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転送少女とケモミミ少年 -Zerofantasia Gaiden-  作者: zakoyarou100
序章(下)人間の少女、マナン
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ウォル、散る

「ん~っと、とりあえず、お互い自己紹介しないっすか?」


突然の提案に、カオルは数拍遅れて反応した。

さっきまで死を確信していた。

扉が開き、光に呑まれ、理解不能な音声が響き、目の前に少女が“構成”された。

状況が現実に追いついていないまま、心だけが空転している。


「あ……はい。」


呆然とした意識を無理やり引き戻されるように、カオルは少女の言葉に応えた。


「僕は……カオルって言います。」


言った瞬間、ようやく自分の名前が“現実”に繋がった気がした。


「私はマナンっす。よろしくっす!」


少女――マナンは屈託のない笑顔を浮かべ、右手を差し出す。


その笑みは、さっきまで洞窟を支配していた死の気配とは場違いなほど明るい。

カオルはその仕草に一瞬戸惑いながらも、ぎこちなく手を伸ばし、握手を交わした。


触れた指先から伝わる温度がやけに生々しく、彼女が“現実の存在”であることを否応なく突きつけてくる。

温かい。柔らかい。生きている。

それだけで、胸の奥が少しだけほどけ


――そして次の瞬間に、締めつけられた。


(何か……忘れている)


「とりあえず、ここを少し調べるっすかね。」


マナンは軽い調子でそう言い、部屋の中を見回し始めた。

まるで散歩にでも来たような足取りで、床の文様の上をひょいひょいと渡っていく。


(何か、とても大事なことを)


「それにしても……こんな構造の遺跡? 初めて見るっすねぇ……この床、一方通行転移に特化した魔法陣っすか? 趣味悪いっすねぇ~!!」


独り言を並べながら、床を触り、壁をなぞり、部屋の奥へ進んでいく。

指先が水晶の縁をなぞるたび、かすかな反射が走る。

彼女はそれを観察しているようでいて、どこか“慣れている”動きだった。


(今すぐ、思い出さないと……)


その瞬間、胸の奥を締めつけていた不安が、はっきりと形を成す。

喉の奥に詰まっていたものが、一気に噴き上がる。


「……ウォル!!!!!」


叫びは、洞窟の奥へと投げつけられた。

反響が遅れて戻り、空虚に散る。


「きゃっ! いきなり叫ばれると心臓に悪いっすよ!」


マナンが驚いて振り返る。


「あ……す、すみません……」


謝りながらも、カオルの視線は扉の外――崩れた壁の向こうに釘づけだった。


「ふぅ……別にいいっすけど……。ウォルって誰っすか?」


カオルは息を詰めるようにして、必死に言葉を繋げた。

胸が痛い。肺が押し潰される。

怖くて、言いたくない。でも言わなきゃいけない。


「さっきみたいな魔獣が……もう一匹いて……僕の親友が……!」


言い終わる前に、喉が震えた。

“助けて”という言葉にならない悲鳴が、言外に滲む。


「もう一匹!?」


マナンの表情が変わる。

軽さが消え、目の焦点が鋭く合う。

空気が一段冷えたように感じた。


「それなら、急がないといけないっすね!!」


そう言って、彼女は迷いなく駆け出した。


「案内します!!」


カオルも後を追う。

身体は重い。足がもつれる。

それでも走る。走らなければならない。


「ウォル!!」


─────


二人は崩れた壁を越え、広間へと飛び出した。


――そして、そこでカオルは“見てしまった”。


血塗れの顎を、満足げにぺろりと舐める、漆黒の魔獣。

その舌がねっとりと動くたび、鉄の匂いが濃くなる気がした。


その足元。


腹部から引き裂かれ、内臓を食い荒らされ、

黒く濁った血溜まりの中に横たわる


――ウォルの亡骸。


─────


「……あ……」


声が、出なかった。


洞窟を満たす青白い光が、あまりにも残酷なほど鮮明に、その光景を照らし出していた。

影は逃げ場を失い、現実だけが剥き出しになる。


ウォルの顔は、驚きの表情のまま凍りついている。

見開かれた瞳は虚空を映し、その奥にあったはずの光は完全に失われていた。


(……違う……)


