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今週あと二回更新したいという気持ちだけはあります。
それからの話はまあ早かった。
「シャクシャクシャクシャクシャクシャクシャクシャク」
「シャクシャクシャクシャクシャクシャクシャクシャク」
「シャクシャクシャクシャクうっさいねん!! 八尺様かおどれら!?」
「通じないよおねえちゃん」
今までのいざこざは何だったんだろうね。
大蜥蜴の討伐証明を見せて、洋梨を渡して、するとエルフさんたちは近年稀に見るレベルの手のひら大回転。
我先にと洋梨に群がりシャクシャクシャクシャク。
それだけお腹が空いていたということなんだろうけど――
「なんか癪」
「洋梨だけに?」
「…………」
「おねえちゃんを無言で叩かないで!」
集落のエルフさんが全員集合しているらしく、一心不乱に洋梨をかじる姿はなんとも奇妙な光景だった。誰か一人ぐらい話し相手になってほしいんだけど、洋梨の提供者である私たちに誰も振り向きもしねぇ。
しかし、何を聞かずとも理解できたことはある。
「美女と美少女と美幼女と美魔女しかおらんな」
「そうだねぇ」
これがどういうことかと言えば、男のエルフがいないということだ。
それに加えて集落の広さに対して、エルフの数が少ないようにも思う。
長のアリアナさんの「家族を奪われた」発言から察するに、この集落の男のエルフは全員魔王軍――実際にいればの話だけど――連れ去られているのだろう。
「男手がおらんっちゅうのは困るわなぁ」
「うん、それに戦える女のエルフも何人か連れて行かれてるかもね」
最初に囲まれたときも、牢屋に入れられたときも、警戒態勢も、振り返れば全部グダグダだった。パニックだったからそれどころじゃなかったけど、たぶん相手も同じ状態だったのかも。
「なるほどなぁ、そら大蜥蜴が怖くて外にも出れんわな」
この集落にいるエルフは全員非戦闘員のはずだ。
例外はさっきの襲ってきたキュテリって子だけかな。
「戦闘員は全員連れ去って、森には人を襲う大蜥蜴を放つ。反逆の芽を摘んで、集落を人手と食糧不足でじわじわと衰退させるかぁ……えぐいことするねぇ」
「ふむ、大筋は合っているな」
「アリアナさん?」
三人で状況を整理してると、洋梨をシャクシャクしながらアリアナさんが寄ってきた。
「大筋は、というと?」
「半年前に魔王軍の幹部を名乗る女に集落を急襲され、何の備えもしていなかった我々は降伏を余儀なくされた。奴らの目的はお前たちも既に察しているだろうが、エルフの生存圏を侵犯するための足掛かりだった」
真面目な話をするつもりなんだけど、片手に持った洋梨のせいで決まってない。
せめて皮をむいて一口サイズに切って、フォークか何かで食べれば良いのに、直に囓ってるから絶妙に違和感がある。
「質問、魔王軍の支配地域ってここからそんなに近いんですか?」
手を挙げて発言した瞬間、反射的に拙ったと焦る。
目上の方のお話を遮ってしまった。学校なら怒られるやつ。
だけど私がお叱りに身構えていたのも束の間、アリアナさんは普通に質問に答えてくれた。
「エルフの暮らす聖域の森は戦場の最前線とは離れているが、他の亜人の生息域と比べると魔王軍に最も近いと言っても良いだろう。とはいえ、今まで魔王軍に集落が襲われたことは一度もなかった」
「それはまた何で?」
「この森はエルフにとって聖域だが、他の種族には迷いの森と言われている。尋常な方法では絶対に我らの集落を見つけることはできない。そういう構造をしている」
迷いの森とはまた直球でありがちな名前だ。
まあ実際私たちも迷ったんだけどさ、シンプルイズベスト。
しかしそうなると一つ疑問が湧いてくるもので、
「ヤコさ~ん?」
「ひぃっ!?」
なんでこの人は迷いの森で迷ってくれないんだろう。
本当に魔王軍のスパイだったりしない?
私たちのこと嵌めようとか考えてもないよね?
