カオル、世界樹大戦を知る
帽子を外したマナンの頭には、
人間には存在しない”獣の耳”が生えているように見える。
「えっ……?」
それを見たカオルは、思わず声を漏らした。
――マナンは間違いなく”人間”だった。
昨日、洞窟の青白い光の下で、確かに見た。
帽子が飛んだとき、彼女の頭には“何もなかった”。
滑らかな輪郭だけが露わになって――あの衝撃は、今でも覚えている。
それなのに、今。
目の前のマナンには、自分たちと同じ『獣耳』が生えている。
「こ……これは……?」
声が震える。
だが、ルクスは動じない。
両手を組みながら、湯気の立つ湯呑みを前に落ち着いた声で言う。
「その耳……あなたは”猫種”なのですね」
─────
獣人に生える"獣耳"は、その者が持つ特有の”身体的な特徴”を深く表現している。
――犬の耳を持つ者は、鼻が利くため、集落の偵察任務では欠かせない存在だった。
――猫の耳を持つ者は、バランス感覚に優れ、森の木々の間を軽やかに移動することができた。
耳の形は単なる見た目の違いではなく、
それぞれの獣人が持つ生得的な能力の象徴となっているのである。
─────
カオルの頭が追いつかない。
団員たちの獣耳が、わずかに動く。
視線がマナンの耳へ、顔へ、手へ――獲物の匂いを確かめるように走る。
「えっ、ええ……」
マナンはそう答えた。笑って誤魔化そうとしているのに、頬が固い。
口元だけが上がっていて、目が笑っていない。
カオルには、その無理がはっきり見えた。
(マナンさん……今、必死だ)
――マナンは獣人だったのか?
昨日の姿は? 「人間」と名乗ったのは?
考えが絡まり、胸の奥で、形のない混乱がねじれて広がっていく。
(……違う。彼女は人間って言った。耳がないのを、確かに僕は見た)
じゃあ今の"あれ"は何だ。
“嘘”なのか、“別の手段”なのか。
思考が迷子になりかけたとき、マナンが一つ、息を整えたのが分かった。
「えっと……こちらを……見ていただけますか?」
マナンは帽子をそっとテーブルに置くと、その中から銀色に光るペンダントを取り出した。
”アストラ・ヴィータ”
マナンの命を繋ぐ生命線であり、彼女の宝物。
ルクスが目を細め、視線がペンダントに吸い寄せられる。
「これは過去の遺物で、古代研究機関の者のみ携行を許された物です。
今のところ、特別な力や呪いは確認されてないですが……
未知の可能性を含む存在として、研究対象になってます」
言い終えた瞬間、マナンはほんの少しだけ肩の力を抜いた。
“説明を噛まずに言い切れた”――そんな安堵が滲む。
だが、安心できるのはそこまでだった。
ルクスはそれを手に取り、じっくりと眺める。
(ペンダントはマナンさんの命……もし、危険だと判断されて
封印されたり、捨てられたりすれば……)
カオルの額に、嫌な汗が一筋流れた。
沈黙が伸びる。
伸びすぎて、呼吸の仕方が分からなくなる。
(頼む……団長……)
祈りにも似た焦り。
マナンの横顔を見ると、彼女は背筋を伸ばしたまま、微動だにしない。
その“動かなさ”が、余計に怖い。
――もし、ここで否定されたら。
――もし、耳のことを突かれたら。
カオルは、最悪の場合を想定してしまう。
─────
「……ふむ」
やがてルクスはペンダントを卓に置くと、静かに頷く。
「なるほど。これは確かに古代の遺物ですな。
――恐らく、世界樹大戦が勃発する前の……」
「世界樹……大戦?」
カオルは聞き慣れない言葉に眉をひそめた。
その言葉だけで、空気が一段重くなる。
団員たちの表情も硬い。ウォルの肩がわずかに強張る。
「……そういえば、カオルには話したことがなかったな」
ルクスはカオルへ向き直り、話し始めた。
─────
【世界樹大戦】
それはかつて、人々を恐怖のどん底に突き落としたとも、滅亡させたとも言われる過去の戦い。
人の欲が引き起こした過ちは、世界を煉獄の炎、終焉の水、滅びの嵐、そして大地の怒りで覆い尽くした。
