表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「褒美に王子と結婚させてやる」と言われたので即断りました。それより私の聖女のヴェールはいくらで買い取ってくれますか?

作者: ゆいレギナ


「聖女コーネリア、此度は魔王討伐ご苦労だった――褒美に王子と結婚させてやろう!」

「冗談は頭だけにしていただけますか?」


 今日も国王の頭は晴天である。

 だって、何百年も国民を苦しめていた魔王が、勇者と聖女の手によって倒されたのだ。国王の頭もより強く国民を照らしてくれるだろう。


 なので、私もにこやかに告げた。


「命がけで魔王を倒したあげくに、次期王妃になれですって? 私にまだ働けと?」

「だ、だが……勇者でもある我が息子と結婚できるのだぞ? 名誉じゃろう?」

「んな名誉いらないっつってんですよ」


 ……あら、いやだ。思わず素が出ちゃったわ。


 だけど、国王の隣で目を丸くしている勇者かつ王子のメルフィン殿下が顎が外れそうなほどあんぐりとしている。一緒に旅した彼は、粗暴な私の素を知らないはずがないからね。「まさか俺が振られるなんて」と驚いているのでしょう。


 しかし、私も魔王を倒して疲れているのだ。

 孤児だった私が、世界のために魔王を倒してやったんだぞ?


 十分じゃない? もうあとの人生を怠惰にぐーたら過ごしたって、誰が怒ると言うのだ。神様か? まぁ、魔王を倒したんだから神様が出てこようが倒してやるだけだが。


 ……と、いつまでもこんなお城のど真ん中で畏まっていても疲れるだけ。

 私はとっとと、ぐーたらできる環境を整えることにする。


「そんなことより王様、私のヴェールをいくらで買ってくれますか?」

「そなたの……ヴェールだと……?」

「えぇ。私の装備のこのヴェールです。あ、もちろんお借りしていた国宝の杖はお返ししますけどね。でも、ヴェールは冒険の最中に拾ったものですので。所有権は私にあるかと」

「……まじで金に換えようとしてる? そのクリスタル洞窟の奥に眠っていた、千年前の大賢者の遺物を?」

「もちろんです。どんな呪いも跳ね返すヴェールが必要になるような危ないことをして暮らす必要もありませんし、隠居するにもお金は必要ですからね」


 巷では田舎でスローライフなど流行っているらしいが、金貨一枚もなくて生活なんてできるはずがない。世の中何をするにもお金が必要なのだ。だって、こちとらお国のために命がけの冒険をしているのに、町の宿屋はお金をとってくるし、道具屋だって武器屋だって、一銭もまけてくれないんだよ? 


 それなのに、私が自分の所有物をタダで寄贈するわけないだけの話である。

 だから、私は踵を返した。


「それじゃあ、もう私に用はありませんので」


 兵士たちが私を止めようと立ち塞がってくるが、私を誰だと思っているのか。

 私、魔王を倒した聖女ぞ?


 簡単な結界魔法の応用で兵士を弾き飛ばしながら外へと出れば、外の大階段の下には大勢の国民たちが歓声をあげていた。あれだ、魔王を倒した勇者と聖女をお祭り気分で讃えようと集まってきた人々ってやつである。


 だから、私は階段の上でヴェールを脱いで……そこにドカンッと座った。


「さあさ、皆様お立合い! 魔王を倒した聖女のヴェール、金貨百枚からいきましょう!」


 一気に、辺りがシーンとした。

 金貨百枚は、だいたい王都に暮らす一世帯が三か月生活できるくらいの値段である。

 千年前の賢者の遺物……これでもけっこう安くから始めたつもりなんだけどな。


 仕方ないと、私はいそいそとローブを脱いだ。これもどっかの古びた教会の宝箱に入ってた逸品である。火竜の炎を食らっても無傷だった。その下にはシュミーズしか着てないけど……白いワンピースみたいなものだしね。孤児の着る麻のボロ布より、よほど肌は隠れている。


 なので、これもお金に替えさえていただきましょう!


