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第八話 新たな目標、生き残りを賭けて!


一連の事件から解放され、俺はエライザの部屋に戻った。大きなベッドにぼふんと倒れ込んで、沈む。気疲れで何も動けない。疲れた、ほんと疲れた。あのクソガキ (※レオン王子)、足元見やがって、偉そうに………。


イヤだって言ったのに、エライザはレオンの婚約者になってしまった。もうこれはゲームのストーリーに則った、神の見えざる手によるものなのだろうか。俺はくう、と歯を食い縛る。このゲームの神様、いろいろ間違えてるよ!と喚きたくなるが、あいにく神の姿は見えない。


………しかし、エライザがレオンの婚約者になったのはまぁ仕方ないだろう。過ぎたことはしょうがない。前を向いて生きていかなきゃ。




俺はごろり、とベッドに転がったまま、エライザが取れる生き残り条件を整理して考えることにした。


さきほどレオン王子に無理やり書かされた婚約承諾書の年号と、ヒロインたちがアデリア学園に入園する年号から、俺たちの状況を推理する。


先ほどの書類の日付が1032年5月9日。……おそらく今日の日付だろう。

そして、ゲームでヒロインがアデリア学園に入るのは1035年4月1日。約3年後だ。アデリア学園入園時、ヒロインとレオンが15歳。つまり、今エライザとレオンは12歳くらい。少し年齢を読み違えたが、まあ誤差の範囲だ。エライザは他の子に比べると成長が遅い方なのかもしれない。


3年後にはヒロインとレオンたちが出会って、ゲームが始まる。

ゲームでエライザが辿る一番最悪なルートは、正ヒロインがレオンを攻略した際のエンディング、レオンの婚約破棄からの処刑。

次点でヒロインが他の攻略対象をターゲットにした時のエンディング、追放ルート。

次が裏ボスを攻略した時の洗脳ルート……いや、やっぱどれもイヤだわ。

俺は頭をブンブンと振る。ゲームが始まる時点で詰んでる。




そこで俺ははた、と気づく。


今、エライザは魔力がなくなっている。魔法を使うことはないだろう、将来的にも。




………だとしたらもうゲームにエライザは登場しないのでは?

アデリア学園は魔法のエリート学校だ。魔法が使えないのであれば行く必要がない。アデリア学園では生徒たちは寮生活を送るから、ヒロインともレオンたちとも顔を合わせることはほとんどないだろう。



あ、これ勝ちじゃない?? ラッキー!



この世界で魔力を失うことのデメリットは大きいが、確定的なバッドエンド回避のためにはよかったのかも。俺はついニヤリ、と口角が上がってしまった。

よかった。第二の人生、性別変わったりいろいろあったけど、なんだかんだ長生きできそうだ。俺はホッと胸を撫で下ろす。


……しかし、なんらかの強制的な力でヒロインとエライザが会ってしまうかもしれない。それに、レオンとの婚約が続いているのはマズい。あの腹黒王子のレオンのことだ。ヒロインとの結婚をする時にエライザとの婚約が残ってる…なんてことになれば、いち早くエライザを切り捨てるだろう。婚約破棄で終わればいいが、何が起こるかわからない。ゲームにのっとり、処刑されるかもしれない。


……だとしたら、やはり、ゲームがスタートする時にはレオンとは他人になっている方がいいだろう。

レオンが学園に行く前、つまり、この3年以内に、レオンとの婚約を破棄するのを第一目標にすえよう。


………うん。今後の俺の方針が決まったな。



ただ、エライザから切り出すのは地位の差から見てかなり難しいだろう。両親もアレだし。レオンの方から「マジ、こいつと婚約とか無理」って思わせないといけない。バキバキにフラグ折らないと。


少しだけ未来が見えて、モヤモヤが吹き飛んだ。なんだか新しいミッションにワクワクさえしている。生きられるだけでもありがたいものだ。



俺はベッドからもそり、と起き上がった。さっき考えたことをメモしようと思ったのだ。

木製の大きな勉強机に座り、きょろきょろと辺りを見渡して、何も書いていないノートと羽ペンを見つける。

羽ペンなんか使ったことないや。こういう道具が自然に置かれていると、本当にファンタジー世界に来たんだなってのがわかる。

少しワクワクしながら羽ペンを握ってノートを開く。……ただ、ペン先には何もついていないから書けない。インクみたいなのもないし……とあたりをゴソゴソと探す。流石にこの辺の細かな道具はゲームでもそんなにちゃんと描写されてなかった。机の下に潜ったりしてゴソゴソしていると、コンコン、と控えめなノックが鳴った。


