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 まだ時折冷たい風の吹く春先。

 いつものようにクレメンスが屋敷に来ると、興奮してリーゼロッテは彼に詰め寄った。

「聞いて!王子様のお披露目のお茶会に行くの」

両手を握りしめてふんふんと鼻息の荒いリーゼロッテに、クレメンスがきょとんと目を丸くする。


「リジーも行くの?」

「もしかしてクレメンスも?」


 思わぬ言葉に、今度はリーゼロッテが目を丸くしてきょとんとする。


「殿下付きの魔法使い候補の人間も呼ばれてるんだよ」

「へえ」

「いいかいリジー、殿下のお茶会だから大丈夫とは思うけど、変なのについて行かないように。あと食べ過ぎないように」


 興味なさげに相槌を打てば、倍の言葉が返ってきて。


「ええい、うっさい!」


 思わず声を上げたリーゼロッテだった。

 そして迎えたお茶会の日。

リーゼロッテは、気合を入れた赤に白の小花柄のふんわりしたドレスと、赤毛を白いリボンでフィッシュボーンに結んで挑んだ。

 自分の外見は決して良くはないが、精いっぱいのお洒落をしたのだ。

そして王城の中庭に準備された青を基調としたテーブルセッティングに案内されて、指定された椅子へと腰かける。

 庭に咲いているピンクの花が温かい風にそよそよとそよいでいるなか、こっそりと周りを見やれば、年の近い子供たちがたくさんいる。

王子付き魔法使い候補や婚約者候補だろう子供がわいわいと話していた。

男には目もくれず、チラチラと女の子たちを見やり、溜息が出る。

みんなミルクのような肌にさくらんぼの唇で、優劣はあれど可愛い子が多い。

無駄かもしれないが、リーゼロッテだって頑張った。

髪だって癖毛に奮闘しながら毎日丁寧に梳いたし、しっかり眠って隈なんて作らなかった。

それでも。


「不公平よね」


 すり、と指先で鼻を撫でる。

 すでに浮いている白い肌にあるそばかす。

しかしこれで負けてなんていられないと、きゅっと口を結んだ。

王子の婚約者になって、ゆくゆくは王妃になり、一生安泰の地位を手に入れるのだ。

そのためなら努力は惜しまない。

ざわりと空気が揺れたので、膝に置いてある両手を見つめていたリーゼロッテは顔を上げた。

そこには護衛の騎士二人に連れられてやってきた王子殿下がいた。

淡い銀髪に整った顔の中でも目立つ、アイスブルーの瞳。

年は確かクレメンスと同じだったはずだから、自分より三歳上かと当たりをつける。


(銀髪とは聞いてたから白髪みたいなものかと思ってたけど、だいぶ違うな)


 それがリーゼロッテの感想だった。

 薄い青をベースにしたカッチリとした上着に白いトラウザーズを着ている姿は、利発そうだ。

 女の子たちは、軒並み頬を赤らめてそわそわしだしたが、リーゼロッテにとっては正直外見などどうでもいい。

 子供の頃が美形でも、成長したら変わっていく可能性だって高いのだ。

 顎が割れたりとか、筋肉おばけになったりとか。

 リーゼロッテの内心はただひとつ。

 自分の生活を保障してくれるかどうか。


(あれは私の獲物よ)


 ギラリとおよそ六歳の女の子のする目つきではない、狩人のような眼差しで王子をきっちり見据えたのだった。

 全員の視線が集まると、王子はにこりと微笑んだ。

 しんなりとアイスブルーの目が細まる。


「やあ、ティモシー・フォンビレンゲルだ。今日はみんなよろしくね」


 にこにこと愛想のいい王子、ティモシーは何人かずつ座っている丸テーブルをまわりだした。

 最初の挨拶は平等に、ということだろう。

 ティモシーがリーゼロッテのいるテーブルに来ると立ち上がり、牽制しあう間もなくリーゼロッテはいち早く淑女の礼をとって声をかけた。


「ティモシー殿下、レイーネ伯爵家のリーゼロッテと申します」


 自分至上とびきりの笑顔と声で挨拶をしたが。


「ああ、よろしく」


 ティモシーはひとつ頷くと、次々と他の少女たちの挨拶を受け入れさっさと次のテーブルへと移ってしまった。


(くぅっ!)


 なんの印象も残せなかったと、内心歯ぎしりだ。

 見やれば、他の子たちも同じような顔をしている。

 そして挨拶も済んだところで、テーブルを離れて自由にティモシーに声を掛けられるようになると、一斉に男も女も群がった。

 リーゼロッテはそれを見ながら冷静な頭で。


(今行っても印象には残らないな。どう攻めるか)


 ティモシー攻略に向けて頭を回しだす。

 ついでにまだ椅子に座ったまま、焼き菓子をこっそりと口に運んだ。

 しっとりした上品な甘みが、中にはいっていた蜂蜜をとろりと零れさせる。


(うっま!なにこれ、さすがお城!さすが王子のお茶会!)


