第九話 第二の攻略対象、現る!
翌日。
俺はレオンのフラグバキバキ作戦に出ることにした。
3年後のゲームスタートまでに、レオンから婚約破棄を切り出させるのが目的。
しかし、剣でボコボコにしても意味がなかった。もっとレオンが嫌がることをしないといけない。
うーん、と頭を悩ませながら、屋敷内をひとりで歩き回る。
エライザはふだん、魔力の訓練や家庭教師による淑女教育を受けて日々を過ごしていたのだが、魔力がなくなったことで一旦それらはナシになった。家庭教師も、魔力がない人に対する理解がある人がいいだろう、とのことで今つけている人は保留になっていた。
剣術でもやるかぁ、と思ったけれど、ルマとエライザの両親に猛反対されて訓練場に近づけなかった。
つまりは、俺は今、めちゃくちゃヒマ。
だから、ノイシュタット邸をじっくり見ようと、ひとりで散歩することにした。邸宅内はまあまあ見たけれど、庭の方は見ていなかった。あと屋敷の外もまだ見てないな。たしか、緑豊かな地方都市だったはずだけど。
行ってみたいなぁ、街の方。と考えるけれど、多分エライザひとりじゃあ出してくれないだろう。子供だし、魔力ないし。
しばらくは屋敷の中で我慢するかぁ、と、しぶしぶ中庭に足を向けた。
……結論。
ノイシュタット邸の中庭は、庭というレベルでは括れないくらいに広い。そのことを俺は今、痛烈に実感している。
なんかもう、端から端が見れない。エライザが小さいのも相まって、広すぎる。
コの形で屋敷が庭を囲うように設計されていて、中央には大きな噴水が設置されている。丁寧に切り揃えられた芝生と生垣と、赤、白、ピンクと、カラフルに庭を彩る花々。名前はわからないけど、木の上の方に咲く花もあるし、足元に誇らしく咲いているものもある。ちょうちょがパタパタと飛んでいて綺麗だ。
一定の距離にテーブルやベンチがあるから、休憩するには困らないけれど、それにしても広すぎる。石畳が綺麗に敷かれているから迷うことはないけれど……うん、子供だったら遭難しちゃうかも。疲れて。
奥の方には温室や、小さな小屋?みたいなのもいくつか見えた。まだ続くのか、この中庭。
俺ははぁー、と大きなため息をついて、とりあえず近くのベンチに座った。同じ道を戻って帰ることを考えると億劫になる。これなら何か本でも持って来ればよかった。景色は綺麗だけど、あんまり花に興味ないし…、ヒマであることには変わりない。
ぼーっとしながらちょうちょが庭をヒラヒラと舞うのを見ていた。
……すると、少し遠くから、ぐすっ、ぐすっ、と、鼻を啜りながら泣く声が聞こえた。
俺はその方に目を向ける。
緑が立派な垣根の奥から、その声はしている。垣根にはバラの花が咲いていて綺麗だ。
足も回復してきた。俺は、そっとベンチから降りて声の方向へそろそろと歩く。迷子の子供だろうか?近所の子とか?幽霊系じゃないよな。なんて少しヒヤヒヤしながら。
「……ぐす、……ひ、っく」
………子供がいた。いや、俺も今は子供なんだけど。
はちみつ色の柔らかいふわふわした髪の毛が、太陽の光に反射して綺麗だった。緑の垣根に向かって縮こまって体育座りをして泣いている。白いシャツしかここからは見えないけど、身なりはすごい良いところのお坊ちゃんって感じだ。
「おーい………大丈夫か?」
俺は驚かせないように、そっと後ろから声をかけた。
すると、びくぅっ!て面白いくらいに肩を跳ねさせて、バネくらい勢いよく振り返った。
エライザと同い年くらいの男の子だった。琥珀色の透き通った瞳をカッと見開いて、口をぱくぱくと動かしている。驚きすぎたのか声は出ていない。
………なんか見たことあるなぁ、この顔。
エライザを目にして、そのままその男の子は顔が赤くなってじわじわと涙が浮かんできた。
……あ、わかった。
この子は、この国の第一王子、マクシミリアン・ルーデベルグ。同い年だったはずだ。……ということは12歳?
なんだか実年齢より幼い子供みたいに見える。身長とかではなくて、内面的な意味で。マクシミリアンは気弱で少し涙もろいキャラだった。第二王子であるレオンとは真逆だ。
「………え、エライザ………」
ひぇ、なんて声をあげて、そのまま生垣に入ろうとする。ガサガサ、なんて音が響いた。そんなにエライザが怖いかよ。
「なんで泣いてるの?」
俺は少し放って置けなくて声をかけた。マクシミリアンはビクビクしながら、おずおずとエライザを見上げる。そのままあたりをキョロキョロと小動物みたいに見渡して、しぶしぶ口を開いた。
「…………レオンが」
レオンが、結婚するってーーーーー
俺はすごく心当たりのある内容に、心臓がバクバクと鳴るのを感じた。
………しかもなんか、尾ひれついてねぇ?
婚約だったよな………。
結婚じゃなかったよな………?
口の中に広がる薄酸っぱい唾液をごくりと飲み込んで、ダラダラと流れる冷や汗を感じていた。ドレスの裾をギュッと掴んで、深呼吸をする。
………そして、アレ?と気づく。
レオンの結婚 (仮)で、マクシミリアンが泣く意味がわからない。泣きたいのは俺の方だ。マクシミリアンはレオンが苦手だし、直接的には関係ないはず。
なんだか事情ありそうだなぁ。この二人。設定的にもすげえややこしかった。どうでもよくて姉ちゃんの話を聞き流していたのを後悔した。
俺は生垣の前でまだぐずぐずと鼻水と涙を流すマクシミリアンを見下ろして、はぁ、とため息を吐いた。このまま放置するのは良心が咎めるし、………なにより、レオンとの婚約破棄のための何かいいヒントになりそうだと思った。
マクシミリアンの隣にどかり、と座ってあぐらをかく。ドレスが少し形が崩れたけれど、まあいっか。他に誰も見てないし。
え?という顔をするマクシミリアンに、わざとらしく俺はにっこりと笑いかける。
「詳しく話してみろよ。な?」
マクシミリアンはひぃい、とどこか怯える悲鳴を上げるものの、逃すわけなくそのまま口を開かせた。