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転送少女とケモミミ少年 -Zerofantasia Gaiden-  作者: zakoyarou100
序章(下)人間の少女、マナン
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この、世界は?

「この世界にも……”世界樹”って、あるんっすか?」

「……!!」


カオルの身体が、わずかに硬直した。


――なぜ、知ってるんだ?

――あの巨木の事、”世界樹”の事を……


喉が鳴る。唾を飲み込んだはずなのに、口の中が乾いていく。

口を開こうとしても、声がうまく形にならない。

舌が、自分の意思じゃなく怯えているみたいだった。


「……? どしたっすか? カオルくん」


マナンは、ただ首を傾げてこちらを見ているだけだった。

まるで、天気を尋ねたかのように。

悪意も警戒もなく、ただ「知りたい」という純粋な顔で。


(……この人は、本当に“知らない”んだ)


その無防備さが、逆に怖い。

知らないまま踏み込む”人間”が、一番危険だと知っているから。


「……世界樹……ご存知なんですか?」


カオルがようやく絞り出した声は、思ったよりも低く、乾いていた。


――踏み込まれた。

そう理解した瞬間、自分が守ってきた“境界線”が、音もなく揺らいだのを感じていた。

触れてはいけない。近づいてはいけない。――興味を示しては、いけない。


そうして“守ってきたもの”に、いま光が当たろうとしている。


「そりゃもちろんっすよ!!

世界樹は、私たちが魔法を使うための”マナ”の重要な生成装置であると同時に……

――私たちの生命活動には必要不可欠なものっすから!!」


「………………え?」


声が漏れた。

頭の中が一瞬、白くなる。


世界樹が――魔法を使うためのマナの生成装置?

――生命活動に、必要?


あり得ない。

少なくとも、カオルの知る伝承の中にはそんな繋がりはない。

世界樹は崇めるものだ。

遠くに見える巨大な“巨木”として語られることはあっても“生命線”など誰も言わなかった。


自警団の先輩たちの話が、断片のまま脳裏を走る。


“昔の人間の遺物”

“近づくな”

“嵐に遭う”

“触れるな”


