恋は
三題噺もどき―にひゃくにじゅういち。
「私はあの方を愛しているのです」
「それなのに、あの方は」
「あの方は」
:
某月某日。
ある人間が、意識不明の重体で病院に運ばれた。一命はとりとめたものの、若干の後遺症を残し、未だ入院している。
その人間が言うには、事の発端は痴情のもつれだという。
その話を聞きながら、恋は盲目とはよく言ったものだと思ったりしたのは、不謹慎にも程があるだろうか。
「……」
その痴情のもつれというものが、聞く限りによるとかなり一方的なものだから、なおのこと。恋は盲目……と思ってしまうのだ。
進むべき道を、見失わせるほどに、その恋は、それを盲目にしたらしい。他人に害をなし、道を外す事にもいとわなくなってしまうまでに、盲目的に恋を。したようだ。
「……」
一方的に。
熱烈に。
異様なほどに。
盲目的に。
その感情を。
「……」
運び込まれた人間の話はこうだ。
―つまりは、付きまとい行為に遭っていて。全く知らない、その人間に。恐れおののく日々を送っていた。それでも、まだ遠くから視線を感じる程度で。その程度だったから、あまり大事にはしたくないと思い、勘違いだと言い聞かせていた。しかし、某日。いきなり、家の玄関に現れたのだと。小さなチャイムが鳴り、不用心にもその扉を開き。すれば、その付きまとう人間が居て。なんだか、よくわからないいわれもないようなことをまくしたてられ。気づけば、腹部に痛みが走って。それで、それをたまたま他の住人が見つけ、病院に送られたのだと。気づけば病院の天井が見えたらしい。
「……」
ちなみに、その付きまとい人間は、その時に抑えられている。
報告をした住人曰く、包丁を手にしているくせに、なんでだのどうしてだの止まらないだの、何やら心配しているような声色で、慌てふためいていたという。自分でしたくせに。
「……」
―私はあの方を愛していました。あの方も私を愛していました。それなのにあの方は。それなのに。私以外の人間と話をし、楽し気に笑い。戯れていたのです。それがとてもとても許せなくて。私という人間が居ながら、そんなことをするあの方が許せなくなってしまって。愛しているのに。愛し合っているのに。
「……」
そんなことを、恍惚とした表情でのたまうあの人間は、果たして人と言えるのだろうかとふと思う。
あれはもう、人の皮を被ったバケモノなのではないかと思わなくもないのだ。
そうでなければ、こんな状態の部屋で。寝室で、寝て起きてなんてできるものか。
「……」
あぁ、状況説明がとてつもなく遅れた。
現在は、付きまとい人間の、家にお邪魔しているのだ。
いろいろとまぁ、入用なもので。
ただの広いだけの一室だ。
「……」
玄関は普通。
そこから続く、リビングもこれと言って異様さはない。
「……」
ただ一か所。
「……」
その人間が、使っていたであろうベットの置かれた部屋。
とてもシンプルなベッドのある部屋。
寝室。
「……」
その壁一面。
「……」
顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。顔。
「……」
――顔。
「……」
ずらりと、大小さまざまな顔―写真が並んでいた。
どれも、運び込まれた人間の顔。そのどれもが、明らかに望まれた写真ではない。隠れて撮ったものたちだ。
「……」
恋は盲目とは。
よく言ったものだ。
こうも人を狂わせる。
お題:盲目・寝室・意識不明