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転送少女とケモミミ少年 -Zerofantasia Gaiden-  作者: zakoyarou100
第一章 無もなき集落
34/37

カオルと、食料事情

翌朝――


カオルは陽の光に目を覚ました。

まぶたの裏から射し込む淡い金色は、何度も繰り返した“いつも”の合図のはずなのに、

今日は胸の奥が先に反応した。


(……ああ)


思い出す。

昨日から、世界の重心が少しだけずれている。


カオルは、できるだけ音を立てないように身を起こした。

古いベッドがぎし、と控えめに鳴る。

それに重なるように――隣から、穏やかな呼吸が聞こえてくる。


マナンがいる。


その事実が、胸に温かい重みを落とした。

重いのに、苦しくない。むしろ安心の重さだ。

ただ、その安心が“期限付き”であることを思い出してしまって、喉の奥が少しだけきゅっと縮む。


ベッドの上に横たわる少女の寝顔が、朝の淡い光を浴びて柔らかな輪郭を描いている。

長い睫毛が微かに震え、唇から穏やかな息がこぼれる。普段の明るさとは違う、無防備な眠りの表情。


(……寝てる時は、こんな顔するんだ)


見てはいけない宝物を覗き込んでいるような気持ちになる。

胸の奥が、くすぐったく痛い。


彼女の胸元で、ペンダントが淡く脈動するように光っていた。

小さな鼓動。生きている証。

カオルは、その光と少女の安らかな寝息だけが、

この薄暗い部屋で確かに“今”を作っているように感じていた。


(……減らないでくれ)


願いが、口に出る前に飲み込まれる。

願った瞬間、叶わない時の痛みが増える気がした。


カオルはそっと立ち上がり、布をかけ直す。

指先がふと彼女の髪に触れそうになって、慌てて引っ込めた。

触れてしまったら、何かが変わる。

――今の距離が壊れる。


静かに扉を開け、家の裏に回る。


井戸の縁に腰を下ろすと、朝の冷気が肌を刺した。

桶を繰り下げ、ロープをゆっくり引き上げる。


重みが腕にずしりとのしかかり、木の軋みが朝の静けさに染みる。

水が跳ね、冷たさが頬を打った。


掌にすくった水を顔に浴びると、睡魔がごそっと剥がれ落ちていく。

頭が冴えると同時に、昨夜の言葉が胸の奥から立ち上がってくる。


一ヶ月。魔界樹。瘴気。世界樹大戦。

そして、マナンの命。


カオルは無意識に、獣耳を撫でた。

指先が濡れた毛を梳く。柔らかい。熱がまだ残っている。

いつもなら、ただの癖。

なのに今日は――


(そういえば……マナンさん、この耳を触りたがってたっけ……)


思い出した瞬間、頬にじんわり熱が集まる。

耳がぴくりと反応して、自分の動揺をばらす。


(……何やってんだ)


カオルは慌てて指を耳から離し、もう一度水をすくって顔を洗った。

冷たさに救われる。

救われながら、心のどこかで思う。


(……毎日、こうして起きてくれればいいのに)


怖い願いだった。

叶ってほしいのに、願うのが怖い。


─────


家に戻ると、マナンはまだ眠っていた。


(……今のうちに、朝ごはんの準備をしちゃおう)


彼女の分まで。

“彼女の分”という言葉が、カオルの中でやけに眩しく響く。

誰かと分け合う朝食なんて、遠いものだった。


台所に立ち、壁にかけられた麻袋へ手を入れる。

指先が触れるのは、黄土色のしなびた木の実が少し。

棚の上から固くなったパンを取り出すと、乾いた音を立てて欠けた。


(……これで、足りるかな)


パンを小さくちぎり、鍋に水と共に入れる。

木の実と、少量のスパイスも加え、かまどの火にかける。


(マナンさん、美味しいって言ってくれるかな……)


