勇者の凱旋 ~俺たち、異世界召喚されちゃいました~
もしも、異世界に召喚されたなら。
南国の島に向かう飛行機の中で、男女4人の学生たちは、
そんなよくある空想に耽っていた。
「僕は勇者になって世界を救いたい。」
「俺は戦士だな。体も鍛えてるし、ピッタリの職業だ。」
「あたしは魔法使いかな。魔法でモンスターを一掃したら気持ちよさそう。」
「わ、私は僧侶、かな。怪我や病気の人を助けてあげたいし。」
各々そんなこと話しているのは、
同じ学校、同じ学年の、仲良し4人組の学生たち。
勇人、正義、聡子、陽菜、
4人の学生たちは、来春の卒業を控えて、卒業旅行に出かけていた。
学生時代最後の旅行。
どうせなら思い出に残るような特別な旅行にしようと、
見たことも聞いたこともない未開の小さな南の島を旅行先に選んだ。
飛行機は高度を下げ、目的の小さな島の飛行場に着陸した。
その島は南国らしく飛行場の周りには密林が生い茂っている。
密林の中に小さな村があるそうで、
そこから来たガイド兼通訳の男が空港で待っていた。
こんがりと日焼けした痩せ型の中年の男だった。
「ようこそ、遠くからお越しくださいました。」
「お世話になります。」
「通訳さん、外国の方なのに日本語が達者なんですね。」
「ええ。この島には日本から少なくない人がやって来て、
様々な開発援助を行ってくれていたんです。
私の日本語もその時に教育を受けました。
さあ、まずは荷物を置くためにも、村へ向かいましょう。」
そうしてその4人の学生たちは、通訳の男が運転する車で村へ向かった。
舗装もされていない密林の道に揺られること小一時間ほど。
その4人の学生たちはこれから滞在する予定の村に到着した。
その村は粗末な家が二十軒ほど立ち並ぶ集落で、
どの家もカラフルな布や装飾品が飾られ、村人の陽気な感じが見て取れる。
村にはホテルもなく、電気も通ってないどころか、
ほとんどの家が茅葺き屋根という有様で、
エアコンも無い南国の暑さに、その4人は到着早々青い顔をしていた。
それはともかくも、せっかく南国に来たのだから観光に行こうと、
その4人が出かけようとすると、通訳の男に呼び止められた。
「待ってください。
みなさんが来ると聞いて、村人たちが歓迎会の準備をしてあります。
観光の前に、先に歓迎会に出席して頂けませんか?
主役のみなさんがいなければ、村人たちは食事も取れませんので。」
そう言われては断るわけにもいかない。
その4人は村人たちの用意した歓迎会に参加することになった。
その村にいた村人の人数は数十人ほどだろうか。
どの人も通訳の男と同じく、こんがりと日焼けをした赤ら顔で。
老若男女の村人たちが集まって、その4人の学生たちを歓待してくれた。
村の広場に大きな木のテーブルが用意され、
色とりどりの南国のフルーツや素朴な魚料理が所狭しと並べられている。
テーブルを取り囲む村人たちは皆笑顔で、口々に歓迎の言葉を投げかけた。
「ようこそ、みなさん。
この村の自慢の料理を味わってくださいね。」
「みなさんのために、村人みんなで用意したんですよ。」
「みなさん、お酒はいけるクチだそうですね?
