団員、光る巨木を目撃する
カオルとウォルの二人は集落へ戻ってきた。
集落には、微かに夕食の支度や人々の生活の気配が残っていたが、すでに日は落ち、静寂がゆっくりと広がり始めている。
自警団の集会所の前まで来たとき、薄暗がりの中でルクスが二人の姿に気づいた。
重い足音を立てて、こちらへ歩み寄ってくる。
「おう、遅かったな。無事だったか」
低く、圧のある声が夜気を切り裂く。
「はい、団長」
カオルの返事には、洞窟での出来事を思い返すかのような緊張が、まだ残っていた。
「それで? 何かあったのか?」
鋭い視線が、ウォルとカオルの間を行き交う。
「洞窟内に特に変化はありませんでした。遭遇した魔物も、スライム一体だけです」
ウォルが答えると、ルクスは眉間にしわを寄せ、深く息を吐いた。
「そうか……」
「それと、団長……洞窟の奥、封印の扉の前で、低いうなり声……のような音を聞きました」
カオルの言葉に、ルクスの表情が一変する。
「何だと!? 本当か?」
カオルが小さく頷くと、ルクスは口を閉ざし、深く考え込んだ。
しばしの沈黙のあと、決意を固めたように顔を上げる。
「よし。明日、私とウォルでもう一度あの洞窟へ向かう。
念のため、封印の扉を直接確認する」
そう言ってから、ルクスはカオルへ視線を移した。
厳しさの抜けた表情で、彼の頭にそっと手を置く。
「カオル、今日は疲れただろう。ゆっくり休め。お前がいてくれて助かった。感謝している」
ウォルが、ルクスに抗議をする。
「えぇ〜、俺は休めないんですかぁ?」
ウォルの抗議に、ルクスは即座に鋭い視線を向けた。
「お前は明日早朝に私と出発だ。準備しておけ」
睨まれたウォルは、露骨に肩を落とす。
「はぁ〜……わかったよ、親父」
「ウォル。団員の前で“親父”呼びはやめろと言っているだろう」
「はいはい。団長……」
そう言い残し、ウォルは足早に、自宅でもある集会所の中へ消えていった。
その場に残されたカオルの足元には、長く伸びた影が落ちている。
夕焼けの名残が、空の端にかろうじて残るだけだった。
「カオルも、完全に暗くなる前に帰るんだぞ。明日は他の団員たちと、集落周辺の見回りを頼む」
ルクスの低い声が、静寂の中に重く響く。
「明日は遅れるなよ」
そう言い残し、彼もまた重い足音とともに集会所の中へと姿を消した。
「はい、団長」
か細い返事は夜風に溶ける。
カオルは一人、その場に立ち尽くし、濃さを増していく闇を見つめていた。
(明日……あの洞窟で、何もなければいいけど)
その思いを胸の奥にしまい、静かに家路につく。
冷たい土の感触が靴越しに足裏に伝わり、遠くで夜の虫の声が聞こえ始めていた。
─────
――そして、翌朝。
カオルは早起きをして朝の支度を済ませ、自警団の集合場所へ向かった。
「おはようございます」
「あぁ。おはよう、カオル。昨日はよく眠れたかい?」
顔見知りの団員が声をかけてくる。
「はい。ところで、団長とウォルは?」
「あの二人なら、日が昇る前にもう出かけたらしいよ」
その言葉に、カオルは思わず目を瞬かせた。
「えっ……随分早いですね。朝ごはんも食べてないんじゃ……」
「多分な。昨日の夜に、急いで準備してたみたいだし」
団員は苦笑する。
「そうですか……」
カオルの表情に、わずかな心配が滲む。
「まぁ大丈夫だろ。昨日の話を聞いたけど、魔物はスライムだけだったんだろ?
