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転送少女とケモミミ少年 -Zerofantasia Gaiden-  作者: zakoyarou100
序章(下)人間の少女、マナン
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カオルの、感情

「その……大変、お恥ずかしいところを……」


しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻したカオルがそう言って頭を下げる。

頬はまだ熱を残し、獣耳は照れ隠しみたいに少し伏せ気味だった。

ついさっきまで涙でぐしゃぐしゃになっていた自分を思い出すたび、背中がむず痒くなる。


(僕、何やってるんだ……)


でも同時に、胸の奥の“重り”が少し軽くなっているのも事実だった。

彼女が、ここにいる。

それだけで、世界の輪郭が元に戻ってくる。


「いいんっすよ~。むしろ……私のことを心配してくれて、嬉しかったっすよ~」


マナンは、いつもと変わらない柔らかな笑みでそう返した。

言い方は軽いのに、声音の底がちゃんと温かい。


「……はい」


カオルは短く答え、少し照れたように顔をそらす。

さっきまでの涙の跡――頬に残った湿り気が、風に当たるたび冷たくて、余計に恥ずかしかった。


(……ふふっ)


マナンの瞳には、彼の頬に残る涙の跡がはっきりと映っていたが、彼女はそれを指摘することはなかった。

そこに“優しさ”があるのだと理解できるからこそ、カオルは余計に目を合わせられない。


─────


「ご馳走様でした……」

「いやぁ~、美味しかったっすね!! 瑞々しく、フルーティーで……最高っす!!」

「……ふるーてぃ?」

「まぁいいっす、それより、カオルくんはどうでしたか? 美味しかったっすか?」

「でも……なんかいつもより、美味しく感じました」

「おっそう言って貰えると嬉しいっすね!!」


テーブルの上には、まだ奇妙な果実の皮が散らばっており、甘い香りが朽ちかけた家の隅々にまで染み込んでいる。

いつもなら古びた木の匂いしかしない家が、今日は妙に“生きている”みたいだった。


(……この家で、誰かと朝ご飯を食べたの、いつぶりだろう)


思い出そうとして、喉がきゅっと締まる。

思い出せないほど長いのか、思い出したくないほど苦しいのか、その境目すら分からない。


(マナンさんがずっといてくれたら、これからも、こんな時間を……)


カオルは心の片隅に浮かんだ思考を口は出さず。

そっと心の奥底に引っ込めた。


─────


「マナンさん、これから僕の集落……えっと……僕たち自警団の詰め所に、ご案内します」

カオルの声はかすれていた。

出した瞬間、自分でも分かるほど緊張が混じる。


集落の者たち――特に自警団の面々が、マナンをどう見るのか。

彼女の存在が、自分の居場所にどんな影響を与えるのか。

“外の人間”を受け入れたせいで、自分だけではなくウォルまで弾かれることはないか。


――考えれば考えるほど、胸の奥に冷たい塊が沈んでいく。


「了解っす!!」


マナンは明るく応えると、カオルの方を振り向きながら最後に残った小さな木の実を頬張った。

甘い香りがふわりと広がり、朝陽が窓から差し込んで、彼女の髪をきらめかせる。


――その姿は、まるでこの古びた家に突然差し込んだ光のようだった。

眩しくて、目を細めたくなる。

同時に、失いたくないと思ってしまう。


(……危ないな)


そんなふうに思うこと自体が、危ない。

でも止められない。


「それで……一つ、お願いがあるんです」


カオルの声に緊張が滲む。

逃げたい。けれど、言わなければ。


「何っすか?」


マナンは、食べ終えた木の実の皮を指先で弄びながら、好奇心に満ちた瞳で見つめ返す。

その無邪気さが、かえってカオルの胸を締め付けた。


「集落の中では……絶対に、その帽子を外さないでほしいんです」


必死に言葉を紡ぐ。視線は、マナンの頭に被られた魔法の帽子へと向かっていた。


(この人は……この世界の怖さを、まだ知らない)


――人間が既に過去の存在とされるこの世界で、彼女の正体が露見したら。

その瞬間、彼女は“異物”になる。

異物は、排除される。

それがこの集落の――いや、この世界の現実だ。


(……最悪の場合だけは、避けないと)


