上手にできるかな? 真面目王子と初心聖女の初めての夜
初恋を心に抱き続けるのは美談ではあるが、ネアミオス王国第一王子アーノルドの場合は不運だった。
『公爵家との繋がりは重要だ』
『不実な男はいけませんよ。婚約者以外に目を向けるのは最低です』
『お似合いの二人ですな』
と言われていた婚約者カタリナ・ゴールドウィン公爵令嬢を愛そうと努めた。
アーノルドはいじらしいほどにカタリナを立てた。
しかし逃げられてしまったのだ。
カタリナは護衛騎士に真実の愛を見たそうで。
もっともゴールドウィン公爵家に批判が集まったので、勢力バランス的には王家にプラスの婚約解消だったと言われている。
アーノルドは優美で洗練された外見の貴公子であるにも拘らず、極めて真面目だった。
公爵令嬢カタリナだけを愛せと言われていたので、簡単に考えを切り替えることができなかった。
不器用とも言う。
真面目で優秀なアーノルドは王太子候補ナンバーワンであり、妃候補も多かった。
が、振られたカタリナのみを思い、誰にも靡かないのであった。
国王夫妻は頭を抱えていた。
一方聖女マイアもまた問題を抱えていた。
マイアは孤児であったが幼い頃から稀な聖女の資質を見出され、また大変可愛らしかったことから、聖霊教会で大切に育てられた。
『異性との不純な交際は神がお喜びにならない』
『聖女の力を失いますよ』
『悪魔が誘惑するのだ』
素直で純粋なマイアは特に疑問も持たず、男に近寄らないということを受け入れた。
幼女時代から理想の聖女として聖霊教会とその信徒の前に君臨した。
しかし美しいマイアに懸想するものは多かった。
結婚と多産は聖霊教会の推奨するところでもあったことから、聖女マイアの扱いは教義に反するのではないかと疑問も呈された。
聖女マイアは考え得る最高の結婚をしなければならない。
聖霊教会の威信にかけて、聖女マイアに相応しい夫を用意しなければならなかった。
しかし、聖女マイアは大変に初心であった。
また神に逆らい聖女の力を失うこともよくないと考えていた。
不純とそうでないことの違いは何?
王家と聖霊教会の思惑は一致した。
真面目な第一王子であるアーノルドは、聖女マイアと聖霊教会にとってこれ以上ない夫になり得た。
また第一皇子妃の座を狙う並み居る高位貴族令嬢を納得の上引き下がらせるには、聖女マイアしかいなかった。
異性との接し方に問題を抱えた二人であったから、うまくいかない可能性は多分にあった。
しかし言い訳が残されていた。
『ベストを尽くしたのだから仕方がない』という。
かくして第一王子アーノルドと聖女マイアは婚約、そして結婚という運びになった。
そして今日は初めての夜である。
◇
――――――――――寝所にて、聖女マイア視点。
本日、神の前で永遠の愛を誓いました。
神も微笑んでくださったと思います。
わたしも婚姻ですか。
多くの男女の幸せを祈ってきたわたしですが、自分がその立場になってみると感慨深いものがありますねえ。
わたしの夫になった方は第一王子アーノルド殿下ですよ。
若く美しく逞しい方です。
とても優秀で真面目な方だとも聞いています。
今まで比較的わたしの近くにいた殿方というと、お腹の出たおじ様やお年を召した方ばかりでした。
アーノルド殿下のような素敵な方を間近で見たことがなかったので、ついじいっと見つめてしまいました。
眼福ですこと、ぽっ。
神よ、感謝いたします。
この結婚には聖霊教会の思惑もあります。
聖女たるわたしは誰よりも幸せになるべきなのだそうで。
でないとわたしが婚姻の幸福を祈った方々に対して失礼と言いますか、聖霊教会の教義がウソっぽくなると言いますか。
大神官猊下はじめ、多くの教会関係者に頑張れと背中を押されました。
……プレッシャーを感じます。
でもそのおかげで、アーノルド殿下のような素晴らしいお方と夫婦になることができたのですから、とても幸せなことですね。
ただアーノルド殿下は、かつての婚約者カタリナ・ゴールドウィン公爵令嬢に愛を捧げておられたそうで、他の令嬢方とは挨拶程度しか話すことがなかったそうなのです。
不幸にもカタリナ様とは縁がなかったですのに、アーノルド殿下の精神は何という崇高なことでしょう!