湯気が立ち上り、段々と家の中に甘い匂いが広がっていく。

期待と不安が胸の奥で渦巻く。


料理は、カオルにとって“食べるための作業”だった。

腹を満たし、明日の仕事に備えるための、効率の行為。


でも今日は違う。

誰かのために。誰かに喜んでもらうために。


その考えが、鍋の中のスープに全く違う重さを与えていた。

木の棒でかき混ぜるたびに、胸の鼓動が鍋の中へ落ちていく気がする。


――その時。


「ん~……カオルくん……」


寝ぼけた声が、背中を撫でた。

驚いて振り返ると、マナンが壁にもたれかけた姿で立っていた。

髪は子どもの寝起きみたいに乱れ、瞳はまだ夢の名残を湛えている。


「あ……おはようございます、マナンさん」

「おはよっす……」


マナンは、ぐらぐらと一歩、また一歩と歩み寄る。

その鼻が数回、ぴくぴくと震えた。


「……いい匂いっすね……」

「あ、はい……ただの木の実のスープなんですけど……」


マナンはぐっと喉を鳴らし、目をきらきらさせて鍋の中を覗き込んだ。


「……顔、洗ってくるっすね」


そう言って井戸へ向かう後ろ姿を見ながら、カオルは胸の奥で温かいものが広がるのを感じていた。


(誰かのために料理を作るのなんて……“あの時”以来だな……)


