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第三話 王子と可哀想な姫君



医師の診察を受け、エライザの状態が判明した。

魔力は完全になくなっているらしい。体内の魔力を生成し保管する機能が全くなくなっていた。動く動かないではなく、ゼロ。回復も何もなかった。


この世界の魔力とは、魔法を使う力のことを指す。炎、水、土、風、光、闇………と、それぞれのエレメンタルを操る力が魔法だ。

風と水を組み合わせてシャワーにしたりだとか、簡単なものは日常的に使われている。家に鍵をかけたり、食器を洗ったりするのも魔法。全く魔法が使えないのは、全人口の1%くらいという、かなりのマイノリティだ。この世界は魔法が使える前提のシステムで成り立っている。




………魔法が全てのこの世界で、魔法が使えない、というのは、かなり絶望的なことだった。




医師は苦い顔をしてエライザのカルテを見ている。そして深刻そうに、残念ですが、と呟く。まるで余命宣告でもするかのような響きだ。

母親は泣き叫んだ。小さく体を丸めて慟哭する。



「何のために!何のためにあんたを産んだと思ってるのよ!」



胸がずきん、と痛んだ。

エライザは生まれつきの魔力は高かった。母親は、平均的な魔力の持ち主だった。母親にとってエライザは、高い魔力を持っているかどうかしか、関心がなかったんだろう。




………エライザ、ゲームが始まる前に追放されるのかな。




遠い目をして考える。



それならそれで、いいのかもしれない。

この世界に未練はないし、どうせならどこかの修道院とか行ってもいいし、街でもなんか仕事はあるだろう。体は動くんだし………。




それに、こんな寂しい家には、いたくない。


だったら、別にいいかな、とちょっと気楽になって、俺は硬い椅子から降りた。

ぺこ、と頭を下げて、部屋を出ようとーーーーした。




扉を開けた瞬間、何かにぶつかった。

よろめきながら確認すると、エライザと同い年ぐらいの男の子がいた。10歳くらいの、金髪でスラッとした男の子。服はシンプルで、多分運動するときの服だろう。シンプルな格好ながら、顔立ちとオーラのせいで、なんだか特別な雰囲気が醸し出されていた。


その男の子はぶつかった頭を少しさすりながら、キッとエライザを睨んだ。




………見覚えがある。

多分、このゲームのメイン攻略キャラの、レオン・ルーデベルグだ。子供のころの。



「エライザ。どんくせえな、相変わらず」



…………レオンに間違いない。

レオンは、口が悪くてめんどくさくて、顔で全てが許されるタイプの、三次元だったら絶対許されない性格の持ち主だった。



「レオン様、どうされたのですか」

「うるせえから見にきたんだよ。鍛錬に集中できない」


エライザの母親がびくびくしながら聞くと、レオンはめんどくさそうに返した。レオンは手に模擬刀を持っている。子供用で短いものだが、年季が入ってボロボロだった。

ノイシュタット邸には剣術の道場があり、たまにレオンはノイシュタット邸に来て剣術の練習をしている。レオンの家、ルーデベルグ別邸にも道場はあるが、要人が集まる時にはノイシュタット邸のものを借りていた。魔力の暴走による事故を防ぐためだ。

レオン含め、一部の貴族は魔法か剣術、もしくは両方に勤しんでいた。魔法と剣術はこの世界の社会的地位を示すのに一番いい方法だからだ。





「で?この女がどうかしたのか」


チラ、と冷たい目でレオンはエライザを見る。



レオンとエライザは幼馴染だった。

レオンは、学園に入る前は首都にあるルーデベルグ本邸ではなく、地方でのびのびと育てられていた。物心着く頃から二人は一緒にいさせられていた。


レオンは国の第二王子。エライザもエライザの両親も、将来的に王族に入るつもりでレオンたちに擦り寄っていた。二人がアデリア学園に行く少し前に見事その努力が報われ、婚約者になっていた。

しかし、実際のところレオンはエライザを毛嫌いしていた。

レオンはエライザたちノイシュタット一族の魂胆に気づいているし、辟易していた。幼少期からべたべたに近づいて媚を売るエライザをあからさまに遠ざけていたのだ。




「レオン様、………」


医師は気まずそうに口にするも、魔力がなくなった、なんて一大事をそう簡単に口にもできない。エライザの母とちらりと目を合わせて、口をつぐむ。エライザの母はカタカタと震えるだけだった。

レオンは変な空気を感じとり、エライザをじろじろと観察する。



「………魔力が感じられない?………いや、バカな」



レオンはずんずんと近づき、エライザの顔をギュッと掴む。顔と顔の距離はもう10センチと言ったところ。レオンは目を閉じて、何か集中している。


「………おい、エライザの魔力がなくなったのか?」


レオンがパッと顔から手を離して、医師に話しかけた。

医師は気まずそうに、ただ黙っていた。この沈黙は肯定と同義だった。


レオンはエライザに視線を戻して、冷たい視線を向けた。

レオンもまた、魔力がない人間は価値がないと思い込んでいるタイプの人間だ。しかも、エライザは昔から散々付き纏ったり媚びたりしてきていた。せいせいする、とでも言いたいような顔だった。



「そうか、それは残念だったな。まあ無くなったもんは仕方ない。で?この邸宅は魔力の無い人間を置いておくのか?」



エライザの母親はびくり、と肩を震わせた。そのままグッと閉ざしていた口を、しぶしぶ開いた。



「………主人と、相談しますわ。レオン様、お気遣いいただき、ありがとうございます」



母親の目は、もうエライザを映していなかった。


それで分かる。

………多分エライザは、この家から追い出されるだろう。そしてこの家は、おそらく養子が何か……代わりとなる人間を連れてくるのだろう。レオンの婚約者になるべき、ふさわしい人間を。つくづく愛のない家庭だと思っていたが、こんなに酷いとは思わなかった。



「そうだな、それがいい。じゃあ、俺はこれで。もう騒ぐなよ」



レオンは冷たい目のまま踵を返した。鍛錬に戻るつもりだろう。





「価値のない人間なんかいる必要ないんだよ、この国には」



そう、吐き捨てて。







俺はグッと唇を噛んで、手をギュッと握り込んだ。


悔しい、悲しい、

急に転生してきて、寂しい家庭に投げ出されて、

挙げ句の果てに、価値がないから出ていけーーーー?



ふざけんな



魔力が全てだから、なんだ


俺の元いた世界じゃ、そんなのなくたってやってけたんだよ


俺を、そんなくだらない価値観で、否定するな。







「おい」


俺はつい口に出してしまった。


エライザの、怒りが込められた声がしんとした医務室に響いた。

医師も母親も、ぽかんとエライザを見る。


レオンは振り返り、眉根を寄せてエライザを睨む。

"エライザ"が反抗したことなんて、一度だってない。

レオンの、困惑しながらも怒りと冷酷さを含んだ瞳がエライザを突き刺した。それでも怯まないで、俺は口を開く。



「魔力がないから価値がないだ?ふざけんな」

「負け犬の遠吠えだな。純然たる事実だよ、エライザ」

「俺は、魔法は使えないかもしれないけど、」

「………"俺"?」



レオンは首を傾げてエライザを見る。じとりと、変な怪物でも見るような顔で。


俺はそんなのどうでもよかった。

この、すました、おキレイな顔を、どうにかして歪ませたくなった。




「お前に勝てる」




そう言った瞬間、レオンの眉がぴくり、と動いて、瞳孔が少し開いた。

俺はレオンの持っている模擬刀を指差した。




「勝負だ、レオン。お前が負けたら謝罪と訂正をしろ」

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