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転送少女とケモミミ少年 -Zerofantasia Gaiden-  作者: zakoyarou100
序章(下)人間の少女、マナン
18/43

マナン、集落へ

三人は岩石の散乱する通路を抜け、洞窟の入口へと辿り着く。


外に一歩踏み出した瞬間、夜の冷たい空気がカオルの肌を刺す。

吐く息が白い気がして、カオルは無意識に口元を押さえた。


森はすっかり闇に沈み、空には月だけが淡く浮かんでいた。

星は少ない。雲が薄くかかっているのか、月光だけが濡れた葉を鈍く照らしている。


「外は……もう殆ど真っ暗だな」


ウォルは深く息を吐きながらそう呟く。

その声には、安堵と疲労、そして“まだ終わっていない”という警戒が混じっていた。


その足取りはまだ不安定だったが、自分の足で歩こうとする意志ははっきりと見て取れた。

膝がわずかに揺れても、踏み直して前へ出る。

カオルはその横を歩きながら、胸の奥に残る戦慄の余韻を振り払えずにいた。


ーー洞窟の静寂、魔獣の咆哮、血の匂い

ーーそれらがまだ頭から離れない。


そんな彼の肩を、ウォルの太い腕が軽く叩く。


「どうした、カオル?」


短い衝撃。だが確かな温もり。

生きている――その事実が腕を通じて伝わり、カオルはほんの少しだけ現実へ引き戻された。


「早く帰って、親父に魔獣はカオルと”旅人””が倒したって伝えないとな。

自警団の連中、きっと喜ぶぜ」


”旅人”