血で血を洗い、大地を焼き尽くし、人々の絶望の叫びが吹き荒れる光景は、まさに地獄だった。
その過程で人々はマナを失い、人間を失い、世界を失った――。
だが希望もあった。『救世主』の存在である。
救世主の登場により、獣人たちは今日を生きているとされた。
しかし救世主は世界樹大戦を終結させると、何処かへ姿を消した。
残されたのは、かつての文明の遺産と伝承だけ。
残された者たちは新たな文化を築こうと努力し続けているが、いまだ成果は出ていない――。
─────
カオルは声が出なかった。いや、出せなかった。
人類が消えた理由。世界が一度滅んだ原因。
その一端を覗き見た気がして、想像するだけで胸の奥が冷たく締まる。
(人間は……自分たちで……世界を……)
「……マナン殿、貴女は『救世主』のことをご存知か?」
ルクスの問いが、静寂を切り裂く。
その瞬間、カオルは息を止めた。
マナンが何かを知っていたら――いや、知っていなくても、答え方ひとつで疑われる。
「”救世主”の存在は、我々の機関でも研究対象です、ですが、今のところ成果は……」
マナンはそう呟き、俯いた。
返事は小さく、どこか硬い。
“知らない”が嘘であってもなくても、今はそれしか言えない声だった。
「……そうか……」
ルクスは短く返す。
それ以上は追わない。追わないからこそ、逆に怖い。
“今は”追わないだけだ、と言われている気がして。
「……それで……その……」
マナンは口を開こうとするが、言葉が続かない。
視線が宙を彷徨う。
その迷いを、ルクスが逃さない。
「マナン殿」
ルクスが、ゆっくりと言葉を重ねた。
落ち着いた声だが、見透かすような重みがある。
「単刀直入にお伺いします。あなたは何を目的に、古代研究機関にいらっしゃるのですかな?」
――本題。
ここから先は、言い逃れがきかない。
マナンは一度息を吸い、吐く。
そして、少しだけ目を上げた。
「……古代の伝承の調査や、各地の遺跡の調査も目的です。……でも、それ以上に……」
そこで、視線がカオルへ向いた。
唐突に胸が跳ねる。
自分が“話の中心”に引きずり出されたみたいに。
「今の私は、あなた達のことを知りたいんです」
ルクスの目が、わずかに見開かれる。
「我々のこと、ですか……?」
「はい。先程も言った通り。私は偶然ここに来るまで、
この地に住んでいる同胞はいないと思ってました」
マナンの声に、切なさが滲む。
“同胞”――その言い方が、カオルの胸をざわつかせた。
「でも昨日、カオルくんやウォルくんに出会って……カオルくんと一晩を共にして……」
カオルの耳が熱くなる。
“共にした”という言い方が、やけに胸に刺さった。
昨日の夜、隣で眠った温度が一気に蘇る。
(い、言い方……!)
団員の誰かが小さく咳払いをした。
ウォルが眉を寄せた。
カオルは気づく――この場でそれを言うのは、危うい。
マナンは慌てて言い直すように、柔らかく笑う。
「……この集落の方々のことを知りたいって、思いました」
笑顔は穏やかだ。
でも、その奥は必死だ。
“ここに居たい”と、身体ごと訴えている。
「私の知る古代や過去は、確かに高度な文明が根付いた、
未知のロマンや摩訶不思議な事象に富んだ……とても素敵な時代だったと思います」
「でも同時に、大戦や文明崩壊で、未来に希望を見いだせず、絶望した人々もいた筈です」
言葉が、真っ直ぐだった。
軽口ではない。
彼女の“本音”だと分かる声。
「そう……知られず、語られることもなく、
ただ愚かだという烙印を押されて、ひっそり世界から姿を消した”人間”みたいに」
その単語が出た瞬間、部屋の空気が凍りついた。
団員たちの獣耳が、ぴん、と立つ。
カオルの喉が鳴る。
(やめて……その言葉は……)
ルクスは黙ってマナンを見ている。
その視線の鋭さに、カオルの背筋が強張る。
だがマナンは、視線を逸らさない。
(マナンさん……怖くないのか……?)
