砂のように消えたい
「やめたいですよ。こんな死に方なら。だってこれのどこが安楽死なんですか!!」
──決めた。俺も執行者を辞める。ガスの出るボタンを押すくらいならと思っていたが、こんな人殺しやってられるか!
「よし。逃げよう」
「・・・え?」
「一緒に逃げるんだよ。あ、一緒じゃなくても良いけどさ」
「でも、ボーナスが──」
「んなもんいるか! この状況から逃げ出せるなら喜んで捨てるわ!」
「い、1千万ですよ!?」
「う、うるせえな! 確かに1千万はほしいよ! 100万でもな!だけど俺には無理だ」
刀をふるだけでも、引き金を引くだけでも、爆弾を投げるだけでも。人を、それも子供を殺すなんてやってられるか!
それよりかこんな物を用意できるヤツが怖い。安楽死ボタンの管理人?運営?は何者だ。きっとそいつらなら俺たちも今すぐ殺せるんだろう。余計にこんな恐ろしいアプリに関わりたくない。
「あなたが執行者で良かったです」
「は、はあ」
「今更になって生きたいと思えてきました」
「俺だって死にたくなる日はある。もしそんなボタンがあったら、つい押したくなるよな」
「でも、逃げられますかね」
「とりあえず残り20時間弱は大丈夫だ。俺が執行者だからな」
問題はその後。安楽死ボタンのルールだと、俺が執行に失敗したら俺の安楽死ボタンが作動する。そして執行者が新たに決まる。もしそいつを説得できればもう1日逃げられるか。
そう。理想はそうやってどんどん逃げる仲間を増やしていけば・・・安楽死ボタンから逃げられるんじゃないか?
「なんだか急に頼りがいがありますね」
「そ、そうか?」
そっちこそ急に子供になりすぎだ。確かに子供だけど。ちょっとは俺の足りない頭を助けてやってくれ。
「そういえばお兄さん名前は?」
とりあえず今日、というか制限時間が過ぎるまではここに居れば良いか?俺の家に行くのはちょっとな。彼女はどうせ、居場所がないんだろうし。
「お兄さん?」
「なんだ?」
「......いや、なんでもない。てか眠いから寝るね」
すごい自由人だな最近の・・・って、俺も老害だな。こんな言葉は言いたくない。
「じゃあ俺は向こうの部屋に戻るよ」
「うん。分かった」
スライド式の扉はぱっと見は分からない。どういう意図で作ったのか知らないがカモフラージュになる。もし別の執行者が来た時、俺がこっちの部屋で待ち伏せていれば不意を打てる。
「なんで日本刀を持って行くの?」
「護身用だよ。もしものための」
「私を殺すの?」
「まさか。300万は安すぎる」
「お兄さんお金持ちなんだ」
「・・・おやすみ」
「おやすみ~」
出会ったばかりなら最後の言葉は皮肉に聞こえた。今だって確かに出会ったばかりだが、なんとなく彼女のことが分かって来た。つもり。
あの子は純粋。天然。素直。だから生き辛いんだろうな。俺みたいなのと打ち解けられそうなのは、結局俺もそういう人間なんだろう。
消えたいって願ったことはあった。今でもある。ボタンを押したら、風に飛ばされる砂のように消えられたら良いなって。もし俺が10代で安楽死ボタンと出会っていたら、あっちの部屋で寝ていたかもしれない。
・・・いや、俺なら今頃爆弾を投げられて死んでいるか。