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地球の片隅の陰謀論  作者: 美祢林太郎
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13 ゾロ商品

13 ゾロ商品


 そうこうするうちに、ネットで1本10万円と値の付けられた「ムギヤマール」が売りに出された。我々から1本1,000万円近くもするものを買って、10万円で売り出すようなお人よしがいるはずがない。それとも元の1本を百分の一に希釈して新たに100本を作り出したのだろうか? いや、そんなことでは利益を生み出せない。少なく見積もってもその十倍の、1本から1000本を作ったはずだ。それならば元の1本から9,020万円の儲けが導き出せる。これはぼろい商売だ。

 だけど、そんな詐欺を働こうとするものが、1億円も投資するだろうか? そもそも本物の「ムギヤマール」の味や色を知っている人間は世の中にほとんど誰もいないのだから、別に本物の「ムギヤマール」を手に入れなくても、何を売りつけても誰もわからないはずだ。きっとネットで販売されているのは「ムギヤマール」の偽物だろう。おれたちが売っている「ムギヤマール」も本当はただの栄養ドリンクの「ムキット」で、「ムギヤマール」の成分は一つも入っていない。それを本物としているのだから、おれたちだってかなりあこぎなことをしている。

 よく見るとネットで売っている商品のラベルには「ムギマール」と書かれてあった。さらによく見ると「ムギヤマール」と若干瓶の形が違う。これはやはり詐欺だ。おれはネットでこの「ムギマール」を2本購入して、洋子と一緒に飲んでみたが、コーラ味の栄養ドリンクだった。おれたちが持っている本物の「ムギヤマール」を飲んだことがない人間が、偽物を作ったのだ。本物の「ムギヤマール」を飲んだことがある人間ならば、栄養ドリンクに麦茶を混ぜたはずだ。

 洋子は「ムギマール」のラベルが自分のデザインした「ムギヤマール」のラベルに比べて、似ても似つかないダサいものであることに腹を立て、しばらく怒りが治まらなかった。おれは本物を見たことがないのだから仕方ないだろうと彼女を宥めた。ラベルをよく見ると小さく「ムギマール」は「ムギヤマール」の姉妹品であり、「ムギヤマール」の成分が10ml入っていると書かれてあった。きっと気の小さい奴が「ムギマール」を作っているんだ。おれたちは「ムギマール」に抗議することなく、成り行きを見守った。もちろん、堂々と抗議できる立場にはないのだけれど・・・。

 「ムギマール」は値崩れを恐れたのか、それとも警察、あるいは税務署を恐れたのか、はたまたおれたちを恐れたのか、1万本近くを売ってぱったりと音なしになった。それでもかれらは、10億円近くの金を手に入れたわけだ。こうして「ムギマール」は市場に出回らなくなった。

 しばらくすると「ムギマール」を1本10万円で買ったと思われる奴が、それをヤフオクに出品してきた。最低価格が10万円からのスタートで、即決価格は100万円だった。ヤフオクに出品された最初の品物は競りが過熱して、最後には100万円に到達した。ヤフオクの出品によって、世間の誰もが「ムギマール」を知るところとなり、テレビのワイドショーでも取り上げられた。「ムギマール」の大衆化が起こったのだ。もはや本物の「ムギヤマール」よりも「ムギマール」の方が断然世の中に知られるようになった。

 最初にワイドショーに取り上げられて一週間も経たないうちに、ネットのコメント欄に「買って飲んだが、精力が増強しなかった。まったく効き目なし」という書き込みが上ると、続いて「こりゃあ偽物だ」「どこにでもある栄養ドリンクだ」「詐欺だ。金返せ」という書き込みが爆発的に増加し、「ムギマール」の評判はがた落ちとなり、ネットでは1ダース100円でも買い手がつかなくなった。「ムギマール」の在庫を抱えた者はやけ飲みをして、「ムギマール」は世の中から消えていった。もちろん損をした者もたくさんいるが、儲けた者も同じくらいたくさんいる。