─────


マナンが戻ってくると、カオルは木の器に注いだスープを差し出した。


「マナンさんの分です」

「お、おぉ……!」


マナンは嬉しそうに受け取った。

その様子は、まるで初めて贈り物をもらった子どもみたいで、カオルの胸がきゅっとなる。


「この、黄色い木の実、何ていうんっすか?」

「えっと……『キイロギノミ』って呼んでます。甘くて、栄養もあるんです」

「キイロギノミ……そのままっすね……」


マナンは一口飲んで、目を大きく見開いた。


「……!! おいしいっす!! 素朴なのに、体の中がじんわり温まるっす……!」

「……美味しい、って言ってくれて、嬉しいです」


頬が熱くなる。

獣耳がぴくりと動いて、自分の嬉しさを隠せない。


「ふふっ、照れてんじゃないすか、カオルくん!」

「し、仕方ないじゃないですか……! 不安だったんです」

「でも、まさかカオルくんが私のために料理してくれるなんて、びっくりしたっすよ!」

「えっ……」


マナンはスープを飲みながら、考え込むような素振りを見せる。


「なんとなくっすけど……」

「普段から手の込んだ物を作ってる感じ、しないっすよね?」

「そう……ですか?」

「仕事ばっかりして、帰ったらグッタリして、適当にパンを食べて寝る……みたいな」

「……ずいぶん的確に言いますね……」

「だって、昨日の宴会も、あんまり食べなかったじゃないっすか。あの肉、すごく美味しかったっすよ?」


カオルは言い淀んだ。

食欲はあった。

でも――胸の奥が、ずっと別のことでいっぱいだった。


「……食欲はありましたけど……」

「まぁ、そんなことはいいっす!」


マナンは手を振って笑う。


「嬉しいことには変わりないっすからね!」


朝日が古い窓から差し込む。

昨日までこの光はただの光だった。

でも今日は、違う。


誰かの笑顔と共にある光。

――そんな光だった。


「それに、料理って、魔法みたいっすよね!」

「魔法……みたいですか?」


マナンはスープの表面を指先でなぞるように言った。


「ただの水に、木の実を入れて火にかける。

ありふれた材料と簡単な作業で、全然違うものが生まれるじゃないっすか」

「確かに……そう、ですかね?」

「まるで錬金術っす!! 石を金に変えるみたいな!」


その瞳は、秘密を見つけた研究者みたいに輝いていた。

“知りたい”が、彼女の心臓を動かしているのが分かる。

それが魅力で、同時に危うい。


「あぁ~美味しかったっす! 腹ごしらえばっちりっすね!」

「それで、ですけど――」


カオルが何か言おうとした、その瞬間。

玄関から馴染みのある声が響いた。


「カオル~、もう起きてるか~?」

「あっ、カチューシャ着けなきゃっす」


マナンは慌てて立ち上がり、猫耳のカチューシャを乱れた髪に押し当てる。

耳がぴょこっと動いて、本人は真剣なのに、少し可笑しい。

それを見計らいカオルが扉を開けると、ウォルがいつもの調子で笑顔を浮かべていた。


「お、マナンさんも起きてたか。ちょうどいいや」


ウォルは入ってくるなり鍋を覗き込み、鼻を鳴らす。


「ん~いい匂いだな! カオル、朝から凝ったもの作ってたのか?」

「いや……ただの木の実とパンのスープだよ」

「十分“凝ってる”んだよなぁ~、普通朝から火なんか使わないぞ」


ウォルは肩をすくめて笑い、それから急に真顔に近い表情になる。


「で、カオル。マナンさんに“試験”の内容は話したか?」


カオルはゆっくり首を横に振った。


「いや、これから話すところ……」

「ウォルくん、試験って……昨日言われた自警団の試験のことっすか?」


マナンが首を傾げる。朝の光の中で髪が揺れ、瞳が未知を探す。


「ああ、自警団の正式な団員になるための試験だ」


ウォルが身を乗り出しながら説明する。声には期待が混じっていた。


「難しいことじゃない。ただ、俺たちの集落で生きていく上で、

最低限必要な知識や技術があるかを見るためのもんだ」

「じゃあ、何か倒してこいとか、そういう物騒なのじゃないんっすね」

「ああ。その点は安心してくれ」


――しかし。


ウォルの笑顔がわずかに引き締まり、声の温度が変わった。


「だけどな。俺たちの世界じゃ、戦う技術以上に、生死を分けるものがある」

視線が、カオルとマナンの間を行き来する。

「それは、生き抜く術だ。人との協力、そして……」


ウォルは、秘伝を語るみたいにトーンを落とす。


「食料の調達と……それを”美味しく”いただく事、とかな」


一瞬、沈黙。

次の瞬間、マナンの瞳がぱっと輝いた。


「食事が……そんなに重要なんっすか?」


ウォルは満足げに頷き、家の中を見回す。


「マナンさんが思ってる以上に、“食っていく”ってのは重い。間違えたら、終わる」


そして、指折りに現実を並べる。


「森でキノコを採っても、毒を間違えたらそれで終わり。

川で魚を獲っても、下処理を間違えりゃ腹を壊して動けなくなる。

獣を狩っても保存を知らなきゃ、冬を越す前に飢える」


