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POKER  作者: 朝倉 ぷらす
5/5

Flop - Bet -



 初めに口紅の付いた場末のBarのショップカードが、あの街(丶丶丶)の裏通りの目立つ壁の割れ目に差し込まれた。続いてストリートで流行のブランドCrow(n)(王冠を被った八咫烏)のステッカーがその近くに貼られ、そこに煙草(わかば)が押し付けられたのか、その吸い殻が下に転がっていた。

 遅れて楽園(ホテル)のメッセージカードが添えられ、最後に白墨(チョーク)で狂信的な印章(マーク)が目立たない下の方に描かれた。


 それから2週間ほど経って、5人はあの街(丶丶丶)の場末の地下階にあるオープン目前の上海料理店に集められた。



   ♛♕♛ ♕♛♕



「はぁ~い。」


 髪の毛を、肩口で怜悧に切り揃えた好い女がいた。スパンコールが煩い安物のドレス――丈の短いギャザー(扇情的なスカート)をヒラヒラと遊ばせながら、シックな色合い(カラーリング)でバランスを取ったノーブランド品――で身を包み、安い大粒の装飾品(アクセサリー)で飾り、CHANEL(シャネル)香水(N°5)を纏った、死の瞳を持つ無敵の女王がいた。

 ホールの中央、開いた空間に置かれた丸い机の女王(Queen)のカードが立てられた席に着いて、右手のグラスの赤ワインを通って揺れる照明の光で、妖しく誘っているかのようだ。


「……んん。やはりアミさんの飼い主(ボス)が、主催したンじゃないかい?」


 若頭(鷹藤)は広いとも狭いとも言えないホールを見回してから歩を進め、立並ぶ給仕の質の低さに目を細め、バイトだろうと当たりを付ける。そしてVERSACE(ヴェルサーチ)のコートを畳んで(King)のカードが立てられた席にかけながら、黒髪の女が否定するであろう先の問いを投げた。


「まさか。――せっかくの懇親会(パーティ)なら煩わしいアレコレが始まる前に、ひとりで思いっきり我が儘を言う方がお得だと思わない?」


 あまりに真っ当で女性らしい回答(冗談)に、若頭(鷹藤)も破顔して「間違いない。」と緊張を解いて給仕に酒の種類を訊ね始める。結局、青島ビールや紹興酒だと言われた酒に「それで良い。」と告げて手を二、三度振った。


