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年に一回お茶会が開かれ、そのつど候補者が減っていく。
八歳になったリーゼロッテはなんとかまだ婚約者候補として残っていた。
当然ながら魔法使い候補にクレメンスも残っている。
クレメンスにいたってはもうほぼ出来レースのようなものだろうと思っている、若干失礼なリーゼロッテだ。
ティモシーが十二歳の年のお茶会が開かれた。
今日は太陽の光がたっぷりと入るサンルームに、テーブルが並べられている。
春先の日光は、風がないだけでとてもポカポカと室内を温めていて、なんとも快適だ。
同じく十二歳のクレメンスも、現在リーゼロッテの隣でお茶を飲んでいる。
今日はビュッフェ形式のお茶会なので、自分でお茶菓子を取り好きなテーブルに座っている。
現在ティモシーには魔法使い候補らしい少年達が群がっているので、リーゼロッテは大人しくカップを傾けていた。
そろそろお菓子を取りに行くかと思っていると。
「クレメンス様」
クレメンスと同じ年程の少女がテーブルへと近づいてきた。
リーゼロッテの知り合いではない。
クレメンスと呼んだので彼の知り合いだろう。
珍しいこともあるものだとまじまじと見てしまう。
「こんにちはクレメンス様」
「ああ」
クレメンスがリーゼロッテやティモシー以外と話しているのを見るのは初めてだ。
しかも女の子。
黒髪を緩く巻いた少女はパッチリとした黒目で、ほんのりと頬を染めている。
(私以外にも友達いたんだ)
何となくモヤッとして首を傾げてしまう。
「お久しぶりですわね、殿下主催のお茶会にしか来られないから、今日をとても楽しみにしていましたの。今度はぜひ私の家に遊びに来てください」
少女がうっとりした顔で楽しそうにクレメンスへ話しかけるけれど、当のクレメンスは短い返事を返すばかりだ。
それをチラチラと見ていると、少女はようやく気付いたというようにリーゼロッテへと視線を向けた。
その顔はにこやかにしているけれど、目は明らかに笑っていない。
気の強そうな眼差しをすっと細めてリーゼロッテを一瞥した。
(え……なにこいつ)
ちらりと見たリーゼロッテに、少女は小さく勝ち誇ったような笑みを見せた。
「幼馴染がいると聞いていましたけれど、そちらが?」
「ああ」
クレメンスが頷くと。
「私はジュリア・ラフラガよ」
「リーゼロッテ・レイーネです」
名前を名乗られたので教えないわけにもいかず、一応ぺこりと頭を下げた。
ラフラガといえば、ウォルウィッシュ家の次に王城にある魔法使いたちがいる魔法宮で権威を持っている家だったはずだ。
「素敵な赤毛ね。そんな風にまとめているのは癖でもあるのかしら?」
今それを言う必要はあっただろうか。
そばかすの次にコンプレックスな癖毛を指摘されて、リーゼロッテはドレスの影に隠れて手をぎゅっと握りしめた。
三つ編みですら綺麗に纏まらない髪は好きじゃない。
「私、髪の毛が綺麗だとよく言われるんです。お手入れをしっかりしているので」
さりげなくジュリアが自分の髪に手を滑らせる。
艶々と輝く髪は絡まることなく指を通り抜けた。
(まるで私が手入れしてないみたいじゃない)
これでも毎日頑張っている。
何度も櫛を通して、母に相談して香油なんかを使ったりもしている。
くっと唇を引き結ぶと、ジュリアが口端を上げた。
「僕はリジーの髪は可愛らしくていいと思うよ。その髪型だって似合ってる」
クレメンスがなんてことないように口にした言葉に、リーゼロッテはパッとそちらを見た。
特に気遣ったふうでもなく、静かにティーカップに口をつけている。
「そ、そうですか」
ジュリアが震える声で無理やりというように笑顔を浮かべた。
あれはどう見ても納得していない顔だ。
「そうね、可愛らしいわね、それにしても年上について回りたいのは分かるけれど、同い年の子と仲良くする方がいいわ。ほら、あのグループとか」
すいと目線で促されたのは、ティモシーの方へ出し抜こうと牽制し合う女の子達のグループだ。
正直あんな小競り合いをする気はない。
ついでにいえば、まるでクレメンスのあとをついて回っているような物言いに何だか棘を感じる。
「クレメンス様も同じ年の子といた方がいいですわよね」
ジュリアがにっこりと笑ってクレメンスへ顔を向けたけれど。
「人それぞれだよ。少なくとも僕はリジーと一緒がいい」
そっけなく紅茶のカップを傾けた。
「ッ、愛称で呼ぶなんて誤解を与えてしまいますわ」
誤解って誰にどんなだろうとリーゼロッテが内心首を傾げたとき、くぅと小さくお腹が鳴った。
「あわっ」
パッとお腹に両手を当てると、ジュリアが口元に手を当ててクスクスと笑いだす。
「いやだ、お腹が鳴るなんて恥ずかしい、みっともないですわよね」
ジュリアがクレメンスへ投げかけた言葉に、耳が熱くなるのがわかった。
(よりによって!)
