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仕事で平日に執筆する余裕がないので土日に更新されたら頑張ったんだなって思ってください。
悲しいことに悲しいことがあった。詳細は察してほしい詩織ちゃんである。
案の定とでも言うべきか、森に動物の姿がなかったのは巨大とかげが食い荒らしまくっていたからのようだ。
とかげが破裂し色々なものをぶちまけた跡をうっかり視界に入れてしまったところ、やべぇ量の骨が多種大量に見つかった上に、途端にどこからともなく現れた鳥たちが死肉に群がり始めたときは引いた。
たぶんだけど一時間で3kgは痩せた自覚がある。
人間は名乗れても、もう乙女は名乗れないかもしれない。
日向はおじいちゃんの家で鹿の解体とか挑戦していたし、ホラゲ実況とかもよくしてたからグロい映像にも平気そうだった、ずるい。魚三枚におろせないくせに。バイオばっかやってんじゃねぇぞ。
とはいえ、何はともあれ命あっての物種。
若干外装がやべぇ汚くなったキャンピングカーは新しいのに乗り換えて、落ちたメンタルも切り替えていざ西へ――とはならないのが、異世界とかいうやつらしい。
何が問題かと言うと、実はとかげの腹の中にいたのは自分たちと動物たちの骨だけではなく。
「いやぁ……助かりましたよお二人さん。あの大とかげを倒すなんて、もしや只者じゃありませんね?」
――そう、現れたのは全裸の痴女だった。
とかげの胃液に塗れた全裸の痴女、間違いない変態だ。
「全裸変態痴女やんけーー!?」
「痴女じゃないです!?」
「でも全裸だし」
「あいつの胃液で全部溶かされたんですよ!」
などと供述する痴女。
しかし俄には信じがたい事実だけど、彼女が巨大とかげの胃の中から登場したのは私も日向も目撃している。
じゃあどうしてお前は胃液で溶けてないんだ、というツッコミは一旦隅へ。
だってここ異世界だし。なんでもありなんでしょう。はい。
紫の髪をいわゆるウルフカットにしたスレンダーな痴女。
身長のほどは自分たちより少し高く、年齢も私たちより少し上と思われる。
目の深い隈と妙に卑屈そうな表情、そして猫背から直感的に私は察した。
(陰キャだ)
ちょっと親近感を覚えたのは内緒。
「で、あんた誰なん?」
初対面の痴女にも物怖じしない日向が率先して尋ねる。
「えっと……その前に一つだけ、先にお聞きしたいのですが……その服と、さっきの車……もしかしてあなた方も日本人、なんですか?」
「!?」
「あなた方も……って、もしかしてそっちも?」
「ええ、まあ、その、はい……藤見夜子って言います、1年前までは群馬で高校生やってました……」
第一村人――藤見夜子・異世界転移者。
***
藤見夜子/ふじみよるこ、あだ名はヤコさん。
とりあえず獣臭かったのでシャワー室に放り込んだ。
目下のところ考えるべきは彼女へのこれからの対応であり、棚町姉妹はこしょこしょと内緒の作戦会議を開始する。
「それで、あの人どうするのおねえちゃん」
「どうするゆーても、事情を聴いてみんことにはなんともなぁ……」
「少し見た感じ、腹芸とかできそうなタイプじゃないけどさ……あんまり油断とかしたら駄目だからね?」
「さすがにこない場所で死にかけてた不審者相手に簡単に心開くほど日向ちゃんはチョロインちゃうんやで……」
「そうだといいんだけどねぇ……」
「おねえちゃんへの信頼のNASA」
と言いつつも、私は姉のことを分別のある馬鹿だと認識している。
信頼している相手の言うことにはありえないほど簡単に騙されるけど、信用が一定に達していない相手に対しては危機察知能力が働くようで、詐欺被害とかには意外に遭わないタイプ。
「しかしまあ、あの人の着替えないけど、どうしよっか」
「衣食住は基本やけん、スイッチで出してええんとちゃうか?」
「それは考えたんだけど、問題はどのボタンで押すかがね……」
ずっと同じのを着たくもなし、遅かれ早かれ追加の衣服は必要。
ならば今出してしまっても構わない、というのは当然の思考。だけど、そう簡単に済む話でもないのがおねえちゃんスイッチとかいうやつである。
