47:断罪! メフィメレス家の凋落
謁見の間には、先日の婚約破棄騒ぎの熱も冷めやらぬうちに、またも大勢の貴族たちが集められていた。
皆、口々に噂するのはやはり、リカルド王子とメフィメレス家の令嬢ヴィタリスの婚約についてのことだった。
本来、正式な発表まで伏せられているはずのその情報が、すでに皆の知るところとなっているのは、ヴィタリスとメフィメレス家が明に暗にと吹聴して回っていたからだ。
あの悪女アシュリーにたばかられた傷心のリカルド王子を甲斐甲斐しくお慰めするうちに、互いに情を募らせ、というのがその筋書きである。
実際にその作り話を信じている者はいない。
だが、タッサ王にメフィメレス家を重用する素振りがあることは明らかであったし、周囲の者はその潮流に取り残されないようにと、二人の仲を大いに持ち上げ、賛辞を送ってみせた。
なんでも、メフィメレス家は、あのアダナス帝国を打倒するための秘術を完成させており、近いうちに王国の魔法士隊の大幅な強化がなされるらしい。
そんな話も、今や公然と噂されるようになっていた。
メフィメレス家の当主ルギスは、広間中を賑わすその諸侯の反応に満足そうに耳を傾けていた。
王子の元婚約者であるアシュリーの口封じが上手くいかず、焦るようにして事を急いだが、機は十分に熟していたようだ。
自分の娘と王子の恋仲がどうであろうと、それももはや関係がない。
タッサ王はルギスのことを完全に信用しきっており、もったいぶって出してみせた完成品の秘薬を、全く疑いもせず王国全土に配らせている。
あの秘薬の欠陥が明らかになるころには、この国の魔法士隊は取り返しの付かない状況に陥っているはずである。
それに同調してアダナスがオリスルトに攻め入ることも示し合わせてある。
長年の宿敵を滅ぼす莫大な戦果によって、メフィメレス家がアダナスの権力中枢に舞い戻ることは約束されたも同然だった。
広間の騒めきが一際大きくなる。
王と王子、それに本日の主役たるヴィタリスが壇上に姿を現した。
側付きの男が、集められた貴族の紳士淑女に向かって謝辞を述べ始める。
そして、今日この日の本題──リカルド王子とヴィタリスの婚約が高らかに宣言される。
ルギスは満面に喜色を湛えその様子を見守った。
「お待ちください! タッサ王、その婚約はなりません!」
大扉が開かれ、そこから王国騎士団長のミハイルと、彼の部下たちがぞろぞろとなだれ込んできた。
困惑する群衆を押しのけ壇上へと駆け上がる騎士団。
それとは別に、ルギスの背後にも数名の騎士団員が、いつでも彼を取り押さえられる距離に位置取った。
予期していなかった突然の出来事。
だが、ルギスはこのときすでに、自身の天運が尽きたことを半ば諦めの境地で悟っていた。
騎士団長のミハイルが、本来であれば、今この王都にいるはずはなかったのである。
遠く国境付近の廃墟に現地調査と称して出向いていて当面は戻らぬはず。
その彼がここにいるということは、どこかからルギスの企みを察し、王都に身を潜めていたに違いない。
「恐れながらタッサ王。王国騎士団はメフィメレス家の謀を告発しに参りました」
「ぬぅ……。話せ、ミハイルよ」
王は低く唸りながら、玉座に深く掛け直した。
王国騎士団長のミハイルがこれほど急ぎ、事を荒立てて意見をするのであれば、何も聞かず頭ごなしにすることはできない。
そこに並々ならぬ事情があることは、広間に集まった誰もが察するところであった。
だが、その後ミハイルの口から語られた真実は、彼らのそんな想像を遥かに凌ぐ恐るべき国家転覆の陰謀であった。
まず、タッサ王らがその脅威を知り、ルギスに秘密の供与を命じた魔法強化の秘術。それが特別に調合した秘薬を魔法士たちに服用させ、彼らの潜在的な魔力の素質を大幅に底上げするものであることは間違いなかった。
その力によって、二年前の戦争においてオリスルトは大敗北を喫したのだ。
だが、大き過ぎる力には必ず反作用がある。
秘薬を服用した魔法士たちは数度魔法を放っただけで精神に不調をきたすことになった。
個人差はあるものの、十度も魔法を放てば一人たりとも例外なく、言葉も交わせぬほどに意識が薄弱とし、廃人同然となった。
二年前の会戦において、大勝したにも関わらず、アダナスがそれ以上進軍を続けなかったのはそれが理由だった。
事が露見した際、アダナスにおけるメフィメレス家の立場は失墜した。
一家が取り潰しとなる瀬戸際にあって、当主ルギスは一計を案じる。
戦に敗北したオリスルトの者たちは、魔法の威力が強化されたことしか知らず、副作用の件は秘匿されている。そのことを利用し、自ら亡命を装って王国の中枢に入り込み、内部から崩壊せしめてみせるとアダナスの皇帝に進言したのだった。
ミハイルはそれらの事情を説明したあと、証拠として、アダナスの皇帝からルギスに宛てられた手紙や、ルギスの自著による作戦の草案書をタッサ王に提出してみせた。
