表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「ハッピーシングル現金返礼事件」

作者: とんぷぅ

 「でさ、俺もう通算十何回ご祝儀出してるわけ。軽く車検通るレベルよ」


 金曜の夜。居酒屋で俺は焼き鳥を片手に愚痴っていた。隣には大学の同期、山田。焼酎のロックをちびちび飲みながら相槌を打ってくれる、数少ない聞き役だ。


 「いや、もちろん祝う気持ちはあるよ?でもさ、最近は結婚式に呼ばれるたびに財布がスースーするんだよ。マジで俺の銀行口座、穴でも開いてんのかな?」


 「うんうん、それはまあ……」


 山田は苦笑しながら、何か言いたげな顔をしている。たぶん彼は、もう三年前に結婚した。俺もご祝儀を包んだ。もちろん3万円。あれから彼の家に遊びに行ったことはない。年賀状もLINEスタンプで済ませている。そういう関係だ。


 「それでさ、なんか見返りってないの?こっちはずっとシングルで、結婚式に呼ばれてはスーツ着て、駅のロッカーにでかい包み預けて、笑顔で『おめでとう』って言ってんのよ。もうね、自分が披露宴芸人なんじゃないかと思ってる」


 俺がそう言うと、山田はコクリと頷いた。目がまっすぐで、やけに真剣だ。


 「……実はさ」


 「ん?」


 「お前に返礼したいなって、前から思ってたんだよ」


 「返礼?」


 「うん。だってお前、俺だけじゃなくて、うちの嫁の友達の式にも付き合ってくれたじゃん。二次会のビンゴでDVDプレイヤー当てて、その場で新婦の甥っ子にあげてたろ?」


 「え、あれ覚えてたの?」


 「当たり前だよ。あれ見て俺、心が痛んだんだよ。俺だけ幸せになって、お前がその場で“ニコニコ要員”やってんの、なんか申し訳なくて」


 「いや、ニコニコ要員て」


 そのとき、山田がカバンをごそごそと探り始めた。こういう場で何か出してくる奴って、大体ヤバい。突然プレゼントを渡されたり、保険の勧誘が始まったりする。俺は身構えた。


 そして、出てきたのは……ぽち袋。


 「……なんすか、これ」


 「開けてみて」


 おそるおそる開けてみると、中には1万円札が一枚。そして袋の裏に、筆ペンで大きく書かれていた。


 『ハッピーシングル御祝』


 「……は?」


 「いや、だから。俺が勝手に決めた“ハッピーシングル制度”なんだよ。既婚者側が、ずっとシングルでいてくれる友人に感謝を込めてお返しする制度。俺のオリジナル」


 「制度にすんな」


 「お前さ、今までいろんな式に行って、祝って、笑って、ちゃんと包んでくれて、文句も言わずにいてくれたろ?だから、これはその感謝。俺たち既婚者の代表として、心からの……返金だ」


 「返金て言うな!」


 思わずツッコミを入れたが、彼の表情は真剣そのものだった。


 「……まじでこれ、俺にくれるの?」


 「もちろん。来月もらったボーナスから“ハッピーシングル積立”始めようと思ってる。他の独身の友達にも少しずつ返していく予定」


 「なんか……やべぇな、お前」


 だが、俺はなんだかんだでそのぽち袋を受け取った。ふと、じんわりと嬉しくなったのは事実だ。冗談っぽいけど、本気の気持ちがこもってる。人から「ありがとう」と言われること自体、意外と少ない。現金というダイレクトな形でくるのも、悪くない。


 その夜、ぽち袋を財布にしまいながら、俺は思った。


 ――これ、流行んねぇかな、「ハッピーシングル返礼」制度。


 そして数日後。


 職場の同期、渡辺からメッセージが届いた。


 「山田から聞いたよ!ハッピーシングル制度、めっちゃいいね!俺もやる!」


 ……拡散、早っ。


 その後、俺の机の上には、謎のぽち袋がぽつぽつ届くようになった。


 宛名は「祝・独身生活満喫中」「愛すべきおひとりさま」「次は君の番!(でも無理しないで)」など。


 世界は、俺のことを見ていた。


 そして、現金で評価していた。


 嬉しいような、切ないような、複雑な日々が始まった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