表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転送少女とケモミミ少年 -Zerofantasia Gaiden-  作者: zakoyarou100
序章(下)人間の少女、マナン
23/37

カオルと、マナン

薄いまぶた越しに、朝日が差し込んできた。

朽ちた家の隙間から射す光が、黄金色の線となって眠りを引き裂く。

小鳥のさえずりが、耳に届く。


――穏やかだ。あまりにも。


意識が浮上するにつれ、昨夜の記憶が、ひとつずつ形を持って戻ってくる。


銀色の杖。七色の炎。

そして――抱きしめられた温もり。

はっきりしすぎるほど、現実の感触だった。


(……夢じゃない、よね……)


─────


ランプの火がふっと消え、部屋は闇に沈んだ。

朽ちた木の家は、夜そのものを抱え込んだみたいに静かで、

耳を澄ませば屋根の隙間を抜ける風の音と、遠い森の虫の声だけが聞こえる。


暗闇に慣れきれない目の奥がじんと疼く。

さっきまでの会話――魔法、暴走、明日への不安。

どれも脳裏に残って、眠りの邪魔をする。


そして何より、隣にいる“誰か”の気配が、現実味を持って胸を締めつけた。


同じベッド。

距離が近い。息づかいが聞こえるほど近い。

それだけで心臓が勝手に速くなる。


(落ち着け……落ち着け……)


理屈で押さえようとしても、身体の方が先に反応してしまう。

獣耳が熱を帯び、ぴくりと動いてしまうのが自分でも分かって、恥ずかしさがこみ上げた。


その時、暗闇の中でマナンが小さく笑った気配がした。


「……寝れないっすか?」


「っ……」


カオルは息を呑む。

気づかれてる。気づかれてないふりをしたかったのに。


「あの……」


喉が乾いて、声がひび割れる。


「何っすか?」


返事は軽い。けれど、暗闇だからこそはっきり届く。

心臓が、さらに一段跳ねた。


「本当に……一緒に寝るんですか……?」


カオルの声は、かすかに震えていた。

断りたいわけじゃない。むしろ――。


(断りたいって言ったら、嘘になる)


だが、その“嬉しさ”を認めてしまうのが怖かった。

恩人だ。命を救ってくれた人だ。

変な気持ちを抱くなんて、失礼だ。最低だ。

そう言い聞かせても、胸は言うことを聞かない。


「当たり前っすよ〜!!」


マナンは即答すると、ぐっと距離を詰める。

暗闇に慣れた視界に、彼女の輪郭がはっきりと浮かび上がる。


(近い……)


距離が、想像よりずっと近い。

呼吸の温度が肌に触れて、喉が詰まる。


「もしかして……私と寝るの、嫌っすか?」


無邪気な問いだった。けれど、その言葉は、カオルの胸の奥を鋭く突いた。

嫌だと言えば、彼女はきっと笑って引くだろう。

でも、そう言った瞬間――この温もりが消える。

それが、たまらなく怖い。


「……嫌、では……ないです」


絞り出すように答える。


視線を床に落とし、布団の端を強く握りしめる。

指先に伝わる感触だけが、かろうじて現実をつなぎ止めていた。


近づくにつれて、マナンの体温と、花と蜜を混ぜたような香りが、否応なく意識に入り込んでくる。

――呼吸が、うまくできない。


(落ち着け……落ち着け……)


そう思うほど、余計に心臓が暴れる。

獣耳がぴくぴく動いてしまって、暗闇でも見られている気がした。


「なら決まりっす!! ほら、寝るっすよ〜」


言うなり、マナンはカオルを引き寄せた。


温かい。驚くほど、あっさりと包み込まれる。


「あ……」


息が詰まる。抵抗しようにも、力の入れ方が分からなかった。

拒むべきなのに、拒みたくない。

その矛盾が、身体を固くした。


背中に壁の冷たさを感じる。獣耳がぴくりと跳ね、自分の動揺を隠せない。


「カオルくん。いいんっすよ、安心して――」


囁くような声。


マナンは、何のためらいもなく抱きしめた。

胸に顔を埋めた瞬間、心臓の音が耳鳴りのように響く。


速すぎる。落ち着かせ方が分からない。

自分の鼓動が彼女に伝わってしまうのが恥ずかしくて、顔が熱くなる。


(……あったかい)


戦いの冷たさも、血の匂いも、魔法の暴走の恐怖も――

全部、この温もりの中では少しだけ遠のく。


「おやすみなさいっす〜」


頭を撫でられる。


その指先のやさしさに、身体の奥に溜まっていた緊張が、ゆっくりと溶けていく。

まるで「大丈夫」と言われているみたいだった。


明日への不安と、今この瞬間の温もりが、同時に胸を満たす。


(……このまま、朝が来ればいいのに)


