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転送少女とケモミミ少年 -Zerofantasia Gaiden-  作者: zakoyarou100
序章(下)人間の少女、マナン
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カオル、運命の時

カオルは、重たい瞼をゆっくりと持ち上げる。

視界に映ったのは、色という概念そのものが失われたかのような、白一色の空間だった。


「……ん……あれ……?」


そこには天も地もなく、上下の感覚すら曖昧だ。

足元を見下ろしても床はなく、遠くを見渡しても地平線は存在しない。

ただ、無限に続く白が、静寂とともに広がっている。


音も、風も、匂いもない。

あるのは、自分の呼吸音と、胸の奥で脈打つ鼓動だけだった。


「……ここは……?」


自分の声が、どこにも反響せず、すぐに白へと溶けて消えていく。

混乱したまま、記憶を辿ろうとする。


洞窟。

湿った岩肌。

軋むような音を立てて崩れ落ちる壁。

闇の奥から現れた、黒い影。

そして――魔獣の咆哮。


「確か……洞窟の中で……魔獣と……」


喉の奥が、ひくりと震える。

次の瞬間、記憶の断片を塗り潰すように、低く、重い咆哮が脳裏に蘇った。


そのときだった。


「カオルさん、ここは、あなたの夢の中です」


不意に背後から声がかかり、カオルは息を呑んで振り返った。


「……ぁ……」


カオルは、その美しさに言葉を出せなかった

そこに立っていたのは、一人の女性。

白の空間の中で、彼女だけが確かな輪郭と存在感を持って佇んでいた。


月光がそのまま形を成したかのようなドレスが、微かな揺らぎとともに彼女の身を包んでいる。

半透明の布地は光を柔らかく透かし、その縁には星屑を散りばめたような煌めきが宿っていた。

淡い青から白銀へと移ろう色彩は、まるで呼吸するかのように、静かに脈動している。

長く流れる髪は、光そのものを紡いだかのようだった。

わずかな動きに合わせ、波紋のような輝きが広がり、白の空間に微細な陰影を刻む。


そして、彼女の瞳。

金色の瞳には、溶けた黄金のような温もりと、星空を覗き込んだときのような冷たい神秘が、同時に宿っていた。


その立ち姿、その声、その存在感――

すべてが、現実という枠から逸脱している。


おとぎ話に描かれる妖精や天使。

あるいは――世界が生まれた、その瞬間に立ち会っていた存在。


カオルは、自分でも驚くほど覚束ない足取りで、彼女へと近づいた。


「こんにちは、カオルさん」


春風が頬を撫でるような、柔らかな声だった。

先ほどまで洞窟に満ちていた、魔獣の唸り声や咆哮とはあまりにも対照的で、

その静けさが、混乱した意識の奥深くまで染み込んでくる。


「あの……あなたは……?」


声はかすれ、喉が張り付く。

理解は追いつかない。それでも、本能が告げていた。

――この存在は、敵ではない。


「私はアルティア。かつてあなた方が“女神”と呼んでいた存在です」


その言葉は、白い空間に澄んだ音色を残し、ゆっくりと広がっていった。


「私は、あなた方が“世界樹”と呼ぶ存在を創り、この世界を見守ってきました」


その瞬間、丘の頂で見た光景が、鮮明に脳裏へと蘇る。


夜空を貫くようにそびえ立つ、青白く脈動する巨木。

幹を伝って流れる光。

世界そのものが呼吸しているかのような感覚。


「あの……巨木が……?」

「はい。その通りです」


アルティアは微笑み、金色の瞳でカオルを包み込む。

その眼差しに触れた瞬間、胸を締めつけていた恐怖が、

氷が解けるように、少しずつ溶けていくのを感じた。


言葉を探そうとして、見つからない。

彼女の存在そのものが、カオルの理解を遥かに超えていた。


「……時間がありません」

「カオルさん、貴方にお伝えしなければならないことがあります」


一瞬だけ、アルティアの表情に影が落ちる。

背筋を、冷たいものが走る。

獣耳が、自分でも制御できないぐらい、ピクピクと反応する


「単刀直入に言います」

「カオルさんあなたは今……“運命の輪”の外側にいます」


「……輪の、外側……?」


「はい。かつて、私はあなたにこの世界を変える契機となる、とある運命を授けました」


静かな言葉が、しかし確かな重みを伴って、カオルの中へと沈んでいく。


「運命を……授けたって……?」

「申し訳ありません」


アルティアは目を伏せた。


「この世界の均衡は、未だにとても脆いのです。

すべてを話せば……あなた自身だけでなく、世界そのものが治らない傷を負うことになります」


そして、再び真っ直ぐに見つめた。


「目が覚めたとき、あなたはここで私に会った記憶を失います」


一歩、距離を詰める。


「ですが、これだけは忘れないでください」


祈るような声で、告げた。


「たとえ深い悲しみに襲われようとも、何時か救いの手を差し伸べる人物が必ず現れます」

「それまでどうか……運命を、悲観しないで――」


その言葉とともに、彼女の髪が光となって舞い上がる。

次の瞬間、アルティアの姿は無数の粒子へとほどけ、白い空間へ溶け込むように消えていった。


─────


意識が、強引に現実へと引き戻される。


カオルは、崩れた岩壁の前に倒れていた。

視界が揺れ、土と石の匂いが鼻を突く。


傍らには、見慣れた赤髪の青年の姿。


「……ウォル……?」

「カオル!! よかった……! 動けるか!?」


ウォルの腕が、強く、確かにカオルの身体を支える。


「僕……岩が当たって、気を失って……」


起き上がろうとした瞬間、後頭部に鋭い痛みが走った。


「ぅあ……っ!」

「無理に動こうとするな、カオル」


(僕、倒れてた間に何か……幻を見ていたような……)

(あれは……夢……だったのか……?)


