前たち!」


フウカが子どもたちを追いかけてきた。


「交易所は忙しいんだから、邪魔しちゃ駄目でしょ!」

「でも、このおねーちゃん、この前のお祝いのとき、たくさん遊んでくれたよ!」

「そうそう! 面白い話もたくさんしてくれた!!」


二人がマナンの周りを飛び跳ねる。


「――はぁ。こりゃまた……ちびっ子達はマナンちゃんの事をずいぶん気に入ったんだね」


フウカが少し困ったように笑った。


「悪いんだけど、こっちが一段落するまで、こいつらと遊んでてくれるかい?」

「もちろんっす!!」


マナンはすぐ立ち上がり、子どもたちの前にしゃがんだ。


「何するっすか? 面白いゲーム、知ってるっすか?」

「ゲーム!? 知らない! なにそれ!」

「教えて! 教えて!」


「いいっすよ。じゃあ――」


マナンは満面の笑みで言った。


「私のいた所に伝わる、『占い』ってやつをしてみるっすかね!」

「占い!?」

「なにそれ? なにするの?」


二人が顔を寄せる。


「ねぇ、ミハルくんは何が好きなの?」

「俺は――剣! ウォルにーちゃんみたいな剣が欲しい!」

「そっすか! じゃあミハルくんの占いは『剣』でやるっす!」


マナンは懐から、古ぼけたカードを一枚取り出した。

木のような質感の板に、縁だけ複雑な模様が刻まれている。


「ふふふ……天才占い師マナンちゃんの、すっごいアイテムっすよ!」

「おっ! なんだそれ!」

「『プロフェシーカード』っす!」


マナンはカードを両手で挟み、目を閉じた。


「――プロフェシーカードに聞いてみようか……

ミハルくんがウォルにーちゃんみたいな剣を手に入れるのは、いつになるのか……?」


カードをめくる。


「――んん……なるほどっすね……」

「どうなった? 教えてよ!」


ミハルが身を乗り出す。


「それはっすね……」


マナンはポケットから小さなお菓子を取り出し、ミハルの手にぽん、と載せた。


「これ食べて、お母さんの手伝いして、素振りの練習して、

立派な大人になったら……手に入る、みたいっすね!」

「えーっ! そんな先!?」

「占い、きびしーい!」

「ふふふ……現実は、甘くないっすからねぇ!」


笑い声が弾ける。


「ねぇ、マナンさん! 今度はわたしのことも占って!」


アキネが袖を引っ張った。


「いいっすよ! アキネちゃんは何が好きなの?」

「お花! きれいなお花が好き!」

「お花っすか! いいっすねぇ!」


マナンはもう一度、プロフェシーカードを挟む。


「――プロフェシーカードに聞いてみようか……

アキネちゃんが一番きれいなお花を見つけるのは、どこか……?」


カードをめくる。


「――んん……なるほど……」


アキネがごくりと唾を飲む。


「それはっすね……」


マナンは窓の外を指さした。


「あそこをまっすぐ行って、右に行ったところ。そこで見つかるみたいっすよ!」

「え、ほんと!?」


アキネの顔がぱっと輝く。


「私、今から探しに行ってくる!」


飛び出すように交易所から走っていった。


「あっこら、アキネ! どこ行くんだい!」


フウカが声をかけるが、アキネはもう見えない。


「――あらら、まったく……」


フウカは呆れたように言いながら、けれど口元は笑っていた。


「でも、マナンちゃんは子どもたちと上手くやってるねぇ」

「いやいや、これも……私の"生き方"の一環っすから!」

「"生き方"?」

「そうっす。みんなの笑顔を見るのが、私の生き甲斐っすから!」


マナンはにっこり笑った。


─────


「さて、一段落ついたし……集落の暮らしのことだったね」


