04:リカルド王子の身体でできること?
本当に、なんて一日なの!?
次から次に驚くことばかり……。
わたしがあの身のすくむような婚約破棄の場面を思い出して震えていると、大きな音とともに部屋のドアが開かれた。
顔を上げるとお父様がお医者様を従えて入って来るのが見えた。
思わず目が合ったお父様が驚いた表情をなさる。
「お父様……、き、聞いてください。大変なことが……」
わたしが慌てて駆け寄ると、お父様は二、三歩後ずさり、そして、わたしに向かって恭しく頭を下げた。
「誰が、誰のお義父様、ですかな? それを拒んだのは、他ならぬリカルド殿下ではございませんか」
わたしは思わず、アッと声を上げて口に手をやる。
あー、駄目駄目。
わたしは今リカルド様なのだった。
それにこんな仕草。
リカルド様の頭がおかしくなったのだと思われてしまうわ。
えーと、リカルド様はもっと凛々しく優雅な立ち振る舞いで……。
「申し訳ありません。殿下。娘の一大事ですので、どうかご退室を。それに、謹慎中の身の上で王子とお会いするなど許されぬことでございましょう?」
「えっ、と、あの……」
わたしがまごついている間に、後から入ってきた男たちによって、リカルド様のわたしは部屋の外に連れ出されてしまう。
ああ、待って。中にはアシュリーのわたしが……。
って言っても通じないだろうし、どうしよう?
どうしようどうしようどうしよう?
「リカルド様。ご自重ください。お立場がございます」
だ、誰こいつ?
さっき、部屋の中でわたしのことを毒殺しようと相談してた男かしら?
わたしは寝た振りをしているときに、彼らの顔を盗み見ておかなかったことを後悔した。
あれが誰だったか分かれば、後でいくらでも訴えてやれたのに。
でも、お立場、という言葉で思いついた。
今のわたしはリカルド様なんだ。
リカルド様であれば止められるかもしれない。
わたしを──アシュリー・ヒーストンを暗殺する企みを。
わたしは追い出されたばかりの部屋のドアを振り返る。
確か……、お医者の持っている毒薬を、とか言ってたはずだけど、お父様が付いていてくだされば流石にそんな無法は許さないはず。
わたしは覚悟を決めてスタスタと歩き出した。
「殿下。どちらに?」
「タッサ王に。……父上にお会いしに行きます」
「王でしたら反対の方向ですが? 今は客間におられますので」
「さっ……、そういうことは先に言いなさいよねっ!?」
「は、はあ……」
従者らしき男に案内をさせ、わたしはどうにか客間にたどり着く。
扉を開けてすぐ王の姿を見つけると、わたしはそのまま真っ直ぐ歩いて行って、その前で片膝を立てて身を屈めた。
この格好いいポーズ、実はちょっとやってみたかったのよね。
「父上。お願いがございます」
「やはり来たか。だが、今さら覆らぬぞ? 婚約破棄を撤回したいと言うのであろう?」
婚約破棄を撤回?
そうか、そういう手もあったんだ……。
いや、駄目よ。
この場で撤回させても、リカルド様のお心はもうわたしにはないのだから。
「この上さらに、アシュリーの命までも奪う必要がありましょうか? それは、あまりに、人としての道を外れております。どうかご再考を!」
お、今の口上は我ながらキマってたんじゃない?
どんな理由があろうとも、タッサ王は人の道に外れた行いをする方ではないはず。
きっと家臣の誰かが勇み足で命じたに違いないわ。
こうして直接お耳に入れてしまえば、そのようなことがないように周りを諫めてくれるはず。
「命を……? 誰がそのような話を? 客人の前で滅多なことを言うものでない」
客人と聞いて、ここが客間と言って通されたことを思い出す。
誰かしら?
「過激なことを言って王を煙に巻こうという、ご子息の作戦ではありませんかな?」
王とは違う声がする方をみると、そこにいたのはメフィメレス家の家長ルギスだった。
ヴィタリスの父親。
他人の親をあまり悪く言うものではないけれど、わたしはこの人があまり好きではなかった。
いかにも小ズルそうで、上におもねる性格が顔ににじみ出ているように思える。
「この耳で聞いたのです。アシュリーを毒殺する企てがあると。二人組でした。その者たちと、それを指示した者を探し出して止めてください」
「いい加減にしないか。駄々をこねるのも大概にしろ」
駄々、って……。
こっちは自分の命がかかってるっていうのに、この分からず屋め!
片方だけ立てた右脚のふくらはぎがプルプルと震えだす。
あれ? この体勢、結構きついかも。
このあと、どんなふうにして立ち上がればいいんだっけ?
わたしがそうやって次の手を考えていると、後ろのドアが開いて誰かが部屋に入ってくる音が聞こえた。
「おお、ヴィタリス。良いところに来た。リカルド様がお疲れのようだ。部屋にご案内して差し上げなさい」
「まあ、リカルド様。ここにいらしたのですか? お探しいたしましたわ」
ヴィタリスが媚びを売るような気持ち悪い声で近づいてきて、わたしの腕を取った。
あ、まずい。
ちょっと脚がつりそう。
ちょっと情けないけど、わたしはヴィタリスに少し身体を預けるようにして立ち上がる。
「騒ぎが収まるまで発表はお預けだが、男女の仲は止められぬからな。遠慮せず、今からでも二人存分に親睦を深め合うがよい」
え? え? どういうこと?
言葉の真意を確かめようとして王の方を見たわたしの腕に、柔らかなものが当たる感触。
見ると、ヴィタリスがわたしの腕をしっかりと抱き込んで、自分の二つの乳房で挟むように押し当てていた。
ちょっとー!?
なんてはしたないことしてるの貴女!?
王宮で!
ひっ、人前で!
リカルド様を誘惑するつもり?
「さあ、お部屋に参りましょう? そこでゆっくり、先日の続きを……」
先日の続き!?
先日二人が何をしたのかも気になったけど、わたしはここまでのやり取りと、リカルド様を取り巻く三人の雰囲気で、おおよそのことを察してしまっていた。
わたしの代わりに、今度はこのヴィタリスが、リカルド様と婚約する手筈なんだわ。
親同士も公認。というか、そういう政略結婚なんだ。
わたしとの婚約を破棄したのはそのための一環なのね?
王とメフィメレス家との間には何らかの利害の一致があって、リカルド様とヴィタリスを結婚させたかった……。
そのために、わたしのことが邪魔だったんだわ!