……実はわたしも懺悔せねばならないことがあります。
後でわかったことですけれども、カタリナ様と護衛騎士の方の幸せを、わたしはそうと知らずに祈ってしまっていました。
つまりアーノルド殿下とカタリナ様の別れの責任の一端はわたしにあるのです。
だからわたしはアーノルド殿下を幸せにする義務を負っているとも言えます。
しかし……。
わたし、閨事についてはサッパリです。
いろんな方にアドバイスを求めました。
曰く、旦那に任せときゃいいんだよ。
曰く、聖女様は可愛いから何の問題もないよ。
曰く、とにかく力を抜くんだよ。
どうやらわたしが主体的ではいけないようです。
わたしがアーノルド殿下を幸せにしなくてはいけないのに、もどかしいことですね。
唯一建設的なお話をしてくれたのは魔法薬屋のおばば様でした。
『心配ない、と言いたいところだが、マイアはもちろん王子も初めてなんだろう?』
『おそらくは、はい』
『マイアにできることは何もない、ということはないねい』
『わたしも何かできるのですね?』
おばば様さすがです!
わくわく。
『雰囲気作りだねい』
『雰囲気作り?』
『これをあげよう』
蝋燭、ですね。
『媚薬が塗りこめてある蝋燭だよ』
『媚薬、ですか?』
怪しい話になってきましたよ。
『寝所に灯すといいよ。甘ったるい雰囲気になる程度の、弱いものだけどねい。もっとも聖女であるアンタに効果はないだろうが』
『そうでしたか』
『房事で積極的であるべきなのは王子なんだ』
『なるほど、殿下に効果があればいい、ということなのですね?』
『ああ。アンタは心と身体を開いていればいいだけさ。ところが王子はそうはいかない。アンタ達の間に子が生まれるか否かで王国の未来が変わっちまうんだから。初めてを絶対にうまくいかせなければと、重圧に押し潰されそうになっているかもしれない』
何と、わたしは自分のことばかり考えていましたが、アーノルド殿下の方がよほど大変なようです。
『人間の心なんて強くないんだ。初めてに挑む時は特にそうさ。焦らせちゃいけない。王子に寄り添ってやるんだよ』
『わかりました』
アーノルド殿下の心に寄り添う、ですか。
聖女のお務めにも通じるところがありますね。
『緊張したり心が萎んだりしている時は、男性自身がクシュンとしてしまうものなのさ』
『そうなのですね?』
『しかしマイアは聖女だから』
『……なるほど』
元気付けて差し上げろ、ということですね。
おばば様にいただいた助言は大変ためになりました。
さて、蝋燭の香りが薄く漂っております。
夜は長いと言いながら、このまま何もしないというわけにもいきますまい。
アーノルド殿下に声をかけてみましょうか。
◇
――――――――――同刻、第一王子アーノルド視点。
「アーノルド殿下」
「はい!」
お、思わず声が上ずってしまった。
だって王国一の美少女とその名も高い聖女マイアが、あれよあれよという間に僕のお嫁さんだよ?
ほとんど女性と縁のない僕にはレベルが高過ぎる。
「本日、神の前で永遠の愛を誓い、夫婦となりました。どうぞよろしくお願いいたします」
「こ、こちらこそ」
何をやってるんだ僕は!
聖女マイアが緊張を見せていないのに、第一王子たる僕がビビッているなんて!
……前の婚約者カタリナは美人じゃなかったけど、前へ前へと出る令嬢だった。
ある意味公爵家の娘らしかったとも言える。
カタリナといると楽だった。
皆仕切ってくれるし、カタリナとだけ話していればよかったし。
カタリナが婚約者であることで、特に人間関係において、僕自身の成長が阻害されていると初めて気付いたのはいつだったろう?
社交では何もかも彼女が片付けてしまっていたから、僕の出番がなかったんだ。
カタリナが僕との婚約解消を望んだ時は衝撃だった。
護衛騎士との真実の愛に生きるという。
カタリナは僕を見て寂しそうに笑った。
あれは失望と未練が半々の表情だ。
カタリナは自ら泥を被ったのだ。
こんな性根の座ってない僕が、国を治める立場であってはならないから。
成長しろ、という発破だと思った。
将来の王になる僕は、カタリナのためにも上を目指さねばならなかった。
ところがどうだ。
僕の前に現れたのは、カタリナの後釜に座ろうと押し寄せた肉食獣のような令嬢の群れだった。
正直怖くて、ロクに喋れもしなかった。
僕は女性関係に真面目なのではない。
未熟なだけなんだ。
いかに僕がカタリナに守られていたかを改めて知った。
そうこうしている内に聖女マイアが婚約者となる案が急浮上してきた。
僕の婚約者のポジションを狙う貴族達の争いが、目に余るようになってきたからと聞いている。
それ以外に聖霊教会側にも、久しぶりに現れた聖女に格の高い夫をという目論見があったらしい。
とにかく聖女マイアは婚約者に、そして妃になり、今薄衣をまとっただけの姿で僕の前にいる。
ドキドキするなあ。
「聖女マイア」
「はい、何でしょう?」
「殿下はやめてくれないかな。もう僕達は結婚したのだし。僕もマイアと呼ぶから」
「ではわたしもアーノルド様と」
うわああああああ!
