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転送少女とケモミミ少年 -Zerofantasia Gaiden-  作者: zakoyarou100
第一章 無もなき集落
33/44

カオルと、また明日

カオルの舌は、言葉を拒んだ。


喉の奥で、声にならない問いだけが反響する。

言えば、形になってしまう。形になった瞬間、それはもう“現実”になる。


――世界を旅する。


(世界を旅するってことは……集落を出ていくってこと……?)


胸の奥が、じわりと冷える。

自分の世界は、この森と、この集落と、この道だけだった。

外の世界なんて、名前すら持っていない。


それに、彼女は魔法を制限され、命には期限がある。

そんな状態で外へ出るなど――


(危険すぎる)

(……正気じゃない)


そして、もっと怖い考えが浮かぶ。


(いなくなる)

(……会えなくなる)


胸の奥で、冷たい針が突き刺さるような痛みが走った。

痛みは一度で終わらず、じわじわと広がって、呼吸のたびに刺し直してくる。

自分の意識と無関係に、目尻が熱くなる。


「……っ、僕は……嫌、です……」

「……あっ、あくまで例えっすよ!! 例え!!」


マナンが、少し慌てたように声を張る。

明るく笑って見せるが、笑いがうまく乗り切っていない。

彼女も、自分の言葉がカオルの中をどうえぐったのか、気づいたのだ。


「折角招き入れてもらったのに、すぐに出ていくようなこと、私もしたくないっすし!!」

「……そう……ですよね……」

「それに、私はカオルくんのためにこの命を使うと決めたっす。

だからカオルくんが嫌がるようなことはしないっす!!」


口から零れた言葉は、驚くほど軽かった。

安堵――という名の麻薬を、無理やり流し込まれた感覚。


その軽さが、逆に怖い。

ほっとした分だけ、今度失うのが怖くなる。


(今は、出ていかないって言ってる)

(でも……“今は”だ)


“今は”の先に、確実にあるもの。

一ヶ月。

針みたいな数字が、頭の内側に突き刺さって離れない。


(もし、本当にそうなったら……僕は、どうすればいい?)

(追いかける? 止める? 引き留める?)


(――そんな資格、僕にあるのか……?)


資格。

そんな言葉を考えること自体が惨めで、悔しい。

でも、手を伸ばすことが怖いのは、伸ばした先で空を掴むのが分かっているからだ。


脳裏に、最悪の想像が浮かぶ。


――出ていったまま、戻らない。


星空のような髪も。

あの瞳も。

笑い声も。

「ただいまっす」の明るさも。


(……全部、消える)

(出ていかなくても……一ヶ月後には……)


思考が、断崖から音もなく落ちていく。

言葉は消え、胸の奥には、ただ痛みだけが残った。


「……っ……グズッ……」

「カオルくん……」


マナンの手が、カオルの頭をゆっくりと撫でる。


「ごめんなさい……そんなに深く考えさせちゃうとは、思わなかったっす……」


彼女の声は柔らかい。

その瞳に宿る悲しみは、まるで――すでに別れを知っているかのようだった。


――優しいのに、どこか“距離”を作っている。

――触れてはいけない場所を、本人が一番分かっている声だった。


「……い、いえ……」


ようやく絞り出した声は、乾ききっていた。

喉が、砂を噛んだみたいにざらつく。


本当は言いたい。

「行かないでください」

「死なないでください」

――いや、もう遅い。


「とにかく、今日はもう遅いっす!! 家に帰りましょっす!!」


マナンは立ち上がり、背を伸ばす。

星空のような長い髪が、月明かりに揺れた。


――風が吹けば、そのまま攫われてしまいそうに。


「……はい」


カオルも、遅れて立ち上がる。

足元が、沼に沈んだように不確かだった。


(考えたくない。マナンさんが……僕の世界から消えることなんて……)


胸の奥が、ひどく静かになった。

世界が、わずかに傾いて見える。

彼女が、いつの間にか自分の世界の中心になっていたことを、思い知らされる。


二人は、暗い夜道を並んで歩き出した。


─────


家までの道は、体が覚えている。

石の位置も、木の根の張り出しも。

夜露の匂いも、風の抜ける場所も。


それなのに今夜は、足がもつれる。

見慣れた道が、知らない場所のようだった。

――いや、違う。道が変わったんじゃない。自分が変わったんだ。


マナンは、一歩先を歩いている。

その背中が、カオルの世界そのもののように見えた。


(追いつけない)