怖いはずだ。
それでも、退かない。
それが彼女の強さで、同時に危うさだった。
「だからこそ私は、この地を知られないままにしたくないっす」
「この地のことを、そして、この地に住むあなた達のことを、
もっと知りたい。知って、伝えて、受け継いでいきたいっす」
「世界が滅んでも、過去の人々が僅かな遺跡や伝承で知識を繋いでくれたように
……私も今を生きるあなた達のことを、あなた達の暮らしを、未来に伝えたい」
「だから私に……この地に住む人々のことをもっと知る機会を、くれませんか?」
一瞬、彼女の指先が自らの手に握られたペンダントを撫でる。
その仕草が、カオルには「時間がない」と言っているように見えた。
─────
「カオル、お前に確かめさせて欲しい事がある」
ルクスの声が、カオルに向けられた。
ーー自分の番だ。
「昨日、マナン殿と過ごしたお前にしか聞けない事だ」
「マナン殿は……"信頼"できるか?」
マナンを守りたいのであれば、カオルの答えに
動揺や揺らぎは認められない。
発するのは一言だけ。
真っ直ぐな気持ちを乗せる。
「はい」
「背中預けられるか?」
「はい」
「……仮に、集落に受け入れたとしての話だが、
彼女が過ちを犯した時、お前は責任を取れるか?」
カオルは一瞬、息を呑む。
でもすぐに、その問いに答える決意を固める。
「はい。マナンさんを、信頼……してますから」
カオルは答えた後、しばらく息をするのも忘れ、
ルクスの次の言葉を待った。
「……マナンさん。どれくらいこの地に留まられるおつもりで?」
ルクスが問う。優しい言い方なのに、核心を外さない。
「……わかりません。でも、そんなに長くはいられないかと……思います」
マナンは目を伏せた。
その瞬間、カオルの胸にマナンの”タイムリミット”が刺し直される。
――最大でも一ヶ月。
短すぎる。短すぎて、言葉にならない。
「……そうか……」
ルクスも俯く。表情は読めない。
沈黙が、張りつめた糸のように伸びる。
「この世界……いえ、この地に来てからまだ間もないので、
色々なことに戸惑ってばかりで……」
マナンははぐらかすように言い、指先を見つめた。
寂しさが、肩口に漂う。
“長くはいられない理由”を、言えない寂しさ。
「……なるほど」
長い沈黙の後、ルクスがゆっくりと口を開いた。
「……わかりました。あなたの目的と、我々を知りたいという願い。私も否定はいたしかねます」
口元に、かすかな微笑み。
「集落を束ねる長として、あなたが滞在している間
――この集落の一員として歓迎しましょう」
マナンの瞳がぱっと明るくなる。
緊張がほどけ、呼吸が戻るのが見えた。
カオルの胸も、同時にゆるむ。
(……よかった……)
「ただし!」
その一言で、空気がまた締まる。
息が止まる。
「……ただし……?」
「集落の”掟”は守って頂く必要がある」
マナンは、緩んだ頬を再び引き締め、ルクスを見つめる。
「貴女はこの地の遺跡を探索したいと申された。だが、遺跡へは
”自警団”の一員として認められなければ、入ることを許されない……
それが、この集落の”掟”です」
「これが、どういう意味だかわかりますかな?」
ルクスは淡々と言う。丁寧だが、拒否は想定していない。
“条件”というより“契約”だ。
「貴女には、一週間後に”試験”を受けていただきます。
この集落の自警団員が一人前として認められる為に必要な物と同じ内容です」
「もし、その試験に合格することができれば、
集落周辺の探索を許可することを約束しましょう」
カオルの心臓が跳ね上がる。
――残り一ヶ月のうちの、一週間。
マナンの"寿命"を考えると、一週間は相当に長い。
(それに、自警団の試験を、マナンさんが受ける……?)