どれも、怖がらせるための言葉だった。

そこに「必要不可欠」だなんて、温度の違う言い方は一つもない。

神話の柱が、いきなり別の意味を持って目の前に立ったみたいで、膝の力が抜けそうになる。


「……マナンさんの世界では……世界樹が必要不可欠……なんですか?」


自分の声が、自分のものじゃないみたいに震えていた。

確認しないと、足元が崩れる。


「その感じだと、カオルくん達は世界樹の必要性を理解してない感じっすか?」

「は、はい……」

「マジっすか……」


マナンの視線は、どことなく”信じられない”といった色をしてる。


「世界樹は、私たちにとっては生命、繁栄、信仰諸々のシンボル的存在っす。

詳しい話をすると長くなるっすけど、世界樹がない生活なんて考えられないっすね!!」


マナンはそう言って、空を見上げた。

その目の奥に、カオルには測れない“当たり前”が詰まっている。


「そう……なんですね……」


彼女の言葉は軽いのに、根っこが深い。軽くない。

まるで、呼吸みたいに“世界樹”を含んで生きてきたとでも言うように。


「そうっすね……世界樹がこの近くにあれば嬉しいんっすけど……」


その瞬間、カオルの心臓が一段跳ねた。

――言うべきか。

――言ったら、何が起きる。


もし“必要不可欠”なら。

彼女は絶対に、ただ遠くから眺めるだけでは満足しない。


喉の奥で、言葉が何度も引っかかる。

――でも、彼女が求めるなら。

それでも――言ってしまう。


「……あります」


カオルの声は、絞り出したように細かった。

言った瞬間、背中が冷える。

取り返しのつかない石を、ぽとりと落とした感覚。


「おおーー!! あるんすね!!」


マナンが跳ねる。驚きと歓喜だけで、全身が軽くなったみたいに。

その無邪気さが、カオルには眩しいのに、刃物みたいに鋭い。


「その場所って、もしかしてすぐそこっすか? それとも結構遠いっすか!?」

「えっと……近くは、ないです……でも、見るだけなら……」


言葉を選ぶ。

“見るだけ”。

そこに鎖を混ぜるように、慎重に。


「是非、見たいっす!!」


即答。迷いゼロ。

カオルの胃がきゅっと縮む。


「それなら……自警団に向かう前に、寄っていきますか……?」


口が勝手に動いた。

自分で提案しておいて、すぐ後悔する。

だが、言ってしまった以上、逃げ道はない。


「是非お願いするっす!! 是非!!」


マナンは顔を近づけてくる。

その瞳は純粋で、残酷なほどに無邪気だった。


─────


カオルは、いつもの道を外れた。

言ってしまった、という感覚が、足首に絡む泥みたいに重い。


(どうして……言ったんだ)

(でも……隠しても、いずれ聞かれる。バレる)

(だったら……せめて、“見るだけ”に)


自分に言い聞かせながら、歩幅を整える。

獣耳は周囲の音を拾うのに忙しいふりをして、実際は心の揺れを隠しているだけだった。


「あの……この先にある丘から、遠くに巨大な木が見えるんです。

集落の皆は“巨木”って呼んでますけど、昔は“世界樹”って名前だったらしいんです……」


言葉は静かだった。

静かにしないと、”誰か”が聞いている気がした。

世界樹の話は、口に出すだけで“何かを呼ぶ”みたいで。


「へぇ~、そうなんっすね」


マナンは軽く返し、足取りはむしろ弾んでいた。

何も怖がっていない。怖がる理由を、知らない。


「その木は……昔は調査しようとした人がいたらしいんですけど……誰も、たどり着けなかったとかで……」

「そうだったんすか? 調査できなかったんっすか?」


――近づくな。

村の“禁忌”が、舌の裏で苦くなる。

誰も辿り着けない。誰も確かめられない。触れない。だから――触らせない。

だが、彼女は知ってしまった。


「……はい。聞いた話だと、近づこうとしたら嵐に見舞われたらしくて……」

「へぇ~、不思議なこともあるもんっすねぇ」


マナンは感心したように言って、落ち葉を踏む。

軽い足音。森の沈黙に、乾いた音だけが刻まれる。


空は高く、朝の光は澄み切っていて、道に葉影の模様を落とした。

美しい。だからこそ、胸の奥が冷える。

こんな穏やかな朝に、あの“触れてはいけないもの”を見に行くのが、ひどく間違っている気がした。


─────


やがて視界が開け、丘が現れた。


「あそこが……巨木の見える丘です……」

「おお~!!」


言った途端、マナンが走り出した。

小鹿みたいに軽やかで、帽子の縁が揺れ、髪が弧を描いて舞う。

カオルも慌てて追う。胸の鼓動が、嫌な予感を追い越していく。


丘の頂上。


追いついた時、マナンは立ち尽くしていた。


彼女の視線の先――巨大な木。

カオルは息を呑む。


上は雲に呑まれ、どこまで伸びているのか分からない。

ただ、そこに“在る”だけで、周囲の景色の尺度を狂わせるような存在だった。

遠いはずなのに、近い。

近づけないはずなのに、呼ばれているみたいに目が離せない。


何度も見てきたはずなのに、今日は違う。

喉の奥が、またひりつく。


(……彼女は、何を感じてる?)


「マナンさん……?」


鳥のさえずりが遠のいた。

風の音だけが、二人の間をすり抜ける。


マナンは、まるで、魅入られたようにその巨木を見つめ続けていた。

いつもの軽口も、無邪気な笑いもない。

ただ、真剣に、じっと。


まるで”あり得ないもの”、“あり得ない事”を確かめるように。


そして、ゆっくりと口を開く。


「カオルくん……ここは、どこっすか……?」


─────


彼女の瞳は恐怖で見開かれ、その声は小さく、かすかに震えていた。

問いかけの形をしているのに、どこか“確認”に近い響き。

カオルの背筋に、ぞくりと冷たいものが走る。


(……ただの”質問”じゃない)


その疑いが、確信に変わりかける。


巨木は遠くで揺らめき、雲の影が幹を横切った。

その瞬間だけ、木が――まるでこちらを見返したように見えた。

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