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地球の片隅の陰謀論  作者: 美祢林太郎
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6 スーパー少年兵士養成薬

6 スーパー少年兵士養成薬


 まことにいたぶられても「ムギヤマール」の探求をやめなかった。ネットのどこにも出てこないところを見ると「ムギヤマール」は未承認の薬らしい。今は「ムギヤマール」の効果と安全性を確かめる治験の段階にあるらしい。だが、薬の効果を調べるために、未成年の子供たちを使っていいのだろうか? やはりそれは駄目だろう。「親は知っているの」と訊いた子供からは「教えていない」という返事が返ってきた。実際、かれらの親に会ってそれとなく訊いても、「ムギヤマール」のことを誰も知らないことがわかった。明らかに親の承諾を得ていないようだ。

 子供たちは誰から給食のコッペパンに「ムギヤマール」が混入していることを教えてもらったのだろうか? いや、もしかして誰からも告げられずに、治験は秘密裏に行われているのかもしれない。すると、かれらはどこから治験の情報を得たのだろうか? 子供たちだけは新薬の開発が秘密裏に行われていることを知っている。混入されているのは6年2組だけだ。他のクラスに混入されていないのは、おそらく6年2組の実験結果と比較するための対象群として設定されているのだろう。

 それにしても、子供たちの話では「ムギヤマール」を飲むことによってかなり足が速くなったらしい。話を聞いたうちの一人は、50メートル走の記録が「ムギヤマール」を飲み始めてから、2週間足らずで3秒も縮まったそうだ。50メートル走で3秒の短縮というのは一概に信じられない数字だが、その子はかなり太っていたので、もともとかなり遅かったに違いない。それまで全然運動をしていなかった子が2週間も走ると少しは痩せて、走り方もわかってきて簡単に記録が3秒短縮されたんじゃないのか? 多分、50メートルを20秒で走っていた子が17秒になっただけのことだろう。

実際、板倉が気づいているように、6年2組の平均タイムの大幅な短縮は、こうした太っている子供たちの体重減少が大きく寄与していた。このことはリーダーのまことだってわかっていたことだ。

 とにかく、おれにも「ムギヤマール」には早く走らせる効果があるということがわかってきたが、それでも丘の上の製薬会社はこんな薬を作っていったい何をしようというのだろうか? 市販薬として大々的に売り出そうとでも考えているのだろうか? しかし、自分の子供の足が速くなることを願っている親がそんなにたくさんいるのだろうか? そりゃあ、隣の子供が「ムギヤマール」を飲んで足が速くなったら、負けじと自分の子供にも飲ませるはずだ。最終的には全員が「ムギヤマール」を飲むに違いない。そうしたら個人のタイムは伸びても、競争の順位は変わらないじゃあないか。なんだかんだ言ったって、サッカー少年の親にはよく売れるかもしれないが・・・。

 子供たちの話から速く走ることだけに薬の効果があるように思っていたが、速く走るためには体力がつかなければならない。6年2組の子供たちが速く走れるようになったのは、走る技術の向上というよりも、筋力や体力がついたせいかもしれない。そうすると、食料が足りずに栄養失調になっている開発途上国の子供たちの体力をつけるためには大いに役立つはずだ。おじいさんから、太平洋戦争後の食糧難の頃、小学校で栄養補給のために肝油というものを飲んでいた話を聞いたことがある。「ムギヤマール」は肝油みたいなものなのか? でも、肝油を飲んで足が速くなったという話は聞いたことがない。きっと肝油は体力をつけたのかもしれないが、筋力はつけなかったんだろう。少なくとも足の筋肉は……。「ムギヤマール」は足が速くなったんだから、体力だけでなく筋力もつけているんだ。もしかするとかれらは砲丸投げでも遠くに飛ばせるようになっているかもしれない。6年2組の子供たちは砲丸投げまでは調べていないようだ。今度会ったら、それとなく調べるように言っておくか。

 おれがアパートでテレビを見ていると、ロシアによるウクライナへの侵略がニュースで流れてきた。戦争をしている二つの国では、兵士が足りなくなっているという。先進国はいくら愛国心はあっても志願兵はそれほどいないらしい。そこでドローンなどの無人兵器の戦いとなっているのだが、それでもおれにはわからないのだが、兵士が必要らしい。ロボットでもいいじゃないかと思うのだけど、ロボットは人間ほど器用に動かないのかもしれないし、そもそも頭がよくないのかもしれない。それとも、人間の変わりができるような高等なロボットは人間よりも高価なのかもしれない。淋しいことだが、多分これが当たっている。

志願兵がいないので、外国から傭兵を頼むのだが、外国人部隊は統制が取れなくて、略奪や暴行を繰り返すので国際的に評判が悪いそうだ。兵士の確保が差し迫った課題となっている、と戦争評論家が言っている。

 このテレビを観て、おれは人生で最初で最高の閃きがあった。「ムギヤマール」は子供たちを体力・筋力共に増強したスーパー少年兵士にするための薬なのだ。この薬の開発は、戦争をしている二か国のいずれかの国の要請かもしれないし、はたまたウクライナの後ろ盾となっているアメリカが深くかかわっているのかもしれない。または、将来のことを見据えて日本が独自に開発しているのかもしれない。近未来の第三次世界大戦に勝利するためだ。それとも、丘の上の製薬会社が世界中でもっとも高く買ってくれる国に売りつけようとしているのかもしれない。いや、製薬会社は研究開発と製造を担当しているだけで、背後には巨大資本の商社が暗躍しているのかもしれない。きっとそうだ。あの丘の上の小さな製薬会社単独では、世界を相手に商売することは不可能だ。