思い出そうとすると、記憶は霧のように散っていく。


─────


「ウォルは……どうしてここに……?」

「ああ、洞窟の中から例の唸り声がしたんだ。それで急いで奥まで来たら、

洞窟の中がメチャクチャになってて、お前がここに倒れてたんだよ……

カオル、一体ここで何があったんだ?」


カオルは、まだ恐怖に染まった瞳をしっかりとウォルに向けながら、震える声で語る。


「壁が……崩れて……黒い巨大な魔獣が……」

「魔獣が現れたのか!!??」


ウォルの悲鳴にも聞こえる絶叫が、洞窟内にこだました。


「うん……魔獣の……咆哮で天井が揺れて……岩が降ってきて……」


カオルは無意識に手で頭の後ろを触れると、

触れた箇所からまだ鈍い痛みが走り、眉間にしわを寄せた。


「僕は、岩が当たって……気を失ったんだと思う……」


ウォルはカオルの言葉に、ただ黙って耳を傾けていた。


「とりあえずお前に大きな怪我がなくてよかった。

あとは俺が確かめるから、お前は集落に……」


ウォルの声はかろうじて落ち着きを保っているものの、

握りしめた拳の震えや、絶えず周囲を警戒する目つきに緊張が滲んでいた。


「ウォル、あそこの……穴の空いた壁……」


カオルの指は震えながらも、彼が倒れる原因となった崩れた壁の方角を指し示していた。

ウォルはその指の先へ視線を沿わせ、足早に崩れた壁へ近づいていく。

カオルはそれに続くように、頭を押さえながらよろよろと足を進めた。


「カオル、あそこから魔獣が出てきたのか?」


ウォルの言葉は、自らの不安を確かめるようでもあった。

二人は崩れた岩の隙間から、向こう側を覗き込んだ。


洞窟の薄暗い光が天井の隙間を通って、向こう側の空間をぼんやりと照らし出す。

その瞬間、二人の息が止まる。

二人が覗き込んだ先には――異質な光景が広がっていた。


「……なんだ、ここ」

「すごい……」


広大な空間。

無数に林立する石柱。

壁一面に埋め込まれた、青白く輝く水晶。


床には、巨大な円環の文様が描かれている。


「別世界……みたいだ……」

「カオル、とりあえずここに魔物がいないか確認したら、一度村に――」


ウォルが言いかけた、その時だった。

カオルの耳がぴんと立ち、不意に背筋を殺気のような冷たいものが駆け上がる。


「”グルゥゥゥゥゥアアアアア!!!!”」


再び響く、咆哮。

その轟音は先ほどとは比較にならないほど強烈で、

まるで大地が苦痛に耐えるかのような、内臓を揺さぶる振動が二人の体全体に伝わってくる。


「なんだ……あれ……魔獣って、あんなデカいのかよ!?!?」


(もし、こんなのが集落を襲ったら……)


ウォルは歯を食いしばり、覚悟を決めた声でカオルに告げる。


「カオル、よく聞け!!」

「俺が足止めする! お前は集落へ戻れ!! 一刻も早く、魔獣の事を報告するんだ!!」

「無理だよ! ウォル一人で足止めする気!?」

「カオル!! 冷静に考えろよ!! このままじゃ俺たち二人とも、あの化け物の餌食だ!!」

「それに、あんな化け物がもし集落の方に向かったら……何人犠牲になるか考えてみろ!!」


瞳がカオルをまっすぐに見据え、その奥に必死の光が燃えていた。


「今、俺がここで足止めするしかないんだよ!!」


言い放つウォルの拳は、震えながらも固く握り締められている。


「行け!!頼む!!」


カオルは、歯を噛みしめ、出口へ向かって走り出した。


「ああああああああああああああああああああ!!」

「”グルゥゥゥゥゥアアアアア!!!!”」


背後で響く、ウォルの悲鳴。


(ウォル……!)


振り返れない。

前へ走るしかない。


前へ。

出口へ。

集落へ。


だが――。


「”グォォォォォオオオオオ!!!!”」


出口へ向かうその先に、もう一匹の漆黒の魔獣が立ちはだかっていた。


逃げ場は、失われた。


背後には、封印の扉。

冷たい石壁に阻まれ、完全な行き止まり。


(終わりだ……)


膝が震え、力が抜ける。

深い絶望が胸に冷たい刃のように突き刺さる。

涙が、頬を伝った。


(父さん……母さん……)


青白い光に照らされ、魔獣の影が迫る。


その光の中で、カオルは――ただ、立ち尽くしていた。

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