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言い忘れていましたがパロネタをたくさんします。
異世界といえば気になるのは衛生問題である。なにせ自分たちは世界に誇る衛生大国ジャポンの女子中学生。清潔さを求めることにかけて他の追随を許さない。
正直なところ和式ですら嫌悪感バリバリなのだ、ぶっちゃけファンタジー世界の中世式トイレなど絶対に拒否である。
「トイレトイレトイレトイレトイレトイレトイレ」
「ウォシュレットウォシュレットウォシュレット」
現在思考をトイレに関することで占める作業中。
がちのまじで死活問題であるトイレ。我らにTOTOの加護のあらんことを。
「準備はいい? おねえちゃん」
「ああ、完璧や」
「じゃあ、いくよ。セット、おねえちゃんスイッチ『と』」
ゴクリと息を呑みながらスイッチを押す、同時に襲い来るのはわずかばかりの疲労感。
サンダーとはまた別種の、何かが抜けていく感覚。これがMPの消費なのだろう。
そして次の瞬間には日向の手が光に包まれ、そこに出現したのは――
「…………」
「…………」
「……おねえちゃん、これはなに?」
「ス、スナイパーライフル……」
――おねえちゃんスイッチ『と』ドラグノフ。
ソビエト連邦が開発したセミオート狙撃銃。
「ドラグノフじゃねぇか!?」
「ひっ!?」
「トイレって言ったよね? ねぇ、トイレって言ったよね? 言い出したのはおねえちゃんでしょ? 異世界なんて衛生環境ゴミカスだって相場が決まってるのに、どうしてよりにもよって数も種類も山ほどある銃なんてカテゴリからこんなの抜き出すの? しかも微妙に古いやつ、出すならせめてトリテかクレーバー出しなよ」
「トリプルテイクとクレーバーって銃は現実に存在しな――」
「そんなこと今どうでもいいでしょ!?」
「む、昔からドラグノフのエアガンほしくてなぁ……」
「普段から戦争のゲームばっかやってるからそうなるんだよ!! とりあえずそれ早く消して!! MPがもったいない!!」
「わ、わかった……」
日向が消えろと念じると、すぐさまドラグノフ狙撃銃は光の粒子となって消えた。
ふっと身体が少し軽くなり、なるほどMPとはこういうことかと理解する。
「……詩織、怒っとる?」
「怒ってるけど、ちょっと待って。いま考えてるから」
「はい……」
とりあえずしゅんとしている愚姉は反省させるために放置しておくとして、トイレを出せなかったのは痛恨のミスだけどドラグノフ狙撃銃自体が悪いわけではない。
この世界の環境については未知数ではあっても、神の話から察するにテンプレ的ファンタジー世界とさして差があるようには思えない。遅かれ早かれ武器は必要だった。
また狙撃銃というのもストライクだ。日向は視力と運動神経が神懸かり的に良く、またゲームから仕入れたにわか知識であれど銃にある程度詳しい。お父さんの影響でサバゲーに参加するとセンスだけで元自衛隊員を封殺するほどの腕前だ。
さらに二年前に亡くなった田舎の祖父母の家で鹿の解体など、動物の命を奪った経験もある。
交戦せずに一方的に相手を狙える狙撃銃は武器として最適解と言えるだろう。
とはいえ、トイレを出せなかったのは痛すぎる。お花摘んだり雉を撃ったりなんか絶対にしたくない。だって女子中学生だもん。
正直この件に関しては激おこぷんぷん丸なんだけども、冷静に考えれば所詮五十音のうち二つが有用な武器で埋まっただけ。
そしてトイレは、何もトイレとしか呼び名がないわけではない。
「おねえちゃん、次いくよ」
「え、どれ押すん?」
「『へ』だよ。五十音に濁音も含まれてるのが分かったからね。狙いは『べ』で、便所。この言い方ちょっと嫌だけど、トイレには変わりないでしょ?」
「なるほど! 詩織は頭ええな!」
「今度こそトイレ出すからね、余計なこと考えないでよ」
「大丈夫や! そろそろ漏れそうやから本気出すで!」