「皆様お買い物上手だねぇ! それじゃあ聖女の脱ぎたてローブも付けて、金貨百五十枚でどうだ! このローブがあれば、たとえ火事が起ころうと無傷でお茶を飲んでいられること間違いナシ――」

「待てーいっ!」


 後ろから頭と肩にズンッと重みが走る。

 この無理やり掛けられた重たい布は……勇者のマントだな。これもどっかの氷山の洞窟の中にあった祭壇に祀られていた逸品だったはず。無論、それの持ち主は勇者で王子なメルフィン殿下である。


「これは……殿下からの餞別にいただけるので?」

「欲しいならいくらでもやるが……その前に服を着てくれ、ふくううっ!」


 金髪まぶしい絶世の美青年が、こちらをチラチラ見ながら顔を真っ赤にしている。

 まぁ、くれると言うならありがたく貰うまで。


 私は再び国民に対して声を張り上げた。


「それじゃあ、勇者のマントも付けまして金貨二百枚はお買い得――」

「頼むから待ってくれーいっ!」


 勇者がマントごと私を抱き込んでくる。これじゃあウモウモして動けないじゃないか。

 私は不満に口を尖らせた。


「殿下、邪魔です。私の第二の人生を邪魔するおつもりですか?」

「……そんなに、俺のことが嫌いなのか?」


 魔王を倒した勇者が、その程度のことで泣きそうな声を出さないでください。

 私はため息を吐く。


「殿下が特別嫌いなわけではありません。そんなことより、私は王妃とか王太子妃とかになりたくないのです」

「く、苦労はさせないっ!」

「そういう問題じゃありません。仮にも王族に名を連ねるのなら、外交とか式典とか、避けて通れない仕事も多いでしょう? 私はしょせん、みなしごですから。荷が重いんですよ」

「それでも、俺は……コーネリアのことが……」


 ますますぎゅうっと私を抱きしめる手に力がこもるけど、私の考えは変わらない。

 私はずっと自由が欲しかったのだ。


「諦めてください。これから殿下にはたくさんの縁談が来て、素敵な令嬢やお姫様目白押しになるんですよ。ハーレムだって作れるんじゃないんですかね。どーせ私のことなんてすぐに忘れますよ」

「そんなことはない、俺はコーネリアのことだけを想っている!」

「まだ魔王討伐の熱が冷めてないんですか? いい加減くどいですよ」


 そう言って、私は殿下を突き飛ばす。魔法などではなく、ただの女の腕力で。

 だからこそ、よりショックだったのだろう。泣きそうな顔の殿下から目を逸らして、私は再び競りを始めた。


「ほらほら、そこのお金持ちそうなご主人! 伝説の装備をたったの金貨二百枚で手に入れる機会ですよ! この機を逃していいんですかあ⁉」

 



 競りの結果、勇者と聖女の装備一式は、大商人に金貨千五百枚で買って貰えることになった。


「本当にこんな安値でいいんですか?」

「その代わり、契約はちゃんと守ってもらいますからね」

「もちろん、商人が契約を守らないなんて今後の信用にかかわりますので」


 それだけあれば、一人でおよそ三年間遊んで暮らせるくらいの金額である。

 だけど『安値』で売った理由は、私が色々と制約を付けさせてもらったからだ。


 〇使用用途は観賞のみ。

 〇他者に売らない。

 〇私の新生活の準備を手伝う。


 前者二つは簡単。他国に売ったりなどして、悪用されないようにである。この装備を使って他国の侵略を受けたら、大変な騒ぎだからね。鑑賞以外で使用した際は天罰が下るよう契約書に記させてもらった。仮にも魔王を倒した聖女だからね、いろんな芸当ができるのである。


 三つ目の条件はそのまんま。私の住むところの斡旋などをお願いしたにすぎないこと。


「ですが……本当にこんな森の寂れた小屋で宜しいのですか? しかも金まできちんと払うって」

「いいのいいの。仮にも聖女が町中で商売始めたら、ゆっくり余生を過ごすなんてできないでしょ?」


 たとえ装備を売って、三年分の生活費を手に入れたとしても、たったの三年。

 おそらくもうすぐ二十歳の私の余命はあと五十年くらいありそうなので、自給自足するといっても全然足りないのだ。


 だから、私は商人の所有する小屋を金貨百十枚で買い取って、兼ねてから考えていた商売をすることにした。



 その看板にはこう描いた――『聖女のおひるね屋』。

 