フウカはマナンの隣に腰を下ろした。


「何から話そうかい?」

「えっと……まず、この交易所のことから教えてほしいっす!」

「ここのことかい?」


フウカは店内を見渡した。


「ここは、この集落の心臓みたいな場所だよ。

狩った獣の皮、採れた薬草、穀物……みんなが持ってきて、欲しいものと釣り合わせて交換する。

簡単に見えて、ここが止まると集落は回らない」

「心臓……」

「そうさ。たとえばカオルが持ってきた獣の皮は、防寒具にもなるし、鞣し革の材料にもなる。

それを欲しがる人がいれば、塩や穀物、道具と交換する。そうやって暮らしが回っていくんだ」

「なるほど……」


マナンは真剣な顔で頷いた。


「うちなんかは野菜と薬草を担ってる。畑の世話は毎日だよ。

耕して、種をまいて、水をやって……虫や病気とも付き合う。

大変だけどね――そのおかげで、みんなの食卓に青いものが乗る」


フウカは遠くを見るように言った。

その目には、長年この集落を支えてきた誇りと、少しだけ疲れが混じっていた。


「でも、それは楽しそうっす!」


マナンが思わず声を上げる。


「自分で作ったものを、みんなが食べてくれるなんて……すごく嬉しいことっすよ!」

「あら……そうかい?」


フウカは少し驚いたようにマナンを見た。


「そう言われると、こっちも嬉しくなるよ」

「えへへっ」


マナンが照れたように笑う。


「――ところで」


フウカが、少し顔を覗き込むように言った。


「マナンちゃんは、カオルのこと……どう思ってるの?」

「えっ?」


心臓が、ひょいと跳ね上がる。


「カオルくんのこと……っすか?」

「そうよ。あの子は昔から不器用で、自分の気持ちを素直に出すのが下手だった。

でも、あなたと会ってから少しずつ変わってきてるように思うんだ」


(変わって……る?)


喉の奥で言葉を探す。

昔のカオルは知らない。けれど今のカオルは――


(優しいっす)

(いつも、私のこと気遣ってくれるっす)

(でも、たまに……見えない壁があるっす)


その壁が何なのかは分からない。

だけど、越えたいと思ってしまう。


「カオルくんは……いい人っすよ」


少し俯いて言った。


「私のこと、何も知らないくせに……色々教えてくれて……」

「……」

「私が怖がってる時も、そばにいてくれるっす」

「――ふふ」


フウカは優しく微笑んだ。


「そうだよね。カオルは、そういう子なんだよ」


その言葉を聞いた瞬間。

マナンの胸元で、光がほんの少し揺れた。


胸に下げたペンダント――命に直結する遺物。

フウカの視線が、そこへ落ちる。


「そのペンダント……昔の『遺物』なんだって?」

「はいっす」

「不思議な輝きだねぇ。ちょっと見せてくれるかい」


マナンは躊躇して――それでも、そっと外して渡した。

外した瞬間、胸の奥がすうっと冷える。

ほんの一拍、息が浅くなった。


(……いつもより、軽い)


そう感じたのに、すぐに笑って誤魔化した。


フウカは受け取ると、指先で慎重に縁を撫でる。

光の揺れを確かめるように、じっと見つめた。


「綺麗だ。まるで、あなたの心の中みたいだね」

「……」

「マナンちゃんが来たことで、この集落にも少しずつ変化が起き始めてる気がするよ。良いことばかりじゃないかもしれないけどね」

「どういうことっすか?」

「あなたがいることで、カオルが危ない目に遭うかもしれない。

でも同時に、カオルが『生きてる顔』をしてるのも事実だ」


その言葉が胸の奥にじわりと染みていく。


(私がいることで……カオルくんが……)


