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超能力オヤジと殺刃鬼、ときどきマッド

「今日から研修兼実習だってなぁ。ま、あまり気張らず…、緊張でいっぱいいっぱい、ってわけじゃなさそうだけどな」


またもや一人で笑う上司。

新人は話しを合わせるべきなのか?


「まあ、ぼちぼち、程々に頑張ってきます」


「ハッハッハ、こりゃ花井の言った通りだ!アンちゃん、本気で仕事したことないんじゃないか?」


「え?」


いきなりの不意打ち。

突然の質問に戸惑う俺の脳。


「花井が言ってたぜ。アンちゃんは零課の仕事を並に熟しちゃいたが本気になってはいなかった、ってなぁ」


「いえ、そんなことは」


否定しつつも、否定仕切れない。

零課の仕事といえばオカルト関係、特に頭が火星辺りまでブッ飛んだ連中がはしゃいで世間に迷惑かけないように“保護”と“監視”することだ。


無論、そんな連中ばかりだから多少の荒事になることもあった。

けど、たしかに、零課の仕事に比べれば高校時代にアスクレピオスと対立していた時に掛けた情熱は格段に上だった。

無意識の内に退屈していたのだろうか?

そうかもしれない。


「花井は悩んでたぜ?アンちゃん、素質は十分、才能だってとっくに花開いている。なのにこのままぬるま湯に浸かってたらせっかくの逸材が消えちまう、ってな」


自分をそんな風に評価してくれている人がいる。そう考えるとうれしい気もするが、


「結局、それって俺は殺しの才能しかない、ってことですか」


「それが悪いことだと思っているのか?」


「……思っちゃいけないんですか」


このオッサンに対する反発心、いや、自己否定も含有された黒い色に心が染まる。


「人殺ししか能の無い自分なんて最悪、としか言いようがないだろ」


つい地の言葉が口をついて出た。

少し本音を当てられたらすぐに動揺するのは悪い癖だ。


「どうして人殺しがいけない?」


「はっ!?」


「だから、どおして人殺しがいけねぇ、なんてアンちゃんが言えるんだ?」


そう言った権堂さんは笑い顔以外の表情、睨むだけで気の小さな人間ならそれだけで気絶してしまいそうな凄みのある顔で俺を見た。


「これ、見てみろ」


ひょい、と持ち上げられた右の二の腕には根性焼きにしか見えない火傷痕が30は数えられる。


「何だと思う?」


「知らねぇよ、若気の至りではしゃいで入れた根性焼きにしか見えねぇな」


それを聞いた権堂さんは、俺を見下したような目を俺に向ける。

どんな意味があるか?

そんなの知るかよ。本心からそう思う。


「こいつはな、」


「興味ねぇな」


権堂が言葉を話す前に銃口を持つ右手が振り上がる。照準なんて確認するまでもなく顔面狙い。


ガギャン!!!


銃声にしてはイビツ。着弾したわりには甲高い。

硝煙の向こうには先程と変わらない権堂。

決定的に違うのは、彼の周囲には白い靄のような不定形な気体が渦巻いている。


「機先を制して警告無しの発砲たぁ、いぃ〜い殺し屋になるぜ、アンちゃん」


……ウルサイ、オレヲ、ソノ目デ見ルナ。


心の、否、脳髄の奥底、意識という光りが届かない、人間のブラックボックスから響く懐かしい、殺したいくらい聞きたかった、また死んでも聞きたくなかったもう一人の俺。

俺が否定し続けたもう一人の俺という人間が、無いはずの身体に闇色の衣を纏い身を起こす。


視界には漆黒の身体の背中。

俺の眼前に仁王立ちするように現れた。


「…よう、二度と会いたくなかったぜ、クソ野郎」


俺の身体が漆黒の身体へと溶け込んでいく。

有り得ない程の一体感が俺の身体を包み込み、またどこからが俺の身体でどこからが闇なのか、認識が曖昧となる。「ほう、こいつぁ、たいしたもんだ」


白い靄を展開しながら権堂は素直に感心した。


対峙する新入りが身に纏う、全ての色を吸い込むような艶消しの黒い塊。

資料に記されていた通り、

《アナザー・エゴ》

とは、別人格に仮想実体(自分が想像した通り幻想侵食により実体化させた身体)を持たせ自身と同化し、想像した別人格の原型となった概念を理不尽なまでに行使することを可能とする異能。


