第39話 行商人の一幕
私の名前はポーラン・クム。
クムさんと色々な人から呼ばれるしがない行商人である。
「クムさん、利益にならないのに何でこんな辺境の村にわざわざ行商に行くんですかい?」
現在私は相当な僻地にあるゲンシュタイン騎士領のニューベルク村を目指して護衛の冒険者の方々と荷馬車に乗って向かっていた。
今私に質問してきたのはジェイシェットさん。
皆さんからはジェイさんと呼ばれているベテラン冒険者である。
「ジェイさんが行商に興味を持つとは……明日は雪ですかな?」
「おいおい茶化すなよ」
「一応利益は出ているんですよこれでも」
「へぇ……」
最寄りの村から片道2週間……町からだと1ヶ月もかかる道のりをかけてわざわざそんな辺境の村に向かう……となると何か特別な産物でもあるように思えるかもしれませんが、ゲンシュタイン騎士領で売り物になりそうな物だと小麦粉くらいしかありません。
基本自給自足が可能なゲンシュタイン騎士領では小麦を生産してそれを我々行商人に売って、その代価として塩や布を支払うのです。
布は僅かながら生産しているらしいですが、塩は岩塩が産出する場所でも無いので、塩を供給しないと干上がってしまうのです。
そんな利益に全くならなさそうな村にわざわざ向かう理由は町の領主様……ここら一帯を取りまとめているフォーグライン辺境伯様が商業組合に助成金を出し、組合に所属している行商人が割り当てられた辺境伯様の寄子である地方貴族の皆さんに必要物質を運ぶことで組合から奨励金が支払われることになっているのです。
これが店を持たない行商人の身分だと中々美味しいのです。
それに終着点はゲンシュタイン騎士領ですが、その道中でも行商を行いますし、道中の村は綿織物が盛んな村がありますので、行きは町の商品をその村に卸し、ゲンシュタイン騎士領から町に帰る途中による時はゲンシュタイン騎士領の小麦粉をその村で売り、布を沢山仕入れて町で売ればそれなりには利益になるのです。
「貴族の面子によってゲンシュタイン騎士領は支えられてるってことか?」
「それもありますが、ゲンシュタイン騎士領の子供達が町に出てくる際に我々に同行することになります。その子供達に親切にし、それとなく町で生きていくための生活用品や冒険者になるための道具を親戚の商店で買ってもらったり、宿を紹介するなどして店側から紹介料をいただく事もしていますがね」
「なるほどな……微々たる金だろうが、それも利益に繋がるし、何よりその子供達が冒険者として成功すれば紹介した宿や商店は継続的に金を落とす顧客になるわけか」
「ええ、そういう店に仕入れた布を卸す……なんてこともありますがね」
「商人って本当繋がりが命だな。何が結びついて利益になるかぱっと見わからんからな」
「ええ、でもジェイさんは今回なんでまた私の護衛任務を引き受けてくれたのですか?」
「ん、あぁ、俺達ももうそろそろ冒険者を引退しようと思っていてな。20年近く冒険者をやってきてある程度金も溜まった。ただ余生を過ごすとなるとまだ金銭が足りないから冒険者予備校の教師の職をギルドの方から斡旋されてな。それでギルドの評判を少しでも上げるために不人気な依頼を消化しているって訳だ」
「なるほど……その様な理由が……しかし冒険者予備校の教員枠もジェイさんの仲間の皆さん分ある訳ではないですよね? ジェイさん達6人パーティーですし」
「ああ、予備校の教師に誘われたのは俺だけだ。他のメンバーは俺への義理で付き合ってくれているのと、自分達も引退後の職の斡旋の為にギルドの評価を上げたいのの半々だろう」
「なるほど……そういう訳でしたか」
馬達の手綱を引きながら、速度を調整する。
他の冒険者の皆さんは荷車の中で何やら楽しそうに話している。
整備された街道を進んでいる時はこの様に全員馬車に乗せて移動するが、野生動物が出やすい地点やゲンシュタイン騎士領に入る山脈の谷間を通り抜ける時は周囲の警戒をお願いしている。
まぁゲンシュタイン騎士領に向かう馬車など年に2度しか無いので、山賊が根城を作ることも無いのでこの人数で十分なのである。
それにジェイさん達はシルバーランクの冒険者達……魔物が襲ってきても守ってくれるだろう。