言葉が生々しい。

さっきまでの“魔法みたい”な会話が、現実の土に引き戻される。


「この集落で生きるってのは、自然の一部になるってことでもある。

旬を知って、癖を知って、食えるものと食えないものを見分ける。

それが、祖先から受け継いだ最強の“知恵”だ」


ウォルは空っぽの木の器を手に取り、その内側を指でなぞった。

そこには、まだスープの匂いが残っている。


「カオルの作ったこのスープもな。

見た目は地味でも、火を通してスパイスを入れるだけで、寒い朝を越す力になる。

こういうのが積み重なると、“生き延びる”に変わるんだよ」


マナンは、自分の器を見つめながら小さく頷いた。


「つまり……食事って、腹を満たすだけじゃなくて……生きる知恵そのものってことっすか?」

「その通りだ」


ウォルが満足げに笑う。


「ここまで言えば、試験の内容も見えるよな?」


カオルはゆっくり頷いた。

マナンが、カオルの方を振り返る。

カオルは少しためらいながら、でも確かに続ける。


「――試験の内容は、”自らの手で食材を集め料理を作る”こと、です」

「食材を集めて……料理を、っすか……」


マナンの表情が固くなり、瞳の奥で何かが高速で計算され始める。


ウォルがニヤリと笑う。


「審査員は親父と俺を含めて五人。三人以上が満足すりゃ合格。

食材は集落近辺の自然から調達。畑のものや、貰った物は駄目。

器具はこっちで用意するけど、それ以外は全部自分でやる。ルールはそれだけだ」


「……なるほどっすね」


マナンの指が唇に触れた。

“魔法”の構造を組み立てる時の癖みたいに。


「ということは、どの辺に何が生えてるか、どの時期に美味しいか、毒か食用か……

そういう知識も問われるってことっすか?」

「そうだ、見えてきてるじゃないか」


マナンは腕を組み、何度も頷く。


「つまりこの試験は、料理の腕前より……

自然観察眼とサバイバル知識が本質ってことっすね?」

「まさにそれだ」


ウォルは満足げに頷き、カオルの頭をくしゃくしゃと撫でた。


「カオルがその辺は詳しいから教えてもらってくれ。頼むぜ、カオル」

「うぅ……頭くしゃくしゃしないで……」


カオルが不満そうにしながらも、どこか誇らしさが滲む。


「カオルの試験は、審査員が満場一致で合格だったんだぜ」

「ウォル、それは……」


カオルの顔が赤くなる。


「おぉ……凄いじゃないすか、カオルくん! 見直したっす!」


マナンが目を輝かせる。


「で、どんな料理だったんすか!? 何作ったんですか?」

「それは……」


カオルは少し考え込んでから答える。


「森で採ってきたキノコと、川で獲ってきた魚を……塩で焼いただけです」

「それだけで、満場一致……?」


マナンの瞳がさらに輝く。


「すごいっす! 素材の力を最大限に引き出す……職人技じゃないすか!」

「そんな大した……」

「チッチッチッ」


ウォルが人差し指を立てる。


「カオルの料理を舐めちゃいけねえ。こいつの“シンプル”はな、奥が深いんだ」


マナンは、ぐっと拳を握った。


「……わかりましたっす! 本気で教わるっす!」


ウォルが満足げに笑い、玄関へ向かう。


「じゃ、俺は戻る。明日また顔出すかもな。二人とも、うまくやれよ!」


ウォルの背中が小道の先に消えるまで、二人は黙って見送っていた。

朝の光が道の向こうでぼんやりと輝き、背中が金色に縁取られていく。


─────


「じゃあ……」


ウォルが見えなくなったのを確かめて、マナンがそっと息を吐いた。

瞳には闘志と期待が混じった光。


「ここからが本番っすね」

「はい……」


カオルも少し息を吐く。

“教える”という責任が、肩に落ちてくる。

でもそれは、不思議と嫌ではない。今は“明日”につながるから。


「何から始めるっすかね……食材の知識からでもいいっすか?」

「森に行く前に基本は説明しますけど……」


カオルは家の奥へ歩きながら言う。


「とりあえず……食料庫にあるものを見てみますか?」

「食材の在庫、っすか?」

「はい。マナンさんはこの時代の食糧事情を知らないでしょうから……」


マナンは知らない。その代わり、別の世界を知っている。

――だからこそ、彼女はここで浮いている。


食料庫の扉を開けると、乾いた匂いが立ち上がった。

麻袋、木箱、吊るされた干し肉。生活がそのまま並んでいる。


「まずは……これです」


カオルは古い木箱の蓋を開けた。少し型崩れした乾麺。


「小麦の乾麺です。保存が利きますし、応用が効きます」


次に吊るされた束へ手を伸ばす。表面に光沢がある、干し肉の塊。


「鹿肉を塩漬けにして乾燥させたものです。長く保存できますけど、調理にコツが要ります」


マナンは小さな鼻をぴくりぴくりと動かしながら、匂いと見た目を覚えていく。

学ぶ時の顔だ。真剣で、楽しそうで、少し危なっかしい。


「あっちの棚には、塩といくつかのスパイスがあります」