目の前の新入りに纏わり付く黒い塊は、初め不定形で揺らめき、形が定かではなかったが時間を追うにつれ確固とした実体を得た。


「………」


それは、頭部から足の爪先まで覆う黒一色の全身鎧。だが、そんなことより権堂に懐かしい匂いを運んで来た強烈な概念。

そう、かつて自分と仲間達に襲い掛かり足の遅い者、鈍臭いマヌケ、単に運の無い奴等を端々から貪り食っていった、全人類が最も忌避する不吉な概念、“死”だ。


「権堂隊長!!」


ドアの向こうから真琴がこちらを心配するかのように声を上げている。


心配するなよ、だいたい、このちょろい芝居は、新入りが使えるかどうかのテストだろうが。

こっちは万全を期して迎え撃つ、それだけだ。


と権堂は思うが内心では、これは、ただの実力テストでは済みそうにないということも感じていた。


「余裕はなさそうだな。いやまいったなぁ」


「ソノワリニハ、随分余裕ダナ」


機械の合成音声の様に抑揚の無い声が黒い鎧から発せられた。


「おいおい、いきなりの声変わりだな。成長期?」


「カッ!!」


黒い鎧は一瞬で3メートル程の距離を詰め右拳に全体重を乗せ正拳突きを放つ。

それは、まるで至近距離から放たれる砲弾そのものをイメージさせ無意識の内に全力の回避を権堂に強制させた。

まずは詰められた距離の二倍離れる。

そして、冷静に相手の行動を予測する。

平行して己の異能をどのように使用すれば効果的か理論的に推測する。


権堂の能力は、異能番号NO4、

現象操作(フェノムコントロール)

世界のあらゆる現象を限定的に展開し、それを用いて対象を攻撃し、また自身を守る防壁ともなる。

権堂が操作できる現象は靄という不定形の光と水蒸気の反射現象であるため、もっぱら副産物である屈折現象による回避と防御の為の能力である。

名前は、


《親愛なる(フレンドリィ・ミスト)


