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~プロローグ~

西の空に日が傾く頃になっても、うだるような熱さが地べたに籠もる。

夏の夕暮れ。

草の匂いに噎せ返る小径を、少年は脇目もふらずにのぼっていた。

夏休みの間、宿題の絵日記を溜め込んで遊び回り日に焼けた。

その小麦色の肌に汗が伝い、速い足取りに息が弾む。

でもあのタイミングを逃したら、全部台無しなのだ。

左右から迫る木々が次第に開け、あともう少し。


「つかれましたあ……。私、歩けません……。足……痛いです……。暗く、なりますから……お家、帰りませんかぁ……。遅いと、博士、に、怒られます、から……」


苦しげな声が訴えてきて、握りしめていた小さな手が重さを増した。

振り返ると、蒼色の髪を長く伸ばした白いワンピースの少女が、これ以上は死ぬとばかりに苦痛の顔でしゃがんでいる。


「あともう少しなんだから。がんばって!」


少女の言う博士、少年の祖父に連れてこられ、まるで兄妹のように育った幼馴染みの少女。

スカートが捲れて桃色のパンツが見えてしまっている。

子供心にドキッと、心臓を高鳴らせながら、素知らぬ顔で目を逸らし焦れったそうに励ます。

だが彼女は可愛らしい頬をぷくっと膨らまし、今にもべそをかきそうな有様だ。

無理もない。

急匂配の道ともいえぬ道は舗装などしてはなく、埃っぽい土に石が転がる悪路だ。

色白で華奢なお人形のような彼女が、駆け足に近いペースで付いてくるには大変すぎた。


「仕方ないなあ、女は。これっぽっちの坂道で。__ほら、乗れよ!」


少年自身も心臓がバクバクいってる。

しかし彼は疲れを見せまいと強がり、彼女に背を向けてしゃがみ込み、後ろ手に手を差し伸べる。


「__えっ?で、でも、重たいですよ……」

「いいからっ、早くっ!!」


躊躇う少女を急かした。次第に夕暮れは茜色を増してきている。


「は、はい……。えへへ、おんぶですぅ……」


まだ、躊躇いながらも肩越し手を回して身体を預け、彼女が嬉しそうに笑みを漏らす。

綿菓子のように柔らかい触り心地と暖かな体温にドキッとしながら、少年は照れくささを誤魔化すかのように勢いよく立ち上がった。


「きゃっ!」


唐突な動作に少女が小さく悲鳴を上げる。

彼女の身体は驚く程に軽かったが、疲れた足はよろめきそうになってしまう。


「くっ!__でやぁああああぁ__っ!!」


だが気力を振り絞り、彼は残りの坂道を一気に駆け抜けた。

雲一つない茜色の空が頭上に広がり、唐突に視界が開けた。

ふらつく足取りで歩を緩め、背中におぶった少女を降ろす。

荒く弾む息のまま、小さく汗ばんだ彼女の手を握り、鉄柵が張られた山頂の緑まで引っ張ってゆく。


「うわぁ……っ!」


少女の紫がかった瞳が驚きと喜びに大きく見開かれた。

瞬きも忘れ、眼下に広がる一大パノラマを見渡し、感激の声を上げる。

日没間際の一瞬。

燃えるような紅から紫へと緩やかなグラデーションを描く夕日の輝きに照らされ、幻想のように浮かび上がった町並みがすべて見渡せる。

疲れも忘れたように、彼女は刻々と色合いを変えゆく町並みを飽きることなく眺めていた。

その傍らで、少年もすべてが報われたような至福の思いで、瞳を輝かせる少女の整った横顔に見とれていた。

そして静かな時が過ぎ、緩やかな薄闇が辺りを覆い始めた頃、深い満足の溜息と共に彼女が振り返った。


「綺麗だろ!?ほかの時間じゃただ見晴らしがいいだけなんだぜ。__うわっ!」


得意気な表情を浮かべ子供っぽく自慢を始めたその途端、少女が力一杯抱きついてきた。


「な、なんだよ!苦しいよっ、離せってば……」


本音を言うと柔らかな腕でギュッとされると心が浮き立つ程気持ちよかった。

けれど照れくささが勝って、ぞんざいな言葉で押し除けようとしてしまう。

しかし彼女はお構いなしに、目を輝かせ興奮気味に少年の顔を覗き込んできた。


「綺麗でした!すっごくっ!!私の為に、こんな素敵なとこ、連れてきてくれたのですねっ!__うれしいっ!!」


頬をすり寄せ、一層ギュッと抱き締めてくる。

子供じみた気取りが一瞬で消え失せ、もう抗えなくなる。


「ゆー君大好きっ!!私、おっきくなったら、ゆー君のお嫁さんになりますからっ!」

「ええっ!?お、お嫁さん……って?んぐ……!!」


突然の告白に面食らう。その唇へと、しっとりと柔らかな少女の唇が重なってきた。

ただ幼なじみの少女を喜ばせたかっただけなのに、頭がぼーっとなってしまい戸惑うばかりだ。


少女のことが好きなのは、少年も同じだった。

そして彼女をお嫁さんにすれば、いつまでもずっと一緒にいられるという思いが、彼の胸をときめかせる。


「約束…ですよ…。キスは、お嫁さんにしてくれるっていう、約束なのですから…」


時が止まったかのように重ね合わせていた唇を名残惜しげに離すと、少し心配になったのか縋るような眼差しで少女が念を押してくる。


「う…うん…。約束、したから。おっきくなったら、僕のお嫁さんに、してあげるからっ!」


その細い身体を抱き寄せ、少年は気恥ずかしさで声を上擦らせながら、星が瞬き始めた空の下、少女へ誓いを立てた。

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