"試験"
一人前の自警団員として認められる為の通過儀礼。
決して難しい試験では無いが、失敗すれば怪我で済まないかもしれない。
内容を知るだけに、その単語がカオルの心に影を落とす。
「この地の遺跡は、いずれも魔物や魔獣が徘徊する危険な土地です。
もし、実力を持たない者が遺跡に行けば、たちどころにやられてしまう……」
「集落の一員として迎える以上、私は長として実力を評価しなければならない」
「……よろしいですかな? マナン殿」
マナンは、間髪挿れずに一言。
「わかったっす!!」
そう答えた。
「……あっ、わかりました!!」
ルクスは咳払いをすると、マナンをじっと見つめる。
その瞳には、穏やかさと期待の眼差しが宿っていた
「それまでの間は、集落の住人や自警団の手伝いをお願いしたい。
先程申し上げた通り、この集落は外部との交流がありませんでしたからな。
知識や経験が不足しているのです」
ルクスは立ち上がり、ウォルも続く。
「何より、息子のウォルから聞きましたよ。
――あなたが集落に災いをもたらさんとする魔獣を倒したという話を……」
テーブル越しに、二人は深々と頭を下げた。
「異邦の方。どうか私達に力をお貸しください」
その光景に、カオルは息を呑んだ。
異邦の、ましてや少女を自警団に迎える
――そんな前例は、聞いたことがない。
団長が頭を下げるという事実が、場の重さを決定づける。
マナンは一瞬だけ目を丸くした。
けれどすぐ、いつもの笑みを作り――深く頭を下げる。
「……はい、喜んで!!」
明るい。
眩しい。
だけど、その笑顔はどこか危うい。
でも、今この場でそれを言えるはずもないのであった。
─────
「じゃあ、後でな」
集会所を出るとき、ウォルが小さく声をかける。
いつもの強気な声に戻っている。
それが、ひどくありがたかった。
カオルとマナンは一度、自宅へ戻ることになった。
『カオル。彼女が滞在する間は、お前の家で面倒を見てくれ』
帰り際、ルクスはそう告げた。
集落で見ず知らずの者と暮らすより、すでに顔馴染みのカオルが適任――そういう判断だろう。
「わかりました」
マナンと一緒に過ごす日々が、少しでも長くなるのなら。
カオルは、迷いなく頷いた。
「よろしくっす、カオルくん!! また一緒に暮らせるっすね!!」
マナンの声は軽い。
けれどカオルは、そこに少しだけ“縋るような響き”を聞いた気がした。
嬉しい。
でも、怖い。
嬉しいほど、怖い。
その様子を後ろで見ていたルクスの目元は、息子の成長を見る親のように、どこか柔らかい。
――けれど、その柔らかさの奥に、まだ鋭い光が残っているのも、カオルは見てしまった。
(団長……疑いを捨てたわけじゃない……)
─────
集落の外れ。カオルの家へ向かう道。
空を見上げると、日はわずかに傾き始めていた。
昼の明るさが少しずつ薄れ、森の影が長くなる。
「マナンさん……」
漏れた声は小さく、枯れ葉が舞い落ちる音に紛れそうだった。
「何っすか? カオルくん!」
マナンはいつも通り笑う。
その笑顔は、何ひとつ変わらない。
そこには、彼女がいずれ死ぬという絶望の影が、見当たらなかった。
だからこそ、カオルは苦しくなる。
「明日からの、話ですが……」
「おっ?何か提案とかあったりするっすか?」
「……いえ、何でもありません」
「え~、絶対なんかあるっす!!
