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転送少女とケモミミ少年 -Zerofantasia Gaiden-  作者: zakoyarou100
序章(下)人間の少女、マナン
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マナン、現る

「”グルゥゥゥゥゥアアアアア!!!!”」


目の前には魔獣、背後には開かずの扉。

絶望に押し潰されるように、カオルは封印の扉の前へと崩れ落ちる。


膝から力が抜け、支えることもできず、冷たい石の床に身体を打ちつける。

そのまま伏し、顔を上げることすら億劫なまま、ただ迫り来る魔獣を見上げた。

瞳は焦点を失い、揺れる影を追うこともない。

そこに宿っていたのは恐怖ですらなく、すべてを諦めきった虚ろさだった。


まるで――自らを差し出すかのように。


涙が頬を伝い、洞窟の冷たい地面へと落ちていく。

獣の耳は恐怖に耐えきれず、完全に伏せられている。

灰色の髪に埋もれ、外界の音を拒絶するように、ぴたりと動かない。


――逃げ場はない。

――助けは来ない。


「……うぅ……っ」


魔獣の黒い影が床を這い、悪魔の手のように伸びてくる。

巨大な存在感が、空気ごとカオルを包み込もうとする。


─────


だが、その瞬間だった。


『転送魔法の受信要請を検知。扉の施錠を解除します。』


無機質で、感情の欠片も感じられない声が、洞窟の奥からではなく

――まるで、空間そのものから直接、頭の内側へと流れ込んできた。


「……え……?」


意味を理解するより先に、カオルの虚ろだった瞳が、わずかに揺れた。

焦点を失っていた視線が、ゆっくりと現実へと引き戻されていく。


直後――。


背後にそびえていた封印の扉。

そこに刻まれた古代の文様が、青白い光を帯びて輝き出した。


闇を塗り潰すような光が、洞窟の奥まで一瞬で押し広げられる。

長年沈黙していた石壁や床までもが、その光を反射し、空間そのものが染め上げられていった。

脈打つように明滅する光は、文様の細部――細かな溝や傷までも鮮明に浮かび上がらせる。


そして――奇跡は、起こる


――ギ……ギギ……。


固く閉ざされ、決して開くことはないと信じられていた扉が、不気味な軋み音を立てながら、ゆっくりと開き始めた。

骨が擦れ合うような音が、洞窟全体に反響する。

カオルは呆然と立ち尽くしたまま、思考を放棄し、ただその光景を見つめていた。

同時に、彼へ迫っていた魔獣の動きが、ぴたりと止まる。


漆黒の巨体は、見えない力に縛られたかのように硬直し、爪一本動かせない。

喉から漏れかけた唸り声すら、途中で押し潰される。

洞窟に訪れたのは、時が凍りついたかのような静寂だった。


聞こえるのは――カオル自身の心臓の音だけ。

激しく脈打つ鼓動が、頭蓋の内側を叩き、耳鳴りのように響く。


ずぅぅぅぅぅん――。


重苦しい低音とともに、封印の扉は完全に開き放たれた。


内側から溢れ出した青白い光が、涙に濡れたカオルの頬を照らし出す。

その光は温かくも冷たくもなく、ただ異様に澄んでいた。


「……ぁ……」


声にならない音を漏らしながら、カオルは、まるで操られるように立ち上がる。


考えることも、疑うこともできない。

ただ、その光に引き寄せられるまま、一歩、また一歩と踏み出した。


─────


扉の先に広がっていたのは、先ほど見た異質な大空間ほどの広さはない。

だが、明らかに同じ系統の、現実から乖離した不可思議な空間だった。


床には円形の文様が刻まれ、淡い青白い光を放っている。

その輝きは、生き物の呼吸のようにゆっくりと脈動し、

恐怖で麻痺していた感覚を強引に揺り起こした。


『警告。タイムスタンプが受信元と一致しません。警告――』

『管理者権限により、強制接続を確立します。受信を開始します。』

『座標入力完了。マナ充填を開始します。』


無機質な声が、重なり合うように響く。

それに呼応するかのように、床の文様が一段階、強く発光した。


次の瞬間――。


突如、暴風が巻き起こった。


空間が歪むほどの風圧が、カオルの身体を押さえつける。

足は床に縫い止められ、一歩も動けない。

濡れた頬は急速に冷え、服は激しくはためく。

まるで、存在そのものをこの場から引き剥がされるかのような感覚だった。


(な、何が……起きてるんだ……!?)


風は轟音へと変わり、洞窟を満たす。

扉の外で、魔獣が低く唸る。

だが動けない。

漆黒の体は光を受け、油膜のような虹色を帯びて歪み、赤い瞳だけが光の中心を凝視していた。


未知の力への畏怖。

本能が、踏み込めば終わると告げている。

巨体は、見えない鎖で地面に縫い止められたかのようだった。


光と風は、さらに激しさを増す。

熱を帯びた青白い輝きが、濡れた髪を一瞬で乾かし、肌に焼けるような痛みを与える。

風は針の群れとなって全身を突き刺し、感覚を削り取っていく。


(もう……立っていられない……!)


身体が枯れ葉のように押し流され、砂粒や小石が容赦なく叩きつけられる。

痛みすら、次第に遠のいていく。

細めた視界の先。

空間の中心で、光が一点に収束し、抗いようのない力の渦を作り出していた。


もはや直視できないほどの輝き。


(なんだ……この光は……ここで……何が……)


視界は完全に白に染まり、意識と感覚の境界が曖昧になる。


『受信完了。構成を開始します。』


光が、形を持ち始める。

輪郭が生まれ、四肢が描かれ、人の姿を成していく。

カオルは、ただ呆然と、それを見ていた。

魔獣もまた、今にも飛びかかりそうな緊張を帯びながら、輝きの中心を凝視している。


─────


「……うわぁ。最悪。どこに飛ばされたんっすかね~……まったく……」


光の奔流の中心から、声がした。

先ほどまで響いていた無機質な音声とは、明らかに異なる。

生身の人間の、少し投げやりな声。


やがて、風が弱まり、光が収束していく。

静寂が戻った空間の中心に立っていたのは――

大きな円錐形の帽子を被った、一人の可憐な少女だった。


『構成完了。』

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