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厠と念じながら『か』のボタンを押すと厠が出た。
本当に良かった。これで明日も人間を名乗れる。
「しっかし、結構解釈の余地あるなぁ、この能力」
と、日向が言うように、おねえちゃんスイッチについて気づいたことがいくつかある。
一つは、一度に出せる数の制限がないこと。MPに限界がある以上、無限に出せるわけではないけど、厠の場合二つ同時に出せた。
「そうだね、まさか厠で百貨店みたいなトイレが出てくるとは思わなかったよ」
二つ目が、先にも言った通り解釈の余地。厠という古風な呼び方でも、出現したのは現代的で高級感溢れるトイレだった。
あとになってラーメンでも確認してみたところ、そのとき出てきたのは豚骨ラーメン。つまり、厠やラーメンのような名詞の場合は、そう呼称できるものならなんだって呼び出せるということ。逆にドラグノフやベレッタのような固有名詞の場合、自由度は極端に下がる。
「うぅ……それはごめんやって……」
「いやいや、まあ授業料だって考えれば悪いことではないよ」
名詞で呼び出す場合は自由度が高いが、同時にランダム性も上がる。つまり緊急時に欲しい物が出ないという場合もあるってこと。
その点、固有名詞なら確実に要求の物が手に入る。
例えるなら、スイッチの『し』を銃で埋めた場合、スナイパーライフルが欲しいのにハンドガンしか出ないという事態は避けられる。
MPは現出と維持の両方に使用するのでガチャという手段は、緊急性の高い代物ほど望ましくない。
「一応、武器とトイレと食料が手に入ったってことで……」
「衣食住が基本ってこと考えるとあとは衣と住……いや、ラーメンだけじゃ生活習慣病待ったなしやな。とりあえず床と屋根、着替えとラーメン以外の食料が必要として……」
「もう十分の一が埋まっちゃったからね、汎用性高いのが欲しいけど、スイッチでしか手に入らないモノを優先すべきだよ。それを知るためにもひとまずは人のいるところに行きたいんだけど……」
「それならあの変なのが西と南に街があるって言うとったで。逆に北は魔王軍との係争地帯らしいな」
「へー、じゃあ西南方面かな。距離は?」
「車で六時間」
「距離感が北海道、っていうかこの平原広いね」
「ウチは構わんけど、詩織に徒歩は厳しいけんな。さすがに移動手段はスイッチで出した方がええんやないか?」
言われて、うーんと私は考え込む。
この世界が地球一般で親しまれているような異世界物であり、移動に馬とか使ってる程度の文明レベルなら、乗り物の、例えば自動車などのアドバンテージはデカいと思う。
自動車があったらあったで、自動車社会に税金もガソリン代も不要な車があって困ることはないし、ここは――
「うん、出そうか、車」
「やった! ラ○エボ出してええ?」
「そこでスポーツカーを選ぶのがおねえちゃんの悪いとこだよ。というかもう『ら』は使ったでしょ」
「そうやった……」
さてはドラグノフのこと何も反省してないなと湿った視線を向ければ、日向は気まずそうな顔で縮こまる。
「欲しいのはキャンピングカーだね」
「ああ! 移動手段兼住居!」
家を出すにはMPの消費が多いと予想され出したり消したりはおそらく非効率、テントなんかはたまのキャンプ気分に浸りたいときなどはともかくインドア現代っ子には少々辛い。
ならばMPの回復量と維持費が釣り合いそうなラインがキャンピングカーだ。
ただ問題は……
「おねえちゃん、車の運転ってできる?」
「できるで? 日向ちゃんはハンドルコントローラーでレースゲームやっとるからな。福岡のイニシャルTとは日向ちゃんのことや。たぶん戦闘機とかも飛ばせる、ちょっとベルカ滅ぼしてくるわ」
「絶対に飛ばさせないから」
あと、あれのDは名前じゃなくてドリフトのDである。
「えー……」
いくらなんでも戦闘機に素人を乗せるわけにはいかない。その点、自動車は地に足の着いた乗り物だ。世界中で何万人も殺してるけど。
「それじゃあキャンピングカー出すけど、『き』から始まる欲しい銃とかないよね?」
「な、ないはず、です……」
「おっけ。じゃあ押すね、セット」
次いで、キャンピングカーを思い浮かべながら『き』のスイッチを押す。ここまで割と思い通りに事が進んでいないので、そろそろ言うことを聞いて欲しい。
「来い来い来い!」
「おねえちゃんにかかればキャンピングカーの一台や二台――」
「おねえちゃんが一番の不安要素なの!!」
「あ、はい……」
そして入力が済んだのか日向の手が光り、それを前に突き出すと大きな光に包まれた何かが目の前に出現する。
光の粒子が散る中、その姿を現したのは、まさしくキャンピングカーだった。
「勝った!! 棚町姉妹の異世界生活・完!!」
「今日始まったばっかりなのに……?」
身体を襲う疲労感からかなりのMPを消費したのが理解できる。
それにしたって大当たりなのには間違いない、はず。
「見てみい詩織! これトイ○ァクトリーの『Se○en Se○s』やで! 日本産ではほぼ最高級のキャンピングカーや、めっちゃええやつ引いたわ!」
「車種なんか言われても女子中学生にはわかんないよ……」
「買うと2000万以上する!!」
「ゲームクリアじゃん。勝ったね、お風呂入ってくる」
「風呂はないけどシャワーなら付いとるで?」
「え、うっそ……本当じゃん!? えー、浴びる浴びる!!」
車内を見回せば、シンクにシャワーにトイレもあって、電子レンジと冷蔵庫も完備。ベッドはキングサイズで姉妹二人で並んで寝れるときたものだ。しかもエアコンもあって快適。
この車にはたぶん人生に大切なものが全部詰まってる。
「ほな、おねえちゃん車の調子見てみるから詩織はシャワー浴びとってええで。終わったら出発しよか。とりあえず目指すのは西でええよな」
「うん! ありがとうおねえちゃん!」
なんだ異世界、悪くないじゃん。
わかんないパロネタあったらごめんね。