お茶会でお腹が鳴るなんてジュリアの言うとおり恥でしかない。
幸いなことに気付いたのはクレメンスとジュリアの二人だけだろう。
しかしあからさまに馬鹿にされ、リーゼロッテは小さく俯いた。
膝の上に置いた手でドレスを握りしめると。
「リジー、皺になるから手を離して」
そっとクレメンスの手がドレスを握りしめたリーゼロッテの手を優しく開かせる。
ちらりと隣の幼馴染を見ると、優しげにアメジスト色の瞳をしならせていた。
「気づかなくてごめん、何か取ってくるよ」
「あ、クレメンス様……」
カタリと立ち上がると、クレメンスはジュリアの呼びかけなど聞こえていないように、お茶菓子の置いてあるテーブルの方へと行ってしまった。
クレメンスを目で追うジュリアに、思わず視線を逸らしてしまう。
(気まずい……あんな人見知りだったんだ)
クレメンスのジュリアへの態度にそう結論をリーゼロッテがつけたとき。
「あなた、あの方をわずらわせるなんて、どういうつもり」
鋭い声音にそちらを向けば、座っているリーゼロッテを見下すようにジュリアが腕を組んでいる。
「わずらわせるって」
クレメンスの世話焼きはいつものことだ。
大雑把なリーゼロッテが気づく前に、細やかな性格のクレメンスが気づいて動く。
リーゼロッテの当たり前な日常だ。
何故そんなことを言われるのかとジュリアを見上げると。
「クレメンス様は魔力も美貌も何でも持ってる特別な方なのよ。何も持っていない平凡以下のあなたが傍にいていいわけない」
「えぇー……」
散々な言われようだ。
苛立つのを通り越して呆然だ。
何と反応したらいいのだろうと思っていると。
「珍しい魔道具を手にいれたんだ」
横から聞こえてきた言葉に、思わずそちらを見た。
魔道具とは文字通り魔力の宿った道具で、リーゼロッテのように魔力のないものでも使える画期的なアイテムだ。
ただしべらぼうに高いので、金持ちの道楽とも言われている。
「これを開けると水の獅子が出てくるんだ」
得意げに話す少年の手には赤い小箱が乗せられている。
「凄いな!ちょっと貸せよ」
言うなり別の少年がその箱を手にして開けた。
瞬間、太い唸り声を上げて大きな水で作られた獅子が飛び出した。
途端にお茶会の会場に悲鳴が上がる。
狭いわけではないサンルームだけれど、阿鼻叫喚の状態になればみんなテーブルをひっくり返したり椅子を蹴倒してしまったりとパニック状態になってしまった。
みんなが慌てて逃げるなか、リーゼロッテは唐突な出来事にぽかんと動けずにいた。
そんなリーゼロッテに獅子が襲いかかり――リーゼロッテにその牙が届く前にゴウッと獅子が大きな炎に包まれた。
炎は一瞬で獅子を蒸発させると、そのまま四散してしまう。
一瞬の出来事に頭が回らずにいると。
「リジー!怪我はない?」
「え、うん、平気。何もない」
珍しく大きな声を出して、クレメンスがリーゼロッテの方へと駆けてきた。
全身に視線を走らせるクレメンスにハッと我に返る。
慌てて頷いて無事を知らせると、クレメンスが心底安堵したような表情で息を吐いた。
すると、何だか周りがざわざわしていることに気付いた。
きょろりと視線を走らせると、何故かみんな顔が青い。
隣にいたジュリアも蒼白でこちらを見ている。
ティモシーも顔色こそ青くはないけれど、呆然と立ち尽くしていた。
「何この反応」
なんだか周りがシンと静まり返っている。
けれど獅子なんて出てきたらそりゃあ怖いよなと思う。
自分もあっけにとられて動けなかったしなと結論づけた。
自分よりも背の高いクレメンスに目線を移すと、何故か苦笑を浮かべている。
何故そんな表情をしているのかはわからなかったけれど。
「クレメンス凄いじゃない!火の魔法上達したのね」
凄い凄いとリーゼロッテは声を上げた。
クレメンスの魔法は初めて家に来た時以来見ていなかったので、リーゼロッテのなかでは火の魔法はいまいちだった記憶しかない。
実際はその年で魔法を制御できているだけで、天才的な魔力とそれを上回る努力をしている証拠なのだけれど。
「頑張ったのね!」
努力したんでしょ、偉いわと言うと。
「……うん」
お茶会のときだけ上げている前髪で露わになっている綺麗な顔が、小さくはにかんで頷いた。
その様子にうんうんと頷いていると、視界の端でティモシーがハッとした顔をしてこちらへと早足で歩いてくる。
「クレメンス、ありがとう。大事にならなかったのは君のおかげだ」
ティモシーがポンとクレメンスの肩を叩きねぎらうと。
「いえ」
クレメンスは照れた顔を一瞬で消してしまった。
周りには無表情、リーゼロッテにはぼんやり顔と思われている表情だ。
「君も怪我はない?」
「はい!大丈夫ですわ!」
ティモシーがリーゼロッテに目線を移して問いかけると、リーゼロッテは元気いっぱいに返事をした。
それにティモシーが一瞬目を丸くして、そうかと微笑む。
リーゼロッテがこれは好機とさらに口を開きかけたけれど。
「リジー帰ろう、お茶会どころじゃない。送っていくから」
「え……」
「そうだな」
リーゼロッテが若干の不満を表情にだしたけれど、ティモシーが同意してお茶会はお開きということになってしまった。
みんなまだ呆然と動けないのか立ち尽くしたまま、クレメンスが歩き出すと子供たちがサッと道をあけた。
「ケーキ食べれなかった……」
お茶会唯一の楽しみであるお菓子に手を付けられなかった残念さに唇を尖らせると。
「帰りに買ってあげるからリジーの家でお茶しよう」
クレメンスが慰めるように提案するので、リーゼロッテはこくりと頷いた。
ふと顔を上げると、ジュリアが小さく震えてじっとこちらを見て立ち尽くしている。
どうしたんだろうと思っていると、クレメンスがそちらを見やる。
するとびくりと肩を怯えさせ、けれど次の瞬間リーゼロッテの視線に気付くとギッと強い眼差しで睨まれた。
はて何かしただろうかと思いながらもケーキに思いをはせて、お茶会を後にしたのだった。