一緒に暮らすんだから、隠し事はダメっすよ!!」
「い、いえっ! 本当に何でもないですよ!?」
慌てて両手を顔の前で振る。
頬が熱い。耳の先まで熱い。
――本当は聞きたい。
“耳はどうしたんですか”も、
“さっき団長の前で怖くなかったですか”も、
“助っ人の仕事、無理しないで”も。
でも、どれも言った瞬間に崩れそうで、飲み込むしかない。
「カオルくん~♪」
マナンが、にこやかに背中を軽く押す。
「私、カオルくんと一緒に暮らせることになって、今すっごい嬉しいっすよ!!」
言い切ったあと、彼女は少しだけ視線を逸らした。
その一瞬の“弱さ”が、カオルの胸を締め付ける。
「もしカオルくんの家以外で過ごせって言われたら、団長さんにゴネてたっすから!!」
「そ、そうなんですか……」
その言葉だけで心臓が跳ねる。
嬉しいと言われた。
それなのに、胸が痛い。
“限りがある嬉しさ”だと知ってしまっているから。
「……僕も……嬉しいです……」
呟きは小さく、風にさらわれる。
マナンの足が一瞬止まった。
聞こえたのか、聞こえなかったのか分からない。
けれど、彼女はすぐ前を向き、いつもの調子に戻る。
カオルは、意を決して聞いた。
「そういえば……頭に生えているその耳、どうしたんですか……?」
「あっ、これっすか?」
マナンは帽子を脱ぎ、頭の獣耳に触れながら言う。
「ふふふ……すっごいアイテムってやつっす!!」
言い方は軽い。
でも、その指先はさっきより慎重だ。
「まさか出番があるとは思わなかったっすけど……」
そう言って――耳が外れた。
「わぁっ!!? 取れた!!?」
カオルは思わず叫んだ。
自分でも情けないくらい大きい声が出て、獣耳がぴんと立つ。
マナンは肩を揺らして笑う。
「えへへ!! そりゃそうっすよ!!」
得意げに、取り外した耳を渡してくる。
――それは、まるで本物のように見える、精巧なカチューシャだった。
滑らかな金属の帯が頭の形に沿う弧を描き、両端の耳は毛並みまで再現されている。
内側の淡いピンクから外側の濃い毛色へ、繊細なグラデーション。
触れれば、温度まで“本物っぽい”。
(……こんなの、近くで見ないと分からない……)
団長が見抜けなかったのも、納得がいく。
いや――見抜けなかったというより、見抜ける確証がなかったのだ。
疑いは残しつつ、今は飲み込んだ。
きっと、そうだ。
「これは猫耳カチューシャっていうアイテムっす!!」
マナンは誇らしげに胸を張る。
「頭に猫の耳を取り付けられる、私の世界の便利アイテムっす!!」
「……便利、アイテム……」
呆然と呟くと、マナンがくすっと笑う。
「それに、ほら。カオルくんの耳みたいに、感情で動かすこともできるんっすよ!!」
彼女が装着し直すと、耳が嬉しそうにぴょこぴょこと動いた。
(……動くんだ……)
可愛い、と思ってしまった瞬間。
同時に胸の奥が痛くなる。
可愛いと感じるほど、失う未来が怖くなる。
「えへへ……どうっすか? 似合ってるっすかね?」
マナンが顔を近づけてくる。
頬が紅潮していて、瞳がきらきらしている。
夕陽が髪に溶け、星空みたいな青が金色に染まる。
――近い。
――息が、かかりそうだ。
カオルは、目を逸らせなかった。
(……マナンさんの目、いつもより綺麗に見える……)
自分の顔が赤いことを、はっきり自覚する。
鼓動がうるさい。
耳の先まで熱い。
「……は、はい……」
声が喉の奥で引っかかって、情けないほど小さくなる。
「声ちっさいっすね!!」
マナンが笑う。
その笑い声が、夕暮れの道に軽く弾んだ。
――でも、カオルには、その笑いの奥にある“必死さ”も聞こえてしまう。
(マナンさん……この耳、きっと……ずっと使いたくなかったんだ)
“隠す”という行為は、慣れていないほど苦しい。
彼女はそれを、ここから毎日続ける。
カオルは目線を逸らし、赤くなったまま、こくりと頷いた。
嬉しい。
それでも胸が痛い。
――だから、決めた。
(生きててほしい)
言葉にはできない。
でも、心の中で何度も繰り返す。
彼女の背中を、絶対に守る。
守るために、遺跡へ行く。
団長の信頼を勝ち取る。
寿命を伸ばす手段を、必ず見つける。
その決意だけが、足元の道を照らしてくれる気がした。




