第十話 泣き虫王子といじわる王子
マクシミリアンとレオンは異母兄弟だった。
マクシミリアンは正妻の子で、レオンは屋敷のメイドの子だった。奇跡的に (?)同じ年に生まれたが、マクシミリアンが夏生まれ、レオンが冬生まれだったから数ヶ月マクシミリアンの方が兄だ。血統、生まれた順からマクシミリアンが兄、レオンが弟、となっている。
………こういう経緯だったら、弟のレオンの方が嘆いたりおどおどしているハズだが、さすがはレオンと言ったところか。
傍若無人で尊大な態度で、周りがなんと言おうと『俺の方が偉い』と示してきたのだ。
散々剣術の稽古と称してマクシミリアンをボコボコに殴ったし、マクシミリアンが部屋に閉じこもっていると『お兄様は外に出る足もないんですかぁ?』なんて煽るし、血統の話が誰かから出ようもんなら『ああ、よく涙を流す慎ましやかな性格は正しい血統譲りなんですね。俺に引き継がれなくてよかった。な? マクシミリアン』なんてにっこりと嫌味を言う。叩かれてもタダでは起きないタイプだった。
たまったもんじゃないのはマクシミリアンの方である。やれ血統やら生まれ順やらで『兄』、『第一王子』にされたものの、マクシミリアン本人にそんな意図はない。むしろ逆だったらどれだけ精神衛生上よかっただろうか、と毎日思っていた。
マクシミリアンは政治にも権力にもあまり興味がない。血統もわりとどうでもいい。剣術も魔法も痛いからイヤだ。
マクシミリアンが好きなのは花々であり、緑あふれる庭園だけが心の救いだった。本を読んでいるのが好きな、インドア少年なのだ。
この国のいいところなのか悪いところなのかーーーー、大多数の人間が抱いている価値観は、血統や生まれ順よりも当人の魔力の大きさが人の器を決める『魔力至上主義』だったので、ルーデベルグ邸ではレオンの方が次の王になるのでは、と期待する派閥が優勢だった。
おそらく父である王もそれを望んでいる。使用人たちもうっすらとそういう対応になる。子供とはいえ人の機微に聡いマクシミリアンは気づいていた。
レオンのことは嫌いではあるが、尊敬はしていた。剣術、魔法の鍛錬にストイックに打ち込む姿はやっぱり同年代の少年としてかっこいいし、レオンの強さは彼が長年の努力の末に身につけたものだと知っていたから。
自分に近づかないで、口を開かないでいてくれたら……マクシミリアンはレオンのことを尊敬できる弟だと思っていた。
その状況が変わるのが先日のレオン結婚事件だ。
………いや、正しくは婚約なんだけど。
『レオン様が結婚ともなれば、いよいよマクシミリアン様の居場所はなくなってしまうのではーーーーー』
と使用人たちが噂しているのを聞いてしまったのだ。
いよいよってなんだよ、と言いたくなるが、レオンのマクシミリアンへの対応を見ていれば当然の懸念だった。レオンが王の座を脅かす存在を排除するのでは、というものだ。軟禁か、追放か、処刑まではいかないだろうか……と、不穏な言葉が飛び交っていた。
マクシミリアンの前に、王族に生まれたという現実が重くのしかかった。
レオンが王になるのは、わかる。強いし、みんなも納得するだろう。そこに異論はない。
ただ、それに伴ってなぜ自分は今いる居場所から追い出されなければならない? また、追放や軟禁ならまだ (100万歩譲って……)いいとして、処刑ってなんだ。なんで死ななきゃいけないんだ。
自分が辿るかもしれない最悪な未来にマクシミリアンはパニックになってしまった。もちろんこれらは使用人たちが勝手に話している内容なので、信憑性はほとんどないのだが、想像力が豊かなマクシミリアンである。もう次の日には捕えられて首を刎ねられるのでは……、見知らぬ人たちのところに行かされて強制労働なのでは……、と最悪な妄想ばかりで頭がいっぱいになっていた。
当のレオンは鼻歌まじりに屋敷を歩いているし、すれ違うとなぜか嫌味もなく、ただにっこりと微笑みかけてきた。マクシミリアンはレオンの笑顔にゾッとしてしまった。嵐の前の静けさって感じで怖い。
そうなるともうルーデベルグ邸にはいられなかった。ほかに心を落ち着ける場所はノイシュタット邸の豪華な庭園しかなかった。人間はもう信用できないので。
◇◇◇
一連の流れをつらつらと涙と鼻水だらけの顔でマクシミリアンは語った。長年の恨みつらみ、鬱憤がかなり溜まっていたらしい。