 「ムギマール」が評判になっていた頃、「マジヤマール」「ムギコマール」「ミミヤマール」「コレヤマール」などのゾロ商品が、「本家」「老舗」「総本家」「宗家」の肩書を付けて、現れては消えて行った。

 「本家マジヤマール」を飲むと、寝ションベンが止まるという評判がどこかから起こった。また、「本家マジヤマール」によって、夜に起きてトイレに行きたくても怖くて一人ではいけなかった子が、一人で行けるようになったという評判も立った。どういう効能なのかよくわからない。

 「老舗ムギコマール」のテレビの宣伝では、これまで寝たきりだった老婆が「老舗ムギコマール」を半年飲み続けると立って歩けるようになった、と老婆がにこやかに笑ってテニスをする映像が流れた。通常一本2,900円のところ、本日これから1時間以内の電話での申し込みに限り、一本980円、しかも送料無料というのだ。お一人様3本限定とのことだ。先着順で、なくなりしだい販売を停止すると言っていた。それにしても、「ムギヤマール」を発売して3ヶ月しか経っていないのだから、その偽物の「ムギコマール」を半年前から飲み続けているなんてありえないだろう。

 耳が聴こえづらいと思った人は、「総本家ミミヤマール」を試していただきたいと宣伝があった。あくまで飲み薬だ。これを飲み続けて耳が聴こえやすくなったという人が、テレビのコマーシャルに出てきた。この会社は商品開発して丸2年、研究者の汗の結晶だと言った。今注文していただいた30名に限り、一本1000円ぽっきりで、さらに一年間定期購買を申し込まれた方には、特製の補聴器を進呈すると言っていた。

 血圧の高い方には「宗家コレヤマール」がおすすめという宣伝もあった。高血圧の人が毎日飲むことで血圧が156から128に下がったそうだ。一本720ml入りで、毎日キャップ一杯飲んで一ヶ月持つことになっていた。一年間定期購入するならば、通常1本3500円のところを半額以下の1,500円。値段は結構手ごろだ。テレビのコマーシャルでは「宗家コレヤマール」が目の回復に効いた(あくまで個人の見解)と、73歳(取材当時)の老人が嬉しそうに話していた。

 「宗家コレヤマール」は、がん(悪性新生物)、心疾患、脳血管疾患の三大疾病の他、糖尿病や新型コロナにも効くという宣伝文句がうたわれたが、さすがに新型コロナに効くという話には、みんなが疑いの目を向けた。厚労省の査察が入ったという噂が流れ、テレビで「宗家コレヤマール」のコマーシャルを見なくなった。

 ゾロ商品の登場で、「ムギヤマール」それ自体に万能薬のような噂が立ってきた。ここにはスーパー少年兵養成薬という後ろめたさはどこにもなく、インチキ臭いが、天真爛漫ささえ感じられた。おれにはこちらの方が性に合っていたので、騒ぎを楽しんだ。

 この一連のゾロ商品騒動は、最後は「サギヤマール」が出て終わったのは、嘘のような本当の話である。一連の品物は「ムギヤマール」ではなく「ムギマール」の偽物として報道された。これだけを見てもどれほど「ムギマール」が世間の話題になったかがわかるだろう。

 ネットに、我々の元祖(いつの間に元祖になったのだろう)「ムギヤマール」には副作用があるという記事が出てきた。誰がその元祖を手に入れて飲んだと言うのだろう。そんなことのできる奴は一部の大金持ちに限られているはずだ。ネットに書き込むような庶民が飲めるはずがない。でたらめだ。

 ネットの記事の副作用の一つにイボができるということがあった。そう言えば、洋子の左手の甲にイボができたが、まさか「ムギヤマール」の副作用だろうか? そんなことはない。洋子はこれまで1本しか「ムギヤマール」を飲んでいないのだから。

 おれは「ムギヤマール」の潔白を証明したくて、「ムギヤマール」を毎日朝昼晩飲んだ。たくさん余っているので、毎日お茶代わりに飲んだ。洋子がそんなに飲んだら体に悪いと言ったが、おれはひたすら飲み続けた。


            つづく

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