 簡単にいえば、宿屋みたいなものである。

 こちとら仮にも魔王を倒した聖女なので、結界魔法が大得意だ。


 なので、どんな邪魔者が来ようとも絶対に邪魔されない『おひるね屋』を作ったのである。


「これなら、私も一緒にぐーたらしていられるものね」


 日帰りもOKだが、森の中にあるため泊まりも可能としている。私が食べるついでに食事も用意する程度しかできないが、まあ、私一人が暮らすくらいのお金なら稼げるのでなかろうか。


 たとえ無理でも、またそのとき考えればいいのである。

 実際、商人の人がうまく宣伝してくれたようで、さっそく一人目のお客さんがやってきた。


 どうやらメイドとして働いていたようだが、主人に性的な接触をされて逃げてきたらしい。似たような目は冒険に出る前に教会で遭ったことがあったため、思わず延泊料金を安く設定してしまった。


「おれのメイドを返せええええ!」


 なんて男が、その翌日やってきたけどね。もちろん、魔王を倒した聖女の結界を、どこぞの貴族の坊ちゃんごときが破れるはずがないので、スゴスゴと帰って行きましたけど。


 だけど明くる日、私の結界を破る男が現れた。


「コーネリア、本当にこんな場所で商売しているとは!」

「なんでメルフィン殿下がこんなところに⁉」


 そりゃあ勇者ならば、私の気の抜けた結界くらい破れるものである。……本気を出しておけばよかったと後悔しても後の祭り。


 そんな彼は王子らしからぬ軽装でやってきた。一応、腰に剣を一本差しているようだが、一見ただの絶世の美青年にしか見えない。


 驚く私に、メルフィン殿下が苦笑した。


「俺も魔王討伐の褒美をもらったんだ」

「……お姫様ではなく?」

「休みだ。最低限の公務はこなすと約束した上で、三年間多めの休みをもらえるよう交渉した。なので、その三年間できみのことを一から口説かせてもらうことにする」


 その発言に、お客さんが目をキラキラさせている。

 そんなロマンチックなものか? 王子の見た目がいいのは認めるけれど。


 私が唖然としているそばから、メルフィン殿下が袖を捲る。


「とりあえず、厨房を借りてもいいだろうか。久々に料理を振舞ってやろう」


 ちなみに、冒険中の料理担当は殿下だった。

 ……私、料理だけはどうしても苦手だったんだよね。だから、昨日お客さんに振舞った夕飯も、見かねたお客さんがパンを焼いてくれたのだけど。


 殿下の料理はやっぱり絶品である。その結果、なぜだか彼を料理人として雇うことになってしまった。


 一日分の給金は、私の身体のどこかに一回触れることである。




「どんなに優しくされても、私は王妃になるつもりなんてありませんから!」

「今日の食事の味付けはどうだ?」

「大変美味しゅうございますっ!」


 そんな生活が、数か月平和に続いた。

 お客さんもそれなりに来てくれて、働くことに疲れた職人とか、婚約破棄されて自棄になっていた令嬢とか、ドラゴンの卵を盗んで逃げてきた人とか――男女問わず、色んな人がやってきた。


 ついでに番犬代わりに、犬になった傷だらけの魔王も飼うことになったけどね。実は倒したといっても、弱体化して封印しただけだったりする。そのこと自体はメルフィン殿下も知っているけど……この犬はただの少し大きな黒いモフモフ犬ということにしてある。正体ばらしたら面倒なことになりそうだからね。


 まぁ、どんな人や魔王が来ても、こちらも伊達に魔王を封印していないので。

 大抵のことはそれなりに対応しつつも、こんな生活にも慣れた頃だった。


 その日、メルフィン殿下が神妙な顔でやってきた。


「しばらく、こちらに来ることが難しくなる」

「いよいよ私のことを諦めてくれますか?」

「……隣国との小競り合いの交渉に向かうことになった」


 彼は「また帰ってきたら口説かせてくれ」と私の手に唇を落として、悲しげに帰っていく。今日の給金が高いぞ。今までは手を繋ぐとか、その程度だったのに。


 だけど隣国との小競り合い……言い方は軽いが、軽い紛争状態になっているという。

 その鎮圧に、おそらく『勇者』が軍を率いていくのだろう。


「そんなに私のことが好きなら、彼も王子をやめちゃえばいいのに」


 そうは思うものの、彼は誰よりも国民を大事に思う王子だ。だからこそ勇者として旅立ち、今も自らの手で多くを守ろうと戦線に立つ。


「相変わらず、無駄にかっこつけだなぁ……」


 でも……たとえ魔王を倒したとはいえ、大丈夫なのか。

 だって魔王を倒したときは、『私』がいたのだ。どんな攻撃からも、すべて私が防いでみせた。もちろん彼ひとりでも十分強い。それでも……人間なんて、下手な魔王より狡猾な生き物だ。


