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「――り」


 声が聞こえる。


「詩織――」


 自分の名前を呼ぶ声。


「――んか、詩織――」


 きれいな声、大好きな声。


「――って言うとろうが――」


 ああだけど、どこか怒ってもいるような――


「はよ起きんかー!! 棚町詩織ぃー!!」


 ――いや普通にめっちゃ怒ってる声じゃんこれ。


「はい棚町詩織起床します!!」


 そうして私――棚町詩織は覚醒する。

 寝過ごした平日の朝のように飛び起き、時計を確認しようとして、


「……………」


 辺りを見回すと、視界には一面の緑と青。


「……………?」


 一度目をこすってから、再度確認する。

 しかしやはりそこには、現代日本の都市部では久しく見られなくなった類いの広大な草原と、晴れ渡る青空。

 ……もう一度入念に目をこする。


「……………?」


 草原と青空だってば。


「ここどこ!? 佐賀!?」

「起き抜けに佐賀の人を敵に回すな!!」

「あいたっ!?」


 ばちこーんと姉に頭を叩かれて、痛みからこれが夢でないことを理解する。

 だがそれはつまり、なにが、どうして、どうなって。


「バスは!?」

「わからん、起きたら二人でここにおった」

「そんな……」


 馬鹿なことが、と意味不明な状況に頭が混乱する。

 私たちは両親の墓参りに行った帰りにバスに乗ったはずで、そこで二人して眠ってしまったのはわかるが、そこまで。


「誘拐、なわけないよね」


 される理由もなければ、する容疑者もいない。

 いや、この美少女JC姉妹の可愛さに当てられたロリコンによる犯行という線もないではないけど、それならこんな場所に拘束もされず放置されるはずもない。

 見渡す限りの地平線、建造物一つの影すらない。


「まあ、見渡す限りに人は見えんわ」

「おねえちゃん、携帯は?」

「圏外」


 簡潔明瞭な答えにがっくりと肩を落とす。

 インドア派現代っ子からスマートフォンを取り上げると二十四時間以内に生命活動へ支障を来すのは令和日本の新常識だ、状況は非常に深刻である。

 私は一旦大きく息を吐いてから――


「どどどど、どうしようおねえちゃん!?」


 ――めっちゃ焦った。


「落ち着かんかい詩織、慌てたって良い考えは浮かばん。まずは冷静に、現状を正しく把握するんや」

「さ、流石おねえちゃん! おねえちゃんはここがどこだかわかるの?」


 私は日向に憧憬の視線を浴びせる。

 学力的には馬鹿と言って差し支えない姉ではあるが、意外にもトラブルに直面した際の頭の柔らかさには目を見張る物があるのだ。


「そやなぁ、まずこない広い平原なんざ福岡にはないし……」

「ふんふん」

「……間違いない、佐賀やな」

「少しでも期待したわたしが馬鹿だったよおねえちゃん!」


 やっぱ馬鹿だった。


「や、でもこない何もない場所とか佐賀以外にある?」

「謝って! 佐賀の人に謝っておねえちゃん!」

「えー、じゃあ宮崎?」

「それは福岡県民特有の傲慢だよおねえちゃん! 佐賀や宮崎にだってパソコンはあるんだからね!?」

「詩織の方が貶しとらんかそれ?」


 そうかもしれない。


「ん~……秋吉台とも全然景色が違うし、北海道でもないのにこない広い平原って他にあるんやろか、日本やで?」

「JAPANじゃないならどこなのさ」

「そらもう日本やない言うたらあれよ、みんな大好き異世界やんな」

「またまたー、そんな摩訶不思議アドベンチャーなこと、あるわけな――」


 と、そこまでを言って私は息を呑む。

 姉の軽口を笑い飛ばそうとして、それができなかった。

 呆然唖然、自失に絶句。目の前の現実に脳の処理が追いつかない。


「詩織? どしたんや?」

「ところがどっこい、とはこのような場面でこそ使う言葉なのでしょうね」

「ッ!?」


 向かい合う姉の後ろに、人が立っていた。

 西洋宗教の祭服のようなものに身を包んだ中性的な容姿の、たぶん男。

 いや、そもそも、これは、人間なの――?


「死ねッ!?」

「おっと危ない」


 日向が瞬発的に放った回し蹴りを、男は直撃の寸前に片手で受け止めた。


「良い蹴りです。判断も速い。武力の行使に躊躇いがないのは好材料ですね。その歳では中々いませんよ」

「詩織!」

「うっ、うん」


 日向は先制攻撃が失敗したのを見て、即座に私の肩を抱いて距離を取る。

 冷静かつ機敏に動く姉に対して私は、足が竦んでまるで動けなかった。


「ああ、落ち着いてください、危害を加えるつもりはありません。棚町日向さん、詩織さん、私はあなた方に事情の説明のために参ったのです」

「誰やお前は! 長崎県民か!」

「おねえちゃん!?」


 そのネタ引っ張るの!?、というツッコミまでは出てこない。

 しかし、言葉に反して日向の表情は険しかった。警戒心を越えた敵意を滲ませて、眼前の男を鋭くにらみつけている。


「名乗るほどの者ではございません。ああ、これも一度言ってみたかったんです。ちなみに長崎県民ではありませんし、そもそも人間でもありませんよ」

「新手のデーモン閣下?」

「ロールプレイではない」


 すごい真顔で訂正された。


「どう見たってあんた、人間やろうが」 

「見た目は確かにそうですね。ですが棚町詩織さん、あなたはもう理解しているのでは?」

「……………」


 急に話を振られて、すぐさま私は硬直する。

 人見知りという性分を差し引いても、ただひたすらに男が怖かった。


「おねえちゃん、たぶんその人が言ってること、本当だよ……」

「……ほんまやろか」


 男は突然現れた。この遮蔽物も何もない平原に、それこそワープでもしてきたかのように瞬きの間に現れたのだ。

 トリックでどうにかなる問題ではない、人智を超えた超常現象。

 そしてなにより、本能が目の前の得体の知れない男を拒絶している。

 身体の震えが止まらずに姉の服の袖をきゅっと掴むと、日向は一度深呼吸をして男に向き直った。


「事情の説明って言うたな、全部話してもらけんな」

「ええ、もちろん。そのために来たのですから」


 男の柔和な笑みには、血が通っていなかった。

佐賀の悪口やめてください

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