村の自慢の仕込み酒を用意しました。
料理と一緒に是非飲んでください。」
どの村人も日本語が堪能で、その4人は会話に不自由せずに済んだ。
香草が香る焼き魚に齧り付き、甘酸っぱい果物で口直し。
乾いた喉を酒で潤していく。
どの料理も素朴だが食べたことがないような美味。
特に酒は、この村の特別製ということで、
体験したことが無いような感覚がして、
真珠を溶かしたようなまろやかな色をしていた。
そうして歓迎会を楽しんでいると、4人の様子に変化が。
呂律が回らなくなって、足元が怪しくなっていった。
「ありぇ?らんか、眠くなっれきた。」
「この酒、ずいぶん強い酒だったのかもな?」
「あたしも、ちょっと横になりたいかも。」
「横になる前に、水分を取った方がいいね。」
そうしてその4人は、
背中を合わせるような姿勢でずるずると地面に尻餅をついて、
そのまま横になって地面に倒れてしまった。
意識を失う直前、顔の近くの地面を見ると、
魔法陣のような模様が見えたような気がした。
体が熱い。頭の中がぐるぐると回っている。
熱い耳元に、何やら呪文のような声が聞こえる。
「オンヤカソワカ、ソリトレシン。
我、次元の境を越えて呼び求める。
異世界の勇者よ、召喚に応え賜え!」
大きな声が聞こえて、その4人はハッと目を覚ました。
目の前には地面があって、魔法陣のような模様が鈍く輝いている。
酔いは覚めたのか、体に影響は感じない。
苦もなく体を起こすことができた。
その4人はお互いの無事を確認し一安心、
それから周囲を見渡して、その変化に驚いた。
気を失う前は、村の広場で華やかな歓迎会をしていたはずだったのに、
目を覚ました今、そこには宴の様子は一切無くなっていた。
代わりに、魔法陣だの燭台だのといった禍々しい道具が並べられていた。
様子が変わっているのは村の広場だけではない。
村に立ち並ぶ家の様子も、すっかり変わってしまっていた。
陽気に村を飾っていた色とりどりの布だの装飾品だのは姿を消し、
崩れかけた壁にボロボロの茅葺き屋根の家々があるだけだった。
傷んだ家が立ち並ぶ様子はどこか陰気で色彩に乏しく、現実感がない。
視線を広場に戻してみる。
広場にいる人たちの様子は見覚えがあるようで、しかしどこかが違う。
気を失う前はみんな洋服を着ていたはずだったのに、
今は黒いローブのような服装で、手には杖を持っている。
ローブのフードから覗く顔にはやはり見覚えがあるが、
こんがりした日焼け顔は若干薄くなっているような気がした。
見たことがあるようで、どこか少し違う村の様子。
すると、その中でひときわ大きな杖を持った人物が進み出て、その4人に告げた。
「おお、勇者たちよ!
我らの召喚魔法に応じて、異世界から来てくださいましたか。
どうかこの村をお救いください。」
「オードラー、ハイラー。」
村人たちは地面にひれ伏すと、その4人に向かって仰々しく祈りを捧げた。
「異世界召喚!?」
その4人は素っ頓狂な声を重ねた。
村人の説明によれば、ここは異世界だという。
事の次第はこうだ。
ここは地球とは違う場所、オルトアルトス。
この世界には、かつていくつもの大陸があって人間の町が栄えていた。
しかし、邪悪な魔王が大陸を海に沈め、人も町もまた海に沈んだ。
今ではこの小さな島が一つ残されているだけ。
島には人間の最後の砦たるこの村があり、
魔王は村を滅ぼさんと度々モンスターを遣わすという。
モンスターは強力で、村は防戦一方。
このままでは人間は魔王によって滅ぼされてしまう。
そこで村人たちは、古の呪文を用いて、
異世界から勇者を召喚することにしたのだという。
「じゃあ、俺たちは、異世界に召喚されたってのか?
そんな、漫画じゃあるまいし。」
その4人の一人、正義は肩を竦めてみせた。
勇人も同様に、近くの村人の肩を掴んで尋ねた。
「異世界召喚なんて冗談ですよね?」
しかし尋ねられた村人は顔を伏せるだけで何も答えない。
すると、先程の大きな杖を持った人物が、代わりに答えた。
「勇者様、お気持ちはわかりますが落ち着いてください。
まず、勇者様の世界の言葉は、我々の世界の人間には基本的には通じません。
私は魔法で言葉がわかるようにしてありますので、通訳をします。
村人に話をする際は、まずは私を通してからにしてください。」
「呪文って、子供の遊びじゃあるまいし。」
小馬鹿にするように言ったのは聡子。横で陽菜がうんうんと頷いている。
しかし黒いローブの通訳の人物は至って真剣だった。
「言葉で説明しても信じられない気持ちはわかります。
では、実際に私の攻撃魔法をお見せしましょう。
あそこにモンスターがいるのが見えますか?」
通訳の人物が指し示す先。
村の外れに立っている木の上に、カラフルな紫色の猿が登っている。
「あれ、何?紫色の猿なんている?」
