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男の話を簡単にまとめると、こういうことだった。
「あなたは地球の神様で、ここは地球とは違う星。この星には魔王と呼ばれる存在がいて、わたしたちは魔王を倒す勇者として呼ばれた」
「理解が早くて助かります」
「おもっくそ雑な異世界物の導入で日向ちゃんもビックリ」
本当だよ、という言葉を私は飲み込む。
「じゃあ、ここからは細かい部分の確認なんだけど――」
「その前に一つこちらからもお尋ねしても良いでしょうか?」
「なんですか?」
「詩織さんはいつまでお姉さんの背中に隠れているのでしょうか……」
堂々と向かい合う日向の背中に隠れて顔だけひょっこり出している私。
わたしはあなたを警戒してますよ仲良くなる気もありませんよ、と物言わずに語る。
「だって知らない人怖いし、名乗りすらしないような人が失礼とか言わないよね?」
「名乗らないのではなく、名乗るべき名がそもそもないというのが正しいのですがね。まあ、その警戒心は常に持っていてもらえるとこちらも助かります」
言われなくてもそのつもり、ということで質問を続ける。
「まず一つ目、どうして地球の神様がここにいるの? この星にはこの星の神様がいるんじゃないの?」
「いるにはいますが、正確には“いた”と言うべきでしょうか」
過去形、ということはつまり。
「この星にはかつて女神がいました。しかし彼女はいつしか姿を消し、時を同じくして魔王を自称する存在が現れ、世界の荒廃が始まったのです」
「三文ロープレみたいやんな」
アニメ・マンガ・ゲーム好きの日向が口を挟むけど、無視しておく。
「この星の事情はわかったけど、あなたは地球からなんでここに?」
「位相が近いのですよ、この星は。放っておけば地球にも被害が及ぶ可能性があるのです。だからこそ、事態は早めに解決しておきたい」
位相の意味はわからないが、なんとなくニュアンスで理解する。
「それにわたしたちを使う理由は? 自分でやった方が早くない?」
「神にもルールがありましてね。お互いの星に許可なく干渉してはならないという絶対の約定があるのです。違反すれば神といえどただでは済まない」
「もうしてない? 干渉」
「現在この星には約定違反を叫ぶ女神が不在ですので、明確な違反でなければシステムは稼働しません。抜け道を利用しました」
訴えられなければ犯罪じゃないみたいなことを言い出した。
「たとえば?」
「たとえば今回の場合ですね。地球の民をこの星に転移させ、指示通りに動かす。あくまでこの星の民の自主的な行動であると装えば、主のいないシステムは疑わしきは罰せずが原則ですので手出しができない」
「ほうほう」
「またこちらからあなた方への支援も同様ですね。この星の民が、我らに助けを求めた、だから応じた。先に動いたのはそちら側だと言い張ればある程度のすり抜けが可能です。あまり派手な支援は過干渉と見做されますが」
ちなみに神が言うには、転生や転移、魂の星間移動はままあることなので、それも星の管理者たる神が異を唱えない限りはスルーされるのだという。
ずいぶんザルなんだなとは思うけれど、そう決まっているものに文句を言うつもりはない。
しかしまた、そのような緊急時に回りくどい方法が必要なものだなと思うだけで。
「神が、星の管理者が消えるなんてこと、本来はあり得ませんからね。なにか不穏な予兆があれば火種の段階で踏み潰してしまえば良いので」
「あんたも地球でそういうことやったんか?」
「直近だとそうですね……ノストラダムスの大予言は的中するはずだった、とだけ言っておきましょうか」
「ほんまかいな……」
割と本気で世界を守っているのか、なんて規模が大きすぎて想像もできないし理解もできない。
「んじゃ次、さっきからなんで敬語なの? 神様なのに」
「それは神にも階級があるからですよ。そして私は低位の神で、あなた方人間は最高位の神の所有物。あまり無体な真似をすると上に怒られてしまう」
神に階級という発想、確かに八百万もいればそういうこともあるだろう。
目の前の神が神サーの下っ端なのだと思うとちょっと面白い。
「わたしたちは家畜だけど丁寧に扱わないとオーナーに怒られるみたいな?」
「わかりやすい喩え、ありがとうございます」
「家畜扱いは否定せんのやな」
「事実ですので」
