咎人の仕事−3−
ドアという枠を越えた先に広がっていたのは、到底室内とは思えない光景があった。
それは、
「……ぬいぐるみ地獄か、ここは?」
そう。
地下にあるはずなのにさんさんと降り注ぐ陽光。
その光りに照らし出されたのは、かわいらしい虎や熊やコアラといった動物の、色とりどりなぬいぐるみたち。
よくよく見てみれば室内に植えられた木々もフェルト地のぬいぐるみ。
「やあ、待ってたよ、君が静狩 一士君だね。はじめまして、ボクは月舘 石南!石に南って書いて石南!よろしくね?」
と、ぬいぐるみの谷間に設えられた高級そうなテーブルにちょこんと座っている、黒を基調としたレース地の服を着た見た目小学生高学年くらいの女の子が声を掛けてきた。洋風画の美しさと子供の無防備なあどけなさが同居するベストミスマッチさに目を奪われてしまう。
「うん?どうしたのかな?固まっちゃって」
不思議そうに小首を傾げ、俺を覗き込む。
そこでようやく自分がフリーズしていたことを自覚し、慌てて頭を動かした。
「あ、いや、ちょっと待ってくれ。いろいろとツッコミどころが多過ぎて混乱していた」
「失礼よ」
「ハハハ、言いたい事は解るよ。初対面の人は皆同じリアクションするからね」
笑いながら俺の質問に答えようとシャクナちゃんは説明を始めた。
「まずは、…なんでボクみたいな子供が政府機関なんていうお固い役所の局長をやってるかってことだよね」
うん、見た目小学生の局長なんてゴッコ遊びでしか見たことない。
「それはね、今全人類が直面しているある問題のせいなんだよ」
なんだ、それは?
まさか地球温暖化とか税金の無駄使い、なんてオチか?
「それはね、“幻想侵食現象”と呼ばれている」
うん、委員会とやらの名前にも書かれているからそんな感じじゃないかと思っていたけど。で、なにそれ?
「“幻想侵食現象”略して“幻食”というのは、人のイメージによる現実への侵略行為。なんて言ってもピンとこないよね」
うん、イメージによる現実への侵略行為、とか言われてよしわかった、なんて言う奴がいたら今すぐ出てこい。
「人っていうのは多かれ少なかれイメージ、出来ない事を妄想して悦に入る事が事実上可能な唯一の生物だ。
それ自体に問題は無いんだけどね。じゃあ、妄想によって造られたイメージというのはどこに行くと思う?」
知らん。
そんな、脳内限定自由ワールドなんて始めから形が無いモノの行く先なんて忘れて消えるだけだろう。
その思考を読まれたのか、シャクナちゃんは、またクスッと笑い、説明を再開した。
「一士君、今形無い、存在しないモノなんて最初から無いなら虚無に消えるだけだ、と思ったでしょ。
でもね、最初から無いモノとして認識していたなら、“消える”なんて表現はしないよ」
ニタリ、と今まで見せていた笑みとは明らかに異質な表情に俺は、思わず生唾を無意識のうちに飲み込んだ。
「そう、目に見えないから最初から存在しない、と言いつつも君は、無意識の内に妄想を“消える”と表現した。本来なら、それは最初から形無いモノなんだから消えはしない、そんなものはどこにも行かない、最初から存在しない、と言うべきだよ」
「他人の揚げ足取りみたいな問答だな。悪いけど帰るわ」
そう、こりゃヤバイ。
意味不明な地下施設にいる女の子が電波的なこと言い始めたら、それはそれは、不気味なものだ。
「悪いけど、ここに来た時点であなたに選択権は無い。それに一応、ここは政府の秘密機関。そんなことを知っている民間人を野放しには出来ない」
進路を塞ぐようにディフェンスしてくる真琴ちゃん。そして、背後ではシャクナちゃんが真琴ちゃんの言葉を補足する。
「まだ半分も説明は終わってないよ、一士君。付け足すようだけど今言った事は政府だけでなく、裁判所、警察といった国家を形成する組織のトップとその周辺人物しか知り得ない国家機密でね?」
つまり、今聞いた事を口外しようものなら如何様にも始末することができる、と副音声に含め、シャクナちゃんはテーブルに置かれていたジュースらしきもので唇を湿らせた。
「さて、今いきなり理解しろ、なんて無理な事は言わないよ。とりあえず、そうゆう問題があるんだ、っていう程度に思っていてくれるだけでいい」
「局長、少々悠長過ぎるのでは?」
今まで余り口を挟まなかった真琴ちゃんが少々苛立ったように、しかし、感情を表さず呟いた。
「かもね、でも。彼には現物を見て体験してもらった方が理解は早いと思うよ」
そこで俺に向き直り、さぁ、説明を続けるよ、と目線でメッセージを送ってきた。
しかし、本当に何者だ、この娘?