「いえ、あの、私が大蜥蜴に食べられたのって聖域の外でしたから、自分の知ってる場所と勘違いして決まったルートを走っていただけでして……」
「エルフ以外が聖域を進む場合、考えれば考えるほどに自分の首を絞める。そこの娘がこの集落を見つけたのもそういう理由だろう」
「なるほど、脳死で動き回るのがエルフの集落を見つけるたった一つの冴えたやり方」
「せめて無意識って言ってほしいです……」
やだ。
「ありがとうございます。すみません、お話を遮っちゃって。続きお願いします」
「ああ、魔王軍に降伏した我らだったが、聖域の情報を奴らに渡すことはしなかった。たとえ死んでも同胞を売ることはできない、それだけは誇りが許さないとな。実際に子供たちを逃がすために集落の年長者たちで奴らに特攻する直前まで行った」
アリアナさんが洋梨一個でお腹いっぱいになりすぐに眠ってしまったアリシアちゃんの頭を、そっと撫でながら言う。
「おおう、想像以上に話が重い……」
「日向ちゃん、こっち来てからハードモードなお話に疲れてきたで。もっとぷにぷにしたエピソードとかあらへん?」
「おねえちゃんのほっぺた」
日向の頬を指で突く。これは良いぷにぷに。
「詩織の方がぷにっとるで」
逆に日向からも突かれるけど、私は日向よりも同じ身長ながら体重は軽いのでその発言には異議を唱えたい。筋肉がないせいでお腹はちょいぷにだけど、私の方が日向よりも華奢だもんね!
「……仲が良いのだな」
「「そりゃもう」」
二人の声が揃う。少しだけ気恥ずかしい。
だけどここで喧嘩漫才みたいなことはしない。
日向は馬鹿だが嘘でも言いたくないことはある。
「ていうかまた脱線しちゃった。ごめんなさいアリアナさん。おねえちゃんが馬鹿なばっかりに不快な思いをさせて」
「その他責ならぬ姉責思考どうかと思うで、同罪やろ」
そんなことないよ。
「構わんよ。話の続きだが、我々から聖域の情報を引き出すのは不可能だと判断した奴らは代わりの条件を出してきた」
「えーっと、戦えるエルフを差し出せってやつですか?」
「少し違う。この集落にいるイケメンを全員差し出せと言われた。男女問わず」
「…………」
…………?
「お前たちから見れば、我らエルフは誰もが等しく見目麗しいそうだな。だからか、男は全員連れて行かれ、女からも自然と狩りの上手い精悍な者たちが選ばれた。結局、残されたのは私を含め魔力はあれど戦闘経験などほとんどない女子供だけだ」
「なっ、なるほどなぁ……」
それしか言えない。言えなかった。
気のせいかアリアナさんも遠い目をしてる気がする。
「なぜ私は選ばれなかったのだろうな……選ばれたかったわけではないが」
「いやなんでやねーん!」
「おねえちゃん!?」
急にボケたアリアナさんに日向が即座にツッコミを入れる。
あまりに流れるようなツッコミだった、何してくれてんのマジで。
当のアリアナさんは目をパチクリさせただけで怒ってはいないみたいだけど、もうちょっと空気を読んでほしい。むしろ私が読めてないの? そうなの?
「ふふっ、冗談だ。続けるが、命には代えられないと魔王軍の出した条件を受け入れたは良いが、そこからが最悪だった。聖域に大蜥蜴を放たれ、森を荒らされた。不意の遭遇を避けるためにろくに食料調達もできなくなった。どういうことだと問い詰めもしたが、奴らはとぼけるばかりで事態を放置。つまり最初から私たちを殺すつもりだったのだ」
「コメントしづらい……」
私たち、現代日本の中学二年生。
無知でお気楽に生きてきた普通の女の子。
そんな殺伐、歴史の授業でしか知らない。
やっぱりブリカスって許せませんよね。
「だからこそ、大蜥蜴を殺し、食料を差し入れてくれたお前たちには深く感謝している。ありがとう。そして、話も聞かずに迷い子のお前たちを害そうとしたことについては詫びのしようもない。だがそれでも言わせてほしい、すまなかった」
「うぇ!?」
アリアナさんそう言って、深く頭を下げた。
自分の十分の一も生きていない人間の小娘相手にだ。
たぶん、集落の長でありながら色々と弱い立場にあるアリアナさんが見せられる最大限の誠意なんだと思うけど――
「えー、あー、そのー」
――ぶっちゃけ重い、なかったことにして帰りたい。
エルフさんたちの事情なんて聞きたくなかったし、魔王軍とも関わりたくない。
もう地図とか贅沢なこと言わないから、どの方角に直進すれば人間と会えるかだけ教えてほしいみたいなとこある。
なんかもう世界がグロい。綺麗なものだけ見ながら生きたい。
「その上で、私はお前たちに残念な報告をしなければいけない」
「え?」
唇を噛み、苦しそうな表情を見せるアリアナさん。
嘘でしょ、この上でなにかあるの? ラーメン食べて寝たい。
「お前たちは聖域から出られない。この集落は魔王軍に監視されている。入ることはできても、出ることはできないのだ」
ほうほう、それはなんというか。
「「ヤコぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」
「ですよねぇええええええええええええええええええええ!!!!」
気配消しとんちゃうぞ。