「じゃあ、いくよ。セット、おねえちゃんスイッチ『へ』」
便所と強く念じながら『ヘ』のスイッチを押す。
すると再び日向の手が光り、そこに黒い物体が出現した。
無骨な見た目のそれはどうみてもトイレというサイズではなく、日向の手に収まっている。
「おねえちゃん、それは?」
「……ベレッタ」
「BAKA!」
――おねえちゃんスイッチ『へ』ベレッタM92
イタリアのベレッタ社が設計した自動拳銃。アメリカ軍を筆頭に、世界中の法執行機関や軍隊で幅広く使われてい――
「おねえちゃん、あんたは最低だ!」
「妹にあんたって言われた……!?」
「どうしてそこで天丼するの!? おねえちゃん銃ならさっき出したでしょ!?」
「いやな、でもこれ世界的に有名な拳銃でな? それにスナイパーだと相手に近寄られたとき取り回しが悪いからこうな、スナイパーとハンドガンの二丁が安定やねん」
「先に安定させるべきはおねえちゃんの膀胱の方だよ!! なにさ銃二連続って、さっきから殺意高過ぎるんだよ!!」
「ご、ごめんなぁ詩織ぃ……」
「ばーか! おねえちゃんのばーーーーーーか!」
もういい、次だ次。思考を切り替える。
トイレの別名、多目的――は最近名前が変わったんだったか。そういえば英語ではラバトリーとも言うんだったっけ。
「おねえちゃんもう一回やるからね!?」
「う、うん」
「セット、おねえちゃんスイッチ『ら』」
三度目の正直。なんか私もトイレ行きたくなってきた。
そんな切実な願いと共に日向の元へ顕現したのは――
「…………」
魚介の良い香りが鼻腔をくすぐる、それはそれは美味しそうな醤油ラーメンでしたとさ。
――おねえちゃんスイッチ『ら』ラーメン
それを目視した瞬間に私は器を奪い取り逆さにして日向の頭にぶちまけた。
「そぉい!」
「熱っっっっっっっっっつ!?」
「そこは銃じゃねぇのかよ!?」
正直また銃が出るのだろうなと思っていた。その心構えをしていた。確かにラから始まる銃ってそんなにないよね。でも急にラーメンを出すな。
「おねえちゃん、わたしはね、怒ってるんだよ」
「ご、ごめんな詩織……でもな、おねえちゃんおなかすいてもうて……」
「博多っ子がラーメンと言われて豚骨以外出しちゃ駄目でしょ!!」
「そこ!?」
「他にどこがあるの!?」
「いや、またトイレ出せなくてごめんやねって……」
「血液とトイレなら血液の方が大事でしょーーがーー!!」
「えぇ……」
「別に醤油ラーメンが駄目って言ってるわけじゃないの!! でも醤油ラーメンが食べたいなら醤油ラーメンとして出さなきゃ駄目なんだよ!! だってラーメンは豚骨だから!! わたしは『え、どっちも同じラーメンじゃん別に良くない?』みたいなその腐った性根が気に食わない!!」
「うっわ地雷踏んでもうた」
「あと東京土産にひ○子買ってくる奴も嫌!!」
あれは博多名物、異論は殺す。
「いまその話関係なくない?」
「謝って!!! おねえちゃん謝って!!! ラーメンと言われて豚骨を出さなかったことを全ての福岡県民に恥じて詫びて跪いて地に頭を着けて許しを乞うて!!!」
「おねえちゃん死刑囚かなんかなん?」
「いいからはやく――」
そう断罪しようとしたところ、私は動きを止めた。
いや、止まらざるを得なかった。
「え、どうしたんか詩織!! 体調悪いんか!!」
「待っておねえちゃん……近寄らないで……」
小刻みに震える身体、にじみ出る脂汗、おそらく真っ青な顔面。
「そんな顔で何言うとるんや! どうしたんか言うてみ!」
「…………トイレ」
動いたら、漏れる。
「そういえばウチも……」
ツッコミの応酬で忘れていた鈍痛が、日向にも蘇る。
最早一刻の猶予もない、次でトイレを出さなければ死、あるのみ。
トイレ、便所、ラバトリー、違う、違う、そう、あれの名前は――
「「かっ、かっ、かっ、厠だーーーーーー!!!」」
トイレ行くだけに一話使っちゃった。




