第84話 引っ越し
引っ越し準備を終えた俺達はミクさんも連れて辺境伯様が用意してくれた屋敷へと向かった。
町の中央近くの貴族の屋敷が集まっているエリアで、広い道に面した一等地と言っても差し支えない立地に佇んでいる豪邸であった。
鉄製の門の前には兵士が警備しており、俺達が近づくとマリーが気がついたらしい。
「兄さん!」
「よぉマリー久しぶりだな」
マリーの話では仲はあまり良くないと話されていたが、屋敷の警備任務にマリーの兄貴を抜擢したらしい。
「マリー家ではそっけない態度をしていて悪かったな。水に流してくれとは言わない。ただ下っ端軍人には中々与えられない役付きだから、妹のコネと言われても活用させてもらった」
家では兄弟の中で一番強かったマリーだが、男しか軍人に成れない決まりなので、家を出で冒険者になることになってしまったが、運良く俺達と同じパーティーメンバーに成れたことで、家臣の座を得ることができ、現状マンシュタインとマリー、スターが家臣の中では横並びで偉い。
これに銀の翼のメンバーや冒険者予備校のクラスメイトも入ってくるが、彼ら彼女らはマリーの下に就くことになる。
その更に下に派遣されたマリーの兄貴が加わることになるのだが、役付きになれるだけで陪臣の身でも無役より裕福に暮らせるらしい。
「ではケッセルリンクの皆様、屋敷へと案内させてもらいます」
一応シュネの家の悲願でもあるので俺達の家名はケッセルリンクにしてもらい、竜をあしらった家紋や名前と苗字の間にフォンを付けることが貴族になったので公でも名乗ることが許され、現在俺の名前はナーリッツ・フォン・ケッセルリンクとなっている。
まぁ今まで家名を呼ばれることほぼ無かったし、貴族社会で生きていくのに元小作人の息子というのはあまりにも出生が悪いので、シュネと婚約をしているからとケッセルリンクの苗字を使わせてもらった。
メアリーとアキも俺と婚約状態なのでケッセルリンク呼びである。
ケッセルリンク騎士家の誕生である。
屋敷の話に戻るが、敷地面積はプロ野球の球場くらいある。
うち屋敷の面積は3分の1くらいであるが、レンガ造りで高価な板ガラスを窓にはめ込まれていて、煙突も3箇所見える。
正門から入ると正面に屋敷が見えるが、屋敷まで約50メートルほど石畳の道が続いており、左手には大きな噴水、右手には数棟の倉庫が建ち並んでいた。
石畳の場所以外は芝生が生えていて、綺麗に手入れされて整っている。
うん、普通にいい物件。
家臣に惨殺されたばっかりに曰く付きになってしまったのがもったいないくらいの物件である。
一応教会から事前に派遣された神父や司祭達により悪霊の類の浄化は済んでいるとも言われた。
正直、日本の幽霊みたいに実際に居るか居ないか分からないのではなく、人が亡くなり、適切に処理しないとアンデッドになったり悪霊という魔物へと生まれ変わってしまう。
ちゃんとそれらは目に見えるため、一度浄化してしまえばもう二度と出てくることはないのである。
「こんな立派なお屋敷……悪評が無ければ住みたい人は多かっただろうに」
「そうでもないのですよ」
屋敷の前に到着して、俺が呟くと、入口に立っていた銀髪をオールバックにし、スーツをビシッと決めた青年が答えてくれた。
「初めましてケッセルリンク家の皆さん。私はラインハルト。フォーグライン辺境伯様より皆様方への執事兼、教育係を任されております」
「これはこれは……どうも……皆ケッセルリンクなので名前で呼んでいただけると助かります」
「わかりましたナーリッツ様。奥様方は右からアキーニャ様、メアリー様、シュネー様でよろしいでしょうか」
「はい、アキーニャです。よろしくお願いします」
「うん、僕はメアリー。よろしくね」
「シュネーです。よろしくお願いいたします」
「他の方はパーティーメンバーの方でよろしいでしょうか?」
「1人メイド候補として連れてきました」
「メイド候補のミクです〜。よろしくお願いします!」
「雇い主が選んだ人物であれば私は文句は言いません。その代わりビシバシ教育しますのでね」
「お手柔らかに〜」
最初の話に戻るが、この屋敷が人気が無い理由は家臣に惨殺されて一度悪霊達の溜まり場になってしまった事があり、浄化したとはいえ、呪われているのではないかと疑念がつきまとってしまい、教会側が大丈夫と何度も言っていても中々信用されなかったのである。
それに設備は立派なので、辺境伯様は本邸が火災や災害で住めなくなった場合のスペアとして残していたとのこと。
それで今回功績があった俺達に先行投資兼、他の貴族や家臣達から同情を引き出せる手頃な物件としてここを譲られたという経緯があるらしい。
「ちなみに何故この屋敷の前の持ち主は惨殺されたのですか?」
「家臣の嫁と娘に手を出してしまったのだとか」
「うわ……」
そりゃ恨まれるわ。
人によっては奥さんを主に差し出して出世の為に協力してもらうというのはあるらしいが、娘まで手を出されたらそりゃキレる。
辺境伯様も惨殺した家臣は死刑になってしまったが、孕まされた嫁と娘は地方の修道院に送って隔離するしか無くなったらしい。
想像以上に闇深い案件だった。
「ささ、中に案内しますね」
ラインハルトさんに案内されて中に入ると、中も外に負けずに良い作りをしている。
屋敷は4階建てになっていて、1階は客間やダンスホール、ダイニングルーム、キッチン、洗面所、風呂場が2箇所(家臣達が入る用の場所含め)、トイレも複数箇所あり、魔石で動く最新式のが用意されていた。
2階以降は各自の部屋になっており、2階に16部屋、3階に8部屋、最上階の4階は4部屋と上に行くほど部屋が広くなっていた。
2階の部屋も1部屋おおよそ12畳から14畳くらいあり、ラインハルトさん曰く、家臣達が2人生活する部屋であると言われたが、当たり前であるが、今まで泊まっていた宿の2人部屋より広い。
それに各階にトイレやシャワールームが備え付けられており、滅茶苦茶維持費がかかりそうである。
「ラインハルトさん、維持費ってどれくらいかかるんですか……」
「ラインハルトで結構です。屋敷全体の維持費は1年で白金貨3枚から4枚でしょう。それに家臣達の給料や食費、貴族達と付き合う社交費用などもあるので、1代騎士の年金となっている白金貨3枚では足りないでしょう」
最下層の貴族だから辺境伯から貰える年金も白金貨3枚。
現代日本円換算で300万か。
サラリーマンの年収くらいか。
1人で家庭を養うには辛い金額だな。
「それと私はラインハルトと呼び捨てで結構です。皆さんも外ではナーリッツ様をさん付けか様、もしくはお館様と呼ぶようにお願いします」
ミクさんと呼ぶのもこれからはまずいのか。
気をつけないと。
とりあえず各部屋にはベッドとクローゼットなどの生活に必要な物は、この屋敷に前から備え付けられていたので、日用品や調理器具、着る物系を揃えれば良い。
これはクム商会のゼファーさんに言って一通り集めてもらい、異空間に放り込んでいるので、それを皆で部屋に運んでいく作業が最初にやることになった。
それでも引っ越し作業自体は1時間もかからず終わり、屋敷の中を覚えるのが大変な感じであった。