そんな子供みたいな願いが浮かんで、カオルは自分に嫌気が差しそうになる。

それでも、目を閉じた。


カオルは、その矛盾した感情を抱えたまま、静かに眠りへ落ちていった。


─────


――そして、現在


(……夢じゃない)


そう確信できるのに、胸は不安でざわつく。

眠りの中で手にしていたはずの温かさが、今はない。


ゆっくりと目を開ける。

……隣が、空いている。


「あれ……?」


一瞬、頭が真っ白になる。

冷たい空気が、急に肌に刺さった。


身を起こし、視線を巡らせる。部屋の中に、マナンの姿はない。

寝具は整っている。足音もしない。

森の朝の音だけが、変わらずそこにある。


(……いない?)


布団に手を伸ばす。まだ、わずかに温かい気がした。残る香りを、無意識に探してしまう。


――胸の奥が、ざわつく。


(……まさか)


昨日の夜の軽口。


「”なんとかなるっす”」


そして、転送されてきた彼女。


(……いつでも、いなくなれる人だ)


その事実が、遅れて怖さになって押し寄せる。


(昨日の……全部……)


嫌な考えが、頭をよぎる。


七色の炎。魔法の杖。

あれほど鮮明だったのに、この静けさはあまりに現実的だった。


(……夢?)


喉が、ひくりと鳴る。


(それとも……僕が……)


――また、失った?

父と同じように。母と同じように。


ウォルを死なせかけたように。

“ここにいてほしい”と願った相手が、いなくなる?


言葉にならない不安が、胸を締め付ける。


カオルは立ち上がり、家の中を確かめる。

ランプは消え、道具は片付いている。まるで、最初から誰もいなかったかのようだ。


(……そんな……)


戸口に向かった、そのとき――


”ギィィ”、と木の擦れる音。


獣耳が反射的に立つ。

心臓が跳ね、息が止まる。


「おはようございまっす!! カオルくん!!」


聞き覚えのある声。


――そこにいたのは、籠を抱えたマナンだった。


朝日を浴びた青い髪がきらきらと輝き、

まるで最初からそこにいるのが当たり前みたいに、笑っている。


「ま……マナン……さん……」


胸の奥で、何かがほどけた。

熱が、込み上げる。


(……よかった)


安堵が、堰を切ったように溢れ出す。

肩の力が抜けて、膝が笑いそうになる。

呼吸が戻ってきて、やっと自分が息を止めていたと気づく。


「いや〜、朝散歩してたら珍しい果物がいっぱいあったんっすよ!!」

「ほとんど感じ取れないっすけど、ここにもきちんとマナは流れてるんっすね~

マナンちゃん感動っす!!」


陽気な声。いつも通りの調子。


その無邪気さが、逆に胸を締め付けた。

――自分だけが、勝手に怖がっていた。

勝手に、縋りつこうとしていた。


「朝ご飯に――って……あれ?」


顔を覗き込まれた瞬間、堪えていたものが、崩れた。


「……っ……」


嗚咽が漏れる。


肩が震え、視界が滲む。獣耳が、力なく垂れ下がった。

恥ずかしい。情けない。

でも止められない。涙が勝手に出る。


「えっ、えっ!? どしたんすか!?」


籠が置かれ、マナンが慌ててしゃがみ込む。


「……いなく……なったかと……」


途切れ途切れの声。情けないほど、幼い。


「……行っちゃったんじゃないかって……」


涙が、止まらなかった。

昨夜の温もりが、朝の不在で急に怖さに変わった。

その怖さを、自分で持て余してしまった。


「あぁ〜……」


マナンは、すぐに理解したように笑って、そっと頭を撫でた。


「大丈夫っすよ。私、どこにも行かないっす」


その一言が、決定打だった。


カオルは、堪えきれず抱きついた。濡れた頬が、彼女の胸に押し付けられる。


「……ごめんなさい……」

「……いいんっすよ。心配してくれたんでしょ?」


背中を撫でる手は、変わらず優しい。

押し返すでもなく、驚いて固まるでもなく、ただ受け止める。


果物の甘い香りと、彼女自身の匂いが混ざり合い、胸いっぱいに広がる。


カオルはその温もりの中で、昨日から抱えていた不安が、音もなく溶けていくのを感じていた。

そして同時に――


(……こんなふうに安心してしまうのは、危ない)


どこかで、もう一人の自分が囁く。

でも今は、その声を押し返すだけの力がなかった。


(けど、やっぱり……僕は、この人の事が……)


今はただ、確かにそこにいる温度に、しがみついていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