何てピュアな笑顔!
破壊力が高い破壊力が高い!
「お側に寄ってもよろしいですか?」
「え? うん」
ぴとっと右腕にしがみつくマイア。
何この可愛らしい生き物は。
「マイア」
「はい」
群青色の大きな瞳がうるうるしている。
美しいなあ。
目蓋にキスを落とす。
「あ……」
「ご、ごめんね?」
「いえ、お気になさらず」
そうだ、マイアだって初めてなんじゃないか。
僕がリードしないと。
でも……。
「アーノルド様のお立場は将来国を統べる大変なもの。わたしも精一杯お手伝いしとうございます」
「う、うん」
全然元気にならない。
き、緊張してるのかな。
深呼吸深呼吸。
ああ、アロマの香りとマイアのいい匂いが合わさって、心がわちゃわちゃする!
で、でもダメだ……。
「アーノルド様?」
「マイアごめん。な、何か元気にならなくて。いや、マイアが魅力的じゃないということではなくて、むしろ魅力があり過ぎて……」
何を言ってるんだ僕は。
しっかりしろ!
「不躾なことをお伺いして申し訳ありません。アーノルド様はカタリナ様のことを愛していらしたのですか?」
「カタリナ?」
ここでマイアの口からカタリナの名が出るのは意外だな。
でも少し冷静になれた。
「カタリナとは幼い頃から婚約者だったんだ。もちろん政略で、男女間の燃えるような思いとかはなかったけど、穏やかな精神的な繋がりはあると信じてた」
今となっては忸怩たる思いだが。
「……社交とかではカタリナに頼ってしまっていたところがあった。おそらくカタリナは、将来の王たる僕に人間関係で幼稚な部分があってはよろしくないと判断したんだと思うんだ。だから僕から去ったのだと思う」
「世間では悪女と言われていますが、立派な方なのですね?」
「ああ。正直僕はカタリナを恨む気にはなれない」
「……今でもカタリナ様は、アーノルド様の心の深いところにお住まいなのでしょうか?」
「そんなことはないよ。神の前でマイアに愛を誓ったのは本心だ」
「よかったです」
より密着度が増した。
ドキドキするけどドキドキするだけ。
下半身がドクドクしないんだけど!
「あのう、アーノルド様御自身を拝見させていただいてよろしいですか?」
「えっ?」
僕自身を見たいって、要するにそういうことだよね?
ちょっと恥ずかしいけど。
「大したものじゃないけどどうぞ」
「まあ、これが……なのですね。勉強になります」
マイアみたいな超美少女がしげしげと僕自身を見てるって、上級者のプレイのような気がする。
悪いことしてるみたい。
あっ?
「天の神よ、アーノルド様に祝福を」
マイアの両の掌から放たれた魔力光が僕の下半身を包む。
そうだ、マイアは聖女だった。
これが祝福か。
あっ、下半身に血が回る。
ドクドクしてきた!
「す、すごいです……」
「漲ってきたよ。マイアありがとう!」
「天を衝かんばかりです。御立派です」
「マイア!」
「あ……」
もう我慢できない。
目の前の美少女を抱きしめる。
「……優しくしてくださいませ。痛くても回復魔法を使ってはいけないと言われているのです」
「ああ、なるほど。治癒してしまうと次も痛くなっちゃうからだね」
「そうなのですか?」
マイアが尊敬の表情だ。
こんなことで。
「夜はこれからだよ」
◇
――――――――――一年後。
アーノルドとマイアの間に生まれた、国王夫妻にとって初孫に当たる王子の誕生が発表された。
アーノルドが王太子たることも同時に発表された。
手を取り合うアーノルドとマイアの仲睦まじさを見て、王都市民は歓喜に沸いた。
自信に満ち溢れたアーノルドと歓談した幾人かの貴族当主は思った。
カタリナ嬢の影に隠れるようだったアーノルド殿下はもういない。
元々優秀な王子なのだ。
ネアミオス王国の将来は安泰であろうと。
魔法薬屋のおばばは言った。
「健康な美男美女を一部屋に放り込んでおけば、やることやるもんさね。アタシはちょっとお手伝いしただけさ」
身も蓋もないよ!
――――――――――後日。
王太子妃マイアとカタリナ夫人が文通している事実が明らかになった。
ゴールドウィン公爵家は復権するが、王家とともにある、という方向性だった。
夜会でも王太子夫妻とカタリナ夫人が談笑する様が目撃されている。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
どうでもいいですけれど、『タマシイレボリューション』という歌がありまして。
眠れる王子のモンスターをスタンドアップさせたら頂上だな、あっ、これで一作書けるわと思いました(笑)。
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よろしくお願いいたします。