「なンだ、後ろのバーカン(バーカウンター)で酒とツマミは用意する店か。」

「そうみたい。前には舞台(ステージ)もあるわ。何が始まるのかしらね?」


 と、ワインの残りをひと息に(あお)って上機嫌に、無敵の女王は唇を濡らして微笑む。ベッタリと#444(ガブリエル)の口紅の跡をグラスの縁に残して。

 その姿が、あまりに無防備に扇情的に見えたのか、若頭(鷹藤)は柄にもない言葉を漏らしてしまう。


「次、何か頼むかい?」

「あら、優しいのね。……酔わせてどうするつもりかしら。」

「……狼を口説く羊ほど愚かでも、正体を失うほどウォッカを飲んでもなかったことを、いつか後悔するとアミさんは思うかい?」

「ふふ。嵐の夜ならどうだったかしら。」

「いつになく熱いなァ。――テンペストか。それとも秘密の友達になろう、なんて俺を誘うかい?」

「――残念ね。わたしもう、"もっとステキな人と出会いたいなんて思ってないの"。」

「だろうなァ。」


 ひと(しき)り男女は小さく笑い合う。


「高ぇ女だ。」

「あら、そうでもなくってよ。」


 香水(Eros)香水(N°5)の香りだけが交じり合う場で女は(おど)けるように、もしくは酒精(エタノール)に浮かれたように形の良い唇を歪めて言葉を紡ぐ。


「場末のマティーニで十分。……でもね。とびきりに辛くて(ドライな)、焼けるほど熱い王さまを頂戴?」

「――高ぇ女だ。」

「意気地なし。」

「構やしねぇ。」


 心地良い掛け合いに、バーカンで酒を作る音だけがBGMであればどれほど穏やかに楽しめただろうか。三人目の靴音が響いて、男女の語らいは止まった。


「――皆さん……は、お揃いじゃないみたいだ。」


 民族衣装に着想を得たような意匠(デザイン)の自然派素材で作られた服で中性的に見える男、室谷(むろや)がコートを脱げば、スズランの押し付けがましい香りが広がる。そして、そのコートを給仕(バイト)に預けようとして、(アミ)を見て手を止めた。


「あれ、貴女は……そのHERMES(コート)を預けないのです?」

「ええ。危機管理(ボディーチェック)が甘かったから、かしら。もっと奥まで手を入れて構わないと、言ったのだけれど。」

「それに、若頭(鷹藤)さんも背中にかけちゃって……ここ、そんなに物騒な現場になるのかなァ。」

素人(トーシロ)だよ。」

 

 若頭(鷹藤)給仕(バイト)の方に顎をしゃくり、コート(VERSACE)の扱いへの懸念を示す。


「なるほど。じゃあボクも、止めようかなァ。……これも、何かの思し召し、かな。」

「そう。……あなたも、なにか飲む?」

「下戸なので。」

「うそつき。」


 狂信者(室谷)は言いながら、T(10)の席に着いた。特に上に羽織ったものを脱いだりせず、テーブルに肘をついて手を組み、顎を乗せて(アミ)の質問に答えた。


「酒乱は下戸じゃないと?」

「――それで、あのとき。見境が無かったのね。」

「恥ずかしながら。」


 真っ赤な過去話だった。


「それなら仕方ないわ。――ねえ、ノンアルのカクテルは無いの?」


 (アミ)は朗らかに給仕(バイト)に訊ねるが、雰囲気たっぷりな三人に気圧された給仕(バイト)は数舜、対応が遅れる。まるで(アミ)に見つめられて、見惚れてしまったかのようにも見えた。

 その隙を(アミ)は見逃さない。


「――わたし、キレイ?」

「え!? あ、はいっ!」

「ありがとう。」

「――すみません。今、メニューをお持ちします。」


 狂信者(室谷)はメニューを取りに行った給仕(バイト)のひとりに視線を遣りながら、貼り付けたような笑みを浮かべる。


「優しんだァ。」

「知らなかった?」

「もちろん、」


 結論は言わず、ニタニタと気持ち悪い笑顔を貼り付け続ける狂信者(室谷)を、(アミ)は机に身を乗り出してしばし真っ直ぐ見つめた。もしくは、豊満な胸の膨らみが重くて(テーブル)に置きたかったのかもしれない。


「何ですかァ?」

「いいえ? どうして、"皆さんお揃いで"なんて言おうと思ったのかしら、って。」

「――ああ、それ。若頭(鷹藤)さんのトコの車と、狂犬(高坂)クンのトコのバイクがあったから。」

「そう。」


 ここで帰ってきた給仕(バイト)からメニューを受け取って、ついでだからと(アミ)次のお酒(シェリー)を注文した。


「そういえば、気になっていたのだけれど。」

「なンだ?」


 (アミ)若頭(鷹藤)の方を向いて訊ねる。


若頭(あなた)狂信者(この人)と仕事で関わること、あるの?」

「ないなァ。……そもそも狂信者(室谷)さんはカタギ(丶丶丶)だろ?」

「え?」

「ああ、ボクたちはカタギだねェ。――驚くことかナ? アミさんもカタギじゃないか。」


 狂信者(室谷)が小首をかしげれば、色素の薄い髪の毛(ボブカット)がサラサラと零れた。


「わたしはそうよ?」

「つまりボクもさ。」

「ふぅん。」


 そこまですっとぼけて見せて(丶丶丶丶丶丶丶丶丶)(アミ)若頭(鷹藤)への流し目に意図を忍ばせた。客層が分かれているのなら、かつて出会うハズの無かった人物がいたとでも言いたげな視線だった。


