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さーて、ここからどうしようか。
場所はエルフの集落のど真ん中、周囲は完全に包囲されている。
一見絶体絶命のピンチに見えるけど、しかしこちらには人質が二人。
集落の長の娘らしいアリシアちゃんと、奇襲してきたのに一瞬で日向に返り討ちにされたキュテリという名前の美しいエルフさん。現在気絶中。
人質への命を案じてか、銃の威力に恐怖してか、それとも日向の瞬発力に驚いてか。ともかく周囲のエルフは及び腰だ。
おそらく、ここから「逃げる」のコマンドを選んだ場合の成功率は高い。
安全を第一に考えるなら今すぐにでも撤退、もとい未来への進軍をするべきだけど、選択肢は一つではない。
そのために、先に確認しておくべき事がある。
「アリシアちゃん、このキュテリってどんな人?」
「キュテリちゃんはねー、今この集落にいるエルフの中で一番強いんだよ!」
「そっかー、ありがとー」
「どういたしまして!」
自陣営が不利になる情報を躊躇いなく漏洩するアリシアちゃん。
つまり私たちを囲んでいるエルフの人たちは、集落の最高戦力が一方的にボコられて動揺してるってことが私たちにバレちゃったよ。
大丈夫かな、この子の将来が心配になっちゃうね。
「で、どうすんの詩織?」
日向がこそっと訊ねてくる。
「情報が欲しい」
私は簡潔にそう答えた。
情報だ、とにかく情報が欲しい。情報を制す者が世界を制するのだ。
だのに、私たちは知らないことが多すぎる。この世界のことも、あの大蜥蜴のことも、エルフについても何も知らない。
特に現在地すら分かっていないのは大きな不利だ。ここから逃げ出したところで何処に行けば良いのか分からない。もしまた人間嫌いの亜人さんの集落や、大蜥蜴の群れなんかに出くわしたら、今度こそデッド・オア・ダイしてしまうだろう。
でもこれに関してはヤコさんが悪いと思う。
「死にます」
「「やめて」」
幸い手札はあるのだから、交渉のテーブルには立てる。
依然命を失うリスクはあれど可能性は低く、それを上回って余りあるリターンが見込めるのなら、ベットしない手はない。
「それではおねえちゃん、どうぞ」
「え、ウチ?」
「おねえちゃんがやらなきゃ意味ないでしょ、ビビらせなきゃ」
交渉は強気に。弱気は見せない。
そのために必要なのは圧倒的暴力。
やはり暴力、暴力は全てを解決する。
「んじゃ、僭越ながら」
日向が銃を構えながら、エルフたちの方を見る。
『ひっ』
と、誰かが怯え竦む声が聞こえた。
誰だろう、ほぼ全員だったかもしれない。
じりじりと後退り、今にも逃げだしそうなエルフたちに、日向は満面の笑みを浮かべながらこう言った。
「責任者、出さんかいゴルァ」
う~ん、まるっきりヴィラン!
***
「私がこの集落の長、アリアナだ」
そして出てきた責任者。つまりアリシアちゃんのお母上。
グランデが似合いそうなアリアナさん(美女)。
仕事の出来るクールな女社長がエルフに転生したらこんな感じになるんだろうなという、眼力のあるキャリアウーマン風のエルフさん。金髪ロングが輝かしい。
えー、この人と交渉しなきゃいけないの? やだな、負けそう。
「ウチは日向、こっちは詩織で、それが夜子」
とりあえず矢面に立たせるのは日向。
隣で私がコソコソと日向をサポートして、
ヤコさんには人質の管理をしてもらっている。
「うみゅう……」
――ヤコさんで大丈夫か?
そう思ったそこの貴方、大丈夫なんです。
アリシアちゃんは電池が切れたのか、急におねむのご様子。
キュテリって人はまだ気絶中、とりあえず上着で手と足を縛っているので起きても動けないはず。もし縄抜けできたとしても、たぶん日向の対応の方が早い。
「単刀直入に聞こう、要求は何だ?」
早速本題に入るアリアナさん。
敵意マックスの鋭い目つきで睨まれると身が竦む。
というか視線だけで人を殺せそうだし、私は実際死にそう。
一瞬で場の空気に呑まれそうになるのを、日向が止めた。
「あんま怖い顔せんといてや、手が震えてまうやろ」
これ見よがしに銃をチラチラさせながら言うものだから、性格が悪い。
しかしこれが結構効いたようで、アリアナさんは無言で殺気を抑えてくれた。
「ふん……」
それにしても肌で感じられる殺気って本当にあるんだねって感じ。
日本じゃそう簡単に味わえないよ。一生味わいたくなかったけど。
「まあ第一に身の安全やな、ウチらも戦いたいわけやない。そっちが攻撃してこん限り、ウチらもあんたらに攻撃はせん」
「ハッ、白々しいな人間。時間の無駄だ、さっさと本当のことを言え」
「えっ……いや、本当なんやけど……」
困ったように日向は私の方を見る。
うん、なんか、勘違いされてる気がする。
勘違いされてる気がするけど、まあ折角だし要求しとこ。
「地図が欲しいです。この森周辺の、できるだけ詳細なやつ」
何とはともあれ知りたいのは現在地。
ぶっちゃけエルフさんにそれ以上は求めないし、求めようがない。
見た感じとことん人間とは文化が違うみたいだし、エルフの視点からこの世界について聞いても、変な先入観を持たされそうで困る。
だから地図。できれば少量の食料。それがあれば満足。
「そんなものはない」
「ないんだ」
薄々そんな気はしていたけれど。
「我らは森の民だ。道は自然が教えてくれる」
だから地図なんて必要ない、ってことなのかな。便利だね。
「じゃあ、書いてくれへん?」
間髪入れずに図々しく日向が言う。
この空気を読まない感じが日向らしい。
いや本当に図々しいな。いいぞ、もっとやれ。
「……内容は」
苦々しい表情でアリアナさんが訊ねてくる。書いてくれるのかな。
絶対に必要なのはこの集落と人間の国の位置関係、おおよその距離と地形だ。
今回のような失敗を避けるために他の集落や危険な場所の情報も欲しいところ。
「……そういうことか」
私の要望にアリアナさんが厳しい表情で呟いた。
そういうことかと言われましても、どういうことなの?
「お前たちは我々から家族を奪うだけでは飽き足らず、今度は同胞まで売れというのだな?」
「なんの話?」
本当になんの話?
「お前たちを惰弱な人間の小娘だと思い込み油断して、隠していた娘を奪われるような怠慢を犯したのは私の罪だ。しかし、貴様らには道理というものが無いのか!」
「誰のこと言ってます?」
アリシアちゃんむしろ向こうから来たよ。
全然隠れてなかったし、隠されてもなかった。
「すっとぼけるのも大概にしろ悪魔め! 今更私たちが気付いていないとでも思っているのか!? この聖域の地図を寄越せと言ったのがその証明だ! どうせ我らエルフの森を侵略するのが目的なのだろう!」
「悪魔? 聖域?」
知らない情報がいっぱい。
「魔王の手先め! 我々はこれ以上脅迫には屈しないぞ!」
「「「なんのはなし~?」」」
このいいねってやつください。