「………エライザ、僕は死ぬのかなぁ」
「え、いや、死なんやろ………た、多分」
「多分…………」
マクシミリアンはずーん、とまた体育座りのまま、頭を足の間にぐっと押し込んで小さく丸まる。
全く、二人もの人間をこんなに恐怖に陥れる子供が他にいるだろうか。……まあ、こればかりはレオンのせいというよりは、この世界とエライザたちを取り巻く環境のせいだから、レオンにも同情してしまうんだけど。婚約も婚約破棄も、お騒がせな野郎である。
マクシミリアンが抱く、自らが辿るであろう処刑の恐怖は、エライザにも心当たりあるし、正直他人事とは思えなかった。この恐怖がわかる人は、ほかにいないだろう。
こうなったら俺たちは協力するべきなんじゃないだろうか。ザ・追放ズみたいな感じで。……名前はダサかったな。
しかし、こんな状態のマクシミリアンに『実はレオンの婚約者、自分なんだよね』なんて言えない。人間不信に陥って、そのまま逃げられるだろう。そしたら協力を再度仰ぐことも難しくなる。
また、マクシミリアンがレオンの弱点を知ってるとも思えない。婚約破棄にしても、あまり役にたたなそ…….いや、失礼だったな。
エライザは腕を組んで、うーんと唸る。マクシミリアンは変わらずぐずぐずと泣いている。
「僕だって……レオンの兄になりたかったわけじゃないし、別に王になりたいわけでもない」
「うん」
「むしろ王族の血なんか要らないんだ、僕は。僕は街のお花屋さんになりたい」
「……へえ」
「だって人間は嘘つきだし、綺麗じゃないし。お花は優しい」
マクシミリアンは足元の赤い花をそっと撫でた。
ちょっと萎れているので、マクシミリアンは小さく目を瞑って、呪文を唱える。すると、マクシミリアンの小さな手からじょろろ、と綺麗な水が溢れた。エライザは感動して目を輝かせてしまった。
「すげー! なんだそれ、魔法か?」
「あ、うん。普通の魔法だけど……萎れてたから」
マクシミリアンは「?」と首を傾げる。そうだった、この世界じゃ普通の光景だ。むしろ使えない方が不自然だった。ただ、この世界に来て初めて見た魔法に思いもよらず感動してしまった。
エライザはごくり、と唾を飲み込んだ。そのままキラキラした目で話しかける。
「………お前さ、すげーし、優しいんだな。死ぬのはもったいねえよ」
「やっぱり死ぬんだ、僕……」
「あ、いや、そういうんじゃなくて、言葉のあやっていうか」
エライザはあたふたして、落ち込むマクシミリアンの手を取った。
「なあ! 追放されたあとの準備しとこうぜ、一緒に!」
「……え?」
マクシミリアンは、意味がわからない、とばかりに身をよじる。眉間のシワはすごく寄って、引きっつっている。
「追放されたとしてさ、まあされなくても。お花屋さんになる準備しとけば気が楽だろ? お前ならできるって」
仮にレオンとエライザの婚約がうまくいってもいかなくても、レオンという存在がいる限りマクシミリアンの安寧の地はこの邸宅にはない。
だとしたら自ら退いて街で暮らす心づもりでいればいいのではないかーーーーという提案だった。
マクシミリアンはごくり、と唾を飲み込む。エライザの意図することは理解したらしい。
「………僕がお花屋さんになるのは、いいとして………なんでエライザと一緒なの」
なんだこのクソガキッ…………。
と言いたくなるのをごくりと飲み込んだ。
マクシミリアンの疑問はまあ、わかるからだ。エライザはこの件には全く関係ないのだから。
ただ、エライザとしても追放されたあとの保身を考えていたわけで。
「………まあ、お………私も、この屋敷を追い出されるかもしれないから」
これは嘘じゃない。
魔力がなくなって、本当なら即追放だったのだ。レオンの気まぐれで婚約者として残っているけど、いつ追放されるかわからない。それに、3年後のゲームスタートからは追放はもう時間の問題だ。
マクシミリアンは心配そうにエライザを見つめる。少し涙目にすらなっていた。ただ、なんで、と聞くのはためらっているようだ。
エライザはわざとらしく、しょんぼりとした表情でマクシミリアンの手を握る。
「………私は、この家に居れなくなったらどうしようって、毎日考えてる………。心配なんだ、マクシミリアン。この不安をわかってくれるのは、お前だけだよ」
ーーーーなぁ、この屋敷から追い出された後のこと、一緒に考えようぜ