 けれども。


 若頭(鷹藤)はその視線を、馬鹿正直に信じない。女という生き物はいつだって場を掻き回す。質の悪い無敵の女王は、高みの見物で薄く笑うだろう。その酷薄の、愉悦に歪んた唇が見えるかのようだ。


 悲しいかな、若頭(鷹藤)算盤(ソロバン)を弾く性格(タイプ)ではなかった。


「……。」


 ゆえに、この場面で沈黙を貫いた。

 しかし、その沈黙を破る男がいた。


「なンだ――おしゃべりは終わりか?」


 Crow(n)(半グレ)狂犬(高坂)だった。


 声が聞こえてきた後に存在感を増すCHROME(クロム) HEARTS(ハーツ)のジャラジャラと煩いアクセサリーの音にDr.Martens(マーチン)のブーツの音が重なる。DOLCE(ドル)GABBANA(ガバ)の派手な服をCrow(n)(クラウン)の上着で隠した狂犬(高坂)は、いつの間にか階段近くのバーカウンター(バーカン)にいて、半分空いたJack Daniel'sのNo.27(ゴールド)を持ち出して呷った。


 この場において、(アミ)を一番殺したいと思っている男だ。


「あら、良いもの持っているじゃない。わたしにも頂戴。」

「うるせぇよブス。」


 嗤いながら、狂犬(高坂)はテーブルへと歩く。すでに(アミ)狂犬(高坂)を無視し、小首を傾げて若頭(鷹藤)を見ていた。


「……? ねえ、若頭(鷹藤)さん。」

「なンだ?」

「わたし、そんなに長く話していたかしら?」

「……まァ、おしゃべりは短かったな。」

「でしょう? 今日はスカートも短いの。」


 (アミ)の視線は、昆虫の交尾を初めて見た耳年増に似ていた。


「ビッチが。」


 狂犬(高坂)の吐き捨てるような言葉に、無敵の女王は心底不思議そうな表情で答える。


狂犬(あなた)鉄の女(サッチャー)にも同じことを言いそうね。知らないの? それが女の名前よ?」

「は?」

「ハムレットくらい読みなさい。」

「ちっ、ビッチなら泡風呂にでも沈んどけ。」

「……なんだ。知っているじゃない。」

「は?」

「それでも、わたしはね? 世間知らずのお坊ちゃんの願いは踏み躙られてしまうだろう皮肉が、最初から明示されていたとする解釈が、好みなの。」


 このとき、テーブルまで歩を進めていたCrow(n)(半グレ)狂犬(高坂)No.2(殺し屋)(アミ)との距離は僅かであった。


「口説くなら、もう少しマシな言葉を選びなさいね?」


 ゆえに(アミ)はワイングラスを差し出して、溢れるまでJack Daniel'sのNo.27(ゴールド)注がせた。実際には(アミ)が無言で視線を投げる時間が数秒ほどあって、ある種の根負けのような形で狂犬(高坂)は酒瓶を逆さまに突っ込んだ。ウイスキーが(アミ)の手を濡らして肘まで伝う頃には、No.27(ゴールド)は残り6分の1もなかった。


「それとも、それ以外に自慰(オナニー)の仕方を知らないのなら、あとで教えてあげようか?」

「はっ。スケベそうな女が本当にエロくてもクソつまんねぇだろBBA(ババア)。」

「強がり言って。」


 狂犬(高坂)は、残ったNo.27(ゴールド)をひと息に飲み干して、(アミ)が口に付ける前に、その手のワイングラスを奪う。意外と紳士的な手つきに(アミ)は感心して、されるがままにグラスを手放して、指に残った黄金色の雫を舐めとった。