それはアシュリー嬢に取り憑いたあの鏡の悪魔の助力によって、ルギスの書斎や、果ては、遠くアダナス帝国にある密室に忍び込んで拝借した証拠の数々であった。
タッサ王は全てを聞き終え、幾つかの証拠品を検めた後、ぬぬぬと唸ると、やおら立ち上がりルギスを指差して怒声を上げた。
「ルギスよ、何か申し開きがあるなら申してみよ!」
ルギスは顔を伏せたまま何も返さない。
広間では貴族の女たちが、ご婚約はどうなるの? などと暢気なことを囁き始めている。
「タッサ王。恐れながら、一昨日献上された秘薬こそ、メフィメレス家の企みの動かぬ証拠でございます。ただ今我々騎士団が、秘薬を配られた各地に先回りし──」
「お、お待ちください! タッサ王。これは我がメフィメレス家を貶める陰謀です。全てご説明できます。重大な秘密ですので、今、この場では申せませんが、必ずご納得いただけますから!」
壇上で大声を張り上げ、ミハイルの言葉を遮ったのは、ルギスの娘ヴィタリスだった。
この日のためにあつらえた華美な衣装に身を包んでいる。
今のこの状況においては、その目に痛いほどの派手な衣装が滑稽にすら映った。
「それに……、その、そこのミハイルという男、その男には嫌疑がございます。ああ、そうです! わたくし、この男に先日辱めを受けたのです。記憶はおぼろげですが、何か薬を嗅がせるかして、私を昏睡させ、私の身体にいたずらしたに違いありません。このような不埒者の言葉など、何一つ信用なりませんよ?
誰か!? 誰かいませんか!? 小部屋で寝かされている私を発見して起こした下女がいたはずです。誰か証言して!」
手が付けられないほどの剣幕で喚き立てるヴィタリスの姿に、皆が顔を背けた。
どう考えても趨勢は決しているのだ。
凋落が決まっているメフィメレス家の娘に味方する者など誰もいない。
救いを求めて視線をさまよわせるヴィタリスが、群衆の後ろからおずおずと進み出る一人の女を見つけた。
助けを得たりと感じたヴィタリスが大袈裟な素振りで女を手招いた。
「お、恐れながら申し上げます。私は確かに見ておりました。あの日、お疲れになってお部屋でお休みになっていたミハイル様のお身体に、ヴィタリス様が覆い被さっておりました。
……逆なのでございます! 無防備なミハイル様に手を掛けた不埒者は、ヴィタリス様です!」
ヴィタリスは気付かなかったのだ。
あの日、寝ている自分を起こした女と、前に進み出た女が別人であることに。
そもそもヴィタリスにとって、王宮の小間使いの女たちなど顔を覚えるにも値しない、道具か何かでしかなかったのだ。
「なっ……、な、何を言うのよ、この女。これも陰謀だわ。嘘です。リカルド様。これも、私を貶める罠です。使用人の女などいくらでも丸め込めるのですから。お助けください、リカルド様。一言、一言わたくしのことを信じると……」
ヴィタリスに言い寄られてもリカルドは顔を背けたままだった。
「王子に触れるな、この悪女め」
ミハイルがヴィタリスの手を取り、リカルドから引き剥がす。
手首を掴み乱暴に振り回されたことで、ヴィタリスは体勢を崩し、壇上でへたり込んだ。
その様子にワッと歓声が沸いた。
貴族の婦女子たちもそうだが、より歓声を大きく上げたのは壁際で静かに控えていた使用人の女たちである。
「その女を早く、王子の目の前からお遠ざけください!」
「リカルド殿下にはもっと相応しいかたがおられます!」
「どうか、アシュリー様との婚約破棄をお取り消しください!」
その他にも、自分は過去にヴィタリスにこんな酷い仕打ちをされた、などと訴える声が混ざる。
それと対比するように、アシュリーにはこのように優しくしてもらえた、だとか、彼女と王子との仲がいかに本物であったかを説く声も。
アシュリーの名を呼ぶ声は次第に増えていき、その場にいた貴族たちを困惑させた。
誰も、あの伯爵令嬢が下の者にこれほど慕われていたことを知らなかったのである。
「アシュリー様……」
「ああ、アシュリー様良かった」
「え!? アシュリー様?」
「どうぞこちらをお通りください」
刺々しい糾弾の声の中に、異なる声音が混じりだす。
狂喜するように、はしゃぎ始めた女たちの方を皆が振り返った。
それまで使用人たちと同じく、広間の隅に隠れるようにして立っていたドレス姿の女性が、使用人たちから手を引かれ、背中を押されるようにして前に進み出る。
それはつい先日、この場所で婚約破棄と謹慎を言い渡された、あのアシュリー嬢であった。
アシュリーと、騎士団の男に引っ立てられるヴィタリスが、広間の中央付近ですれ違う。
ヴィタリスは騎士団の男から頭を押さえ付けられ、床を見つめ、這いずるように歩かされていた。
すれ違いざま、首を横に曲げ、アシュリーのことを恨みがましく睨みつけるヴィタリス。
それに対し、アシュリーは毅然と前を向き、足元の女には見向きもしなかった。
伯爵令嬢アシュリーが見つめる先、そこに立つ壇上の男は──。




