06:迫るヴィタリスの毒牙! 狙われる王子
部屋に戻ると、そこにいるはずだったお父様も、お医者様も誰もおらず、部屋は無人になっていた。
ちょっとぉ、駄目じゃないの。
わたしをこんな無防備に寝かせたりして。
と、お父様に対する文句が浮かんだけど、お父様は知らないのだった。
自分の娘が命を狙われている、ということを。
いそいそとベッドに駆け寄り天蓋の中に頭を入れる。
だけど、目を覚ましたと聞かされていたわたしの身体は、さっき部屋を出たときと同じように眠ったままだった。
……大丈夫。ちゃんと息はしてる。
そっと口元に手をやり、寝ている自分の呼吸を確認したわたしは、それでようやく胸を撫でおろした。
もしかしたら、アシュリーとして目覚めたリカルド様と対面することになるのでは? などと想像をたくましくしてたのだけれど、とんだ拍子抜けだった。
「あら。まだ、お休みでしたか? どうも、情報が誤っていたようですわね」
いけしゃあしゃあと言ってのけるヴィタリスは、部屋のドアに寄りかかって腕組みをしていた。
それは、わたし……いいえ、リカルド様をここから出さないという意思表示かしら?
それとも、またそうやって豊満な胸をアピールして王子を誘惑しようとしているの?
わたしは反射的にベッドの上で眠る自分の身体に目をやり見比べてしまう。
「…………」
……だ、大丈夫よ。
これは仰向けで寝ているから起伏が目立たなくなっているだけだわ。
ガチャリと音がした。
そちらに顔を向けると、開いたドアの隙間に向かってヴィタリスが何やらヒソヒソと言葉を交わしていた。
何を言っているのかはよく聞こえないけど、どうも部屋の中に入って来ようとする男たちを追い返そうとしているように見える。
二人組の男の後ろには、チラリと医者の姿も見えた。
ははーん。
わたしはピンときた。
計画の中止を伝えてるのね。
わたしを毒殺しようとしてたのはメフィメレス家だったんだわ。
無実の罪を着せた手前、万一わたしが騒ぎだしたら都合が悪いとか、そういうこと?
どうやらリカルド様の姿を借りてタッサ王の前で直談判した甲斐はあったらしい。
王子にあんなことを言われた後でアシュリーが死んだら、単なる自殺じゃ片付かないだろうしね。
ルギスが計画の変更を伝えるために、娘のヴィタリスを遣いにやったんだ。
「人払いをしましたから。しばらくここには誰も入ってきませんわ」
男たちを追い返してドアを閉じると、ヴィタリスがわたしに近づいてきた。
妙に艶めかしく腰をくねらせながら。
自分の肉体が男性にどのように見えるのか、十分熟知してましてよ、とでも言いたげな、自信にみなぎった表情。
だけど、おあいにく様。
女のわたしには通じませんよ?
それに、リカルド様だって、こんな女に騙されたり……するもんですか……。
負けん気を出して、心の中でそう強く念じてみたけど、途中で少し不安になった。
さっきの客間でヴィタリスが言っていた、先日の続き、という言葉が気になる。
一体、リカルド様に何をしたのよ?
な、何を、どこまで……!?
自分の頭の中で考えたその妄想のせいでわたしは慌てる。
先日二人が何をしたのかは、これから行われるその続きとやらでハッキリしてしまうのだと分かった。
すぐ側まで近づいたヴィタリスは、わたしの手を取り自分の胸元へと誘った。
わたしの、じゃないわ。
これはリカルド様の手だ。
……駄目。リカルド様にそんなことしないで!
振り払えばいいだけなのに、そのときのわたしは、そんな簡単なことも頭に浮かばず、心の中でやめてやめてと繰り返すだけ。
身体を強張らせてヴィタリスのなすがままにされていた。
あれ?
なんで?
顔が……、身体が熱い。
心臓が、バクバク言ってる。
リカルド様の心臓の音が……。
わたしじゃなくて、リカルド様の身体が反応してるってこと?
「こ、こんなところで……」
リカルド様の手がヴィタリスの胸に触れようとする──その直前、なんとかわたしは喉から声を絞り出した。
本当は、場所の問題じゃないんだけど……。
いくら人払いをしたと言っても、ここは多くの人が出入りする王宮の中だ。
ヴィタリスの常識や良識に訴えて……、いや彼女はそんなもの、持ってないのかもしれないけど、リカルド様がそう言って拒めば、ヴィタリスだって無茶はできないんじゃないの?
「フフッ。アシュリー様に見られるかもしれないと思うと興奮しませんか?」
へ、変態だー!
この人、痴女です!
でも、そうか。
なんでこんな場所でって思ったけど、わざとやってるのだとしたら合点がいく。
見つかってもいい、というか、むしろ見つかりたいのかもしれない。
この人、もしかしたら、今ここでわたし(アシュリー)が目を覚ます状況を狙っているのでは?
自分とリカルド様の情事をわたしに目撃させて、わたしとリカルド様の仲を引き裂こうと?
毒殺されるよりは全然マシだけど、なんて卑劣で陰険な!