はぁい、と机の下から大きな声で言って、扉の方に目を向ける。すると、ルマが入ってきた。ルマは机の下に潜るエライザを見てギョッとして、少し急足でパタパタとこちらに向かった。


「エライザ様!? どうされたんですか」

「え? えっと、インクとかないかなって」


机の上に転がる羽ペンとノートを視界に入れて、ルマは、ああ、と少し納得した。そのまま机の下のエライザに手を貸して、埃がついたドレスをパタパタとはたいた。


「このペンは……エライザ様は無意識に使っていたかも知れませんが、魔力を溜めて、文字を書きます。………なので、別のものを用意する方が良さそうですね」


ルマは机の上の羽ペンをひょい、と持ち上げて、少し悲しそうに告げた。少々お待ちください、と、呟いて、ルマはそのまま部屋を後にした。

俺は所在なさげに少し部屋をうろうろする。



……魔力ありきの世界って、意外とめんどくさいのかも。ペンも自由に書けないとか。

もしかしたら他にも使えないもの、いろいろあるんだろうなぁ、と、少し憂鬱になった。

うーん、と腕を組んで悩んでいると、ルマは大きな紙袋を持って入ってきた。そのまま机に置き、中身を取り出す。


「こちらが魔力がない者用の品物でございます。ペン先にこのインクをつけると文字を書くことができます。ただ、これで書いたものは消すことができません。消すことを前提にするのであればこちらの黒鉛の芯のものを。こちらのパンで擦ると消すことができます」


……などと、少しばかり見慣れたものがどんどんと置かれる。ランプ。マッチ。ジョウロ。タライ。タオル。南京錠、などなど。なんとなく使い方も分かりそうで安心した。科学らしいものも少し発展しているみたいだ。ルマは丁寧に使い方を説明してくれた。他にも何かあれば、と、魔力の無くなったエライザを本当に心配しているようだった。


「ありがと、ルマ。なんとかなりそう」

「もったいないお言葉です、エライザ様」


俺は目の前のグッズを興味津々に見ていた。すると、新品というよりは少し傷があったり、誰かが使っていたものだとわかった。とても丁寧な使われ方をしているみたいだけど。


「もしかしてこれって、ルマの?」

「……はい。申し訳ございません。早急に新しいものを手配しておりますので、届くまでこちらで間に合えばと」

「あ! いや、そういう意味じゃなくて!」


深々と頭を下げるルマに、俺は必死で顔を上げるように頼んだ。


そして机の上の『魔力がない者用』のグッズに目をやる。しっかりと使い込まれているそれは、……ルマのもの。と、いうことは。



「……ルマも、魔力が、ないの?」



自分のメイドにそんなこと聞くのはなんて愚かな主人だろうか、と内心ヒヤヒヤしながら聞いた。こんなことになるならルマの設定も覚えておくべきだった。

ルマは少し思案して、ゆっくりと口を開く。


「……そうですね……。私の魔力レベルは、0.1です。日常生活においても支障が出ますので、これらの道具には慣れております」


ご不便がありましたら遠慮なくご相談ください、と、ルマは膝を折ってエライザと目線を合わせて言った。



「………ありがと。ルマ。すごく心強い」



俺はそんなルマが、本当に心強くて、しゃがんでくれたルマについ抱きついた。




魔力レベル。

この世界では生まれた時から定期的に魔力レベルを測っている。ふつうはレベル1から10までに収まっている。ゲームのエライザは6で、レオンは7だ。で、たしかヒロインが8。年齢を重ねたり訓練を積んだりして増えたり減ったりするものの、10代の子は5あればいい方だ。

ルマの0.1というのはかなり低い方だ。

俺は少し驚いた。この世界に来てから、いや、ゲームの中ですらも、ルマは普通にすごいちゃんとしたメイドだったから。むしろ他のメイドより賢いし丁寧だし気を配っているし。こんなにすごい人、俺のいた世界に生まれていたら、もっと幸せだったんじゃないだろうか。


俺はルマのメイド服をギュッと掴みながら、少し寂しくなってしまった。ルマは、こんなにすごい優しい人なのに、魔力のせいだけで軽んじられてるのでは。

……そしておそらく、これまで軽んじてたのはエライザを筆頭とした、主人たち貴族だろう。今までのエライザのしたこと、……いや、何したかはわかんないけど、多分付けてきたであろうたくさんの傷を、謝りたくなったし慰めたくもなった。


ルマは優しくエライザの背を撫でる。エライザの実の母より、ずっと、母らしい気がする。ぽかぽかした体温と、優しい手つきに、うっかり涙腺が緩みそうになった。

こんな不安だらけの世界に投げ出されたけど、安心できる場所が、あってよかった。

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