怪訝な顔をする聡子に、通訳の人物が神妙に答える。
「あれは魔物、モンスターの一種です。
我々はアタッカーエイプと呼んでいます。
中々に凶暴で、ああして村に忍び込んでは村人を襲います。
今からあのアタッカーエイプを私の魔法で退治してみせましょう。
ホンワカソワソワ、ファイヤー!」
通訳の人物が短い呪文を唱えて杖を振る。
すると、遠くにいる紫色の猿の背中に火が付き、
すぐに火は全身に回って火だるまになって木から落ちて、
そのまま動かなくなってしまった。
「うわぁ、残酷・・・。」
陽菜が気分悪そうに口元を抑えている。
すると通訳の人物はやれやれと首を振った。
「魔物相手に容赦は無用です。
そうでなければ、黒焦げになっていたのは我々の方かもしれません。
これから、あなたたち勇者様御一行にも、魔物退治をお願いします。
その前に、職業を決めなければなりませんね。
さあ、こちらへお越しください。」
そうしてその4人は、通訳の人物に連れられて、家の一つに入った。
その途中、黒焦げになったアタッカーエイプの近くを通った時、
焼け焦げた肉の匂いがして目を背けたのだった。
その4人が案内されたのは、職業を決める訓練所だった。
中には大きな水晶玉が置いてあって、
それを覗くと適正な職業がわかるのだという。
その4人は順番に水晶玉を覗いて職業を決めていった。
勇人は勇敢でオールラウンダーな勇者タイプ。
正義は肉弾戦と攻撃に特化した戦士タイプ。
聡子は手先が器用で知識も豊富な盗賊タイプ。
陽菜は慈愛に満ちた治癒師タイプ。
こうして4人はそれぞれ、
勇者、戦士、盗賊、治癒師という構成、パーティーになった。
「魔法使いは?魔法使いはいないの?
普通、勇者パーティーと言ったら、
勇者、戦士、僧侶、魔法使い、の4人パーティーじゃない?」
「わたし、魔法なんて使えないんだけど、治癒師なんてできるかな。」
各々に与えられた鎧やローブに着替えながら、聡子と陽菜が疑問を口にする。
すると通訳の人物は残念そうに言った。
「残念ながら、あなたがた4人の中に魔法の素養がある人はいないようですね。
ですので、魔法が使えなくても遠距離攻撃ができる盗賊、
それから回復薬で怪我を治す治癒師をパーティーに入れました。
この村で採れる素材で作られる薬は優秀ですから、怪我の治療に重宝しますよ。
投げナイフも攻撃の役に立つでしょう。
いくらかお渡ししますので、減ったらまた取りに来てください。
さあ、これからあなたたちの冒険が始まりますよ!」
こうして、勇人、正義、聡子、陽菜の4人は、
勇者パーティーとしての活動をスタートさせた。
いくら異世界から召喚された勇者とはいえ、
いきなり魔王と戦っても返り討ちにされるだろう。
まずは近場で経験値を稼いでレベルを上げると良い。
通訳の人物から言われるがまま、
その4人は今、村から比較的近い場所にある水場に来ていた。
そこは川の水が滞留した大きな水溜りで、
大きなトカゲやリスのような色々な動物たちが喉を潤していた。
「ねえ、本当にやるの?あれ、ただの動物じゃない?」
「ただのトカゲが紫色だったり、リスが真っ赤な色をしてるかよ。
あれはきっとモンスターだよ。
ゲームでもそうだろう?
モンスターは動物の見かけをしていても、ど派手な色をしてるもんだ。
ほら、俺からいくぞ!」
渋る聡子を差し置いて、正義が先陣を切る。
正義が村で渡されたのは、戦士用の大きくて重い剣。
切っ先は丸くて切れ味は悪そうだが、その重さで敵を押し潰す武器だ。
正義が振るった剣は、地面にいる虹色のトカゲに振り下ろされた。
グチャッという音がして、虹色のトカゲはグチャグチャに潰れてしまった。
虹色の外皮が破けて、赤い体液が弾けていた。
「へえ、モンスターも赤い血をしてるんだな。
ゲームじゃその辺は詳しくわからないものな。
ほら、僕たちもやってみよう。」
勇人の指示で、聡子と陽菜も各々の武器を振るう。
勇人が持たされた武器は、勇者らしい鋭い切っ先の剣と盾、
聡子の武器は小さな短刀、陽菜の武器は細い木の棒だった。
勇人の剣は虹色のトカゲを真っ二つに切り裂いた。
聡子の短刀は真っ赤なリスを傷つけ、陽菜の木の棒は空を切った。
「やっぱりわたし、生き物を傷つけるなんて無理だよぉ。」
「まだまだ始めたばっかりなんだから、失敗は気にしないでいい。
さあ、次だ!」
そうして4人は水場の動物たちを次々に狩っていった。
すると。
「パンパカパーン!パンパンパーン!」
と、どこからからファンファーレのような音が響き渡ったのだった。
4人は手を止め、汗を拭って言った。
「なんだ?今の音。音楽か?」
「いや、ファンファーレだよ。
きっとあれはレベルが上ったってことじゃないかな。」
「そんな、ゲームじゃあるまいし。」
「でもここ、異世界なんだよね?