指で示す方向に、麻布に包まれた小袋が並ぶ。


「塩は貰い物ですが、スパイスは畑か森に自生しているものです」

「なるほどなるほどっす……!」


マナンは宝探しの地図を広げた子どもみたいに、目をきらきらさせながら庫内を見回した。


「カオルくんって……結構料理に詳しいんっすね」

「えぇ……”師匠”がそういう事に厳しい方だったので……」

「ややっ? カオルくんのお師匠様ですか?」

「はい……暫く留守にしているので、お会い出来てないですが……」

「留守っすか?」

「そうです。いつも突然ブラッとどこかに行って、いつの間にか帰ってきてる人です。

昨日の宴会にも呼んだらしいですが、暫く留守にするという張り紙が家の玄関に張ってあったとか……」

「へぇ……それはなかなかの変わり者っすねぇ」


「僕の弓の腕前やサバイバルの知識なんかは、全部師匠に教えてもらったんです」

「なるほどっす……」

「補完している食材に関しても、師匠に教えて貰ったことを基本に揃えています。

これでも、集落の中では少ない方なんですけどね……」


カオルが苦笑すると、マナンがふと目を細めた。


「……でも、これだけあるなら、色々試してみたい料理もあるっすよ」

「試したい……料理?」

「えっと……」


マナンは少し恥ずかしそうに視線を逸らした。


「前いた所では、あんまり料理しなかったんすけど……一つだけ、得意なのがあったっす」


カオルは思わず、声を柔らかくする。


「どんな料理なんですか?」


マナンは一度深呼吸してから言った。


「シチューなんすけど」

「シチュー……?」


言葉だけは知っている。

でも、この集落で作るには――。


「……まさか、ご存じないっすか!?」

「いや、聞いたことはあります。でも……確かミルクが必要ですよね?」

「そうっす! ミルクを煮込んで、野菜とお肉を入れて……」


マナンの説明は、懐かしい匂いを連れてくるみたいに、柔らかかった。

きっと彼女の“帰る場所”の味だ。

カオルは胸がきゅっとなる。


「……でも、残念ながら、ミルクを手に入れるのは難しいかもしれません」

「やっぱりそうっすか……」


マナンの肩が落ちた。

その落ち方が、妙に小さくて、痛い。


「理由はいくつかあります。まず、この集落では乳牛を飼っている家がありません。

牛が珍しいわけではないんですが……諸事情があって」


言葉を選ぶ。

“諸事情”の中には、危険や過去の失敗が詰まっている。


「それに、ミルクは新鮮なうちに消費しないといけない。

遠くから運べない。保存の加工技術も、この集落にはありません」

「なるほどっすね……」


マナンは頷きながら、ふと顔を上げる。


「……野生の乳牛はいるんっすか?」

「えっ……放し飼いというか、野にいる牛なら何頭かいるはずです。でも――」


カオルが“でも”を言い切る前に。

マナンの目が、ぱっと輝いた。


「それなら、話は簡単っすよ!」


嫌な予感が、背筋を走る。

“簡単”という言葉が、この世界では一番危ない。


「私たちでその乳牛さんから、ミルクを分けてもらえばいいんっす!」

「えぇっ!?」


カオルの耳と尻尾が、雷に打たれたみたいに跳ね上がる。


「き、危険です!!」

「大丈夫っすよ! ちゃんと頼み込めば分けてくれるっすよ!」

「そういう問題じゃ――」


カオルの声が上ずる。

でもマナンは、無邪気な顔でさらに追い打ちをかけた。


「それに、ミルクを長期保管できるようにする方法なら、知ってるっすよ!」


カオルの思考が止まる。


「……本当ですか?」

「本当っすよ!」


マナンは得意げに胸を張った。

その瞬間、彼女のペンダントが――ほんのわずかに、淡く脈を打った気がした。

(気のせいかもしれない。けれど、カオルの胸がざわつく。)


「だから……」


マナンは鼻息も荒く、きらきらした目で言い切った。


「その乳牛さん、探しに行くっす!」


無邪気。

だけど、その無邪気さは、森の危険を知らない刃だ。


カオルは一歩、息を整えた。

止めたい。けれど、彼女の“やりたい”を全部否定したら、彼女の光まで消えてしまいそうで。


(……守る)


その言葉が、胸の奥に落ちる。自警団員としてじゃない。ただの少年としてでもない。

“彼女と一緒に生きる”ために。


「わ……わかりました」


カオルは、慎重に言葉を選んだ。


「とりあえず……野生の乳牛がいる場所まで案内します。

でも、近づき方は僕の言う通りにしてください」


マナンがにぱっと笑う。


「了解っす! 隊長!」


その軽い返事に、カオルはため息を飲み込んだ。

笑ってしまいそうになるのを堪えながら。


――こうして、二人の“明日”が動き始めた。

試験のための食材探しは、いつの間にか“生き延びるための賭け”に変わっていく。

そして、その賭けの先には、北西の遺跡へ続く道が、薄く、しかし確かに伸びていた。

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