ターゲット
●安楽死ボタンの執行者に選ばれた者は、ウーバーイーツで安楽死に必要な道具が配達される
俺に届いたのは蛍光灯を反射する銀色のコートと鍵。そしてスマホには通知が届いた。もちろん例のアプリからだ。
早速安楽死ボタンを開くと、マップと共に「ターゲットはここ」という文言。そして23時間54分という数字。その数字は今も減っていく。
これだけ見れば分かる。俺は、執行者に選ばれてしまったんだ。
***2.ターゲット***
届いた銀色のコートを着てみたら、鏡の中の俺は消えた。いや、手に持っているスマホだけは鏡に映ったまま。そう、これはいわゆる透明マントだ。つまり、これのおかげで完全犯罪ができるのか。
いや、そもそも執行者として安楽死を執行したら、それは罪なのか? 殺人なのか?
未だそういう報道は見ない。相変わらず電車は止まるし、なんなら飛び降りとか増えた気がする。そういえば最近行方不明者も増えているようだ。安楽死ボタンが関係しているのかは分からないが。
────Googleマップに案内されるがまま、目的地にたどり着いた。錆びたフェンスに囲まれる工場? 倉庫?のような建物。とはいえフェンス同様、すでに役目を終えたんだろう。
今回安楽死ボタンを押した人は、人目につかない場所を選んだってことか。
俺自身はやけに冷静だ。派遣された従業員のように工場周辺をぷらつけるんだからな。だがそれには理由がある。俺はまだ、この安楽死ボタンを信じちゃいない。
確かに透明マントはびっくりだ。だけど本当にこれから人を殺すことになるのか? なんも凶器もないんだぞ? それに安楽死だろう?血を見るようなこともない。ただ薬を飲ませるとか、ガスが出るボタンを押すとか、その程度のことなら・・・もちろんそれは最悪の場合だけど。
周りを歩いているとやけに真新しい扉があった。錆なんて知らないアルミが輝いている。カードキーで開きそうなそんな扉だが、鍵穴がある。思い当たる鍵を手に、そこに差し込んだ。
あっさり開いた扉は無抵抗で俺を受け入れた。
バカ広い屋内を想像していたのにそこはワンルーム。家賃4万円の俺の家みたいだった。そこにいたのは1人の制服を着たままの女性。高校生。
「意外と普通の人が来るんですね」
コートを脱いだ俺を見た彼女は、座ったままスマホをいじる。タイムリミットは残り23時間28分。
安楽死ボタン、自分なら押すか押さないか。まだ決められません・・・