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転送少女とケモミミ少年 -Zerofantasia Gaiden-  作者: zakoyarou100
第一章 無もなき集落
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過去と、未来

カオルは、マナンの問いを理解できずにいた。


"ここは、どこっすか。"


その言葉は、場所を尋ねる響きではなかった。

地名や方角を確認するための問いではない。

もっと、ずっと深いところを揺さぶってくる。


まるで――

この世界そのものを否定する前触れのように、胸の奥に重く沈みこむ。


だが、カオルには答えがなかった。

巨木が見えている。いつも通りだ。

いつも通りなのに、今日は“いつも通り”が薄っぺらく感じた。

その感覚が、カオルを言葉に追い込む。


(マナンさんの目は、何かに怯えている目だ……)

(でも、何に?)

(あの巨木に? それとも、この”世界”に……?)


彼の知る世界は、この集落と、その周囲に広がる森や山々だけだ。

それより外の世界を、彼は知らない。想像する術もない。

地図はない。道標もない。話す者もいない。

外の世界は――昔話に出てくるだけの「空白」だった。


カオルにとっては“ここ”がすべてだ。

生まれ、育ち、生き延びてきた場所。

それ以外の世界は、名前も形も持たない暗闇に等しい。


――知らない、というより。

――最初から、存在していなかった。


そう思い込まないと、生きてこれなかった。

“外”があると認めた瞬間、自分の小ささに潰される気がして。


外の世界を知る者が隣に立つことで、初めて思い知らされる。

自分の世界が、どれほど狭く、どれほど閉じていたのかを。


「ここは……えっと……」


カオルは、言葉を探すように視線を彷徨わせた。

露に濡れた草、風に揺れる葉、遠くの山の稜線。

どれも答えにならないのに、視線は必死に逃げ場を探していた。


「集落の近くの……森の丘ですけど……?」


自分でも分かるほど、声に自信がなかった。

その響きは、巨木と、その向こうを見つめる少女との間で宙づりになっている。

“場所”を言ったはずなのに、どこか言い訳みたいに聞こえる。


「……違う」

「違うっす……違うんっすよ……!」


マナンの声が、低く震えた。

風の音に紛れてしまいそうな小ささなのに、やけに重い。


「あれは……違う!!

”世界樹”なんかじゃないっす!!」


次の瞬間、彼女ははっきりと目を見開いた。

その目は、何かを見誤っていた者が、残酷な真実に気づいたときの目だった。


それまでのマナンは、世界樹を“見たがっている”だけだった。

興味と期待で光っていた。

けれど今は違う。

――“知ってしまった”顔。


「……え……?」


カオルの喉が鳴る。

息を吸っているのに、肺に空気が入らないみたいだった。


「世界樹……じゃない……?」


カオルには、理解が追いつかなかった。

“世界樹”は世界樹だ。

遠くにある巨大な木。近づけば嵐が来る。

近づいてはいけない。触れてはいけない。

――そして、興味を持ってはいけない。放おっておくべき存在。

そういうものだ。そう教えられてきた。


なのに、マナンはまるで“別物”を見たみたいに言う。


「あんなの、ぜんぜん違うっす!!」

「何もかも!! 世界樹とは根本から違うっす!!」


マナンの声は強かった。

否定というより、拒絶に近い。

まるで、名前を付けること自体が禁忌だと言うように。


「世界樹は……私の知っている世界樹は、

魔法を生み出すために、常にマナを放出してる存在っす!!」


息を吸い、吐く。

呼吸が早い。頬が白い。

それでも言葉だけは、無理やり整えている。


「なのに……あの木からは、魔力の源である”マナ”の流れを一切感じないんっす!!」

「それどころか、あの木の放出しているのは……っ、あり得ない……」


――魔力。

――マナ。


知らない単語ではない。昨夜から、聞いている。

けれどカオルには“感じる”という発想がない。

カオルにとって魔法は、見える現象だ。光、炎、水。

感じ取れるようなものではない。


「あれは……もっと、邪悪な存在……でも、あそこまで成長してるなんて……」

「こんなの……絶対に、おかしいっす!!」


邪悪。

その響きが、カオルの耳に絡みつく。

叫びではない。祈りに近い否定だった。

“どうか間違いであってほしい”という願い。


「……邪悪……?」


カオルは、呆然と呟いた。


(あの”巨木”が、邪悪……?)

(この前、神聖にも見える神々しい光を放っていた”巨木”が?)


カオルの脳裏に浮かぶのは、昨日夜に見た光景。

巨木が光を放つ、神秘的な姿。


「あれは……”諸悪の権化”そのものっす」


マナンの様子が“普通ではない”ことだけは、はっきりと伝わってくる。

瞳は巨木に釘付けなのに、焦点が合っていない。

まるで“遠景”ではなく、“自分の内側”を見ているようだった。


「あれを世界樹って呼んだら……」

「私たち魔法使いは……全員、おしまいっす!!」


“おしまい”。

それはきっと、彼女にとっては脅しじゃない。

マナンの世界では、本当に終わるという言葉の重さを持っていた。


「あんなものを世界樹だって認められてしまえば……

私たちは…… 二度と魔法を……!!」

「それどころか――」


「死んでしまうっすよ!!!!」


叫びは、希望を叩き潰された者の絶望だった。


マナンの瞳から大粒の涙が、止めどなくこぼれ落ちる。

肩が震え、呼吸が乱れ、身体が恐怖に縮こまる。


それを見た瞬間、カオルの頭が真っ白になった。

“死ぬ”という単語は、カオルにも分かる。

分かるからこそ、背筋が凍った。


(なんで……? どうして……?)


