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日向が博多弁でないのは作者が博多弁に自信がないからです。
「ありがとう、おねえちゃん……か」
ようやく、と想う。
異世界に来てから初めて自然な笑顔を見せる詩織に、ウチはふっと笑う。
妹がシャワールームに入るのを見送って、天を仰ぎながら多きく息を吐いた。
「……………」
これで少しは調子を取り戻してくれるだろうか。自分がヘマして、妹が怒って、自分はどうにか教わったアドバイス通りに挽回したら、妹は嬉しそうに笑う。そんないつもの流れ。
詩織はあれで単純なとこがあるから、しばらくは変に考えすぎることはないと思っている。
冷静に考えれば勝ちでも何でもない。異世界になんて来させられた時点で自分たち姉妹の人生は負けだ。
最悪以外の言葉を付ける意味もない。
日本から、異世界に。マンガやアニメのような都合の良い話なんてない。確かに貰った力は凄まじいけれど、それは果たして平和の対価に成り得るだろうか。
相手が魔物でも、人間でも、疫病でも。死ぬ確率は日本にいるよりも全然高い。
「なにが魔王を倒したら、や……」
今まで何人も送っていて、それでも倒せていないその魔王とやら。どれほど強いかは知らないが普通に考えて女子中学生に倒せるような代物ではない。
そもそも、なぜ戦わなければならない。
死んだ両親が生き返るから?
そのために自分たちが危険な目に遭うのをあの二人が望むのか?
そんなはずはない。
「ゆーても日本に帰る手段は無し、現実問題あんなもん見せられたらあいつの力も信じるしかないしなぁ……」
たぶん、生きるだけなら、ここでもできる。
キャンピングカーがあるし、あとは水と食料を出せれば、生存はできる。ソーラーパネルも付いてるから電気だって使える。
ゲームとかパソコンとかマンガとか、呼び出せればきっと飽きることはない。
二人で旅する人生も、選択肢としてはあるのだろう。
現地の人に馴染めるかはわからないけど、言葉についてはあいつがなんとかしていると言っていたから、自分のコミュニケーション能力次第。
交渉とか頭を使うことがあったら、詩織に任せてそれをサポートすれば平気だ。
きっと棚町姉妹は、この世界でも楽しく生きていける。
だから問題は自分が「そんな暮らしも悪くないな」と思っていることだ。
「……おこがましい」
あいつの話が終わってから、詩織はあの話には触れてこない。
自分は上手に誤魔化せているのだろうか、それとも気を遣わせてしまっているのだろうか、わからない。なにもわからない。
以前は、目と目を合わせるだけで心が通じ合あっていた。
だけど今は、妹が本心で何を考えているのか分からない。そして、そのことに自分が安堵しているのか、恐怖しているのか、それすらも。
ただ、明確なのはただ一つ。
自分は妹を巻き込んだ加害者で、そのくせそれを有耶無耶にしようとした人間の屑で、その上で今のこの状況を喜んでしまっている最低な姉だ。
「ごめんなぁ……詩織、こんなおねえちゃんで……」
これから、どうすればいい。
月のない夜道を歩くような不安が、心中にどっと押し寄せている。
父が恋しい、母が恋しい、誰か自分に進むべき道を教えてほしい。
「西か……」
不安を解消するには、とにもかくにもこの世界を知らなければならない。
知ってることが少なすぎて、知らないことが多すぎて、そんな状況で出てくる案なんて悲観的なものばかりに決まっている。
だから、その先に待つのが希望であれ絶望であれ、知らねばならない。
「太陽があっちから来てこっちに沈むから……こっちが西やな」
この世界で初めて会う人間は、いったいどんな人だろう。
詩織:姉を巻き込んだと思っている。
日向:妹を巻き込んだと思っている。