「しょうがないなぁ」


 私はまだ真っ昼間なのに、看板をひっくり返す。

 臨時休業だ。だって――従業員を守るのも、雇用主の務めだからね。




 実際、私がモフモフ犬(魔王)に乗って戦場に降り立ったときには、我が国の軍は窮地に陥っていた。川に毒を流され、兵士らのほとんどが体調を崩していたらしい。


 たとえ勇者ひとりが奮闘していたとしても、しょせんは一人の人間。

 数万の兵士を一人で相手できるような魔王ではない。


「我に勇者を助けろと?」

「その勇者の飯をウマウマ食べて元気になったのは誰かな?」


 ということで、食事の恩義は魔王も忘れぬというもの。

 犬(魔王)が勇者を助けている間に、私は敵軍将を『おひるね屋』に招待することにした。


 いい夢が見れると評判の我が『おひるね屋』だけど、もちろんその逆だってできるわけで。


 とってもこわーいこわーいおひるねに、敵軍将が二度と人前に立てなくなったことは語るまでもない。宿賃として、彼の高そうな鎧はいつもの商人さんに買い取ってもらいました。


 これで当分、私の生活資金にもゆとりができたというものである。 




 ともあれ、そんな面倒をかけてくれた従業員こと勇者が、後日申し訳なさそうにやってきた。


「先日は迷惑かけてすまなかった。やはり俺はコーネリアのそばにいないほうが――」

「そんなことより、お客さんがお腹を空かせているんだけど?」


 今日も今日とて、私の『おひるね屋』にはお客さんが来ている。

 今度のお客さんは頭が晴天のおじさんだった。お仕事は大変だし、頼りの息子は女一人にうつつを抜かしているし、その女も森の奥で隠居しているし……もう全部が嫌になって、噂の『おひるね屋』にやってきたらしい。


 さて、どこの王様か知らないけどね。お客さんの素性を詮索するのはマナー違反だ。


「あぁ――すぐに料理を作ろう」


 そして、うちの料理人は絶世の笑顔を浮かべて、私のこめかみにキスをしてくる。


「愛している、コーネリア」

「はいはい。私はぐーたらできたら何でもいいですよ」


 今日の給金が高すぎる気がするけど……その分食事の味に期待しましょう。


 どんな人でも迎え入れる『聖女のおひるね屋』の庭で、今日も黒いモフモフ犬が欠伸をしていた。魔王が討伐された世界の空は、今日も綺麗に晴れ渡っている。



【短編「褒美に王子と結婚させてやる」と言われたので即断りました。ところで私の聖女のヴェールはいくらで買ってくれますか? 完】

最後までお読みいただきありがとうございました!

少しでも楽しんでいただけましたなら、ご感想や、

下記評価欄(☆☆☆☆☆→★★★★★)をポチッとしていただけると今後のやる気に繋がります。


また本作の長編化も検討しているので、ご意見等いただけると嬉しいです。


こないだ完結したばかりの別長編もありますので、

こちらもよろしくお願いします。


【完結】のんべえ聖女とスイーツ怪物伯のおいしい契約結婚

https://ncode.syosetu.com/n7599im/(↓にリンクを貼ってあります)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 色々と規格外の聖女様で面白かったです。 勇者兼王子様も真面目で一途(?婚約者とかいたんですか?) ほのぼのした感じも好きです。
[気になる点] >ついでに番犬代わりに、犬になった傷だらけの魔王も飼うことになったけどね。実は倒したといっても、弱体化して封印しただけだったりする。 ここをしっかり描写するといいんじゃないかしら。 「…
[良い点] ほのぼの [気になる点] いやその最後に来た客って勇者父の王様だよね?
2023/12/17 20:23 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