 感動しながら人目を引かないように、もうひとつ。

 もうひとつと口に運んだ。

 実は食べ続ける理由は美味しいからだけではないのだが。

 しかしあまりの美味しさに表情がとろけてしまう。

 いけない、いけないと思った時だった。


「あいかわらず君は美味しそうに食べるな」


 後ろから声をかけられたことに驚いてオズオズと振り返れば、黒い上着に灰色のトラウザーズのやたらと綺麗な顔の少年がいた。

 前髪を上げているので、その優美な顔が前面に差し出されているのだが、何だか既視感がある。

 紫がかった黒髪にアメジスト色の瞳。


「リジー?」


 呼ばれた名前で。


「ああ!クレメンス!」


 ぽんと手を打った。

普段は長めの髪を下ろしているので気づかなかったが、正装をしたその美しい少年はよくよく見ればクレメンスだった。


「リジー……まさか」

「気づかなかった。ごめん」


 バッサリ言い切ると、クレメンスはあからさまにショックを受けた。

 せっかくの優雅な顔が、蒼白になっている。

 しかし、仕方がないではないか。

 正直、ティモシー以外の男が眼中にないのだ。

 それどころか、ティモシーですら外見には興味ない。

 友人がこんなに綺麗な顔をしていたなんてと、正直ギリギリと歯ぎしりしたいところだ。


「あんたそんな綺麗な顔だったのね。イラッとするわ」


 ビスクドールのような整った顔をチラリと見やってぶーたれると。


「えぇ!……僕の顔は、嫌い?」


 あからさまにショックを受けたクレメンスが、ふるりと睫毛を伏せた。

 女でもないのにその睫毛の長さに羨ましさを感じるリーゼロッテだ。


「何でそうなるのよ」

「みんな怖がるから。僕はリジーみたいに表情豊かじゃないし」


 しゅんとしたクレメンスに、リーゼロッテは肩をすくめた。


「まあ情操教育してなさそうだもんね、あんたの家。でもそのぼーっとした表情がクレメンスの個性でしょ」


 リーゼロッテが言い放つと、クレメンスはパチパチと何度も不思議そうに瞬きを繰り返した。


「僕はぼーっとしてるように見える?」

「してるじゃない。それに怒るし笑うし口うるさい」

「最後は悪口になってるよ。でも……そうか、何考えてるかわからない無表情って言われてたんだ」


 クレメンスの嬉し気な反応に。


「ふうん、変なの」


 不思議そうな顔をすれば、ふふとクレメンスが吐息で笑った。


「それにしても服が派手過ぎるよ」


 まさかの小言に、今度はリーゼロッテがショックを受けた。

 今日のために用意したとびっきりのドレスだ。

 赤い髪に赤いドレスは悩んだけれど、色の彩度で変化をつければ目立つだろうと打算たっぷりのお洒落姿となっている。

 それに。


「いやいや、今派手にしなくていつするのよ」


 思わず唇を尖らせた。

しかしクレメンスは、少し目線をずらして小さく呟いた。


「いつもので充分かわいいよ」

「生まれてずっと十把一絡げだっての」


 半眼になった緑の目に剣呑な光が宿る。

 クレメンスがそれに口を開こうとした瞬間。


「クレメンス!」


 ティモシーが先ほどの義務的な笑顔ではなく、年相応の少年の顔でクレメンスに声をかけてきた。

 まさかの展開に、慌ててリーゼロッテはテーブルから立ち上がる。

 ティモシーの呼びかけに振り向いたクレメンスは、ゆっくりと頭を下げた。


「こんにちは、殿下」

「他人行儀はやめてくれ、クレメンス」


 いつもの無表情に戻ったクレメンスに、ティモシーが眉を下げる。

 やたらと親し気なクレメンスへの態度に、リーゼロッテは思わず目を白黒させた。


「君は僕の友人なんだから」

「恐れ多いです」


 頭を下げたままのクレメンスを横目に見やりつつ、リーゼロッテはおそるおそる声をかけた。


「お二人は初対面ではないのですか?」

「何度か会っているんだ。クレメンスは僕の初めての友人さ。君は?」


 ほがらかに笑うティモシーと表情を変えないクレメンスに、こいつらだいぶ温度差あるなと感じながらも、ずいとリーゼロッテは前に進み出た。


「クレメンスの友人ですわ!」


 千載一遇のチャンスを逃すものかとすれば、視界の端に映ったクレメンスが苦虫を噛み潰している。

 しかしそんなことには構っていられない。

 今、攻めなくては。


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