異世界だったら、レベルが上がったりするかも。
前に小説で読んだことがある。」
「その通り。僕たちは経験値を稼げてるってことさ。
さあ、もう一頑張りしよう。」
そうして4人は、日が傾くまで水場とその周辺の動物を狩り続け、
幾度もファンファーレに祝福されるのを聞いたのだった。
日が暮れてきたところで、4人は村に戻ってきた。
泥や動物の血に塗れた外見が、戦果が上々であることを物語っていた。
「やっと帰ってこられた。
やっぱり狩りはトレーニングとは違って疲れるな。」
「ああ、そうだね。
でも、誰も大きな怪我をしなくてよかったよ。」
「あたしのマメが潰れたくらい?
でも、陽菜の治癒術のおかげで痛くないよ。ありがと。」
「わたしは、村で貰った薬を塗っただけだけどね。
でも、よく効いたみたいでよかった。
こんな遠い南の島にも、いい薬があるんだね。」
そんな話をしていると、黒いローブの通訳の人物が4人を出迎えた。
「みなさん、よくぞ無事に戻られました。
湯浴みとお食事の用意が整っております。
武具の手入れは私たちがしておきますので、どうぞお休みください。」
「はーい。」
「お願いします。」
そうして4人は風呂で汚れを洗い流し、村の食事で胃袋を満たし、
その日は早々に床についたのだった。
勇者一行となって魔物を退治する。
そんな生活はそれから数日ほど続いた。
人間、慣れというのは早いもので、
その4人は勇者一行としての生活にも村の生活にも、
もうすっかり慣れきっていた。
するとそれを見越して、通訳の人物が4人を呼びつけた。
「みなさん、勇者パーティーとして立派になりましたね。
レベルも随分と上がったと聞いています。
・・・そろそろいいでしょう。
今日はこれから、魔王を退治しに行って頂きます。」
「これからすぐに魔王を?僕たちに倒せるのでしょうか。」
「俺たち、レベルが上ったとは言え、この異世界に来てまだ数日だぜ?」
聡子と陽菜も心配そうに顔を見合わせている。
しかし通訳の人物の決断は変わらないようだ。
4人に説き伏せるようにして言った。
「実は、あなたたち4人は、
この異世界に来た時からもう十分に強かったのです。
それが異世界召喚というものですから。
これまでの経験値稼ぎは、レベルアップのためよりも慣れのためです。
今のあなたたちならもう十分に魔王を倒すことができるはずです。
さあ、魔王がいる洞窟までご案内しましょう。」
そうしてその4人は、黒いローブの通訳の人物の先導の下、
魔王が潜む洞窟に挑むことになった。
魔王がいるという洞窟は、村から徒歩で小一時間程の斜面にあった。
一見すると森の茂みでわかりにくいが、
斜面に人が4人程も並んで入れる穴が開いている。
先導していた通訳の人物が立ち止まって、その4人の方へ振り返って言った。
「着きました。
あそこが、魔王が潜む洞窟です。
これからあなたたち勇者様御一行に、
あの洞窟に入って魔王を倒して頂きます。
しかし、注意してください。
魔王は普通のモンスターとは違います。
知恵を持って罠を張り、勇者様たちを傷つけようとするでしょう。
罠に対しては、盗賊のスキルが役に立つはずです。
魔王は甘言で人を欺き手下にしようとするでしょう。
その時は、勇者様の勇気が役に立つはずです。
そして魔王は強力な魔法を使ってきます。
並みの人間には近付くことも難しい、遠距離攻撃魔法です。
それに対抗するために、勇者様にこの宝具を授けます。」
通訳の男が懐から取り出したのは、拳大程の大きな球だった。
受け取った勇人が球を眺めて言う。
