マイナスとマイナス③
家に帰れば、親の顔がチラつく。
内定、内定と、馬鹿の一つ覚えのように聞いてくる。
正直、呆れる。
ウザイ。
死ねやクソが。
電車に揺られながら、家に向かう。
最寄り駅まで来ると、賑わいが一気に散る。
田舎というわけではないが、栄えているとも言えない。
駐輪場で代金を支払い、置いてあった自転車に乗ろうとした時、
「お、友也やん」
振り返ると、スーツ姿の男性の姿があった。
高校からの友人、佐藤 颯である。
現在、保険会社で働くサラリーマン(2年目)。
「どちら様ですか」
「なんでだよ。泣くぞ」
「いいぞ。泣け、喚け、動画に収めてネットに流してやるから」
「マジでやめて。お前の言葉は冗談に思えないから」
「そんで、何の用だ」
「いや、一緒に帰ろうぜ」
「あっそ」
そうあしらいながら、自転車を動かす。
「なぁ、当たり強くね? 何かあったか? 話聞くよ?」
「言ったところで現実は変わらん。話すだけ無駄だ」
「そうかい」
いつもそうだ。
嫌なことを言おうが、殴ろうが、颯はいつも着いてきてくれる。
謝りもしないのに、颯は着いてきてくれる。
だが、友也は鬱陶しいと感じることはあっても、邪魔で心の底から死んで欲しいと思ったことはない。
付き合いは10年近い。これを親友というのだろう。
自転車を押しながら、歩く速さを互いに合わせる。
「最近どうよ」
「ふつー」
「こっちは飲み会でさー、一次会終わって帰りの電車の中で急に電話かかってきてさ」
電話の内容はこうだった。
課長からの電話に出ると、現在地を聞かれた後、部長が二次会から参加したから、お酌しに来いとのこと。
颯は渋々従い、お酌をした。
さらに、部長の嘔吐の付き添いまでもやらされたらしい。
「それで? 何が言いたい」
「何か断る口実とか無いかなーっと」
知恵袋として使いたいだけかと、呆れる。
「電話がかかってきたら即スマホの電源を落とせ。次の日、理由を聞かれたら“泥のように寝てました”って言えばいい」
「よくそこまですぐ考えられるな。流石だ」
「お前のそういうとこ、本当に嫌い」
「ごめん」
すぐ謝る。
すぐ褒める。
すぐ慰めようとする。
それが“いい人”というものなのかもしれないが、10年間くらいの付き合いの中で裏が見えない怖さがある。
これが本当に裏表がないというのなら、颯はこの社会でそのうち、空き缶のように捨てられるだろう。
良い奴ほど、真面目なやつほど、世の中不幸になるように出来ているのだから。