「早い話が人の制御を離れた妄想という怪物が現実世界に干渉し、世界各地に怪事件として出現し始めているんだ」
「いきなり折り畳んで説明しはじめたな」
半ば呆れる。
さっきまでの長広舌は、一体なんだったのか?
「うん、疲れちゃったから、それに今理解させる必要が無くなっちゃったしね〜」
テキトーだなぁ、この娘。
「それで、今世界を震撼させてる“幻想侵食現象”とやらが君をそこに座らせてるの理由なのか?」
「ああ、うん、“幻食”に対抗するためにはある特殊な資質が必要なんだ」
「真琴ちゃんも言ってたな、資質って?」
「極稀に“幻食”に対抗できる能力を持つ人間が存在する。その能力の名称は、《エゴイスティック・ブレイカー》!現実を食い破り権現する幻食種を虚無へ帰すことの出来る唯一の能力さ!!」
両手を上げてテンションを表現するシャクナちゃんだが、いまいち俺には理解しかねる、とゆうよりは、したくない。
「もう分かっているよね、君も《エゴイスティック・ブレイカー》の一人なんだよ」
「…知らねぇな。俺にはそんな特殊スキルなんてありゃしねぇよ」
「……ふーん、じゃあさ、今から約8年前、ある地方都市が原因不明の怪現象により数日間外部と一切の連絡が取れなくなったという事があったよね?君はその事件という大渦に巻き込まれて中心部にまで足を踏み入れた人間の一人、静狩 一士君とは同姓同名なのかな?」
彼女が何を言いたいのか、それだけで察しがついた。
クソッ、何だよ、それ。
何でいまさらあの事件の事なんて掘り返されなきゃなんねぇんだよ。
「マスコミが世間に流した報道によると当時の大手製薬企業、アスクレピオスの研究部門が実験中に事故を起こし都市一つまるごと包み込む霧状のマイクロマシンが暴走し電波妨害や意識の混濁を招き外部からの侵入者を排除しようとした。となっているけど……」
やはり、この娘は知っているのか。あの事件の真相を。
「クスッ、あれは事故なんかじゃない。人の意思の元に、人という殻を破るためにアスクレピオスが行った大規模な実験だった。
……君は、その中でも特別に成功した被検体、No.01。《殺刃鬼》、静狩 一士、そうだね?」
そう、そう呼ばれたのはいつ以来だろう。
《殺刃鬼》
《円卓の切り札》
どちらも俺には過ぎたあだ名だ。
「それを知っているってことは、俺が当時何をしたのか、って事も知ってるんだな」
「もちろん。アスクレピオスの研究所、および本社の破壊。当時アスクレピオスを牛耳っていた、通称・円卓と呼ばれた十三幹部達の殺害に始まる連続失踪事件の犯人ってことだよね」
円卓の十三幹部。
その名を聞く日が来ないように細心の注意を払い、日常という生活を守っていたかったのに。
「断っておくけど君の過去の所業なんて興味ない。必要なのは、《殺刃鬼》の持つ力。《幻想殺戮》だ。」
「たしかに、あれなら、君の言う妄想の怪物すら殺せるかもな」
《幻想殺戮》
俺の持つ異能の力。
あらゆる存在、概念すらも、俺の振るう刃、“死”という、世界の理が具現化した異形を纏い戦う人形。
「フフ、君をこちらに引き抜くのには苦労したよ。花井さん、君の過去を下手に知ってるものだから過保護になってたようでね?」
「なるほど、じゃあ、手っ取り早く説明してくれ。俺はここで何をすればいい?」
「クスッ、素直な子は好きだよ。…ボクの指示に従い、日本全土に出現する幻想侵食現象によって権現する幻想侵食生物の駆逐、およびそれを利用した二次事件の解決を頼みます。