「これは?」
「それは、村に代々伝わる宝具、光の玉です。
中には神聖な光魔法が込められています。
使う時はザラザラの岩壁などで強く擦ってから投げてください。
しばらくすると聖なる光が溢れ、魔王の能力を一時的に弱めるでしょう。
その時がチャンスです。魔王に近付いて攻撃してください。
ただし、勇者様御一行も宝具の魔法に巻き込まれないように、
聖なる光が収まるまでは目を瞑っていてください。
では、勇者様御一行に、勝利の祝福があらんことを。」
そうして勇人たち勇者一行は、魔王が潜む洞窟へと足を踏み入れた。
魔王が潜む洞窟の中は、淡く光る苔やキノコが生い茂っていた。
おかげで明かりになる物がなくとも、歩く程度なら支障は無いようだった。
天然の洞窟にしては足元も穏やかで歩きやすい。
・・・と思ったのも束の間。
「ちょっと待って!みんな、そこから動かないで。」
先頭を歩いていた盗賊の聡子が、後続の3人を制した。
地面に這いつくばって、そっと様子を伺う。
よく見ると、薄暗い洞窟の地面に、
細い紐のようなものが張ってあるのがわかった。
「これがきっと、魔王の罠ってやつだね。
これくらいなら跨いで進んでもいいけど、
帰り道で引っかからないように、今この場で解除しちゃおう。
あたし、こう見えても手先は器用だから任せて。」
聡子が用意していた細い木の棒だの何だのを使って、
張ってある紐の両端を操作する。
しばらくすると、パラリと紐が外れて地面に落ちた。
罠などは作動せず、どうやら罠の解除は成功したようだった。
「よし、じゃあ先に進もう。
聡子、罠があったらまた頼むよ。」
「オッケー、任せて。」
そうして4人は、盗賊の聡子を先頭に洞窟を進んでいった。
道中、幾度か立ち止まっては、地面に壁に天井に設置された罠を解除していった。
そうして洞窟を奥に進みながら、聡子が呟いた。
「なんかさぁ、おかしくない?」
「おかしいって何が。」
「罠だよ。
この罠、ただ石が置いてあるとかじゃなくて、
もっと複雑なバネとかはずみ車まで使ってあるんだよ。
とても動物みたいなモンスターが用意したとは思えないよ。」
「魔王は知恵があるって言ってたから、その程度の用意はできるんだろう。」
「それはそうかもしれないけど。
じゃあ、洞窟の中に他のモンスターがいないのは何故?」
それは4人全員が気になっていることだった。
魔王が潜む洞窟。
小説やゲームならば、そこには多数のモンスターが潜んでいて、
魔王を守護しているはず。
しかし、今その4人が潜っている洞窟には、モンスターの気配がない。
もちろん、トカゲだの小虫だのはいるが、どれも普通の色をしたただの小動物だ。
人間に向かって襲いかかってくることもない。
この洞窟には、人為的な仕掛けはあるのに、モンスターの気配はない。
これではまるで・・・。
「お前たち、何者だ!」
その時、大きな声がして、4人は思考を中断せざるを得なくなった。
魔王が潜むという洞窟の途中、薄暗い通路の奥から大きな声がした。
その4人が視線を上げると、薄暗い洞窟の奥に人影が見える。
姿格好はよくわからないが、声と影から大人の男のようだ。
その声には怒気が含まれていて、その4人を厳しく叱責してきた。
「お前たち、村の者か。飽きもせず、また俺を襲おうというのか。」
急な大声に気圧されながらも、勇者である勇人は勇気を振り絞って答えた。
「ああ、そうだ。僕たちは勇者パーティー。
村から魔王を倒すためにやってきた。お前が魔王か?」
すると、人影は肩を揺らして答えた。
「はっはっは、魔王だと?