問いが渦巻く。

だが、問いを口にするほどの余裕がない。

彼女の泣き方は、ただの怖がり方じゃない。

“逃げ道のない理解”をした人間の泣き方だった。


カオルは、何も言えなかった。


ただ、そっと近づき、背中に手を置く。

撫でることしか、できなかった。


─────


風が、丘の頂を吹き抜ける。

それだけが、時の経過を教えていた。

涙の匂いが、朝の草の匂いに混じっていく。


――どれほどの時間が流れただろう。


やがて、マナンの嗚咽が静まり、

濡れたまつ毛が陽光を受けて、かすかに光る。


二人の視線の先には、遠くそびえる巨大な木。

――世界樹ではない、“諸悪の権化”。


マナンはしばらく沈黙し、やがて、ぽつりと口を開いた。


「カオルくん、今からする話は、冗談半分で聞いて欲しいっす」

「……え?」

「だって……こんな話、きっと信じてもらえないっすから……」


カオルは、そっとマナンの手を握る。

その手は、まるで心境をを表すかのように、冷たく震えていた。


「この”世界”、いや……この”時代”と言った方が良いっすね……」


マナンは、空を見上げると、言葉を止める。

――沈黙。一瞬だが、世界が変わってしまうかのような、永遠にも思える沈黙


そして、その言葉は紡がれた。


「ここは恐らく、いや、間違いなく

――私の住んでいた”遥か未来の時代”っす」


カオルは目を見開く。

――”失われた”魔法 

――”絶滅した”人間

確かに辻褄が合う。だが、信じられない。


「今までは半信半疑だったっす…… 全く異なる世界に来たんじゃないかって

もしかしたら自分の知っている世界とはぜんぜん違うんじゃないかって……

でも、あの”木”を見て、確信を持てたっす」


再び”巨木”を見つめるマナン。

握りあった手に、力が込められる。


「世界樹は……私たちの世界にとって、命そのものみたいな存在っす……」

「マナを生み出して、世界に巡らせるだけじゃない……

魔法の源である属性を司って、世界のバランスを保ってるんっす……」


カオルは、黙って聞いていた。

一言も逃さないように。

理解できなくても、せめて“受け止める”ことはできる。


「世界には……五本の世界樹があって……

それぞれが、一つずつ属性を持ってるっす……」

「私の世界には、【地】・【水】・【火】・【風】

そして【光】の五本があったっす」


彼女は一瞬、目を閉じる。


「私の住んでた街……カリオスの近くには、光の世界樹があったっす」


「私は……学校でずっと勉強してたっす……

立派な光の巫女として、世界を導くために……ずっと」


マナンは語り続けた。

自分の過去を、夢を、役割を。

語らないと、崩れてしまうから語っているかのように。


「光の巫女は、光の世界樹に仕えて……

マナを調整して、世界の均衡を守る存在っす」

「光属性の魔法を司って……

人々を守って……世界を照らす、役目っす……」


その瞳には、かつて信じていた未来が映っていた。


「私の夢は……私の住んでいた世界を

もっともっと良くする事だったっす……」

「光の巫女として力をつければ、いずれは争いのない、

素晴らしい世界になると、本気で信じてたっす」

「でも、その夢は、他ならぬ”争い”そのものよって

いつの間にかあっけなく崩れ去っていったっすけどね……」


マナンの声が、再び低くなる。

顔を上げると、彼女の頬はまだ濡れていた。

けれど瞳だけが、妙に冷静だった。

“泣いたあとにしか出ない冷たさ”がそこにあった。


「カオルくん……集落の人たちは……

あの木を『世界樹』って呼んでたんっすよね……?」


逃げ場のない問いだった。


カオルの喉が詰まる。

否定したい。でも、否定できない。

ここではそれが当たり前で、それ以外の呼び方を知らない。


「……はい、そうです」


カオルが、そう答えた

その瞬間――

彼女は、はっきりと首を振った。


「あれは…… 人々の営みを蝕んで……

世界を終焉へ導く木……」


「――私たちはあれを、”魔界樹”と呼んでいたっす」


その言葉が、風にさらわれる。

けれど耳には残った。

“世界樹”より冷たく、重く、嫌な響きとして。


「……嫌気が差すっすね。

自分にも、この”世界”……いや、この”結果”に……」


マナンは、なおも巨木を見つめていた。

まるで、目を離したら何かに負けてしまうみたいに。


そして、震える声で――


「……カオルくん」


「たぶん……

私の命……もう、そんなに長くないっす」


─────


(……え?)


その言葉が彼女の口から零れ落ちた瞬間、カオルの胸の奥で何かが割れた。



(命が、長くない…… それって、”死ぬ”って事?)

(なんで……どうして……!?)


カオルは、マナンの口から出た言葉を理解しようとした。

だが、それを心が拒否する

言葉にならない叫びが喉まで上がってくる。

けれど、声は出ない。

怖すぎて、息が止まる。


――だけど、聞かなければ

何もわからず、終わってしまう。


「……待って、下さい」


やっと出た声は、掠れていた。

それでも必死だった。


「それ……どういう意味なんですか……?」


彼は問いかけながら、心の中で懇願していた。

――違うって言ってくれ。

――誤解だって言ってくれ。

――また、いつもの軽口で笑ってくれ。


けれどマナンは、笑わなかった。

ただ、巨木を見つめたまま、震える息を吸って――

次の言葉を探すように、唇を開いた。

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