数日後、私達はゲンシュタイン騎士領のニューベルク村に到着し、領主様に挨拶した後に地主の皆さんと物品のついてのやり取りを行う。
まずは領主様が税として回収した小麦粉の売買を行い、その後に領民向けの売買を行う。
小麦粉のリストを確認し、必要物質と金額を伝え、とりあえず領主様向けの売買を終わらせる。
続いて領民向けの売買をしようとした時、地主の1人であるケッセルリンクさんに呼び止められ、毛皮を買い取ってはくれないかと言われた。
「毛皮ですか」
大抵この村で狩られた獣の毛皮はこちらに回ってくる前に消費されてしまうので珍しいと思いつつ、ケッセルリンクさんの納屋に付いていくと、綺麗に鞣された毛皮が壁に広げられて保管されていた。
「ほほぉ……熊や狼の毛皮ですか……うん。状態も良く、鞣られ方も良い……猟師の皆さんが頑張ったのですか?」
「ちょっと訳ありでして……誰が狩ったかの検索はしないでもらいたい」
「わかりました。そうですねぇ……熊の毛皮が5枚、狼の毛皮が10枚……熊は1枚銀貨2枚、狼の毛皮は色付けて銀貨1枚でどうでしょう」
「想像よりも値段を付けてくれましたね……良いのですか?」
「ええ、ただ手持ちの銀貨が心もとなくなるので一部物納だとありがたいのですが……」
「物納と言うと布ですか?」
「ええ、銀貨は15枚出しますので残りは布では駄目でしょうか?」
「……そうですね、次回もう少し量を買ってくれるとなれば今回は物納で受けましょう」
「いや、ありがたい。次回は銀貨50枚分は用意しておきますし、質がこれと同等であれば同じ値段で買い取りしますよ。あとできればなんの肉でも構いませんので干し肉を用意していただけると助かります」
「わかりました。急に買い取ってもらって申し訳ない。家の子供達に荷車まで運ばせますのでよろしくお願いします」
「ええ、わかりました」
数時間後、あらかた商品をさばき終えたところに毛皮を抱えた子供達がやってきた。
「行商人のクムさんでよろしいでしょうか」
銀髪に銀色の尻尾を持つ碧眼の竜人が商品を渡してきた。
「ケッセルリンクさんの子供かな?」
「はい、ケッセルリンクの娘のシュネー・フォン・ケッセルリンクです」
「確かに受け取った。こっちが代金で、こっちが残りの布だ」
「ありがとうございます」
小さいのにしっかりとした受け答えをする子だ。
流石地主の娘さん、将来は美人になるだろう。
「銀貨15枚と布確かに受け取りました。あと商品ってもう残ってないですかね」
「そうだなぁ……ここで買った小麦粉くらいしか無いが……」
「これで小麦粉を少し買いたいのですが」
4人いた子供達の中で唯一の男の子が壺を私に渡してくる。
中を確認すると蜂蜜がぎっしり入っていた。
「ほぉ……上質な蜂蜜だね。これならば銀貨で支払った方が良いかと思うけど」
「無茶を言っているのはわかっているので、小麦粉の袋1袋と交換してくれませんか」
「ふむ、私は構わないが、蜂蜜なんてここでは貴重な物を売っても大丈夫なのかい? 結構な量だが」
「構いません。私の父親からの伝言で毛皮に色を付けてくれたお礼です……とのことです」
「はは、なるほどね。わかった。蜂蜜を買わせてもらうよ。小麦粉の袋は持てるかな?」
「はい大丈夫です!」
馬車の中で荷物を整理してもらっていた冒険者の1人に小麦粉の入った袋を彼女達に渡して欲しいと言い、冒険者が小麦粉の袋を子供達に渡す。
「重いけど大丈夫か?」
「はい! 大丈夫です!」
さっきの男の子は小麦粉の袋を受け取ると、軽々と抱きかかえる。
身体強化の魔法が使えるのか……村出身の子供では珍しい。
「君、将来村を出るのかい?」
私は小麦粉の袋を抱えている少年に声を掛ける。
「僕達この4人で冒険者になろうと思ってるんです! 町で出会ったらよろしくお願いします!」
「ああ、町に出ていく年になったら私の馬車で町まで連れて行くよ。君達はきっと立派な冒険者になれるだろう」
ゲンシュタイン騎士領を離れながら、私は小麦粉を買っていった少年少女達が印象に残っていた。
「ふふ、ああいう田舎から優れた少年少女の手助けができるのも行商人の良いところでしょうな」
「クムさん上機嫌じゃないですか」
「ああ、ジェイさん、騎士領で出会った4人組の少年少女……きっと数年後予備校に来ると思いますよ」
「へぇ……それまた楽しみですね」