そうだな、俺は魔王。あの村の連中にとってはそうだろう。
村の連中に従わず、理解も及ばないだろうからな。
あいつらは余程、余所者が嫌いらしい。
こっちはもう関わりたくもないってのに、また人を寄越したのか。」
魔王と名乗る人影の声。
その声は4人にとって、独り言まで綺麗に意味が分かる言葉だった。
陽菜が勇人の袖を引いて言う。
「ねぇ、何かおかしくない?」
「おかしいって何が?」
「あの人の言葉、意味がわかるよね?日本語だよ。
異世界なのに日本語を話してる。」
「それはあれだろう。
召喚魔法で僕たちが異世界の言葉がわかるようになってるんだろう。」
「ううん、そんなことないよ。
だって村の人たちは、通訳の人以外は言葉が通じなかったもん。」
「それもそうだな。
じゃあ、魔王が喋ってるのは本当に日本語?」
その4人が立ち止まって、ああでもないと相談していると、
突然、パン!と大きな音が洞窟に響き渡った。
驚いた陽菜が両耳を抑えてしゃがみ込む。
勇人と正義は顔を見合わせた。
目の前の洞窟の奥では、魔王と思われる人影がこちらに腕を向けていた。
「今の、魔王の魔法か?」
「きっとそうだろう。魔王は強力な魔法を使うって話だったもんな。
みんな、考えるのは後だ。
魔王と戦って、倒すぞ!」
そうして、勇者一行と魔王の戦いが始まった。
勇人たち勇者一行は4人、それに対する魔王は一人っきり。
数の上での有利は、しかし薄暗い洞窟の中では有効に機能しなかった。
薄暗い洞窟では魔王の居場所は判然とせず、
近付こうとすれば即座にあの破裂音がして魔法が飛んでくる。
さらには、今いるこの場所に未発見の罠が無いとも限らない。
その4人はまず、勇者の勇人と戦士の正義が囮になって、
魔王の気を引くように努めた。
わざと武器を高く掲げて、安全を図りつつ目立ってみせたり、
二手に分かれて物音を立てて撹乱してみせたり。
その度に破裂音がして、魔法が飛んできている気配がした。
しかし、魔王の魔法も百発百中では無いらしい。
近くの岩が弾ける程度で、勇人と正義には当たらない。
そうしている間に、聡子が洞窟内の罠の有無を調べていく。
魔王がこうして自由に行動していることから、
今までのような作動させやすい単純な罠が設置されているとは考えにくい。
あるとすれば、戦闘を有利にするための罠だろう。
魔法の狙いを付けやすくするために用意された苔のマークや、
知らなければ足をすくわれそうな紐や石ころを避けていく。
その間、陽菜は身を隠しながら魔王に近付けるルートを確認した。
岩陰を伝い、天井から伸びる蔦で身を隠し、近付けるルートを選定する。
しかし、どうしても魔王に近付くには、身を晒す場所が残ってしまう。
「みんな、どうだ!?」
勇人の声に、他の面々が答える。
「俺はいつでもいけるぞ。どこから近付く!?」
「罠や邪魔な障害物はあらかた避けた!」
「魔王に近付くルートは調べたよ。
でも、どうしても危ない場所があるの!
そこだけ魔王からこっちの姿が丸見えになっちゃう。
どうしよう?」
考え込む4人、しかしすぐに勇人が指を鳴らした。
「そうか!このための光の球だ。
みんな、今から移動する前に光の玉を使うぞ!」
仲の良い4人組には、それだけで以心伝心、意図が伝わった。
正義も聡子も陽菜も、所定の配置につく。
お互いを囮にしながらも、
安全に陽菜が用意したルートへ合流できるように。
それから勇人は、通訳の人物から授けられた光の玉を取り出し、
手近な岩壁で素早く擦り付けた。
すると光の玉は小さな火花を散らし、だんだん火花が増えていった。
「それっ、こっちだ!僕はここにいるぞ!」
勇人が光の玉を投げる。
魔王は標的を見つけて勇人の方を向く。
その時、薄暗い洞窟の中が、溢れる光で真っ白に包まれた。
「何っ!?何だこれは!」
溜まらず、魔王は顔を覆ってしまう。
魔王の魔法が勇人たちから外れるのを待ってから、
勇人たち勇者一行は、一斉に魔王に襲いかかった。
魔王を守るはずの罠はもう見切られてしまっている。
岩だらけの洞窟の地面に存在する、飛び石のような平地を駆けて、
苦し紛れの魔王が放った魔法は勇人の盾で防ぎ、
重い剣を振りかぶり、鋭い剣を突き出し、
勇者たちの攻撃は今、魔王の姿を捉えようとしていた。
ブチッ!グシャッ!ボキッ!ビチャッ!