もし何かあっても、あの二人なら昼過ぎには戻ってくるさ」
(……そうだといいけど)
カオルは心の中で、そうつぶやいた。
─────
その後、カオルたちは集落周辺の警戒活動に入った。
朝の空気は冷たく、吐く息が白くなるほどだったが、体を動かすうちに次第に温もりが戻ってくる。
警戒は、集落の入口から森の縁まで、二人一組で巡回する手筈だ。
カオルは若い団員とともに、東側の森を担当していた。
――『半日とはいえ、村を留守にする間に何かあれば一大事だ。警戒を怠るな』
念のため、いつもより範囲を広げての巡回だった。
「……」
『”ぐぉぉぉぉぉぉぉぉん……”』
『”ぐるるるるるるるるるぅ……”』
カオルは、洞窟で聞いた唸り声を思い出すたび、背筋に冷たいものが走る。
そんな最中だった。
「お〜い、カオルくん! ちょっとこっちに来てくれるかな〜?」
遠くから呼ぶ声が、はっきりと耳に届く。
「はい、今行きます」
(何かあったのかな……)
そこには、数人の団員が集まり、何やら話し込んでいた。
驚きと好奇心が入り混じった表情が、彼らの顔に浮かんでいる。
カオルに気づくと、全員が一斉に振り返った。
「あの……どうしたんですか?」
「いや、大したことじゃないんだけどさ。ほら、南の崖の方から見える、でっかい巨木があるだろ?」
――巨木。
かつて人々が『世界樹』と呼んでいという逸話を持つ、巨大な樹。
集落から少し離れた場所に立ち、大地に根を張り、空へ枝を広げ、葉を茂らせている。
その姿は、この小さな集落にとって、あまりにも神々しい存在だった。
住人たちは敬意と畏怖をもってそれを見上げてきたが、決して近づこうとはしなかった。
正確には、近づけなかった。
─────
かつて、若者たちが調査を試みたことがある。
好奇心と冒険心に突き動かされ、巨木の謎を解けば集落の役に立つと考えたのだ。
だが彼らは道中で謎の嵐に遭い、命からがら戻ったものの、多くが負傷した。
それ以来、巨木には「近づくべからず」という掟が定められ、誰もが遠くから眺めるだけになった。
─────
「実はな……昨日の夜、俺、見ちまったんだよ」
年配の団員が、興奮気味に切り出す。
「何を?」
「巨木が……光ってたんだ」
「……え?」
一瞬、意味が理解できなかった。
「光ってたって……どういうことですか?」
カオルが問い返す。
「ああ、真夜中にな。用足しに外へ出たら、南の空が妙に明るくてな……」
団員は身振りを交えて語る。
「裏の丘に登ると、木の上の方が少し見えるだろ?
登ってみたら、どう見ても巨木が光ってたんだよ」
「慌ててカミさんを連れてきたが、その時にはもう消えてた。
幻覚だって笑われたけどな……今思い返しても、ありゃ間違いなく光ってた」
話を聞き終え、カオルは言葉を失った。
(巨木が……光る?)
とてもではないが、信じがたい話だ。
無意識に首を傾げ、視線を落とす。
その反応を見て、団員はさらに声を弾ませる。
「だからさ、あの洞窟で聞こえた唸り声も、
もしかしたらこの光と関係あるんじゃないかって思ってな」
その言葉をきっかけに、周囲がざわつく。
「巨木と唸り声が関係してるって?」
「まさか……あの木が……」
「団長も唸り声の件は真剣に調べてる。何かしら関係があるのかもしれん」
別の団員の言葉に、場は静まり返った。
「もし本当なら……とんでもない話だな……」
誰かが小さくつぶやく。
(巨木の発光と、唸り声……ほぼ同じ時刻に起きた二つの現象……)
考え込むカオルの耳に、森を渡る風の音が届いた。
「ところでカザトさん、昨日どれくらい酒を飲んだんだ?」
「あぁ? カミさんの作ったツマミが美味くてなぁ。覚えてねぇくらいだ! ガッハッハ!」
「ああ……」
「そりゃ幻見るわ」
半笑いでその場は収まり、団員たちはそれぞれ巡回へ戻っていく。
─────
「おーい、カオルくん。ぼーっとしてないで、そろそろ帰ろうか~」
声をかけられ、はっと我に返る。
「あ、はい!」
散り始めた団員たちの背を見送りながら、カオルは歩き出した。
(良くないことの前触れじゃないと、いいんだけど……)
カオルの頭の中では、先ほどの話が何度も繰り返されていた。