――最悪の場合。

それは、即時の排除――すなわち処刑の事だ。

想像しただけで、背筋が冷たくなる。

自分まで巻き込まれるかもしれない。

それでも、彼女だけは――守りたいと思ってしまう。


「あ~……そう言えばこの集落……というかカオルくんたちの知る限り、この世界には

獣人の人達しか暮らしてないんっすもんね……」

「……はい、自分の知る限りは」

「それなら確かに。耳がないとバレると、まずいっすもんね」

「……はい」


カオルの返答に、マナンはどこか意味ありげに、にやりと笑った。

彼の切迫した思いとは裏腹な、あっけらかんとした余裕がある。


「そこはちゃんと対策を考えてあるっす!! 安心して任せるっすよ!!」

「……え? 対策……ですか?」


カオルは戸惑いを隠せなかった。

帽子で隠す以外に、何があるというのか。

彼女の軽快さと、自分が抱えている現実との落差が、どうしても埋まらない。


「そうっす!! だから安心して欲しいっす!!」


─────


「ところで聞きたいんっすけど、カオルくんは、なんで自警団員なんてやってるっすか?」


唐突な問いだった。


「……僕が、自警団にいる理由……ですか……」

「そうっす!! カオルくんはまだ子供なんだから、魔物を倒すみたいな危険な仕事なんてしなくても、もっと楽しいことをすればいいと思うっすよ」


その言葉に、カオルは一瞬、息を詰まらせた。


――楽しいこと。


その響きは、彼の暮らしとはあまりにも遠い。

楽しさは、余裕の上にしか咲かない。

余裕は、守られている人間の特権だ。


「大丈夫です……危険じゃないです」


絞り出すような声だった。

言い終わった後、自分でも驚くほど硬い響きになってしまった。

瞳の奥には、幼くして親を失いながらも立ち続けてきた意地と、

それでも消えきらない脆さが、静かに共存している。


「この集落は……人数が少ないから……その、僕みたいな若者が守らないと……」


静かな口調とは裏腹に、言葉の一つ一つが重かった。

守るという言葉の裏側には、いつも“失ったもの”がついて回る。


自警団は、ただの危険な役目ではない。

彼が、この集落で生きていくための、確かな居場所だった。

「必要とされる」ための場所だった。


無意識に、指がテーブルの縁を強く握りしめる。


「それに……僕は、集落の人たちに恩返しがしたいんです。

一人暮らしの僕を……見捨てないでくれたから……」


言い切った瞬間、胸の奥がじくりと痛んだ。

恩返し――それは綺麗な言葉だ。

でも本当は、置いていかれたくないだけなのかもしれない。

居場所を失うのが怖いだけなのかもしれない。


「……カオルくん……」


マナンの瞳に、困惑と理解が交錯する。

彼女の世界には存在しない価値観。

それでも、すぐに軽口で流さず、ちゃんと受け止めようとしているのが分かった。


(この子は、孤独な心を強がりで抑え込もうとしてるっす……)

(誰も信頼できる人がいなかったから? いや、周りが中途半端に見捨てなかったから?)

(……違うっすね、この子の”寂しさ”が”無理”をさせてるだけっす)


(……それなら)


しばらく考え込むように腕を組んだあと、彼女は大きくうなずいた。

――そして、意を決したようにカオルに告げる。


「分かったっす。」

「たとえ、今日どんな結果になったとしても、私はカオルくんと、ずっと一緒っす!!」


そして、ぱっと表情を明るくして、手を差し出す。


「だから、カオルくんも私のこと頼って欲しいっす!!」

「……ずっと、一緒……?」


カオルは、その言葉に胸の奥から熱い感情が込み上げる。


「……もちろん、カオルくんさえ良ければっすけどね」


カオルは、差し出された手を両手でぎゅっと握る。

――ようやく、会えた。


「……カオルくん?」

「……嫌なわけ無いです。だって……」

「気付いちゃったんです、僕……」

「……? 何にっすか?」

「……ぁ」


カオルは、慌ててマナンの手を解放すると

両手で真っ赤になった耳を抑えて蹲る。

顔が沸騰するほど熱い。心臓がドキドキして爆発しそうだ。


(僕、何を口走って……?)


「……気にしないで、下さい……」

「???」


カオルの心に渦巻く感情。

初めての感情だったが、その感情の名前ははっきりと分かった。

――信頼? 友情? 期待?