柔らかくも固い物を砕く音が、洞窟の中に響き渡った。
その音は思ったよりも湿っぽく、嫌悪感をもよおさせるものだった。
魔王の体は今、勇者の剣が刺さり、戦士の剣が押し潰し、
盗賊の短刀が引き裂き、治癒師の棒が毒を浴びせていた。
光の玉の魔法は切れて、再び薄暗くなった洞窟に、
ドサッと倒れる音が響き渡った。
魔王が倒れる音だった。
「・・・俺たち、魔王を倒したのか?」
恐る恐る顔を見合わせるその4人。
するとそれに答えるように、パンパカパーンと、
あのファンファーレの音が聞こえてきたのだった。
外のモンスターを倒した時とは違う、一際豪華なファンファーレだった。
そうしてようやく、勇人たち勇者一行は、魔王を倒したと確信できたのだった。
「やった!」
「あたしたち、魔王を倒したんだ!」
「これで村は平和になるね!」
「うん、だけど・・・」
魔王討伐を果たし、喜び合う正義と聡子と陽菜。
しかし、勇人だけは表情が冴えない。
光の玉を使って魔王を攻撃したあの時、
立ち位置の加減から勇人だけが逆光となり、
魔王の姿がおぼろげに見えてしまった。
あれは、魔王は・・・人だった。
眼鏡をかけ、くたびれたワイシャツを着ていた、ただの人だった。
勇人の家にいる父親と変わらない中年の男だった。
少なくとも攻撃の瞬間、勇人にはそのように思えた。
今、薄暗い洞窟に横たわる魔王の姿は、
攻撃によって損傷し、明かりもないため、もうよくわからなくなっていた。
「僕たちは、何を倒したのだろう。」
勇人が溢すと、正義や聡子や陽菜が迷いなく答える。
「何って、魔王に決まってるじゃないか。」
「・・・そうかな?僕には人の姿のように見えたんだけど。」
「それって魔王の魔法のせいでしょう?
通訳の人が言ってたじゃない。魔王は人を欺くって。
きっと人間に似た姿で騙そうとしてたんだよ。」
「実際に罠が仕掛けてあったし、魔法で攻撃もされたものね。
わたしも、それは魔王の罠なんだと思うな。
だって、ここは異世界なんだもの。」
仲間の励ましにも勇人の心は晴れない。
魔王を攻撃した時の、肉を引き裂き骨を砕く感触が忘れられない。
あれは、あの感覚は。
そんな勇人を思考の穴から引き戻すかのように、
洞窟の入り口の方からドヤドヤと人の気配が近付いてきた。
先頭で声を上げたのは、あの通訳の人物のようだった。
「みなさん!勇者様御一行!
ああ、なんということでしょう。
あなたたちは本当に魔王を倒してくださいました!
これでもう村は安全です。ありがとうございました。
魔王との激闘で傷付いたことでしょう。
村でお祝いをしましょう。さあ、皆の者、勇者様御一行をお連れして!」
そうして勇人たち勇者一行は、村人に担ぎ上げられて、
まるで神輿のようにして村に連れて行かれたのだった。
勇人たち勇者一行が村に帰ると、村はもうお祭りの準備が整っていた。
帰るや否や、酒池肉林の歓迎が4人を飲み込んだ。
問答無用で豪華な食べ物や飲み物を口に押し込まれ、
村の若い女たちが全身をマッサージして揉みほぐしていく。
程よい感覚に、目の前がトロンと蕩けていく。
この感覚に4人は覚えがある。
見ると飲まされた飲み物には、あの真珠色の酒が含まれていた。
意識朦朧となった4人を見て、村人たちは一層笑顔になった。
どこからか通訳の人物の声が聞こえる。
「ああ、みなさん、もう時間のようですね。
異世界召喚の魔法の効果が切れるようです。
みなさん勇者様御一行には、感謝してもしきれません。
魔王は討伐され、この村はもう安泰です。
ありがとうございました。
みなさんの世界に戻っても、どうかお元気で。」
通訳の人物の声を子守唄にして、その4人は意識を失った。
頭が痛い、体が重い、吐き気がする。
今度の目覚めは、今までよりも不快なものだった。
この感覚は何というのだったか。
脳が思考していると気が付いてして、勇人はガバっと体を起こした。
倒れていた場所は、宴が行われていた村の広場の真ん中。