「普通に服の『ふ』でええんやない?」
「だよねぇ……『き』はもう使っちゃったし」
ただ懸念を挙げれば「服」の自由度が高過ぎないかという点。
もしこれが「着替え」であれば、出現するのは自分たちの趣味やサイズに合ったものに限定できるのではと予想されるが、無い物ねだりは非生産的だろうか。
他に服を出す手段としては……
「店自体を出すとか?」
「ZARAとか?」
「一番最初にZARAが出る当たりおねえちゃんってさ……」
……………。
「なに!? おねえちゃんがなに!?」
「いや、私たちJCなのにドラグノフとかベレッタとかランエボとか言い出すしちょっと痛いなって……」
「わかった! おねえちゃんが悪かった! しまむーにしよや!」
「しまむらくんのこと友達っぽく言うのやめなよ」
なれなれしい。
「うーん、店自体を出すのはやっぱ保留かな。場合によってはありだけど、ほら見てよおねえちゃんこれ」
「んー?」
セットと呟いて私はスイッチを取り出す。
それを日向に見せやすい場所に動かしながら、緑色に発光する小さな蛍光灯のような部品が埋め込まれている箇所を指差した。
「ここ、ゲージみたいなのがあるでしょ? たぶん、これがMPなんだよね」
ラーメンだのドラグノフだのを出したときには気付かなかったけど、キャンピングカーを十数個一気に出現させるとゲージの3割ほどが黒く染まってしまった。
つまり光っている部分が、ゲームよろしくMPの残量と推測される。
「あんだけ出して3割しか減っとらんのやな。もしかしたら魔力量チートかいな」
「うん、キャンピングカーを一個につき3%弱って考えると、維持のためのMP消費を考えても結構破格だよね。だけどお店自体を出すとなると、どの店舗が現れるかによって大分MPを消費することになると思うんだ。本社ビルとか出されたら一発で干上がるかもしれないし」
「この能力、便利なように見えて意外と不自由よなぁ」
そもそも事前にどれだけ計画を立てたところで、目当ての物が出てくるとは限らないのが実に不便なところ。
当たれば確かに強いのだろうが、パルプンテにいくらロマンがあるからって普段から常用するような人間はそう多くないのと同じだ。
最悪パンを出そうとしてパンジャンドラムを出してしまうことだってある、断じて言うがこれは絶対にフラグではない。本当。
「この世界の文明レベルが中世・近世・近現代、どこに当てはまるかは知らないけどさ。正直言ってわたしは不潔な服を着たくない」
だって女子中学生だから。
「まあ、それはおねえちゃんも同じやけど」
「衣食住のレベルだけはどうしたって譲れない、だからそれを確保するまではスイッチを軽率には使えない。まずは情報を得ないと始まらないよね、順序が逆だ」
「じゃあヤコさんの着替えは?」
「ベッドのシーツでも被せときゃいいでしょ?」
「扱いが雑」
「しょうがないでしょ、あと四十五音しか残ってないし使い道のない『を』と『ん』を除いたら四十三音。適当に使ってたらすぐ埋まっちゃう」
「ヲタク」
「いらん」
即答。
それはそうと、間もなくシャワーから上がりそうなヤコさん。
話し合いの最中に全裸なことぐらいはどうか我慢してもらおう。
むしろシャワーを貸してあげたことに感謝平伏してほしいみたいなところもある。
いきなり車内に上げること自体、私は反対だった。
知らない人が自分のテリトリーにいるのが怖い、という人見知り特有の習性という点は否定しないけれど、それ以上に。
見知らぬ他人に優しくして、大切な家族を疎かにするような余裕はない。
『あのぉ、バスタオルってどこにー?』
「ドア開けたら目の前にあるから勝手に取ってやー」
『はーい』
「…………」
私の直感では、ヤコさんは悪い人ではない。
良い人かまではわからないけど、少なくともって感じで。
だって悪い人なら、あんな世界の全てに怯えた目はしてないと思うから。
だけど本当に、自分たちはこの世界のことを知らなすぎる。
「ベレッタ、出しとくから」
「…………了解」
出しておくから、の続きは言わなかった。
赤と青の姉妹にスレンダーな紫。
あなたの勘が悪いことを作者は祈ります。