彼がこの能力に目覚めたのは5年前。彼が傭兵として中東の紛争地域で敵も味方も見境無く殺し、殺されまくった血みどろの最前線で銃弾を受け倒れていた時だった。

目の前までに接近してきた敵の兵士が急に立ち込めてきた靄に混乱し、慌てふためき撤退していったのだった。

中東という乾燥地帯で靄という水蒸気が広まり、視界を塞ぐレベルまで高密度に展開されることは有り得ないことだ。

彼は、この能力を今まで死んでいった仲間達が自分を守ってくれたのだと信じた。

それだけでなく彼の操る靄はクッションのような緩衝剤としても弾丸の威力を減衰させることができるようで一度戦域に展開させれば敵兵の放つ銃弾は全て無力と化した。

しばらくして、その地域で“白煙の操者”と呼ばれる様になった頃、一通の国際郵便が届いた。

それが幻想侵食対策委員会からのスカウトだった。

今はその靄を使い眼前で再び攻撃しようと体勢を整える黒い鎧の視界を塞ぐ様に密集させる。

いつか敵兵士にそうしたように、まずは、五感の一つを奪い動きを制限する。

「カッ、カカカカカァ!!!!」


視界を白一色に塗り潰されたはずの黒い異形が高らかに嘲笑う。

こんなモノ、自分には全く無意味だと言わんばかりに。

それこそ、壁や仕切りが震える程の異常な音域で。


「ナルホド、鉄鋼弾テイドノ概念デハ死ナナイれべるナワケカ」


“死”がそういった。


「教エトイテヤルガ、俺ハ、貴様ガいめーじシタ死ヲ纏ッテ攻撃ヲ仕掛ケル。ワカルカ?貴様ガコレマデ経験シタ死ガ形ヲ持ッテ襲イ掛カルワケダ」


つまり、今までの人生でイメージした死という概念がフィードバックしてくるわけだ。

人間にとっての最大のストレス。

個体であれば自分の死。

種族としてならば種の絶滅。


それらが常に襲い掛かるイメージどダブりながら戦闘を繰り広げる。

正常な神経の持ち主には、三合と持たないだろう。

拳を打ち合わせる度に、避ける度に、追い撃ちをかける、もしくは、かけられるたびに自分が死ぬビジョンを直接脳みそに叩き込まれるなんて発狂してしまうほどの精神攻撃だ。

「サア、貴様ハ、ドコマデ踊レル?」


視界を塞がれた鎧の頭部装甲が歪み、嘲笑う表情を確かに作った。


「ふ、ふふふ、ふひひははは!!」


死が嗤うのに呼応するかのように権堂は、笑った。


「……何ガオカシイ、人間」


「ひはははははは!!いや、わりぃわりぃ、昔かい潜ってきた、なっつかしい気配でなぁ。ひははは」


止まらない笑い。


それはそうだろう。

一昔前まで血ヘドを吐き、全身の痛覚が悲鳴を上げて動けなかった、仲間に助けられ、また自らも敵に叩き付けた弾丸弾丸弾丸。


全ての色を失っていたモノクロの、惨めな死が鮮明なグラデーションと音を伴い、思い出したくもない過去が今に追い付いて来た。


これほどの不気味な体験、吐き気をもよおす感情は、経験したことがない。


もう実力テストなんて関係無い。

俺の全てを賭けて、今度もお前の鎌を避けてやるよ。



「さて、一応聞いとくが、お前、アンちゃんか?」


「アンナ腑抜ト一緒ニスルナ、ろーとる」


「ほう、てこたぁ、アンちゃんは寝てるのか?」


「アア、無理矢理寝カシ付ツケテヤッタヨ」


満足そうに口を歪める異形。だがその唇がわずかにわなないている。


「そうかい、つまり、殺戮本能剥き出しだな。オーケィ、後はアンちゃんをたたき起こせばいいわけだ」


「デキレバナァ!!ロォォォトォォォルッッ!!」


叫び、瞬間移動と見紛う速域で権堂の頭上に降り立ち、膝のクッションと重力を利用し直滑降の拳を突き付けた。


(焼夷弾かっ)


脳裏に焼き付いたヴィジョン。それは、権堂を持ってしても遠くからしか眺めたことのない気化燃料を満載した燃え続ける事を目的とした爆弾。


「よっ、とぉ」


天井に手の平を向けそこに靄が集中するイメージを脳内でトレース。タイムラグ無しで部屋中に充満した靄が一気に集まる。

すると、落下していた《殺刃鬼》を包み込み、白い繭さながらの外観に変え、宙に停滞させた。


「いやぁ、ロートルもロートルで頑張る時は頑張るさ。明日、いや、明後日辺りに来る筋肉痛とか恐れずにねぇ」


声に応えようと白い繭がモニュモニュとうごめく。


「あ、ついでにその靄にゃあ、防音効果もあるからな、どれだけ大声出しても外に漏れるこたぁ無い」


自慢げに自らの能力を説明する権堂だったが、向こう側も同様にこちら側の音を聞き取れない、という事実を失念している。


「さて、案外楽に捕る事は出来たが、どうやってアンちゃんを起こそうかねぇ……」


「権堂隊長!ご無事ですか?」


すると、後方から真琴が駆け寄って来た。

どうにも心配かけたのは事実だが、


「真琴、はえぇとこ下がれ。野郎、まだやる気だ」


「えっ」


地面に転がる純白の繭から音も無く漆黒の腕が突き出たのは、権堂の台詞が終わるかどうか、というタイミング。無論、権堂の体が死角となり真琴は、反応するのに数瞬遅れた。


「ォ、ォオオオアァァァァァ!!」


純白の束縛を音も無く引き裂きながら《殺刃鬼》は、怒りに震える雄叫びを上げた。


「アアアアアァァァ……!!」


今や《殺刃鬼》の動きを封じる靄は、反対側が透けるほど儚げだ。


「おいおい、俺の靄を力ずくで破ったってか」


これには、権堂の顔から余裕が消えた。何せ靄とはいえ、彼の精神的強度がこの靄の耐久力なのだ。

言うなれば、靄が密集した白い繭は物理的な力で突破されようはずがない。しかし、《殺刃鬼》は自身の腕で靄を破った。


「どうゆう理屈だ?」


『……考えられるとすれば、《殺刃鬼》の身体には精神破壊機能ともゆうべき能力が内蔵されているのでしょうか』


部屋の四隅に設置されたマイクから理知的な男性の声が流れてきた。


「おう、マッド。今まで取れたデータはどんな感じだ?」


マッド、と呼ばれた声の主は、聞き取れるほどのため息をつく。


『データも何も、異常な精神波形がサーモグラフィに現れっぱなし。個性がありすぎて他の精神構成、表皮物質、固有能力も計測できないよ、アル中年』


「何の役にもたたねぇマッドサイエンティストだな、おい。人類の為に脳を爆破しろ」


『馬鹿な、僕の頭脳こそ、人類栄華繁栄のために欠かせない鍵だ。今すぐ人間国宝に認定されてもおかしくないだろう。そんなこともわからないとは、君はどうやら相当、酩酊しているようだ。薬を処方してやろう。おやおや、ちょうど青酸カリウムが余っているよ、これを出そう、そうしよう』


毒舌を吐き合い続ける二人。

そんな中ユラリと立ち上がった《殺刃鬼》がマイクの一つにコンクリート片をぶつけ破壊した。


「フザケテンノカ、テメェラァァァ!!」

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