しかしその様子はまたもや意識を失う前とは一変している。
村の中は色とりどりの布や装飾品が飾られ、何だか懐かしい感じがした。
「帰って・・・来たのか?現実世界に。」
勇人の独り言を聞いて、横に寝ている正義や聡子や陽菜が、
ううーんと目を覚ましていく。
そうして4人は無事に覚醒することができた。
「みんな、無事か?」
「ああ、何とかな。」
「ここって、現実世界?」
「うん、村の様子からしてそうみたい。」
お互いの無事を確認していると、遠くから駆ける足音。
余程慌てていたらしい、通訳の男が汗だくになって姿を現した。
「みなさん!ここにいたんですか!探しましたよ。
何日もの間、姿を見せなくなって、今までどこでどうしていたんです?」
「なんだって?」
通訳の男曰く、その4人は村の歓迎会の途中、
突如として現れた魔法陣に吸い込まれ、姿を消してしまったという。
それから数日の間、村人がどんなに探しても4人は見つからなかった。
これはいよいよ大事だと島の外部に助けを呼ぼうとした今、
偶然にもその4人は村の広場に再び姿を現したのだという。
今までどこでどうしていたのか。
取り囲んで詰問する村人たちに、その4人は顔を見合わせて、
笑顔を浮かべてこう返したのだった。
「俺たち、異世界召喚されちゃいました!」
それから。その4人は飛行機を乗り継いで日本に戻り、家に帰った。
この旅行の経験はとても他人に説明できるものではなく、
その4人だけの秘密にすることにした。
異世界召喚されていたなど、他人に話しても信じて貰えるわけもないから。
時は過ぎ、卒業の日も少しずつ近付いている。
新生活はお互いにバラバラで、仲の良い4人は別々の道を歩むことになる。
不安が無いと言えば嘘になる。
友達と別れて社会に出ていくのは恐ろしい。
・・・でも。
あの異世界での経験があれば、それも耐えられるだろうと確信する。
どんなに社会が辛いものでも、この世界に魔法を放つ魔王はいないのだから。
異世界で魔王を倒しても、勇者一行の旅は終わらない。
勇人も、正義も、聡子も、陽菜も、
4人は今でも勇者一行であることに違いはないのだから。
勇者の凱旋から数週間後。
平和な日常生活を過ごす人々を震撼させる事件が巷を賑わせた。
点けっぱなしのテレビ画面の中、テレビのニュース番組、
アナウンサーが神妙な面持ちで事件を伝えていた。
「繰り返しお伝えいたします。
南国の島で、日本人の遺体が発見されました。
発見された遺体は、鈍器や刃物で繰り返し襲われたと見られ、
激しく損傷しており、身元の確認が困難なほどでしたが、
鑑定の結果、東京都在住の男性のものであると確認されました。
男性はこの島に製薬工場を作る準備のために訪問し、
そのまま行方不明となっていました。
警視庁は現地の警察機関と協力し、捜査を開始する予定です。
この島では良質な薬品の材料が豊富に採れるため、
製薬工場が完成すれば多数の人が救われるはずでした。
病気や怪我に苦しむ人々を救おうとする人が、志半ばで凶行に倒れるという、
この非人道的な事件の犯人が逮捕されることを我々は心から願っています。」
終わり。
もしも異世界召喚されたとしたら。
それを考えるにはまず、今いる自分の世界とは何かを決める必要があります。
今いる自分の世界は本当に現実なのか、夢の世界ではないのか、
考えれば考えるほど返って分からないことが増えてしまいそうです。
異世界は自分が行けば自分の世界になる。
自分がいない世界が異世界である。
そう考えると楽になりました。
作中の4人は、召喚した人がいるのだから、
今いる世界は異世界だと認識しました。
人の言葉を根拠にするのは危険だとは気が付いていませんでした。
この小説の副題の、俺たち、異世界召喚されちゃいました。という言葉ですが、
これは後に警察の取り調べを受けることになった勇人が、
取り調べに対して述べた言葉でもあります。
お読み頂きありがとうございました。