たった一歩なのに、妙に遠い。

触れたら壊れそうで、近づくのが怖い。

でも離れたら、そのまま消えてしまいそうで――もっと怖い。


「カオルくん」


振り返ったマナンが、静かに問いかける。

月明かりが頬をかすめ、瞳の青が深く見えた。


「カオルくんは、もし、この世界に……自分の知らない秘密があるとしたら、知りたいタイプっすか?」

「それとも……知らないままでいたいタイプっすか?」


真っ直ぐな視線。

そこにあるのは、試す色ではなく、純粋な探究心だった。

だからこそ怖い。彼女の“知りたい”は、境界線を越えてしまう。


カオルは、すぐに答えられなかった。

秘密――この世界の禁忌。人間。マナ。魔界樹。

知らないままでいたほうが、楽に生きられることを、カオルは知っている。


でも。


――知ってしまった。もう戻れない。


答える前に、マナンが続ける。


「私は……全部、知りたいっす」


夜道を歩きながら、彼女は言った。

自分に言い聞かせるみたいに。

そして、ほんの少しだけ――震えを含ませて。


「たとえ、それが……自分を傷つける秘密でも」

「知らずにいるよりは、知っておきたいっす」


足音が、落ち葉を踏む。

サク、サク、と乾いた音が規則的に続く。

そのリズムが、彼女の“生き方”のリズムみたいに思えた。


「だから私は、ずっと勉強してきたっす」

「世界のこと。魔法のこと。自分の知らないこと……全部」

「一歩踏み込むたびに、底のない迷宮に迷い込むみたいで」

「一つ謎を解いたら、また次が現れて……」

「夜空の星みたいに、無数の未知が輝いてて」

「気づいたら、時間を忘れてたっす」


語る声は明るい。

けれど、その明るさの奥に――“時間を忘れることが怖かった”みたいな影が見えた。


カオルの胸が、きゅっと締め付けられる。

月明かりに照らされた横顔は、神話の彫像のようだった。

でも、彫像と違って、彼女は息をしている。

――期限つきで。


「私の街は、光の世界樹の麓にあったっす」

「見上げれば、いつもそこに世界樹があった」

「みんなは、その美しさに惹かれてた。でも私は……」

「“なぜ『光るのか』”が知りたかった」


その声が、わずかに沈む。

沈み方が、嫌な予感を連れてくる。


「ある日……同じ学校の子が、街の外れで倒れてるのが見つかったっす」

「命に別状はなかったっす。ただ、その子の目からは……『光』が消えてた」


カオルは息を飲む。

“光が消える”という言い方が、ただの比喩ではない気がしたからだ。

目の奥に、ほんとうに何かが消えた――そんな重み。


「それが魔界樹の影響だって知った時……」

「『瘴気』って言葉が、初めて心に刻まれたっす」

「希望も、生命の輝きも失った、絶望した表情……」

「明るくて時々憎たらしかった、あの子の変わり果てた姿……」

「私は、その顔が、忘れられなかった……恐怖したっす」


“恐怖した”の一言が、彼女の本音だった。

勉強も探究も、憧れだけじゃない。

恐怖から逃げないための武器だった。


「だから……何とかしたいって、光の世界樹の、光のマナの謎を解きたいって思ったんっす」

「解き明かせたら、救えるかもしれないって」

「それで……光の巫女を目指したんっす」


淡々とした語り。

だが、その奥には、消えない後悔と願いがあった。


「魔界樹と瘴気のことも、必死に調べたっす」

「どうすれば浄化できるのか。どうすれば絶望を希望に変えられるのか」

「でも……」

「結局、調べても、探しても……納得できる答えは、見つからなかったっす」


一瞬、言葉が止まる。


夜風が吹き、マナンの髪が揺れた。

その揺れが、言葉の“続きを言いたくない”って合図みたいだった。


「光の巫女の行う魔界樹の”剪定”……浄化は、一時しのぎに過ぎなかったんっすよ」

「……そう……なんですか?」


マナンは、一瞬目をそらす。だが、カオルはその一瞬の”陰り”を見逃さなかった。


(言いたくないんだ……言ったら”何か”まずい事が、きっとある

そんな、気がする……)