「俺はHERMES(エルメス)を着てCHANELの香り(シャネル)を纏った女の言葉は信じねェんだ。」

HERMES(エルメス)のマネキンでもないのに、中身はすべて同じみたいなことを言うのね。CHANEL(シャネル)だって最後に纏う一枚に過ぎないのに、火照るまで温める気が無いことの言い訳かしら?」

「そんなに誘われてェのかよ。必死かよ。」


 騎士(Jack)の席に手をかけながら、狂犬(高坂)は憎まれ口を叩く。


「そうよ? だって(ビッチ)だもの。」


 それは鮮やかな返答だった。あまりに腑に落ちて、狂犬(高坂)も笑いを堪えられなかった。その直後、最後の招待客が階段を下る音が聞こえた。


「おや、やはり私が最後になりましたか。」


 コートまでお仕着せで身を固めた楽園(ホテル)のクレーム対応総責任者、副支配人(西城)だった。地元の仕立て屋(テーラー)と靴屋にオーダーした衣装はさり気なく品位が高く、ベストにかかるチェーンを辿った先、手に収まる懐中(A. Lange )時計(& Söhne)フタ(ハンターケース)を閉じる姿が様になる。Ferragamo(フェラガモ)香水(F)を纏った中年(ミドルエイジ)の色男。


「本日、晴れてご結婚なされた若い二人の門出を見送ってきたところです。何卒ご容赦を。」

「ステキな話ね。」

「ええ、それはそれは素晴らしいものでした。」


 副支配人(西城)は後を任せて来る直前の、チャペルでの一幕を思い出していた。参加者が皆、幸せを祝う光景。


「――君。そう、そう君。シャンパンはありますか? それと皆さんに灰皿をください。」


 光景の余韻に、副支配人(西城)は祝い酒を求めた。

 (アミ)のシェリー、狂信者(室谷)のノンアルカクテル、若頭(鷹藤)の青島ビールと紹興酒を運ぶ給仕(バイト)と入れ替わりでバーカウンター(バーカン)に入った別の給仕(バイト)がタワー型のワインセラーから一本取りだして、軽快に栓を抜く。


 ややあって、席に着いた各々の前にそれぞれの酒が置かれた。


「乾杯でもしますかァ??」


 狂信者(室谷)の冗談に狂犬(高坂)若頭(鷹藤)は鼻で笑った。副支配人(西城)は乗り気そうに見えて(アミ)は肩を竦めて拒絶の意思を伝える。


 ひと時の船頭になった狂信者(室谷)は思案気に、そして厭らしい笑みを顔に貼り付けて、次の質問を投げかけた。


「――じゃあ、何のために集められたんですかね?」


 その言葉に、円卓に着いた男たちは一斉に(アミ)を見た。


「……さぁ? わたしは知らないわ。」


 しかし(アミ)にべ(丶丶)もない。

 ただ、円卓の中央に置かれた固定電話を指して微笑んだ。



「けれど、これは何か意味がありそう、でしょう?」









~to be continued~


【Q5】アミがCHANEL(シャネル)#444(ガブリエル)を口紅として選ぶことが多いのは、なぜか?


そしてごめんなさい。ここで一旦、中~長期的な更新停止になります。プロットはあるのですが、お洒落で格好いい文章を書くために時間がかかってしまうからです。気長にお待ちください。

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Butterfly Clips:
- 耳許で聞いた蝶の羽ばたきは、バタバタと醜かった -

NO. 2
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Cigarette Case


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― 新着の感想 ―
[良い点] サッチャーにマリリンモンロー! ええ女リスペクトだから!? Do you not know I'm a woman? When l think I must speak.的な!? [一言]…
[気になる点] 5話でフロップ、ベットじゃまだまだ掛かるわ! オールインするのは誰かにゃー? クライマックスタイトルがショウダウンになるのは確定的に明らかでわたくしの好みですから早く書くのですわ!…
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