Preflop - Under The Gun -
そこに配られたカードがあるだろう? な? あるよな?
あると言え!
……そうだ。それでいい。あるんだ。そこにカードが。
それをめくると、どうなる? そう……それをめくると、どうなると思う?
……めくるとどうなると聞いているんだ!!
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拝啓
ご機嫌麗しゅう犯罪者諸君。社会の肥溜
めに混ざる雑多なクソに群がる、ウジ虫の
ような貴殿らが健勝たる不幸をお悔やみ申
し上げる。
さて、このたびは私、アオイトミノリが
主催する懇親会に貴殿らを招待するべく、
参加証を送付した。会場と日時は追って連
絡する。
当日は、参加証を持参の上、誘い合わせ
ることなく会場までご足労いただきたい。
それまでは、貴殿らが死んでいないこと
を願う。
敬具
アオイトミノリ
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「……ねえ、招待状どうする?」
気だるげに上体をソファーに預けた全裸の地味な美女が、同じ顔の全裸の地味な美女を逆さまに見ながら封筒を指に挟んで差し出した。首にタオルをかけた全裸の美女、葵は差出された招待状とQとAのカードには心底興味がないとばかりに一瞥して鼻を鳴らす。見慣れた美しい裸体には目もくれないで。
「どうするもこうするも、必要経費でしょう?」
「……行かなきゃダメ?」
「ダメ。」
「本当に面倒だわぁ。」
葵のにべもない返答に穂は溜息をもらす。
悩まし気に。
それでも身体を預けたソファーの背もたれのその先の、葵に向かって伸ばした腕を戻す様子は見られない。
上体から零れた豊満な胸の間に留まる汗の粒は流れずに震え、そして僅かな力の作用がその行く末を決定するカオスのように、ある粒は首筋に伝い、ある粒は薄く割れた腹筋に沿って落ちた。
結局、根負けした葵は穂から封筒を受け取ってしまい、すでに知ったる中身を検める。招待状と参加証などと思われるカード。
対して穂は満足な様子で妖艶に微笑む。勝った、とでも言うように。
「誰がどこまで把握していて、わたし達を挑発しているのか、それが判らないと満足に寝ることもできないじゃない。」
「慎重には慎重を重ねて、」
「そして大胆にふしだらに、ね。」
「確かに、ある日突然ずた袋を被せられて、そのまま行方不明。なんて嫌。」
「だから、まだ舐められている間に、終わらせるのよ。」
満足げな穂に、葵は昼の仕事のストレスのほどを慮る。
「これ、内容の稚拙さに対して、メッセージが巧妙なのよね。」
「親の陰が見える自由研究じゃないんだから、って思うけど。」
「本当にそう。でも差出人は気づいているかしら?」
「だから仮に、悪戯を思い付いた間抜けが判っても、誰の入れ知恵かまでは判らない。」
「トランプのカードまで付けちゃって。JOKER気取りで鼻に付くわ。」
「本当にそう。」
「……ねえ、これわたし達だけを誘き出す罠、ということはないのよね?」
「それならあの街で張っていたら良いじゃない。」
「そうね。」
バスローブを羽織った葵は、穂に無言でソファーを詰めるような視線を投げて、空いたスペースに沈む。招待状をぞんざいにローテーブルに投げ、そこにあった甘い白ワインのグラスを二つ取って、片方を穂に手渡した。
「かんぱ~い。」
グラスとグラスがぶつかる。
「パルミジャーノ・レジャーノのスライスとシャインマスカット……んー、美味しい。」
「それ、どっちも見切り品で安かったの。」
「あら素敵。」
「でしょう?」
「身体にワインが馴染むわぁ。」
「心には笑いが必要ね。」
女たちはしばらく当て所ない話題で盛り上がる。
「それで。今日、何があったの?」
「聞いて! ランチミーティングって、何だったと思う?」
「スケジュールに入ってたアレ? ……興味なくて見てなかったけど、そんなに酷かった?」
「お客さまと打ち合わせって……弊社の女子を集めた接待。もうウンザリ。」
「わぁ……。バブル時代じゃないんだから。」
「でも……んっ、ワインおいしー。先方が海外だと、まあ。」
「サイアク。」
「相手の文化に乗っかっているだけでもう、下僕になっているようなものじゃない。そんなこともわからない弊社で、本当に涙が止まらないわ。」
「しかも、裏で泣いて隠すから、上のおバカさんたちは知らないなんて、ヒドい皮肉だわ。」
「本当にそう。」
そして思い出したように招待状に目をくれて、話を戻した。
「で、この下品な挑発に乗るとして、誰だと思う?」
「わざわざ犯罪者諸君なんて白々しいこと書いて送った方?」
「そっちのことを訊くと思う?」
「まさか。」
「でもそうね。この招待状の差出人の方も割り出さないと。」
「それに懇親会なら他の招待客も知っておかないと。」
「きっと、わたし達みたいなのばかり集めた面倒な円卓になるのかしら?」
「ばか。」
「でも、朝霧組の若頭、Crow(N)の狂犬、楽園のクレーム担当、他にも色々……誰が差し出したのかしら?」
「少なくとも、あの鷹藤さんが主宰するには、」
「ダサすぎる?」
クスクスと女たちが男たちの悪口を酒の肴にした。
「……ええ、それはさておき、」
「色々とやることが多いわね。」
「張り込みに目眩まし、囮になる噂も流さないといけないし。」
「それでも。」
あの街で生きていくために無視ができない招待であった。
何も、招待主が二人が設定する架空の人物「アオイトミノリ」だったからではない。その程度の挑発なら、今までに何度もあった。招待状が渡された手段も、二人が懇意にするバーの主人を通すという一般的なもの。お得意さま御用達の、飛ばしのスマホに連絡する方法でもない。
「焦らして、焦らして焦らして焦らして焦らしてから乗ってあげましょうか。」
「ええ、そうしましょう。」
「まあ、それはともかく。穂もお風呂、入っちゃいなさい。冷めないうちに。」
言いながら、葵は穂と唇を重ねた。
しかし二人とも、数秒後には何事も無かったかのように唇の水音だけ残して離れる。
「……ええ、温めてしまわないうちにね。」
「ばか。」
~to be continued~
【Q3】なぜ、葵と穂はJOKERの誘いに乗ったか。(ヒント:葵と穂を指すカードがQueenであると思った理由は?)