静狩 一士、君には、幻想侵食対策委員会実働部一課所属として働いてもらうよ」
そう言って一段落したみたいに本格的にジュースを飲み干しはじめた。
「いや、ちょっと待て、たしか俺の能力を研究員どもが《アナザー・エゴ》とか言ってたぞ」
「うん?ああ、特異能力番号01、《アナザー・エゴ》も《エゴイスティック・ブレイカー》の一つさ」
……つまり、だ。
《アナザー・エゴ》のような異能と呼べる“普通じゃない”力が世の中にいくつか存在し、その中でも幻想侵食現象に対応する能力を《エゴイスティック・ブレイカー》と分類されるのだろう。
「でさ、まだ不明なのがシャクナちゃんだよね?何で君がその歳で局長なんてやっているのか、全く説明されてないよね?」
あ、しまった、的な表情で固まるシャクナちゃん。
いいじゃない。
かなり可愛い。
そんな思考を傍受したのか傍らに控える真琴ちゃんがジトリ、とキッツイ視線を向けてくる。
「ロリコン?」
「オイ、コラ」
「なに?」
「初対面の人間に対してロリコン呼ばわりとは酷くない?」「あらやだ、わたし正直だから」
悪びれもしないでそんなことを言う女子高生。
やはり相性が悪いのか。
「あ、えっとね、パパがやりなさい、って言ったから」
「パパ?」
「うん、ホントのパパじゃないけど、ボクを引き取ってくれたの」
ふぅん、なんだか立て込んでいるのかな?
とりあえず他人のプライベートに土足で入り込むのはマナー違反である。
「でね!ボクの能力は、…これ!!」
とバンザイ。
えっ?
「局長の能力は空間展開系なの。特異能力番号05、《非現実領域》名前は《玩具天獄》」
「まんまだな」
「この空間で局長に逆らわない方がいいわよ」
「なんで?かなり人畜無害チックな能力じゃないか?」
手頃な位置に置いてあったクマのぬいぐるみを抱え上げた。
うん、かわいい。
「局長、何事も経験だと思うんですよ、わたし」
「うん、ボクも同じ事を考えていたよマコちゃん」
パチン。
指を弾いてシャクナちゃんが目を細めた。
その時、両手に抱えたクッション製のクマが勝手に暴れ出した、と言うよりも暴れ狂いだした。
ガスバキャア!!
「!!?」
左頬に強烈な打撃。
それに留まらず鳩尾と臍にも同量以上の質量が襲撃してきて思わずうずくまってしまう。
「ヴボボッ!!」
襲い掛かってきたのはクマだけでなく今まで全く動かなかった同類のぬいぐるみもワッサワッサと迫り来る。
そのうちの何体かはボタンの目の片方が取れかけてブラブラしてたり、腹や腕を破られ臓物色の綿が溢れ出ている。
なんだこのびみょ〜なホラー!!
「ちょ、まっ、待て、何だよこれ?」
「これが局長の実力。ここに居るぬいぐるみ的なクリーチャーは全部局長の想像によって創造された、とゆうよりこの空間全て局長の意のままにすることができる。言うなれば自分のイメージを現実に上書きすることができるのよ」
それって幻想侵食現象そのままじゃ?
なんてことを考えてる最中も殴る蹴るのリンチ的な制裁をくらいまくりボコられまくり。
いつまで続くんだ?綿製の足や腕だからそんなに痛くは、いや、痛い。
どうゆうことか表面は綿だが内部には相当硬くて質量がかなりある。
「ちょ、シャクナちゃん?こいつら止めて、か、かなり痛いんだけど!」
こうして、俺は、新しい組織での幻想侵食現象を食い止めるための非日常的な日常の幕が上がった。