フウカはわざとらしく肩をすくめた。


「まあ、女の勘ってやつさ」


そのとき、がらり、と扉が鳴った。


「あ、カオルが戻ってきたみたいだね」


カオルが入ってくる。


「フウカさん、毛皮の交換、お世話になりました」

「ああ、いつもありがとうね」


カオルの背負った籠は、さっきまでの毛皮とは打って変わり、新鮮な野菜の匂いに満ちていた。

根菜の土の匂い、葉物の青い匂い。大地をそのまま運んできたような香りだ。


「――それじゃあ、今日はこれで」


カオルはフウカに一礼し、マナンの隣に立って小さく頷く。


「じゃあね。気をつけて帰るんだよ」


フウカの声は穏やかだった。


─────


扉を閉めると、がらり、という音が響く。

外の明るさが二人を包み、交易所の内側の活気が少しずつ遠のいていった。


「フウカさん、すごい人っすね」


歩き出してから、マナンがぽつりと呟いた。


「……ええ。この集落では、一番みんなに頼られています」


カオルは前を向いたまま答える。

その言葉には、ただの事実以上の重みがあった。


背後から人々の声が薄く聞こえる。

今日の出来事が、明日へ何かを運んでいく予感がした。

――そして、二人の影がカオルの家の前に差し掛かったその瞬間。


「……あっ!」


マナンの声が、息と一緒に零れ落ちた。

カオルが足を止める。


「どうしたんですか?」

「ペンダント……!」


胸元を探る。布の上を焦るように滑って、あるはずの感触を探して――ない。


「たぶん、交易所に置いたままっす……!」


言い終える前に、喉が震えた。


「だ、大丈夫です、すぐに戻れば……」


カオルはそう言いかけて、自分でもその言葉の軽さに気づいてしまう。


――あれは、ただの飾りじゃない。

マナンの命、そのものだ。


最悪の光景が一瞬で浮かび、カオルの血の気が引いていく。


「――僕が取ってきます!」


籠から野菜が落ちても構わず、カオルは走り出した。


「待って……私も!!」


マナンもすぐ後を追う。


二人は来た道を、まるで命がけで引き返した。

人の気配が薄れていく。集落の喧噪が、遠い壁の向こうの出来事みたいに離れていく。


─────


交易所の扉は、片付けの気配を孕んだ隙間で、ゆっくり光を呑んでいた。

扉の前に人影はない。


カオルが息を切らしながら扉を叩く。


"どんどんどんどん!!"


音が、やけに無機質に響く。

返事はない。


「フウカさん!!」


叫びが静まった空気を裂く。


「誰かいませんか!!」


返ってきたのは、風の音だけだった。


「……もし……見つからなかったら」

「多分、すぐに意識が……」


マナンの声が、泣きそうになる。


「マナンさん、大丈夫です。きっと……」

「でも、あれは……!」


その先が言えない。

胸元を指さす。そこにはペンダントがあったはずの「空」だけがある。


カオルは、もう一度、扉を強く叩いた。


"ガチャンッ!"


金具が鳴り、二人の心臓をえぐる。


「――どうしたんだい? そんなに慌てて」


扉の隣の小窓から、フウカの顔が覗いた。


「フウカさん!!」


カオルの声が震える。


「ペンダント……マナンさんのペンダントが!」

「ペンダント?」


フウカは戸惑ったように眉を下げる。


「そう! 私が見せた、胸のペンダントっす……!」

「ああ、あの綺麗な遺物かい」


フウカは小さく頷いて言った。


「ちょっと待ってな。今、探してくるから……」


窓の向こうへ、フウカの影が消える。


――静かだ。

さっきまで中から聞こえていた人の気配が、嘘みたいに途切れている。


カオルは拳を握りしめた。爪が掌に食い込む。


(絶対に、ある。……あるはずだ)


その隣で、マナンの呼吸が浅くなっていく。

胸の奥が、冷えていく。

まるで“そこ”に繋がっていた糸が、じわじわ切れていくみたいに。


「……カオルくん」


袖を、静かに引く。


「私、もし……」

「――大丈夫です」


カオルはその言葉を遮った。


「僕が、見つけます」


揺るがない瞳。

揺るがないからこそ、怖い。


そして。


「――すまないが、見つかんなかったよ」


フウカの声が、二人の胸の奥へ冷たく突き刺さった。


フウカの手には、何もない。

空っぽの両手だけが、そこにあった。


「……え……?」


マナンの声が、息にならない。


世界が、少し遠のく。


ドクン。


胸の内側が、強く叩かれる。

一拍遅れて、足元が抜ける。


「――マナンさん?」

「ぁ……カオ……ル……」


倒れていく身体が、やけにゆっくりで。

カオルの声だけが、やけに遠い。


「マナンさん!!!!」


最後にマナンが目にしたのは

カオルのーー悲しそうな顔だった。

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