頭の中で、必死に否定の言葉が回る。


(これは……夢だ……。さっきまで……一緒に……)


ついさっきまで、腕を掴まれた感触があった。

声があった。熱があった。

戻れ、と言われた。走れ、と言われた。


だが、鼻腔を突く鉄臭い血の匂いと、

肉を引き裂かれた痕跡が、それを無慈悲に否定する。


「う……ぐ……っ……」


視界が歪み、音が遠ざかる。

耳鳴りがして、世界が薄紙の向こうに退いていく。


膝から力が抜け、身体が前のめりに崩れ落ちた。


喉の奥から漏れた音は、もはや言葉ですらなかった。

嗚咽だけが、かろうじて生きている証のように震える。


ウォルの手は、何かを掴もうとするように伸ばされたまま。

その指先は、偶然か、それとも最後の意志か――

かすかに、カオルのいる方向を向いていた。


(……嘘だ……)


(助けるって……言ったのに……)


(僕が……戻ってこなかったから……)


罪悪感が、針のように胸に突き刺さる。

胸の奥が、ぐしゃりと潰れる感覚がした。


マナンは、カオルの表情からそっと視線を逸らし、

ゆっくりと魔獣の方へと顔を向ける。


その瞳からは、先ほどまでの軽さは完全に消え失せていた。

冷たく研ぎ澄まされた殺意だけが、静かに燃えている。


「……カオルくん。立てるっすか?」


問いかけは、返事を期待していなかった。

状況を確認する言葉であり、同時に“命令の前触れ”でもあった。


カオルは、嗚咽を漏らすことしかできない。

小さな身体は喪失感に押し潰されていた。


洞窟の青白い光が揺れ、

ウォルの凍りついた表情を、さらに残酷に浮かび上がらせる。


そして――空気が変わった。


マナンの全身から、魔獣への殺気が立ち上る。

目に見えないはずの圧が、肌を撫で、背筋を冷やす。


「カオルくんッ!! 立ちなさいッ!!」


怒号が洞窟を震わせた。

反響が重なって、まるで洞窟そのものに叱責されたように響く。


カオルは、はっとして顔を上げた。


マナンの瞳には、悲しみと同時に、必死の光が宿っている。

彼女の手が胸元のペンダントに触れ、その宝石が鈍く輝いた。


その光は、さっきの軽い彼女を消し去る。

――ここにいるのは、“助けに来た誰か”ではない。

――“戦う者”だ。


「さっきと同じっす。あなたは時間を稼ぐっす。」

「……」


言葉が出ない。出るはずがない。

喉の奥が、泣き声で塞がれている。


「復讐しないと!」

「敵を取らないと!!」

「親友くんに、顔向けできないっすよ!!!」


その言葉が、崩れかけていたカオルの心に、無理やり杭を打ち込んだ。


(……ウォルの……仇を……)


仇。復讐。

その単語は本来、今の自分に似合わない。

けれど、似合うかどうかなんて関係ない。

今、立たなければ


――ウォルの死は“そこで終わる”。


─────


震える手で涙を拭い、短剣を引き抜く。


足はまだ重かった。

膝が笑い、腕が震え、視界の端が滲む。

それでも、立たなければならなかった。


「うぁぁぁぁぁああああああああああ!!」


叫びとともに、カオルは走り出す。

涙で濡れた視界を、無理やり前へ固定する。


魔獣が、赤い瞳を細めた。

獲物を変えた、というより――邪魔者を排除する目だ。


「グォォォォォオオオオオ!!!」


唸り声が洞窟を裂き、

巨大な牙が剥き出しになり、影が跳ねた。


漆黒の巨体が宙を切り裂き、カオルへと襲いかかる。


――親友の血が冷えきらぬその場所で、

復讐の戦いが、始まろうとしていた。

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