――いや、それはもっと、情熱的なものだ。


それは”恋心”だった。


─────


「それじゃぁ~、カオルくん!! 案内お願いするっすよ!!」


その瞳には、未知の集落への好奇心と、小さな冒険を前にした期待が、まっすぐに宿っていた。

その明るさが、カオルの胸の重さを少しだけ溶かす。


「……は、はい」


カオルの声は、まだ硬さを残していた。

でも、足は前に出た。


テーブルを離れ、部屋の隅に立てかけた武器置き場へと歩み寄る。

腰に短剣を差し、背に弓と矢筒を背負う。

当たり前の仕草。生き延びるための“日常の準備”。


マナンは元気よく立ち上がり、その背中を追っていた。

彼女の瞳は、カオルとは対照的に、未知への期待で輝いている。


「ところで、その短剣とか弓矢って、いっつも持ち歩いてるんっすか?」

「え……? これですか……? 一応、何があってもいいように……常に持ち歩いています」


短剣の刃は研ぎ澄まされ、弓弦の張りも十分だった。使い込まれ、丁寧に手入れされた装備だ。

それは“誰も守ってくれない”生活の証でもある。


「そうなんっすね……」


マナンは小さく首をかしげる。その瞳には、好奇心と同時に、何かを見定めるような真剣さが宿っていた。

――軽い人じゃない。

そういう瞬間が、時々ある。


─────


二人は並んで外へ出る。

朝の森の空気は冷たく澄んでいて、昨夜の戦いの匂いを洗い流すみたいに胸の奥まで通った。


「――あの雲、星みたいな形してるっすね」

「本当ですね。あっちの雲は魚みたいな……」


歩きながら、会話を続ける。


「ところで、マナンさんって……僕たちとは、ぜんぜん違うところから来たんですよね?」


朝の澄んだ空気に、カオルの声がわずかに震えて溶ける。獣耳は自然とマナンの方を向いていた。

言葉の裏側にある“確かめたい”が、自分でも分かる。


「まぁ、そうっすね。でも私の住んでたところより全然凄いっすよここら辺は、

ほとんどマナを感じないのにこんなに木々が生き生きとしてるんっすから」


マナンは楽しそうに答え、落ち葉を踏みながら軽やかについてくる。

その足取りは、森の小動物のようだった。


「魔物とか……現れなかったんですか?」


振り返りながらの問いに、マナンはあっけらかんと笑う。


「ああ、魔物っすかぁ~?

そりゃもう、うじゃうじゃいたっすよ」


大きく円を描くような仕草に、カオルの想像が掻き立てられる。

昨夜の魔獣だけでも地獄だったのに、“うじゃうじゃ”という言葉が怖い。


「……やっぱり……どこも似たようなもの、なんですね……」


カオルは視線を落とし、獣耳をわずかに垂らした。

彼女の世界では、毎日が戦場なのだろうか。


「でも、みんなあんまり気にしてなかったっすよ。

魔法が使えれば、どんな魔物でもケチョンケチョンのギッタンギッタンっすから!!」


誇らしげな笑顔。その明るさに、カオルは言葉を失う。


「……けちょ……ぎったん……?」

「まぁ、魔法の力でどうにでもなったってことっす」


(魔法があれば……どうにでもなる?)


昨日、自分がほんの少し使っただけで暴走した力。

あれを“気にしない”と言えるほど、彼女の世界は魔法で満ちているのか。


「魔法なら……なんでも出来るんですか?」


自然に出た問いだった。

期待と恐れが、同じ線の上に並んでいる。


「そりゃまぁ……出来ないことも、いろいろあるっすけどね……」


言いかけて、マナンはふと思い出したように声を上げた。


「あっ、そうっす、すごく大事な事を確かめておかないと」


振り返った彼女の瞳は、いつもの無邪気な青で、そこに悪意は一片もない。

なのに――その瞬間、カオルの胸の奥がひやりとする。


「カオルくん。昨日、聞くの忘れてたっすけど――」


森の空気が、わずかに張りつめる。理由は分からない。

ただ、獣耳が“危険”を拾ってしまった。


カオルは、その理由をまだ理解していなかった。


「この世界にも……”世界樹”って、あるんっすか?」


その言葉は、唐突だった。


あまりにも自然に、

あまりにも無防備に、


この世界の“核心”を踏み抜いた。

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