神への好感度が1下がった。
「それじゃ、一旦最後の質問」
「はい、どうぞ」
温和な口調を崩さない神代理に対し、私は一度大きく息を吸って気合いを入れてから、一番重要なことを問い質す。
返答如何によっては、神が相手であっても許しはしない。たとえ自分になにができるわけでなくとも、絶対に。
「どうして、わたしたちを選んだの?」
「……………」
神代理が笑顔で黙る。しばしの沈黙、日向も同じことを聞きたかったのか真剣な表情で口を閉じている。
じんわりと額と背中に汗が滲むのが自分でも分かった。
「……実を言えば、あなた方だけを選んだわけではありません。この星には、他にも私の見出した幾人かの勇者候補が魔王討伐を目指して戦っています」
「なら、その人たちに任せればいいんじゃ……」
「それが魔王が強く、あまり戦況が芳しくないのですよ。優秀な人材は多いに越したことはありませんので」
その理屈自体は理解できるけど、それだけ。納得はできない。
「わたしたち以外にも優秀な人材はたくさんいるでしょ。それこそ、外国の特殊部隊の人とか呼べば戦力になるんじゃないですか」
フランス外人部隊とか、ネイビーシールズとか。
「諸般の事情を考慮して最適な選択をしたつもりです」
「……わたしたちの意志は?」
「家畜に許可が必要ですか?」
勇気を出しての抗議も、一言で切り捨てられる。
最初から、この男はそういう目をしていた。形ばかりの敬語に、見下した目。怖気が走るような感覚がずっとあった。
全身が強張るの感じる。そしてそれは、日向も同じらしい。
だけど、怒りを感じたところで、私たちに高位存在に抗う力はない。それは、私たちがここにいるという一点だけを顧みても確かだった。
「さては性格悪いな?」
「質問は以上ということで」
言いたい文句はたくさんあるけれど、どれも頭がまとまらないし、それ以上にぶつける勇気もない。
「……しかしまあ、謝罪すべきこともあります」
「なにがやねん」
「実は今回お呼びする予定だったのはあなた方姉妹のどちらか片方だったのですよ。それが似たような顔が二人並んでいたせいで、手違いで両方連れてきてしまいました。完全に私のミスです、いやはや申し訳ない」
まったく申し訳ないと思っていない声音で男は言う。
こちらに謝罪しているというよりは、ミスをした自分に対するケジメ、つまるところで自己満足なのだと理解できる。
確かに私たち姉妹の顔はそっくりで、親でも見間違うほど。
だからこそ髪色を変えて服装のイメージカラーも別々にした。
それでも間違うあたり、本当に人間を家畜と思っているのか。
「ウチらの片っぽは本来呼ばれる予定やなかったと?」
「そうなりますね。まあ、どちらを呼ぶ予定だったかは覚えていませんが」
適当だなと、そう思っても口にはしない。私と日向、どちらが呼ばれる予定だったにしても、そのままなら二人は半永久的に隔絶されていたことになる。
むしろこのまま二人でいれるなら好都合、とまで思う自分がいることは無視できない。無論、日向がどう考えているかまでは、わからないけれど。
「ウチらを強引にこんな場所に連れて来たことへの謝罪は?」
「同じことを二度も言う趣味はありませんね」
「おい、あんた! ふざけたこと言うとんじゃ――」
「おねえちゃん!」
神に掴みかかるような勢いの日向を後ろから必死に抱き留める。
それをつまらなさそうに見つめながら目の前の神はやれやれと溜息を吐いた。
その仕草が、実に癪に障る。
「あまり悪役にされるのは気分が悪いので話を続けますが、私とてなにもあなた方をタダ働きさせるつもりはないんです。家畜には餌が必要ですし、必要ならば環境の整備や飴だって用意しますとも」
「……つまり?」
「魔王を倒せたなら、地球に帰還させた上で願いを一つ叶えましょう。ええ、あなた方が望むなら特例で亡くなったご両親を蘇らせることだって可能です」
「「――ッ!?」」
姉妹二人で、ぐっと息を呑む。
それは、私たちがこの二週間に何度も夢に見たこと。
もう一度あの四人で、静かに、穏やかに暮らしたいという願い。
「それにね、私としてはむしろ感謝されて然るべきだと思うんですよ。なにせ報酬が絶大ですし、失敗したところでどうせ失うものはない」
そして、神は言う。
「だって私は、自殺願望のある、死んだって問題のない人間しか選んでないんですから」
――そんな、最悪の告げ口を。
次からギャグです。