 いずれにしても、小学生に大人並の体力と筋力(いつの間にか板倉の想像では、大人並みの体力と筋力にまで拡張されていた)がつく薬が完成したならば、飛ぶように売れるのは必定だろう。そう言えば、6年2組の子供が風邪をひいたと言って学校を休んだが、副作用という言葉が子供たちの口から洩れていたのを聞いたことがある。すると風邪は嘘なのかもしれない。風邪は副作用を隠ぺいするための口実なのかもしれない。「ムギヤマール」は単に子供の体力増強の薬ではないので、一般に公開できないのかもしれない。背後に何があるんだ。国家権力が介入しているのか? 今、これまでの人生で最高に頭が冴えている。考えろ、考えるんだ。

 6年2組は全員で毎日記録会をしている。普通子供たちが自発的にこんなことをするか? したとしても数日ですぐに飽きてしまうはずだ。おれの子供の頃がそうだったし、同級生だって同じようなものだった。それが一か月も続いたんだ。こうした規律正しい集団行動はまさに軍隊そのものではないか。ということは、「ムギヤマール」の成分には体力や筋肉増強だけでなく、集団行動を促すような成分が入っているのかもしれない。きっとそうだ。子供たち全員がそろって口が堅いのもそのことで頷けるじゃあないか。普通だったら子供なんだから警察と聞いただけでビビッて泣き出し、なんでも喋るはずだ。きっと「ムギヤマール」を飲んだ子供たちは、上官の命令に忠実に従う理想的な兵士になるだろう。おれは世界の闇の世界に侵入しているんだ。これは世紀の大スクープだ。おれはこのためにユーチューバーになったんだ。


 おれは丘の上の製薬会社をアポなしで訪問した。アポもとらずに訪問したのは、電話でアポを取ろうとすると、面会が断られるのは明白だと思えたからだ。「ムギヤマール」は企業秘密であることは間違いない。

 会社に入って最初に会った中年の女性に、ジャーナリストと肩書を付けた名刺を渡して、広報室の人に会いたいのだがと尋ねると、「当社には広報室はありません」とぶっきら棒な返事が返ってきた。どなたかにお話を伺えないかと訊くと、いかにも精彩のない総務課長と名乗る男が出てきて、かれが狭い部屋に通してくれて応対した。おれは総務課長にいきなり「御社の新薬のムギヤマールについてお聞きしたいのですが」と切り出すと、総務課長は「ムギヤマール?」と怪訝な顔をし、「いったいそれは何ですか。弊社にはそのような製品はありませんが」という答えが返ってきた。そもそもこの会社はいぼ取りの薬「イボコテン」の製造販売一筋で、「イボコテン」以外これまで新薬の開発をしたことがないという。かれは突然思い出ししたように「そう言えば、30年以上前に他の会社のヒット商品をまねた薬を出したことがありますが、全然売れなくて結局は「イボコテン」一本に戻りました」と語った。「イボコテン」だけで、小さいながらも安定した経営ができている、と満足そうに言った。

 この総務課長が「ムギヤマール」のことをしらばっくれているとは到底思えなかったので、「ムギヤマール」は会社の中でも上層部の、それもほんの一握りの人間しか知らないトップシークレットなのだろうと想像した。これ以上総務課長と話しても無駄なので、いったん引き上げることにしたが、人のよさそうな総務課長がこれは試供品なのですが、と言って袋を差し出した。袋の中には「イボコテン」と一緒に「ムキット」という商品名が付いた50㏄入りの栄養ドリンクが入っていた。おれは「ムキット」の存在を知らなくて、おそらくどこのコンビニやドラッグストアにも置いていないような商品だった。この「ムキット」は何ですか、と課長に尋ねると、弊社で作っている栄養ドリンクだと教えてくれた。元気になる良いネーミングでしょうと、自慢げに言った。「売れていますか」と訊くと、「試しに地元の何軒かの薬局に置かせてもらいましたが、全然売れずに返品されてきました」、と寂しそうに答えた。まだ賞味期限は十分残っているので、飲んでも差し支えはないと言った。1ダースも入っていたので、一本その場で飲んでみると、一般的な栄養ドリンクの味に加えてほのかに麦茶の味がした。「麦茶の味がしますね」とおれが言うと、課長はにんまりと笑って、「よくわかりましたね」と言った。飲んだら誰でもわかるだろうとおれは思った。いずれにしても、麦茶の味がする栄養ドリンクでは売れないだろうと思った。課長が言うには、他社の栄養ドリンクと成分はほとんど同じで、少し麦茶の成分を入れて独自性を出したそうだ。その上に他社よりも安いので、ずっとお買い得になっているのだが、と後半になるほど小さな声になっていった。

 もしかすると、この売れない栄養ドリンク「ムキット」を出したのは、将来この中に新薬の「ムギヤマール」を混入して売り出すためかもしれないという考えが閃いた。それにさっき課長が「ムキット」を地元の薬局に試しに置いたと言った。「ムギヤマール」も地元の小学校で試していることと符号する。この会社は地元を新薬の実験場にしているのかもしれない。

 この会社のロビーのテレビではロシアとウクライナの戦争のニュースが流れていた。


つづく

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