他人行儀な言い方を、ウォルは敢えてしているような口ぶりだった。


─────


一方で、マナンはそんな闇の中でも落ち着き払っていた。


「へぇ……洞窟の外は森だったんっすねぇ」


彼女はきょろきょろと辺りを見回し、まるで観光客のような表情を浮かべる。

青い瞳には好奇心と高揚が宿り、この夜の森すら新鮮な光景として映っているようだった。

恐怖の残り香が漂うはずの場所で、彼女だけが別のテンポで呼吸している。


「ほぁ~、凄いっすねぇ、立派な木ばかりっす!!」


マナンは洞窟の入口から一歩踏み出し、大きな樫の木に手を伸ばす。

指先で樹皮をなぞると、ざらりとした感触に彼女は楽しそうに目を細めた。


「……人工物ばっかりの場所より、こういうのも悪くないっすね」


――ただし、帽子の影が、彼女の内にある“何か”を隠したまま。

そんな横顔を、カオルは少し気にしていた。


─────


「この森から集落までは、遠いんすか?」

「いや、そうでもない。少し歩くが……足元が悪いから気をつけろ」

「それなら、ちょっと待つっす!!」


ウォルが歩き出そうとした、その瞬間だった。

マナンの声に、二人は足を止めて振り返る。


「こんなに暗いと歩くの大変っすからね……

たしかここら辺に……あっ、あったっす!!」


と言い、彼女は懐から何かを取り出す。


「へへ〜ん。”すっごいアイテム”っす!!」


彼女の手には、青白い光を放つ小さな鉱石が握られていた。


囚われた月光の欠片のようなその石は、握り込まれると同時に輝きを増し、闇を柔らかく押しのける。

足元から腰の高さまでが淡く照らされ、三人の影が不思議な形で地面に伸びた。


「……眩しい」


カオルが思わず呟く。

目が慣れていないせいで、光が刺さるように感じる。

照らされた影が伸びて、重なって、また離れる。

それだけのことが、今は妙に心を落ち着かせる。


「これは魔陽石っす。振動を与えると光る鉱石の一種っすね。

しかもこれはかなりの高純度。私のお気に入りっすよ!」


そう言ってマナンは、さらに強く石を握る。

青い光が脈動するように広がり、森の輪郭をはっきりと浮かび上がらせた。

枝の一本、葉の端、足元の石

――闇に溶けていたものが、次々と“形”を取り戻す。


「どうっすか? 夜道もこれでバッチリっす!」

「……すごいな。こんな物、見たことがない」


ウォルは感心したように目を細める。

未知の光に、カオルとウォル、二人の獣耳がぴょこぴょこと無意識に反応していた。


─────


魔陽石の光を頼りに、三人は森を進む。

夜の森は静まり返り、足音だけが闇に吸い込まれていく。

たまに枝が折れる音がすると、ウォルの肩が僅かに強張り、カオルの耳が跳ねる。

マナンだけが「あ、鳥っすかね」と軽く呟く。


やがて森の縁に、小さな木造の家が浮かび上がった。


魔陽石の青い光に照らされて見える家は、昼間よりもずっと小さく、脆く見えた。

屋根に生えた草、傷んだ壁、欠けた窓。

集落から少し離れたその佇まいは、どこか孤独を孕んでいた。


「ここが……僕の家です」

「へぇ……」


カオルの言葉に、マナンは家を見上げる。

その目は、評価ではなく観察の目だ。

生活の痕跡を読み取ろうとしている。

それでも彼女の瞳は、興味深そうにその家を映していた。


「それじゃ早速――」

「待ってくれ」


マナンが戸に手をかけたところで、ウォルが声をかける。


「少しカオルと話がある。外で待っててもらえるか?」


「了解っす〜」


軽く手を振り、マナンは家の前に残る。

帽子の影が深く顔を隠し、魔陽石の青がその縁だけを細く光らせた。


「……さてと、いったいどんな辺境に飛ばされたんっすかね?」

「……全くしないマナの気配、幻種の獣人の子供、それに、魔陽石を知らない……」

「この家も……正直、ボロっちいっすね……だからといって、行くアテも……」


マナンは、ぽつりぽつりと独り言を呟き、屋根へと視線を向ける。

その瞳には、好奇心と同時に、どこか複雑な色が浮かんでいた。

“貧しさ”への同情なのか、“生活”への驚きなのか


――今はまだ、彼女自身にも判別できない。


─────


ランプの薄明かりの中、カオルとウォルは向かい合って座っていた。


狭い部屋。壁は薄く、外の虫の音がかすかに混じる。

けれど今は、その小さな生活音すら遠い。


「カオル、あの人の事、どうするつもりだ?

言っとくが、長い事集落に留め置くのは難しいと思うぞ」


ウォルの問いは真っ直ぐだった。

遠回しにしない。迷いを許さない。


「……そのことなんだけど、明日、団長にお願いしようと思う。

短い間でもいいから、集落で受け入れてもらえないかって……」


カオルは、覚悟して言った。言い終えると同時に、胸が少しだけ軽くなる。


「……今、なんて?」

「だから、マナンさんを、集落に……受け入れてほしいって」


ウォルの目が細まり、獣耳が揺れる。


「カオル、それは本気か?」

「……うん。本気、だよ」


ウォルはじっとカオルの目を見て、一言。


「……正直、俺は反対だ」


静かな声だったが、そこには重みがあった。


反対の理由は一つじゃない。

“危険”と“異常”と“秩序”。

集落の現実を背負っている者の声だ。


「お前だって、余所者が来ることが、どれだけ異常かわかってるだろ。もし悪意があったら——」

「そ、そんなのありえない!!」


カオルは立ち上がり、声を張り上げた。


「マナンさんは僕達を助けてくれた! あの人がいなかったら、僕も、君も……!」


言葉を発する喉が震える。

怒鳴っているのに、喉の奥に涙が残っている。

助けてくれた――その事実が、今のカオルの支えだ。


ウォルは背を向け、低く息を吐く。

――怒りではない。

――諦めでもない。


それは“分かっている”からこその溜め息。


「……それでも、親父は簡単には認めないぞ、外から来た奴を受け入れるなんて……」


ランプの火が揺れて、二人の影が壁に揺れる。

言葉の間に、焚き火の夜の記憶が差し込む。

“信じたい”と“守りたい”の衝突だ。


「それでも……僕は信じてる」


しばらくの沈黙の後、ウォルは振り返った。


「カオル……本気なんだな」

「……うん。」


ランプの光が、カオルの濡れた睫毛を照らす。

涙を拭く暇もなく、言葉だけで踏ん張っていた。


「例えすぐに旅立つとしても……外の世界を、僕たちは知るべきだ!!

彼女は知っている!! そして、教えてくれる!!」

「例えまたどこかに行っちゃうとしても……それが明日や明後日だったとしても……

マナンさんには、外の事を知らない僕達の事を知って貰いたいんだ!!」


ウォルはしばらく考え込み、やがて立ち上がった。

拳が緩み、肩の力が落ちる。

決断は簡単じゃない。

でも――カオルの目を見て、折れた。


「カオル」


そして、不意にカオルを抱きしめる。


「……立派になったな」


胸に当たる体温が、現実の重みを持っている。

その温かさに、カオルは言葉を失う。


「ウォル……」

「明日、集会所に連れて来い。親父には俺から話しておく」

「……!! ありがとう!!」


ウォルは照れ隠しのようにカオルの髪を乱暴に撫で、外へ向かった。


─────


外へ出ると、月光と魔陽石の青が混ざり、森の影が薄く揺れていた。

マナンは家の前にいて、帽子の縁を指で弄んでいた。


「あっ、終わったっすか~?」

「……マナン、さん」

「およ? 何っすか? そんな真剣な顔して……」


「すまなかった」


ウォルは深く頭を下げる。


「最初に疑ってしまったこと、謝らせてくれ」


言葉は短いが、頭の下げ方は深い。

彼なりの誠意がそこにある。


「……大丈夫っすよ。気にしないで欲しいっす」


マナンはにこりと笑い、彼の手を掴んだ。

その動きは軽く、けれど拒絶を許さない勢いがあった。


「仲直りの握手っす! これからよろしくお願いするっすよ!」


月明かりの下、二人の手が固く結ばれた。

ウォルの手はまだ少し硬い。

マナンの手は温かい。


その温度差が、これから始まる“同道”の不確かさと希望を同時に映していた。

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