「カオルくんには……いずれ言うっすよ」

「――私の知ってる、全てを」


それでも、彼女の瞳は前を向いていた。

前を向かなければ、崩れてしまうみたいに。


「でも……この集落の人たちは、面白いっすよ!!」


急に、声が弾む。

切り替えの速さが、逆に痛々しい。

でもその明るさに、救われる自分がいる。


「未知だらけの世界で、自分の経験を頼りに生きるなんて……」

「すごく、ロマンチックじゃないっすか?」

「学園の中にいた私より……」

「カオルくんみたいに、この集落の人たちみたいに、森で働いて、体を動かして」

「感覚で世界を知ってる人のほうが……」

「よっぽど、世界と向き合ってるっす!!」


「……僕が?」


思わず零れた声。

自分が“世界と向き合っている”なんて、考えたこともなかった。

生きるので精一杯で、向き合う余裕なんてなかった。


「そうっす!!」


満面の笑み。

その笑みは、夜の闇をほんの少しだけ照らした。


「カオルくんの目の前は、今もこれからも……未知だらけっす!!」


その言葉に、カオルは胸の奥が熱くなるのを感じた。

未知。

怖い言葉だったはずなのに――今は、彼女と一緒なら“道”に見える。


─────


「あ、カオル君の家、着いたっすね」


家の戸に、マナンが手をかけた時、

カオルは、はっきりと言った。


「僕と……マナンさんの家、です」


言った直後、恥ずかしくて息が止まりそうになった。

でも引っ込めたくなかった。

この言葉だけは、今夜の自分が掴んだ“現実”だった。


「あっ……そっか」


マナンは、照れたように笑う。

その笑いが、胸の痛みをほんの少しだけ和らげた。


「じゃあ……『ただいま』っすね」


扉が開く。

湿った木の匂いが流れ出る。

それが不思議と、今夜は温かく感じた。


「……おかえりなさい、マナンさん」


声は小さかったが、マナンに届いた事は、確かだった。

彼女の耳のカチューシャが、嬉しそうにぴくりと動く。


(……良かった)

(今日も、戻ってきた)


その事実だけで、胸がいっぱいになる。

そして同時に――“いつか戻ってこない日”があることも、突きつけられる。


─────


家の中で、二人は荷物もろくに下ろさず、しばらく立ち尽くした。

夜の静けさが戻ってきて、さっきまでの会話が、胸の中で遅れて響く。


「ところで、カオルくん」


マナンが先に口を開いた。


「……はい?」

「明日から、私たちはどうすれば良いんっすかね?」


言い方は軽い。

でも、どこか“明日”にしがみつくみたいな響きがあった。

明日を約束しないと、今が崩れそうな声。


「そうですね……」


カオルは少し考え、答える。

自分の中で、言葉を慎重に並べる。

希望になりすぎないように。

でも、絶望にならないように。


「ルクス団長が言っていた事を覚えてますか?」

「勿論っす。実力を図るために”一週間後に試験”っすよね?」

「そうです……自警団の一員として認められるには、試験を受けて

実力を証明する必要があります。僕もその試験を受けました……ついこの前に」

「合格したんっすよね?」

「はい……」


カオルは、少し恥ずかしそうに頬を掻く


「試験に合格すれば、晴れて北西にある古代の遺跡の調査が出来るようになります」

「”過去”の人達が”未来”である、今に何らかの手がかりを遺していること…」

「そして、マナンさんが命をつなぐための”何か”が見かること……」

「そう信じて、あそこを目指すのが……僕たちの最終目標です」


言い終えた瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなった。

“最終目標”と言ってしまった。

言葉にした。

逃げ道を、自分で塞いだ。


「マナンさんがこの集落にいる表向きの理由は、集落と周辺の調査ですから……

まずは団長の言っていた通り、集落の人と交流したり自警団の手伝いをする事から

始めるのが良いと思います」


「なるほど~!!」


マナンが嬉しそうに頷く。


「急がば回れっすね!! 無難だけど、いい案っす!!」


彼女は笑顔で言った。


「それなら……明日から、周辺の案内、お願いするっすよ!!」

「え……僕が……?」

「そうっす!! 一緒に暮らすんっすから!!」


その言葉が、胸の奥に静かに落ちた。

“一緒に暮らす”――それは、期限のある契約じゃない。

今この瞬間だけは、未来の形に見えた。


「……わかりました」


照れながら、カオルは頷いた。


――明日。

それは、確かに“続きのある時間”だった。

だが同時に、終わりへ向かう時計も、静かに動き続けている。

カオルは心の中で、思うのだった。

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